10話-糸を手繰る者
王国騎士団の副団長、フェリクス・クライネルトからの突然の審問。
一夜明け、早朝から部下に提出用の証拠資料作らせているベルトルト・フォン・グライスナー伯爵は、昨夜から今後の対策を考え続けていた。
(やはり、正教会の関与は確実だ。でなければ、【聖女】の情報が外に漏れるはずがない)
アルーシャ・フォン・ロレーヌにつけられた神殿騎士の護衛も、正教会が裏切ったことを明確に示している。
フェリクスを動かしたのも、王都の【王党派】と正教会が裏で糸を引いた結果だと考えるしかなかった。
はっきり言って、ベルトルトにとってこの展開は、誤算どころか家名存続の危機すらある窮地だ。このまま相手の思うままにさせていては、取り返しのつかない事態となる。
(だが、どうすればよいのだ。被害者としての立場に甘んじなければ、それこそ一巻の終わりだぞ。)
フェリクスならびに王国騎士団の目的は、王命として課せられた【魔王】を名乗る者の勢力の調査と排除だ。
提案の通りに、【魔王】と知らずに騙されて協力させられていたということにしなければ、国教に背いた悪人として処刑されてしまう。
実際には【貴族派】として王に反旗を翻す準備をしていたのだが、彼らにとってはそんなものは些細な問題でしかない。他国から秘密裏に武具や兵器を購入していたという事実は、【魔王】に与したとして捉えられてもおかしくない。
今置かれている現状を整理してベルトルトは頭を悩ませるが、ふと、ここである疑問が頭をよぎった。
(いや待て、王都の【貴族派】は一体何をしていた―――?)
貴族達の中には、相手が【魔王】であると知らずに協力した者もいる。フェリクスは確かにそう言っていた。
【貴族派】はベルトルトのような地方貴族が多いが、王都で暮らす貴族も決して少なくはない。また、地方に領地を持ちながらも、普段は王都に住んでいるような貴族もいる。普通に考えて、【魔王】に協力したとして審問を受けるのは彼らのような存在だろう。
だが、そのような噂や報告は、ベルトルトの耳には一切入ってきていなかった。そもそも、【魔王】を名乗る者の勢力が台頭し始めていることなど初耳だ。
今の状況のように、被害者という立場で反省を見せれば恩赦を与えるという王命が真実であれば、審問を受けた貴族が処刑されてしまったが故に、情報がこちらに流れてこなかったというのも考えにくい。
(まさか、【魔王】は私を陥れるための作り話なのか?事実、正教会と裏で組んでいた私を怯ませる脅し文句としては、これ以上ないほどに効果的だったからな)
そうなれば、また話は変わってくる。王国騎士団と正教会が手を組んで【貴族派】を掃討しようとしたのではなく、彼らを裏で操ってベルトルト個人を狙った何者かがいるということになるからだ。
このまま彼らを言いなりになるのは悪手だ。ようやく自身が掌の上で踊らされ続けていたことを悟ったベルトルトは、面を上げて側近の文官に声を掛ける。
「騎士団が今何をしているか、情報は掴んでいるか」
「あ、はい。トゥワイスの宿を借りて一泊した後は、特に何も目立った行動は起こしておりません」
「そのまま監視を続けろ。証拠資料の提出は最低でも三日は引き延ばせ。言い訳の内容は任せる」
「三日……ですか。承知いたしました」
「あと、正教会とセギュールに使いを送る準備をしておけ。書簡は今から書く」
「正教会はともかく、セギュール伯ですか!?王国騎士団に疑いの目を向けられている中、下手な行動は止めておいた方が……」
「いいから、早くしろ。事態は一刻を争うのだ」
「は、はい!」
難色を示していたものの、ベルトルトに怒鳴られた文官は、慌てて椅子から立ち上がって部屋から出ていった。
文官を見送ったベルトルトは焦りを隠せない様子で、額に汗を滲ませながら眉間に皺を寄せる。
(私を貶めようとしているのが何者かは見当がつかないが……どうか、間に合ってくれ。)
聖女の誘拐、王国騎士団の審問。
一連の事件の黒幕を炙り出すため、情報を集めようとするベルトルト。
しかし、彼の首には既に、死神の鎌が突きつけられているのだった。
***
完全に日が落ち、周囲が暗闇に包まれている。
暗闇に紛れ、トゥワイスの街に灯った僅かな灯りを頼りに、街はずれで街の様子を見ている集団がいる。
レスデから半日かけてやってきたアルーシャ達を載せた馬車と、一足先にトゥワイスに着いていた教団員だ。
教団員はトゥワイスに常駐している兵士に扮しており、周囲を警戒しながらアルーシャに耳打ちする。
「やはり主の見立て通り、ビスマルク氏はグライスナー伯の屋敷内に軟禁されているようです」
「調査ご苦労さま。その他は上手く行っていて?」
「はい。彼らの目は完全に王国騎士団に向いています。証拠資料の提出を何とかして引き延ばし、裏で糸を引いている者を探っているようですが……」
「予想通りに動いてくれて、本当に助かるわ。下手に頭が良いと、変に勘繰ってくれるから」
アルーシャは悪態をつく素振りを見せながら、まるで悪女のような笑みを浮かべる。
裏で糸を引いている者がいるのは事実だ。だが、何もかもを操っているわけではない。
まず、正教会はベルトルトを裏切っていない。【聖女】を公にせず、秘密裏に管理したいという思惑はアルーシャの目的とは相反するものであるため、協力することができないからだ。
だが、アルーシャは【聖女】の存在を知っている。この有り得るはずのないイレギュラーがベルトルトに疑心暗鬼を生み、正教会との仲違いが勝手に引き起こされる。さらにドレスソードという証拠で後押ししてやれば、それは確実なものとなる。
王国騎士団の副団長が口にした【魔王】の噂も、決して彼らが【貴族派】を陥れるためについた嘘などではない。実際に王都では教団が暗躍しており、王の名において掃討が命じられている。
ならば、なぜベルトルトの耳に【魔王】の噂が届かなかったのか。これも、理由は単純明快だ。
アルーシャは、既に王都の【貴族派】をすべて手中に収めているのだ。
「さて、後は全部終わらせるだけね。サーシャ、二人をお願い」
アルーシャは馬車のキャビンにいるサーシャに合図を送る。二人とは、同じく乗っているツェツィーリアとイルマのことだ。
サーシャは黙って頷くが、ツェツィーリアだけが心配そうにアルーシャのほうを窓越しに見ている。それに気が付くと、アルーシャはツェツィーリアのほうへ近寄っていった。
「アルーシャさま。おひとりで、いくのですか?」
「ええ。危ないから、ここで少しだけ待っていて。大丈夫、すぐに連れてもどってくるわ」
ツェツィーリアを安心させようと、アルーシャは笑顔を向ける。ツェツィーリアは目を瞑ったまま胸元に手を当てて、ゆっくりと深呼吸をすると、力強く一言だけ呟いた。
「――――――信じてますので」
アルーシャはその言葉を聞いて一瞬だけ虚を突かれたように目を見開くが、すぐに嬉しそうな笑顔に変わる。
「その言葉、決して裏切らないわ」
それだけ告げると、アルーシャは馬車に背を向けて歩き出した。
道中で教団員から細剣を手渡されると、受け取って強く握りしめる。
(ベルトルト・フォン・グライスナー。あの時の借りを、ようやく返す時が来たわね。)
正直に言って、私個人はそこまで恨んではいなかったけれど。
愛するヒトを未来で傷つけた首謀者の一人だ。
ならば――――――
「ただ愛するヒトの為に、全ての障害を斬り伏せましょう」




