故郷は魔王に焼かれて想うもの1
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大草原の小さな村に住むサラハナウラは残念な魔法使いだ。
どのくらい残念かというと、そちらの世界で喩えれば、ジャイアントコーンの紙パッケージ外すとトッピングのチョコまで取れてただのバニラコーンとなってしまったくらい残念。あるいはパリパリと思ってかぶり付いたチョコジャンボモナカがパリパリじゃなく湿気っていた、そのくらい残念。
彼女の容姿もまた。まず髪型はショートカット。額の前髪は眉にサラリとかけ、色白で頬も唇もほんのり桜色。整った顔立ちに、大きな瞳は目尻が切れ上がっていて、大人になったらきっと美人になる。が、本来ならチャームポイントであるところのその美点は、今の所『目つきが悪い』だけ。どこがほんのり桜色だって、帳消しにしてしまう『目つきの悪さ』。
「ふん」彼女はつまらなそうに鼻を鳴らし、十一歳とは思えない醒めた目で見慣れた路地を睥睨し、つまらなそうにお廟に向かい歩いている。
彼女が暮らすここウタルルは、人界から隔絶された仙境のような地。ここ以外に人の暮らす村はない。それはここが劔竜の生息地だから。村を一歩出れば食い殺される。
何を好きこのんでこんな場所に村を作ったのか、彼女には意味が解らない。
馬鹿なのか、と思う。あるいは犯罪者集団でクムラギを追われたのか、とも。しかしそれならばクムラギから支援物資が届く理由が分からない。クムラギからは数ヶ月毎に支援物資が届く。お米や野菜、生活必需品など。
やっぱり馬鹿なんだ、結局この結論に帰結する。しかも物乞いのようなことをして恥ずかしい、クムラギの人はこの村の人を憐れんでいるに違いない、と。
彼女はクムラギの街を見たことがない。この村よりもずっと道広く建物も立派で数が多いらしい。それが地平線まで続いていると聞いた。彼女には想像もつかない。
この村は石畳の道が迷路のように入り組んでいる。両脇には黒い瓦屋根、黒い柱、白い漆喰の壁の民家が並ぶ。どの家の木窓も開け放たれていて午前の涼しい風を、春の優しい陽光を入れている。
塀も無いなんてぷらいばしょの欠片もない、冷たい目をしてそう思う。プライバショーという言葉はフィオラパから聞いた。意味はよく分からないがこういう場合に使うらしい。
人生って空しい、十一歳とは思えない醒めた目で、口の端軽く蔑ませ、達観して彼女は思う。
こんな村で一生を過ごすなんて人間に生まれてきた意味がない—。
そうこうしているうちにお廟へ着いた。お廟の前には石畳の広場があり、そこに弟のユウがいた。何人かの男の子に混じって、染め屋のオニマルさんと彼女の兄ユタに剣の稽古をつけてもらっている。
彼女はオニマルさんも兄のユタも無視して、まっすぐ弟の前へ行って腕組みして見下ろした。ゴゴゴゴゴと無音の音轟かせ、背景にピキッと稲妻を走らせ。「あんた」睨み据えた。
ビクッとして弟のユウは答えた。「なに……?」
「どうして私を起こさずに自分だけ先に行ったの」つまり彼女は寝坊してお廟の授業に遅れたのだ。
「だって、こないだ起こしたら怒ったじゃないか……」弟のユウはまだ九歳。ブリザードのように冷たい姉の口調に怯えて弱々しく答えた。
「それはそれ」
「よく眠っている人を起こすなんて頭弱いのかとか、ずっと文句言って……」
「よく眠ってたら、ひょっとしたら起きれないかもだから、起こしてあげるのが親切というものだと分からないのか」
隣で聞いていたオニマルおじさんが笑って割って入った。「サラ。それはあまり感心しない言い」しかしオニマルおじさんはみなまで言えなかった。「オニマルさまは腕が悪いくせにこんな所で油売ってて良いんですか。剣を教える前に本業を何とかするべきでは?」冷凍庫の中に三年眠っていた氷ツブテのような口撃を喰らった。苦笑いして隣のユタと顔を見合わせることに。ユタは彼女の兄だが、その兄も最近の彼女には手を焼いているようで、これまた苦り切った笑みを浮かべただけだった。
「ふん」冷たく鼻を鳴らして彼女はその場を後にしてお廟の入り口へ向かった。
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お廟はこの村で一番大きな建物で、そこは神様が祀ってある。村人皆が集う場所であり、子供達に勉強を教える場所でもある。お廟の背後には切り立った岩山が聳えていて、要はこの裸山を背にして村は作られているのである。
