里帰り8
大小様々な国が割拠するロッツアリア大陸。
エルナが住む国、リズニア王国は、そんなロッツアリア大陸にある小国の一つだ。
国の東側と北側を高山地帯に囲まれていて、東側の高山地帯は東リズニア山脈、北側はレコールテ連峰と呼ばれている。
この二つの高山地帯こそが、外からの侵略を阻む天然の防御壁となっており、そのまま東と北の国境線となっていた。
第七ホラス村はレコールテ連峰のふもとにある村だ。
村を出て、左にレコールテ連峰を望みながらふもと沿いに東へ進めば、やがて東リズニア山脈のふもとにぶつかる。
そこから先は、両高山地帯に連なる山に挟まれた深い谷間道が続く。馬車一台がかろうじて通れる程度に細く、道の両側は高く切り立った崖の岩壁で、谷底に陽が射し込まないために昼間でもかなり暗い。
その谷間の細道を進んでいくと、一転して道幅が大きく広がる場所に出る。距離的には、第七ホラス村から大人が徒歩で半日くらいの移動距離。谷の終着点というべき場所。
そこには巨大な構造物がそびえ立っている。扇形に広がった土地を端から端まで塞ぐ、まるで谷間を堰き止めたダムのよう。
国境砦。その構造物は、そう呼ばれている。
国境砦について、もう少し説明を加えておこう。
リズニア王国の最も北東に位置する国境砦は、その名の通り、リズニア王国の国境を守る砦であり、ホラス領軍が常駐して守護している。
そんな砦周辺ではしばしば、落石や土砂崩れが発生する。砦自体は平気だが、谷間道が土砂で埋まるなんてことは日常茶飯事だ。
『戦闘訓練よりも道の復旧作業に多くの時間を割く』というのが、砦を守る領軍兵士達の常套句となっている。
だが当の兵士達からすれば、決して笑い話ではない。谷間道は領内からの唯一の補給路なのだから。つまりは生命線なのだ。
ちなみに国境砦の先には、トリルゲート盆地と呼ばれる平原がある。
周囲は全て高い山々に囲まれているのに、そこだけ何もない平原が広がっているのだ。
そのトリルゲート盆地と接している国は3つある。
リズニア王国、ティータラント帝国、そして魔王国だ。
リズニア王国とトリルゲート盆地を通行するために用意されたような道が、前述の谷間道だったと言える。
谷間道は、リズニア王国にとって建国以来の地理的要衝であり、リズニア王国がその出入口に堅牢な砦を造ったのは、必然であったわけだ。
リズニア王国を攻撃する側としては、トリルゲート盆地に大兵力を展開しても、結局は砦正面の一箇所からしか攻撃できない。火力を出せるポイントが限定されては、搦め手を差し込む余地も無く、必然的に攻撃参加できない遊兵ができてしまい、戦力を存分に運用できない。
守る側からすれば、正面からの攻撃だけ対処すればいいので、専守防衛に徹したらまず落ちないという安心感がある砦だ。
また、視点を変えてホラス領視点で見た場合、領内の防衛に関して国境砦一点に集中できるため、戦力を他方面に回しやすい。
ゆえにホラス領軍は他領への補給や遊撃を担うことが多いのである。
エルナが里帰りをした、ある秋の日のこと。
第七ホラス村の東の山中で、村人が賊に襲われる事件が起きた。
時は、事件の前日に遡る。
その日、国境砦の少し西に行ったところにある山の中腹に、8人の男達は居た。
彼らは、とある任務を遂行中であった。
その中のリーダー格である男が、仲間達に声を掛ける。
「ようやくここまで来たな。ここはもうリズニアだ」
仲間の男達がそれに応じる。
「めでたく国境砦の背後に回り込めたわけか。って、国境砦はどこにあるんだ?」
「山の陰になってるからな。ここからじゃ見えねぇが、国境砦はあっちの方角だ。ははっ。本当に来ちまったぜ」
「もう後戻りは出来ねぇ。戦争のどさくさに紛れて帝国に帰れる日が来りゃいいがな」
彼らはティータラント帝国の工作員。
リズニア王国に潜入し、先に潜伏している同胞の組織に合流する。そして諜報活動、工作活動を行いながら、リズニア王国を弱体化させる。
それが彼らの任務である。
ティータラント帝国はリズニア王国の北にある中堅の軍事国家。
両国は地理上では隣接しており、国境線に相当するのがレコールテ連峰である。
別に二国間で取り決めたわけではない。踏破できない山々が連なるレコールテ連峰。両国の間にあるそれが、国境線になるべくしてなっただけのことだ。
少々長くなるが、ティータラント帝国の成り立ちについても説明しておこう。
この国は、かつて傭兵国家と呼ばれていたことがあった。初代皇帝が傭兵から成り上がって国を興したことが起源となっていて、傭兵の地位が高い時代が長かったからだ。
建国初期はそんな国柄も手伝って好戦的に領土を広げてきたが、自国の北と東は人類生存圏の限界まで到達してしまい、西と南に新たな土地を求めていた。
新たな土地として真っ先に候補に挙がったのが、国の南東部に広がるトリルゲート盆地。
人の手が入っていない平原で、ここに拠点を築こうと思うのは、人間であれば至極当然の発想であった。
だが、拠点を築くことはできなかった。
トリルゲート盆地の東にあるとされる国、魔王国。その魔王国が許さなかったからだ。
曰く、トリルゲート盆地は中立地帯。通行するのは自由。戦場にするのも自由。しかし、村や街などの居住区を造ることは許可しない、と警告を受けてしまった。
