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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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御忍び9


「やれやれ。終わったねー」

「ぷはぁー!緊張しました!やっと解放されましたー」


礼を解いたラミアノさんと私は、椅子に腰を下ろして一息つく。

急な査察だったこともあるが、それ以上にお偉いさんを相手にしたことが私の気を張らせたのだ。

事務方の役人さんらしい服装だったけど、常に優雅な雰囲気を纏っていた監査官のラティさん。

ギルド長や副長、セロトラエ様の態度からして結構偉い人だったんだろう。


「疲れたかい。意外と普通に話せてたように見えたけどね」

「そんな事ないですよ。失礼が無いようにずっと気を張ってましたから」


普通に話せてたとすれば、それはラティさんの人柄と手腕だと思う。

あれは絶対仕事できる女性ひとだ。うん、間違いない。


「もう昼になっちまってるが、仕方ない。今から昼食にしよう。でも急いで食べる必要はないからねー。午後の訓練は開始時間を後ろにずらして、今日は軽めにするよ」

「はい、わかりました。・・・あ」

「ん?どうかしたかい?」

「そういえば・・・剣術の足捌き。いつも訓練でやっているじゃないですか。だから意識せずともつい目で追ってしまったんですけど、護衛に付いていた方々は流石でしたね。隙のない立ち振舞い。私でも分かりました。勉強になりましたよ」


周りを固めていた護衛の方々、動作が洗練されていて恰好良カッコよかったなぁ。

私が訓練で木剣を握って、まず最初に教わったのが足の運び方。これを自分の剣術の基礎とすべく日々鍛錬を重ねている。

ある時は意識して、ある時は逆に意識しないようにして、その技術を体に馴染ませるために現在進行形で試行錯誤を繰り返しているのだ。

だからわかった。あれは鍛錬の賜物たまものなのだ、と。


「あっはっは。ちゃんと見ていたかい。感心だねぇ」


ラミアノさんも肩の力が抜けてきたのだろう。私の言葉に嬉しそうに笑う。

そして、ふと何かを思い付いたのか、こちらへやや身を乗り出しながら人差し指をぴっと立てた。


「そんじゃ、一つ質問だ。今日ここに来てた連中で一番強そうなのは誰だと思ったかい?」

「えーと。ギルド長は除外していいんですよね?」

「ああ、もちろん。ギルドの人間は対象外さ」


何か引っ掛け問題のような雰囲気がしたので、確認の意味を込めて一応聞いてみた。

私は護衛の人達の話をした。なのにラミアノさんは『護衛の人達の中で』とは言わず『今日ここに来てた連中で』と言ったからだ。

・・・待てよ。この言い回しだとセロトラエ様も対象になるか。

でも流石にセロトラエ様は違うだろう。


「うーん。・・・ラティさんの後ろに控えていた男の人じゃないでしょうか。確かヴァーラントさんでしたっけ。扉の内と外を護衛していた人達よりも、護衛主であるラティさんに近い位置にいましたから」

「ふんふん。いい読みだね。あたしもそう思ったよ」


私は思った通りに答える。

対するラミアノさんの答えも素直なものだった。

どうやら勘繰り過ぎだったみたい。


「ラミアノさんは相手を見ただけで力量が分かるんですよね?」

「いんや、無理無理」

「あれ?でも以前そんなこと言ってませんでしたっけ?」


顎に手を当てて記憶の糸を手繰り寄せる。

・・・あれは確か仕事に就いたばかりの頃。初めて訓練場に行ったときだったか。出会って間もないのに、私が弓を使えることをラミアノさんが見抜いたんだった。私の指先の皮膚が厚くなっている部分とか筋肉のつき方からわかったって言われたことがとても印象に残っている。

でもよくよく思い返せば、私の力量まで見抜いたって話じゃなかったな。


「相手の力量は、見ただけじゃわからんよ。得物を手にして向かい合って、それでも足りない。数合打ち合えばまぁわかるかな。世の達人とか呼ばれる連中ならまた違うんだろうが、少なくともあたしゃ相手を見ただけじゃあ力量はわからんね」

