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12話-魔王の覚悟

 一通りの目的をこなし、アルーシャは屋敷の外に出た。

 けたたましく鳴っていた雷も落ち着いており、あれほど降っていた雨も今は小雨となっているようだった。

 そこら中に血が飛び散り、水と血に濡れた死体が転がる凄惨な光景の庭をアルーシャがゆっくりと歩いていると、入り口の門の方から誰かが彼女の方へと向かってくるのが見えた。

 蒼い装飾が施された甲冑と、騎士団の紋章が描かれた盾。それは紛れもなく、王国騎士団のものだった。

 しかし、アルーシャはその姿を見て逃げたりすることも、手に持つ剣を構えたりすることはない。むしろ、立ち止まってその騎士に話しかけた。

「終わったわ、フェリクス」

 王国騎士団の副団長、フェリクス・クライネルト。

 アルーシャから話しかけられ、彼は仏頂面のままでアルーシャの前で跪いた。

「さすがです、アルーシャ様。お怪我などはされていませんか」

「傷一つないわよ。甘く見てもらっては困るわね」

「これは失礼いたしました。我が主に何かあったとあれば、只事では済まなくなりますから」

 彼もまた、【魔王】であるアルーシャの配下の一人だった。

 このグライスナー領で起こっている一連の事件が、すべてアルーシャの掌の上であるならば当然のことだろう。

 【聖女】であるツェツィを保護したタイミングで、王国騎士団を率いてベルトルト・フォン・グライスナーに審問を行ったなどという偶然があるはずもない。二つは事前に計画されていたのだ。

「そちらも、鼠の始末は終わったのかしら」

「ええ、問題なく。グライスナー伯が放っていた鼠は全て捕らえました。あとはアルーシャ様が書かれた筋書き通りに進めれば良いかと」

 ベルトルトが放った鼠、それはトゥワイスに滞在している王国騎士団に付けられた監視と、各所へ送られる予定であった書簡だ。

 魔法具による連絡は傍受されるリスクがあり、それを嫌ったベルトルトが書簡を配下に運ばせることは予見されていた。そこで、アルーシャとフェリクスは予めそういった者達が通るであろうルートを予測し、兵を置いていたというわけだ。

「よくやったわ。これで彼の思惑は完全に潰えた。正教会も、お仲間の【貴族派】もかなり動きづらくなったはずよ」

「はい。グライスナー伯は【魔王】を裏切った見せしめとして粛清された……と吹聴すれば、すぐに噂は広まるでしょう」

 一夜にして、屋敷に居た者は皆殺しにされた。そういった尾ひれもつけば、人々が抱く【魔王】に対する畏怖もより一層強くなる。

 というのが、アルーシャが描いた筋書きだった。


「――――――では、アルーシャ様。お約束された通り、グライスナー伯を抹殺しようとした理由をお聞かせ願えますか?」

 だが、この筋書きを描くにあたって、副団長であるフェリクス・クライネルトの協力が必要不可欠だった。彼ほどの立場でなければ、多くの騎士を王都から動かせなかったためである。

 フェリクスは既に【魔王】の配下ではあったのだが、それでもここまで大きな事を起こすのには相応の理由が必要だった。しかし、敢えてその場では語らず、アルーシャは返答を保留のままにしていた。

 その理由は、ベルトルトの抹殺はアルーシャにとっては前世の復讐であり、ツェツィーリアを護る覚悟を決めるための通過儀礼のようなものであったからだ。

 そういった状態でフェリクスに【魔王】としての理想を語っても、見え透いた嘘にしかならない。それをアルーシャは嫌っていた。

 だが、今は違う。復讐を為して【魔王】としての覚悟を決めた今だからこそ、言えることがある。

「フェリクス、貴方はこう言ったわよね。王を打倒して国を変えるならば、【貴族派】と手を組むのが最も近道だと」

「ええ、そちらの方が合理的な判断ではないでしょうか。【王党派】に属する王国騎士団の立場から申し上げれば、【魔王】の勢力が【貴族派】と結託して反旗を翻すのが最も脅威となりえます」

「でも、それでは首が挿げ替えられるだけよ。所詮、【貴族派】は王を倒して自分達が都合の良い国を作ることしか考えていないわ。今の王より口先だけは良いから民衆は騙されるかもしれないけれど、結局私達の大切なものは虐げられ、彼らの為に犠牲となる」

「………」

 アルーシャは全ての配下を【魅了】によって支配しているわけではない。フェリクスは自発的に彼女が掲げる理想に賛同し、従っている。

 フェリクスは王国騎士団では珍しく平民出身だ。貧民街で生まれたが、跡継ぎが居なかったクライネルト家の当主に才を認められ、養子として士官学校に通うこととなった彼は、主席で卒業して王国騎士団に入団。騎士団内でも頭角を現し、異例の20代で副団長に抜擢された逸材である。

 騎士団長の娘であるアルーシャは知っていた。フェリクスが血の滲むような努力をするのは、貧民街にいる両親と妹の為であると。

 そして、アルーシャの前世において、貧民街の状況を変えるために、フェリクスは王国騎士団を裏切って【貴族派】についた。

 だが、彼がその後幸せに暮らせたとは思えなかった。【貴族派】にとって、裏切り者の騎士など目の上のたん瘤に過ぎないからだ。それに、選民意識が根強い【貴族派】が、貧民街を救う為に長期的な政策を講じるはずがない。

「貴方の大切なものは、貴方自身の手で護らなければならない。違うかしら、フェリクス」

「いいえ……私も、そう思います。」

「だから、【貴族派】とは手を組まないわ。私は【貴族派】も【王党派】も、全て壊す――――――この回答で満足かしら」

 アルーシャは跪くフェリクスに対して、手を差し伸べる。

 その手指は真っ赤な血で汚れていたが、フェリクスはその手を両手で握りしめた。

「アルーシャ様こそが、私が仕えるべき主であることを再確認いたしました。無礼な問いをお許し下さい」

「別に構わないわ。じゃあ、後は任せるわね」

「承知いたしました」

 フェリクスは立ち上がり、アルーシャに敬礼する。それを見てアルーシャは頷くと、またゆっくりと歩き始めた。


 彼女を見送りながら、フェリクスは先ほどの答えに想いを馳せた。

(やはり、10歳とは思えない聡明さと力強さだ。【聖女】が実在するのであれば、【魔王】もまたこの御方のような存在だったのではないか)

 【ケルレウス正教】の教義において、【魔王】は秩序や平和を乱す絶対悪として語られる。

 貧民街で育ったフェリクスに、信仰に殉じるような精神は欠片もない。【聖女】や【魔王】の伝説も、ただのお伽話だろうと軽く見ていた。

 だが、妹より年下でありながら、理想を掲げて戦おうとしているアルーシャを見ていると、伝説は実際に起きた出来事を基にして描かれ、【ケルレウス正教】が後から自分達の都合の良いようにそれらを書き換えたのではないか、とフェリクスは最近思うようになった。

 圧倒的な力で既存の秩序を破壊した存在、それが後に【魔王】として語り継がれるようになったのではないかということだ。

(いずれにせよ、その答えは近いうちに分かるだろう)

 復讐を遂げて彼女が覚悟を決めたように、この男もまた、主の隣で剣を取る決意を固めたのだった。

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