11話-復讐心
静寂に包まれていた闇夜に、兵士の断末魔が響き渡る。
彼は胸部に細身の剣が着ている鎧ごと貫通しており、口から大量の血を吐きながら絶命した。同じく夜番をしていた相方の兵士も、既に血塗れの状態で地面に伏している。
彼らの血を洗い流すかのように、ポツリポツリと、雨が降り出した。
「あなた方に恨みはありませんが」
アルーシャは剣を引き抜いて、刀身についた血を払う。剣を鞘にしまって物言わぬ屍となった兵士達を見下ろすと、冷淡な声で命令を行った。
「――――――喋りなさい。伯爵は今どこにいるの」
レスデの兵士達にもかけた、【服従】の呪い。その呪いは生きている者だけでなく、死んだ者にすら有効だ。
死後数時間以内という制約もあるが、死人に口なしという常識は彼女には通用しない。
屍となった兵士は倒れたままの状態で、歪に首を捻じ曲げながらアルーシャのほうへ向き直り、口を開く。
「……二階の執務室に」
「そう……ご苦労さま。ゆっくりと、お休み」
そう囁かれれば、兵士は眠るようにゆっくりと瞼を閉じた。
アルーシャは閉じられた門、そして夜空と、順に視線を移す。徐々に雨が勢いを増していくのを感じると、一言呟いた。
「これは……かなり降りそう。早く戻らないと心配してしまうわね」
そして、彼女は再び鞘から剣を抜いて、門を目にも留まらぬ速さで縦に切り裂いた。すると、門は文字通りに真っ二つとなり、鍵は破壊されて門の役割を果たさなくなる。
門が壊れたことを確認すると、アルーシャは真っ赤なドレスの裾をなびかせ、屋敷の敷地内に入っていった。
敷地内に入れば、すぐに噴水のついた庭が見えてくる。暗闇で全貌は分からないものの、かなりの広さだ。ロレーヌ家ほど広大ではないが、辺境伯として力を持っていることの証だろう。
しかし、アルーシャは平然と、我が物顔で庭を突っ切った。屋敷の前に居た兵士がそれを見つけ、酷く驚いた様子で声をあげようとする。
「な、何者――――――」
無論、声は途中で掻き消された。一瞬で間合いを詰めたアルーシャの放った鋭い突きが兵士の喉を貫き、代わりに肉が裂ける生々しい音と掠れた声が喉から発せられる。
剣を抜いて返り血を浴びたアルーシャはすぐさま後方に跳躍すると、槍の穂先が丁度アルーシャが居た場所で空を切った。傍に居たもう一人の兵士が、咄嗟に槍を構えて応戦してきたのだ。
「いい動きね。こんな辺境の地に置いておくのは惜しいわ」
「ば、化け物が!」
兵士は恐怖に手を震わせながらも、距離を取ったアルーシャに槍を向けながら突進する。
アルーシャは体を反らしながら身を屈め、最低限の動作で槍を回避すると、すれ違いざまに剣で兵士の胴体を斬り裂いた。
鎧はいとも容易く切断され、肉に達した刀身は兵士の胴体を大きく裂いて、血を派手に飛び散らせる。兵士は苦悶の表情を浮かべながら、前のめりになって倒れた。
「でも、ごめんなさいね。目撃者は生かして帰すわけにはいきませんの」
降りしきる雨は派手に返り血を浴びたドレスに更に染みを作っていく。美しい蜂蜜色の髪も化粧も濡れて乱れてしまい、頬からは水が滴っている。
彼女がただの令嬢であれば気分を害し、不快感を露わにしたかもしれない。
だが、アルーシャはそんな些事など気にも留めないどころか、表情一つ変えることはない。庭に他の兵士が居ないことを確認すると、屋敷の扉の前まで歩いていった。
――――――ヒトは己の常識で測り切れない、理解のできないモノを化け物と呼ぶ。
他者から見れば、今のアルーシャは紛う事なく化け物だ。
***
「ごきげんよう、グライスナー伯。アルーシャ・フォン・ロレーヌですわ」
ベルトルトの傍を警護していた護衛達を斬り伏せたアルーシャは、うやうやしくお辞儀をする。
二階の執務室、その道中で目についた者達をことごとく殺害してきた彼女は、真っ赤な血化粧で派手に彩られている。
その姿を見れば、彼女がここまでどのような行いをしてきたのか、ベルトルトと護衛に鮮明に想像させた。
