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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
99/123

里帰り7


実戦。

それは、互いが向かい合って『始め』の合図で開始する、というものではない。

もちろんそんなケースも無くはないが、それは実戦では稀なケースであり、多くの場合どちらか一方が先に敵を認識した瞬間に始まるものである。







村の内部へと進む間、私は過去のことを思い出していた。

まず最初に思い出したのは、初めて父さんとララット狩りをしたときのこと。

生きている動物に、明確な攻撃の意思を持って弓を引いたあの日の出来事は、私の貴重な成功体験となった。

と同時に、自分がこの世界で生きていける、と信じるに足る『心の拠り所』にもなったのだ。


続いて頭によぎったのは、初めて訓練を受けたときに、ラミアノさんに教えてもらったこと。

鍛錬や技術に関することではない。

それは心構え。


会敵かいてきした時、最も重要なのは初動。

戦うか、逃げるか。その選択に時間を掛けていては命取りになる。

だからそうなる前に決めておく。腹を括るのだ、と。

その教えは、とても印象に残っていた。


さて、と。

回想を切り上げて、現状把握に集中していこう。

必要なのは、情報。そして不測の事態への対処だ。

情報不足の中、武器を装備したのは、もしかしたら私の過剰反応なのかもしれない。

けれど『備え』というものはそういうもの。結果的に過剰反応だったで終わるならば、それが一番いいのだ。


でも、もし本当に、敵と出会うことになったならば・・・。


「相手が二人以上なら逃げる。一人なら、・・・戦う」


これが私の選択だった。


村の鐘は今は鳴り止んでいる。

だが、代わりに遠くの喧噪けんそうが耳に届くようになっていた。

村の人が叫んでいるようだ。まだ距離があるので、何を叫んでいるのかは全く聞き取れないが。


ここから自分の家に行こうとすると村の広場を通ることになるが、叫び声はその広場の方から聞こえてくる。村の人が何人か集まっていそうだし、もしかしたら詳しい話が聞けるかもしれない。

私は、気を引き締めつつ広場へ向かった。


広場に着くと、そこでは数人の村人が慌ただしく動き回っていた。大きな声で号令を掛けたり、誰かを呼んでいたり。でも秩序は保たれていて、ぱっと見た感じでは、この場所で揉め事が起きている様子はない。

顔見知りの人を探そうと思って、彼らに近づいていく。

皆、明らかに山菜採りの格好。村の外に出ていたと思われる人達ばかりだ。

そうしている間にも、広場に駆けこんでくる者がいる。というより、転がり込んできた感じだ。手ぶらで何も持っていない。山菜採りの道具や背負っていた籠は、途中で置いてきたのかもしれない。


今どんな状況なのか、少しでも聞いておきたい。

私はその内の一人に駆け寄った。


「おじさん、何があったんですか!?」

「武器持った奴らに村のもんが襲われたんだ!今、狩人連中を集めてるが、それは大人の仕事だ。子供は危ねぇからよ。早よ斎場さいじょうに逃げぇや!女子供はみんなそっちに行ってるぞ」


なるほど。村人が賊に襲われたというのは、カロンの言っていた通り。

今は狩人を中心に村の防衛態勢を整えていて、斎場に子供達を避難させているみたいだね。


気付けば、礼を言う間もなく、おじさんはこの場から走り去っていた。

誰もが皆、自分と、自分の守りたいものを優先して行動しているのだ。


我が家に行こうとしていたけど、一旦斎場にも寄っていくかな。

もしかしたらリンが避難しているかもしれない。居なかったら、我が家の様子を見に行く。よし、このプランで。


計画を一部修正した私は、広場の奥にある斎場へ早足で向かう。

そして、斎場の入口までやって来たときのことだった。


「だ、誰かぁーっ!」「わあああっ!」


甲高い子供の悲鳴が聞こえてきた。斎場の裏手からだ。

悲鳴に反応して、私はすぐにそちらへ向かった。


その場所で、遠目に見えたのは、男の子と女の子。

女の子が片膝を突いて、もう片方の足を押さえている。

男の子は、その女の子の傍で気遣っているように、あるいは励ましているように見える。


斎場の裏手は、高さ5、6メートルくらいのちょっとした崖になっていて、裏山に繋がっている。要するに崖を登れば村の外に出られるのだ。だから村の子供達のちょっとした度胸試しの場にもなっていた。


二人は、崖から滑り降りてきたのではないだろうか。

崖の上から降りてきたならば、必然的に村の外から入ってきたということになる。

足を押さえている女の子は、降りてきたときに足を挫いた可能性もあるね。


一通り憶測を立てた私は、二人に声を掛けるつもりで近づこうとしたのだが・・・。


「このガキ!手こずらせやがって!」


ザザザッ!! ダン!