「一番強そうなのは誰だ、なんて質問したからには、何か思うところがあったんじゃないかって勘繰っちゃいましたよ。あはは」

「んー。まぁ思うところがなかったわけでもないさね」

「え?」

「たぶん、だけどね。あの監査官。かなり強いんじゃないか、って」

「!?」


意表を突かれた私は目を丸くする。


「ラティさんって、武芸なんて縁の無い事務方の女性にしか見えませんでしたよ」

「いや、実際どうかわからんよ?さっきも言ったけど、見ただけで相手の力量なんざわかりゃしない。だからこれはあたしの直感みたいなもんさ」

「当たっていても外れていても、その直感が働いたことが話としてとても面白いですよ。さっきのラミアノさんの言葉を借りるなら、数合打ち合って力量を量ってみたいところじゃないですか?」

「だぁね。もっとも、あんなお偉いさんと立ち合うような事態は御免被るけどねー」

「あはは。そうですね」


茶化したような雰囲気になったが、ラミアノさんは、すっと真面目なトーンに切り替えて言葉を続ける。


「人に限った話じゃなく獣なんかもそうだけどさ。実際ね、一見弱そうにしか見えないのに実は強い、ってのは結構あるんだよ。そういうのは本当におっかないんだ」


これは教訓だ。

私でもわかる。強いと気付いたときには死んでいる、ということなのだろう。そりゃおっかないよね。







査察後。

監査団一向を乗せた馬車は、まず役所前で停車し、会計の査察を担当したセロトラエが単独で馬車から降りた。


「セロトラエ。報告書にまとめ、後日提出せよ」

「はっ!」


馬車の中から監査官のラティが命令し、それにセロトラエが応じると、馬車は再び走り出す。

そして、すぐ隣の区画にあるオルカーテで一番大きな館に到着した。


オルカーテ領主館。

正しくはホラス領領主館であるが、領内に住む者は所在する街に由来してオルカーテ領主館と呼ぶ者の方が多い。

広い敷地の中にあるその施設は領主が執務を執り行う場所であり、敷地内の一画には領主の住居もある。また、敷地の周囲には多くの役所施設が隣接しており、領都の中枢というべき拠点だ。

当然ながら、オルカーテで最も警備が厳重な場所でもある。


監査官のラティ。

補佐官のミーシャ。

護衛のヴァーラント、マグラナ、リマリエ。

彼ら五名は館の中に迎え入れられると、迷わず領主室へ入っていった。


部屋の中は人払いされて五人だけ。

護衛の三人はすぐさま部屋のど真ん中にソファを一つ用意すると、ヴァーラントとマグラナは扉の前に、リマリエは部屋の奥にある領主の執務机の脇に移動した。主の側か、部屋の入口か、というこの位置取りは護衛の三人が事前に決めており、交替で行っていた。

ラティは外套を外して領主の椅子の前に立つと、周囲の四人に対して労いの言葉を掛けた。


「お疲れ様でした、皆さん。ミーシャ様、どうぞお掛けください」


補佐官と称していたミーシャは羽織っている外套はそのままに、被っていたフードだけ脱いで頭を出す。ギルドではおさげにして粗雑に跳ねていたはずの緑の髪は、いつ整えられたのか、美しくまとめ上げられていた。

護衛らが用意したソファにゆったり座ると、ミーシャは穏やかな表情を見せてラティに話しかけた。


「レティシア、ご苦労でした。今回は助かりました。貴女あなたもお掛けなさい」


そう言われて、ラティを名乗っていた領主レティシアは内心でホッとする。


今回とは、つまり箱の魔道具を冒険者ギルドが通信に使用したことに起因し、結果としてリズニア王国が軍事利用してしまった一連の事態を指している。

これはホラス領領主の彼女にとってかなりシビアな案件であった。選択を誤れば自身の命はおろか、最悪の場合リズニア王国が傾くこともあり得ると考えていた。

ミーシャにそう言われたならば、第一関門はくぐり抜けたということだ。だが同時にまだ危機が去っていないこともわかっている。


「失礼します」


表情を崩さず、内心を引き締め、しかし優雅にレティシアは領主の椅子に腰掛ける。

そのレティシアの所作を、あたかも子供を見守るように目線だけで追ったミーシャは、彼女の心理を正確に把握した上で、優しい口調で語りかけた。


「今回の件、わたくしでは裁定を下せません。結果が出ましたら報告します」

かしこまりました」

「どのような結果になるかはさておき、速やかに連絡してくれたことに関しては、わたくし個人として報いたいと思います。何か希望はありますか」


そう言われてレティシアは、胸中驚きはあったが、それは表情には出さない。

努めて平静に答える。


「・・・では、光の魔道具の購入権を」

「増やしておきましょう。他にはありますか」


・・・他に?