そして、護衛は生命の危機を感じて斬りかかったが、返り討ちにあった。
「――――――まさか、テオドール公が悪魔を飼っていたとはな!」
ベルトルトは恐怖と憎悪に顔を引きつらせながら、声を張り上げた。
護衛の惨たらしい死を前に、思わず尻餅をついた彼は、ゆっくりと後ろに手をついてアルーシャから離れようとしている。
「失礼な物言いですわね、グライスナー伯。人のことを、悪魔だなんて」
「貴様のことを悪魔と呼ばず、誰を悪魔と呼ぶのか。ああ、そうだとも。人の皮を被った悪魔だ」
ベルトルトは酷く錯乱した様子で、悪魔という単語を連呼する。
(こんな常軌を逸した存在が、私の計画を邪魔していたというのか)
早く違和感に気が付くべきだった、とベルトルトは胸中で後悔する。
そもそも、次期国王の許嫁であるアルーシャが、こんな辺境までやってくること自体がおかしな話だったのだ。
同時に王国騎士団が動いたことにより、【王党派】のロレーヌ家が背後で動いているという意識が違和感を掻き消してしまったのだが、【聖女】の確保という危険な役割をわざわざ彼女が担う必要はない。
「一体、何が望みだ。地位か、それとも名誉か。こんなことをして、一体何になるというのだ」
企みを完膚なきまでに粉砕され、さらには命さえも奪われようとしている現状に、ベルトルトはアルーシャに対して恨み節をぶつけた。
彼が今出来る、精一杯の抵抗。だが、それも無意味なものに終わってしまう。
「地位も名誉も、必要ありませんわ」
アルーシャは剣についた血を払い、ゆっくりと一歩ずつベルトルトへと近づいていく。
落雷による閃光が窓から部屋の中を照らし、返り血に塗れたアルーシャの顔が露わとなる。
「ただ愛するヒトの為に、全ての障害を斬り伏せましょう」
ベルトルトが最期に見た彼女の目は、憎悪で燃え滾っていた。
「私は――――――我は、悪魔ではない。我が名は、【魔王】」
アルーシャは剣を振るい、ベルトルトの首を落とした。真っ赤な花弁を撒き散らしながら、首は高級そうな絨毯の上に転がった。
剣の柄を強く握り、恐怖の表情のまま固まったベルトルトの顔を、アルーシャは見下ろす。
『ようやく……あなたのもとまで……いけ……ます……ね……』
アルーシャの脳裏に、とある光景がフラッシュバックする。
少年に見せられた、ツェツィーリアの最期。
冷たい牢の中で独り、死を受けいれた彼女はたった一人の名だけを呼んでいた。
本来であれば、ツェツィーリアは【聖女】の力の恩恵で死ぬことを許されない。いかなる外傷も瞬時に回復し、どのような病気も受け付けないのだ。
だが、ツェツィーリアは死んだ。死因は――――――餓死だ。
ヒトである以上、栄養を摂取しなければ生存できない。これは自然の摂理であり、外傷や病気ではないので【聖女】の力ではどうしようもない。
その事実を知る者が、ツェツィーリアを牢に閉じ込めた。自ら生きる気力を削ぐために尊厳を凌辱した上で、だ。
となると、それを実行した犯人は限られてくる。
【聖女】の力をよく理解するために、彼女に対して実験を行う機会があった者。
王を打ち倒した【貴族派】の中でも、特に【聖女】を始末するように進言できるような発言力があった者。
そう、ベルトルト・フォン・グライスナー以外に、該当者が見つからない。
「――――――お前を、決して許さない」
ツェツィーリアを殺したのは、正確に言えば未来のベルトルトだ。たった今死んで、その場に転がっている肉塊のことではない。
それでも、アルーシャは自らの手で復讐を遂げることを選んだ。
自らの手を血に染めてでも、ツェツィーリアを護る決意を固めるために。
『さぁ、再び問おう。アルーシャ、君はこの結末を否定したいかい?』
『私は――――――』
「結末を否定しない。私の愚かさと、この身を焦がす憎悪を、否定しない。愛するヒトを護るため、私は狂ってでも全てを滅ぼす」
私は、我は、魔王なのだから。
アルーシャは踵を返して、執務室をあとにした。