扉を開けると下足箱に一足も靴がなく、今日は誰もいないと分かった。勝手知ったる彼女は遠慮なく上がり、いつも勉強をする部屋へ入った。
そこには巫術師のお爺さんが既に座って待っていた。後ろには金ピカのマアシナの像がある。手が六本で顔が三つ。涼しげな目が彼方を見据えている。もっともこの姿は想像で、この神様は眩しすぎて見えないらしい。それを模したかどうかわからないが、金ピカ。これを見るたびに彼女は思う。
金箔貼り貼りじゃなくて純金製なら少しはありがたいが—。
この村の人はこの神様が好きでたまらないらしい。それは彼女にも伝わる。なのでこうも思う。
神様に熱をあげるなんて頭おかしい。もっとも……、それしかすがるものが無い人生そのものが憐れだ……。
巫術師のお爺さんは遅刻した彼女をまったく咎めなかった。優しい目をして迎えた。彼女はお爺さんを待たせた罪悪感など微塵も感じず。お爺さんの前の鶏冠竜の毛皮の敷物に座り、「ここはうんこ臭くなくっていいわね」冷ややかに言った。
お爺さんは穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「そうかな?」
「そうよ。塀の近くはうんこ臭いわ」
「それは防壁の外に畑があるからじゃ」
「そんなことは分かっているわ」
村を守る高い石壁があり、その外には畑がある。もっとも火山灰が主成分の黒い土だらけのこの土地では、ジャガイモくらいしか育たない。肥料は前述した通り。鶏冠竜に荒らされないように、太い木を組んで柵を作り護っている。
要は二重の防壁にこの村は護られているわけだが、それは彼女には想像もつかない事情。木を組んだ柵はうんこ臭い畑を護っているだけ。石を組んだ高い防壁は劔竜が入ってこないようにしているだけ、と思っている。
うんこの臭いを思い出し顔をしかめたサラハナウラ。彼女の気を取りなすようにお爺さんは言った。
「今日はお前に朗報がある。ユタから聞いてないかね?」
「何? 何も聞いてないわ。どんな良い事があるの?」
「今朝知らせきて、アオイセナ殿がクムラギへ到着したとのこと」
「それ、誰?」誰ソレな話だった。
お爺さんは目に懐かしげな色浮かべ、穏やかに微笑んで続けた。
「雷竜の称号を持つ大剣士アオイセナ殿じゃ。九年前この村を旅立ち、お前のケイ『ウェナ』に宿す最後の呪文材料求めて世界中を旅していた。ようやく全ての呪文材料集め終わり、クムラギへ帰ってきたとの知らせあった」
「へぇ……」まったく無感動無表情だった彼女の目が、ほんの少し子供らしい輝きを取り戻した。「それってどんな呪文なの」
彼女の持つケイ『ウェナ』は七つの呪文を宿せる。それは破格の性能らしい。普通は多くても三つから四つだと教えられた。今、彼女のウェナは焔呪、劍呪、移動呪、重力呪、蔓術、神経呪を宿している。しかし彼女はまったくソレを使えない。残念な魔導師たる所以である。なにしろまったくやる気がない。心底興味ない。宝の持ち腐れとはこの事だった。
が、今。最後の呪文という言葉がほんの少し彼女の興味を引いた。お爺さんは優しく微笑んで教えてくれた。
「それは、呪文『ひとつの光』という」
ほんの少し輝いた彼女の瞳が元の死んだ魚の目に戻った。名前聞いただけで心底興味ない。どう考えたって、お金持ちになる呪文でも、モテモテになる呪文でも、欲しい物が何でも手に入る呪文でもない。
お爺さんの言葉は続いていたが、十一歳の怪人、凍てつく波動放つ冷凍少女はまったく聞いていなかった。
「その呪文は、宇宙を満たす見えない光ラアテアを現出させる呪文。ひとたび唱えるや全ての闇を打ち払い、人に在るべき姿を示すだろう……、ウポコポウリに囚われた者にも……」
どうして焔とか剣とか蔓が生えたりとか、そんなのばっかりなんだ—。今度は光るか—。クソ喰らえだ—。
フィオラパから聞いている。こういう時は、中指立てて、ふぁっきゅふぁっきゅ。が、さすがにそれはしなかった。この巫術師は偉いのだ。皆から尊敬されている。彼女も普段は「爺ィ」「クソ爺ィ」と呼んでいるが、本人前にしては「タパさま」と呼んでいる。
ふぁきゅとは言わず、空ろな瞳でただ時間が過ぎるのを待った。世にもツマラナイ話が終わるのを。