そう促され、レティシアは対価のさじ加減を量るべく少し俯く。そしてすぐに顔を上げ、素早くミーシャの背後、部屋の扉の前に立つ護衛のヴァーラントをちらりと見やった。


「・・・もしよろしければ、ヴァーラント、マグラナ、リマリエに剣術を一手、御指南頂ければ、と」

「あら・・・。これは嫌味ではないのだけれど、わたくしの剣術はヒト族が真似るには難があるわよ」

「構いません。参考にならないものを見る、という経験を頂戴したいのです」

「ふーん。まぁいいでしょう。では次に来るときにね」

「ありがとうございます」


レティシアは深く頭を下げて礼を言うと、水差しから陶器のカップに少しだけ水を注いだ。喉を潤すためではない。会話に一呼吸置くためだ。

優雅にカップを持ち、唇を濡らす程度に口を付け、今のやり取りを思い返し安堵する。


今回の件に関してレティシアは、こちらがお叱りを受ける側としか考えていなかった。まさか報いて頂くことになるとは思わなかったのである。

予期せぬタイミングで褒美を問われたが、辞退はできない。くれてやると言われたから受け取らないといけないのだ。

かといってどの程度を要求すればいいのか、まったく手掛かりが掴めない。


例えるなら白紙の小切手を渡され、欲しい金額を好きに書け、と言われたようなものだ。

けれども、好きに書けと言われても書けなかった。

相場は存在しない。だから自ら値付けをするしかないのに・・・。


魔王国相手に?


そう思った瞬間、国内の貴族や商人に対して交渉するのとは桁違いのプレッシャーを感じてしまった。

高所から見下ろされ、度量を試されているような感覚に陥り、思考の深みに嵌まる。

等価値となるものを見い出すことができなかったレティシアは、結果的に望外の対価を受け取ることになったのだが、己の未熟さをはっきりと自覚させられた。

と同時に安堵したのは、手心を加えてもらったことがわかったから。

渡された白紙の小切手に途中の計算式だけ書いたら、ミーシャに模範解答付きで添削してもらえた。つまり授業を受けさせてもらったと理解したからだった。


会話に間合いを取ることができたレティシアは、次にギルドの娘(エルナ)との約束を果たすべくミーシャに問う形で話を振った。


「お返しする魔道具の設計者、コウメイ様とおっしゃいましたか。ギルドの娘が会うことを切望していましたが」

「まぁ難しいでしょうね。彼女が我が国から外に出るのは。・・・何せ、亭主が過保護だから、ね」


最後の、亭主が過保護だから、という言葉は、ぼそっと口から零れたような言葉で、ほとんど呟きに近かった。だからレティシアは気にはなったものの詮索しないことにした。


レティシアが追及してこないことを察知するとミーシャは自嘲気味に微笑し、言葉を続けた。


「できればコウメイという名はあまり吹聴ふいちょうしないでほしいわ。お願いできるかしら」

緘口令かんこうれいを敷くのは逆効果でしょう。魔女様呼びで上書きするのがよろしいかと。何とお呼び致しましょうか」

「そうねぇ・・・」


そう尋ねられて、目を閉じ、頬に人差し指を当てて少し考え込んだミーシャは、やがてすぅっと瞼を持ち上げ、その瞳にレティシアを映す。


「では仮称ですが・・・『御旗みはたの魔女』としておきましょう」


御旗・・・?

一瞬だけ戸惑ったレティシアであったが、その由来を尋ねるようなことはせずただ一言だけ。


「承知しました」


そう返事をしてこうべを垂れた。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

しばらく投稿をお休みしてリフレッシュしてきます。

戻りましたらまたよろしくお願いします。

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