突如、武装した男が崖を滑って降りてきて下に着地すると、二人の前に立ちはだかったのだ。

腰に小剣を装備し、革の胸当ても装着している。私が知る村の狩人の格好ではなかった。

その只ならぬ雰囲気に、私は二人に掛けようとした声を咄嗟に引っ込め、男に気付かれぬよう身を低くした。


ガサガサッ!! ザザザッ!


時間差でもう一人、同じような武装した男が崖を滑り降りてきた。


「ここ村ん中じゃねぇか?おい、ギーブ!さっさと始末しろ!」

「へい、わかりやした!」

「鐘鳴らされてたし、もう村人にも気付かれただろうな。人目に付く前に、さっさとずらかるぞ!」


後から来た方が兄貴分だろうか。先に降りた男に指示を出した。

それを受けて、ギーブと呼ばれた弟分の男は、腰に装備していた小剣を抜く。


離れた位置から見ていた私は、状況を察する。

『始末』する対象とは、状況的に男の子と女の子のことだろう。

男の子と女の子は、この武装した男達に追われて、ここまで逃げてきたんだ。


相手が二人以上なら逃げる。事前にそう決めていた。

でもそれじゃ男の子と女の子が・・・。


「リン!早く立たないと!」「ダフ、逃げて!」


・・・えっ!?

リンとダフ!?


よく見れば、女の子は確かに私の妹、リン。男の子は近所の幼馴染、ダフだった。

片足を押さえて何とか立ち上がろうとするリンを、ダフが横から支えようと試みる。

しかし、リンとダフの正面からは、武装した弟分の男が小剣を軽く振りながら、二人に迫ってきていた。


私にスイッチが入る。

戦うしかない!


「うわああああああああっ!!」


決め事が全て吹っ飛んだ私は、小剣を持った弟分の男に向かって駆け出すと、自分を鼓舞するように叫んだ。

これが狩りならば大声を出す必要はない。でもこの時は、私が注意を引くことで標的となっていたリンとダフから男の気を逸らそうと、本能的に叫んでしまったのだ。


「ああ!?なんだ、このガキ!てめぇからぶっ殺すぞっ!」


リンとダフに向いていた弟分の男は、叫びながら走ってきた私に標的を移すと、迎撃するために腰を落として小剣を構えた。


突進する私と、対峙する男との距離が詰まってゆく。

私の武器の間合いに入った。ここだ、と急制動を掛ける。強く足で踏ん張って、流れる体を止めると、男と正面で相対する形になっていた。


その距離、約4メートル。

訓練場で何度も練習してきた距離は約5メートルだ。この間合いはそれよりも近い。

失敗の許されない状況下。無意識に『絶対に外したくない』という心理が働いたのだろう。

右手の筒をさらに強く握り、左のてのひらで筒の底をぐっと押さえる。

筒の延長線をしっかりイメージして、男の体の中心を捉えるように狙いを定めた。


私が急に止まったのを見て、低く構えていた男の体がすぅっと起き上がる。

当然だ。男の武器は小剣。私に対して振るうなら、あと数歩、間合いを詰める必要があるからだ。

的が広がったことを意識できた瞬間、私は魔言を唱えていた。


《広がれ》


ポンッ!


