正義の魔王
『魔王』杉原清人
戦いが始まった。
EXが退路を尽く潰し、新たな心象結界、『ザ=ステラ』と共にヘルヘイムを焼いた。
だがそれは飽くまでサポート。
本命の戦場は異様な雰囲気を放っていた。
静か。
そう、辺りはしぃんと静まり返り剣戟の音も聞こえない。
そこには異形はいなかった。
本来の姿から人間の姿になったニャルラトホテプを確実に殺しにかかる魔王がいるだけだった。
「なあ、おっちゃん。耐えられないんだけど」
「ああ、退屈か」
「そう、退屈だ」
否、ニャルラトホテプが魔王に合わせていた。手加減された優勢だったのだ。
「ギア上げちゃうけど良いよな?」
「最初からそうするつもりだっただろ?」
次第に響く鉄の叫び声。
甲高いそれは子供の鳴き声にも似て耳の奥に反響する。
「御名答…っとお腹がお留守っ!」
「グハァ」
それは所謂腹パン。
何だか既視感のある光景だったが相対する者が違う。
敵は神。
腹に一撃決め込まれれば背後にぶっ飛ぶしかない。
しかし、そんな状況下でも魔王は嗤う。
それは悪戯をする子供の顔。
ニャルラトホテプは知覚出来なかった。
土煙と紅炎で霞んだ視界には『デモニカ』が紫色の光を放ち霧散するのが。
魔王の両手には『デモニカ』の代わりに二本の『エンゼリカ』。
そして、その二本をニャルラトホテプに向かって投擲する。
その鎌は美しく弧を描きながらヘルヘイムを刈り取りーそれがさも行きつけの駄賃であるかのようにニャルラトホテプの左腕に食らいつく。
が、
「チェックメイト」
左腕に食らいつくまでは良かったがそこで止まってしまった。
だから二本の『エンゼリカ』はいとも簡単に破壊された。
パキンと乾いた音。
ーー想定内!
魔王は吐血する。
「呪怨双拳ー紅炎纏」
勝ちを確信したニャルラトホテプに破れかぶれの一撃。
「はぁ、失望だな。やっぱ大人のが強いわ、キヨ坊」
「咆哮呪怨滅殺!」
俺は思っていた。
何故、必殺技は必殺技足りうるのか。
何故、名前を付けて叫ぶのか。
俺の答案は正義の味方の答えとは違う。
だって俺は正義の魔王。
正攻法は致しません。
だから今はー殺せないから布石を打つ!!
ニャルラトホテプは俺の首を捻ると驚愕した。
そこには何もないのだから。
『デモニカ』はENVYの影響を強く受けている。ENVYはルピナスという幻想に今より遥かに依存していた。
つまり、その能力は。
「クソ、『幻惑』かい」
「首狩ッ!!」
『デモニカ』の二刀による首の切断に特化したー本来なら決め技。
しかし俺は知っている。これでもニャルラトホテプには届かない。
だからこその布石だ。
確かに決め技ではある、が。
決して最強の技ではない。
最強は何気なく、呆気ないものだ。
いや、最凶か?
続けざまに放つのは呪怨双拳。
但し、それは単に呪いを纏いながら殴るのではない。
ラッシュだ。
ラッシュは足を止め、態々律儀にも一発一発を相殺する。
カチコチ…。
その音はニャルラトホテプには聞こえない。
ラッシュを捌くのを愉しむ彼には無駄でしかない。
嵌ったな。
これが正義の魔王のやり方。
さぁさぁ!ご照覧あれ!!
これが俺だ。俺はやっぱりどこまでやっても俺だ。
だから、俺らしく行こうか。