外交圧力と言えばそれまでだが、実際はもっと強制的で有無を言わせぬものだった。
何せ魔王国とは、この世界の共通ルールすら定めることができてしまう程の、強大な力を持つ国家だったからだ。
もっとも、そんな事情を知るのは国の上層部だけ。それもほんの一握りに限るのだが。
ともかく、トリルゲート盆地の属領化を断念するしかなかったティータラント帝国。
ならば、と次は西に目を向けた。
西にある国、それがナズカリーニャ王国。ティータラント帝国は、ナズカリーニャ王国から領土を切り取ろうと目論んだ。
だが、ナズカリーニャ王国は非常に手強い相手だった。
規模は中堅ながら、このナズカリーニャ王国は戦略が巧みで、作戦立案段階で互角でも、軍事行動に移す段階になると、なぜかこちらが劣勢状態になっている。そんな戦い方をする国であった。
ティータラント帝国はナズカリーニャ王国に何度も戦いを挑むも連戦連敗し、西への進出は大きく躓いてしまった。
そこからティータラント帝国は、雌伏の時代に入る。
直接的な軍事行動を控え、内政を整える方針に転換を図った。
さらにはナズカリーニャ王国を見習って、戦略を重要視するようになり、他国への工作活動を積極的に行ったのだ。
皇帝が代替わりしてもその方針を継続させ、自国の姫を隣国の有力者に嫁入りさせるなど、国を跨いだ婚姻を積極的に結び、隣国に足場を作っていった。
さらに皇帝が何度目かの代替わりをした頃、ナズカリーニャ王国との関係はすっかり良好となっていた。
ここに至り、ティータラント帝国は長きに亘り温めていた方針を表に出すことにした。
それが『ナズカリーニャ王国と連携し、リズニア王国の領土を奪う』というもの。
北と東に土地は無く、西はナズカリーニャ王国で塞がっている。
だからこそ、レコールテ連峰よりさらに南の土地を手に入れる。
それが彼らの悲願であった。
とはいえ、リズニア王国の国境砦は正面から突っ込んで落ちるものではない。
あれは守る側に有利すぎるのだ。
落とせないならば、どうにかして無力化できないだろうか。
そう考えたティータラント帝国が打ち出した策。それが、レコールテ連峰を抜けてリズニア王国まで越境すること。建国以来、まだ成しえていない踏破ルートを開拓することだった。
とはいえ、レコールテ連峰に自国から入るルートは調べ尽くした。
では、トリルゲート盆地から入山するならばどうか?
ティータラント帝国は、国境砦から監視しているリズニア兵に気取られないよう細心の注意を払い、定期的に山岳登山技術に優れた少数精鋭部隊をトリルゲート盆地に送り込むようになった。
やがて入山の候補地点が定まると、毎年、夏から秋に掛けて、一年を通して雪が融けるこの時期に入山して登山道を造り、整備していった。
そうして長い年月を掛けて、少しずつ、少しずつ、越境ルートを切り拓いていったのである。
そう。今ここに居る工作員の男達は、文字通り、そうした先人達の足跡を辿って越境してきた少数精鋭部隊だったのだ。
とはいえ、越境ルートは過酷だ。部隊はほぼ毎年送り込まれているが、時には全滅の憂き目に遭うことも。今年は12人部隊だったが、60日余りに及ぶ越境の道程で仲間4人を失い、ここまで辿り着けたのは8人であった。
「さて。この崖を降りるわけだが、どうする?ロープを使うか?」
「流石に下までは届かねぇぞ」
「最後、飛び降りれる長さがありゃいいだろ」
「そうだな。一人ずつ降りていこう。先に毛布を降ろして敷いておけ。落とせる荷物は上から落とすぞ」
「この場所にロープは残せない。最後の一人は道具無しになる」
「では、あっしが最後になりましょう。下の水溜まりに飛び降りて衝撃を逃がすんで・・・。まぁ、何とかしますよ」
「よし、頼むぞ」
工作員の男達は相談して方針を決めると、10メートルはあろうかという高さの崖を、一人ずつロープを伝って慎重に降りていく。
そして最後の一人は、掛けていたロープを下にいる仲間に回収させると、何度か屈伸運動をしてからせいやっと飛び降りた。
バシャン!ごろん!
着地は狙い通り。水溜まりは膝くらいの深さがあったため、水しぶきが周囲に勢いよく跳ね広がる。
男は水の底に足が着いた瞬間、すぐさま前転して受け身を取り、残った衝撃を分散させた。
「おい!大丈夫か!?」
「へへっ。なんとか無事ですよ。びしょ濡れですがね」
「ふー。心配させやがんな」
こうして彼らが全員崖の下まで降りた頃には、既に陽が落ちて、辺りは暗くなっていた。
「よし。ここで一晩明かす。夜が明けたらアジトを目指そう。悪いが火は使うなよ。ここまで来て敵に見つかるわけにはいかねぇからな」
「おう」「わかってますよ」
暗闇の山中、下手に移動すべきではないと判断した彼らは、火を熾さず、崖下で固まって一晩明かすことにした。
その結果、最後に飛び降りた男が、濡れた体を十分に乾かすことができないまま秋の夜風に晒され、体温を奪われてしまい、この後少々体調を崩すことになる。
とはいえ些末なこと。作戦行動に支障をきたすものではない。そう思われた。
この時点では誰も知らなかったのだ。
これが彼らの命取りになろうとは。