筒から軽い音が鳴った。

生き死にが掛かったこの場には、もしかしたらあまりそぐわない音だったかもしれない。

だが・・・。


「・・・ゴフォッ!」


私が撃った鉛玉は男の胸に命中した。そこまでは見えた。

そして全貌は、装備していた胸当てごと、男の体を貫通していたのだ。

男は持っていた小剣を落とし、手で塞いだ口から血を零した。

ゆっくりと後ろに倒れて地面で一度バウンドすると、再び地に体を預けてそのまま動かなくなった。


私が人を撃った結果だ。


数秒間、私の中で時間が止まっていた。

結果を脳が認識するまでに、要した時間だ。

けれど、フリーズしてしまった意識の外では、確実に時間が流れていたのだ。

周囲が動いていることを思い出し、しまった、と思ったときには、横から剣の切っ先が飛んできていた。


この場にはもう一人居たのだ。敵が。


「てめえぇぇぇっ!よくもぉっ!」


もう一人の敵。凄い形相で走り込んできていた兄貴分の男によって、私は、既に剣の間合いに入られてしまっていたのだ。

斜めに振り降ろされた剣の軌道が見え、躱し方がわからず、一か八かで横に跳んだ。斬られたかもしれない、と思いながら地面の上をゴロンと転がる。事実、靴の先が斬られていたのだが、この時の私はそれに気付く余裕もなかった。


「ぜー、はー、ぶはぁ!」


たった一度斬られかけただけで私の呼吸は大きく乱され、もはや普段の呼吸の仕方を思い出せない状態になっていた。

土にまみれた体を急いで起こそうとするが、敵の追撃の方が速い。既に剣を振り上げられている。

駄目だ、この体勢では躱せない!


「死ねやぁ!」


敵の掛け声と共に剣が振り降ろされた・・・と思った。

けれど、そうならなかった。


敵が勢いよく前のめりに、ドンと私の横へ倒れたのだ。


「無事か、エルナ!」

「せ、先生っ!?」


敵の背にはナイフが刺さっており、その敵の背から立ち上がった先生の手や服には、返り血が付いていた。

すぐにわかった。

先生が敵の背後からナイフを持って突っ込んできてくれたのだ。


「うぅあ・・・ぐぁ・・・がぁ・・・」


背中にナイフが刺さったままの敵の男は、うつ伏せの状態からうめくことしかできなかった。

そして、抵抗する術がないその男に、近づいていく冒険者。ダルセンさんだ。

抜き身の剣を持ったダルセンさんは、ゆっくり振り上げて、足元の男の頭に叩きつける。

それがトドメとなって、敵の男は呻き声すら出せなくなった。


「ダルセン。あっちもトドメ刺しておいてくれ」

「うん?あの出血じゃあ、流石にもう・・・いや、わかった」


先生が指で指した先には、血だまりの中に倒れている私が撃った男。

先生の頼みに、ダルセンさんは何かを察したのだろう。

倒れたままピクリとも動いていないその男のところへ歩いて行き、剣を逆手に持って、首筋にストンと突き刺した。


身の安全が確保されたのだとわかり、途端に私ははっとなる。

リンとダフは!?

自分が走ってきた方向ってどっちだったっけ?

きょろきょろとリンとダフの姿を探す。


「おねぇちゃーん!」「エルナァー!」


自分を呼ぶ声に振り向けば、私に向かって二人が泣きながら駆けて来た。リンは足を挫いていたはずだが、勢いよく走ってきている。痛みを忘れているのかもしれない。

二人の後ろにはくわを担いだ村人が居る。確か名前はラドバさん。先生達が泊まろうとした宿『木の葉亭』のご主人で、後から知ったことだが元冒険者なのだそうだ。

村の鐘が鳴らされる非常事態。村人のラドバさんに帯同することで、先生とダルセンさんは、他の村人に不審がられず行動できたらしい。

そしてこの現場に遭遇し、先生とダルセンさんは私を、ラドバさんはリンとダフを、二手に分かれて助けてくれたのだ。


リンとダフが無事だとわかり、自身も助かった安堵感が相まって、私の頬にも自然と涙が伝う。

殺されかけた恐怖から徐々に解放されてきて、震えながらも足に力が入るようになり、なんとか立つことができた。


「リーン!ダフー!」


私も涙声になりながら返事をすると、リンは私の懐に飛び込む。

そんな私とリンを抱き込むように、ダフも身を寄せてきた。

実に半年ぶりの再会だったが、私は再会したことよりも、命が助かったことを素直に喜んだ。


くして・・・。

故郷の村で山菜採りの日に起きた、村人が賊に襲撃される、というこの事件。

偶然にも里帰りしたその日、事件に巻き込まれた私であったが、リンとダフを助け、襲撃してきた賊を撃退し、自身もなんとか生き延びることができた。

だが、事件の影響はここで終わりではなかったのだ。


「おねぇちゃん。父さんと、母さんがっ!うわあああん!」


リンの発した言葉で、私はそれを思い知ることになるのだった。


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