御忍び8
「構いませんよ。気にせず話してください」
ラティさんは興味深そうに先を促してくれる。
私は机に置かれた箱の魔道具を手で指し示しながら、前置きの説明をし始めた。
「こちらの箱の魔道具なんですけど、ある操作をすると裏蓋が外れるんです」
「裏蓋、ですか?ここに来る前にわたくしも手に取って見たのですが、どこにも継ぎ目など見当たらないから不思議だったのです。どうやって組み立てたのか見当もつかなかったのですが、裏側から開くのですか?」
「はい。何度か外したことがある私も、どこが継ぎ目なのかわからないんですよね、これ。別に壊れたりはしないんで、今お見せしましょうか?」
私の提案に、ラティさんは少しだけ逡巡して頷く。
「お願いするわ。エルナさん」
「それじゃ魔石を・・・」
この仕事場にマレットは備えられていない。となれば、初心に帰って魔力素材の手置きだ。
そう思って私が椅子から腰を上げようとしたら、ラミアノさんが私に先んじて立ち上がる。
「座ってな、エルナ。魔石六種だろ?持ってくるよ」
「ありがとうございます、ラミアノさん」
目の前の監査官相手に集中しろ、ということだろう。
ラミアノさんは備品棚の鍵を開け、無属性含む六種類の属性の魔石がセットで入っている箱を取り出して持ってきてくれた。
箱の魔道具を検証していた頃によく使っていたティッシュ箱サイズのそれは、私とラミアノさんの間で通称『魔石六種』と呼んでいた。
もっとも今回使うのは無属性以外の五種類なんだけどね。
魔石六種を箱の魔道具の横に置いて、準備オッケー。
「お待たせしました。では始めますね」
よし、一丁やりますかー。
まずは魔石六種から火属性の魔石を取り出して、と。
「最初は『火』を乗せて・・・。『土』と交換して・・・」
次々と光の色を変える魔法陣に魔石を乗せては摘まみ上げる。何度もやった反復動作だ。
マレットでの操作は通信士のみんなの方が上手だけど、魔石を一つずつ選んで操作するのは検証実験で鍛えた私が一番上手いんじゃなかろうか。
「最後に『水』と交換して・・・。はい、これで終わりです」
「え?箱の魔道具を光らせただけですか?」
「はい。これで裏蓋が外れているはずなんです」
使った魔石セットを一旦横に置き、箱の魔道具を軽く持ち上げる。
うん、ちゃんと外れているね。
一安心する私。それに対して、机の上にぽつんと残された金属の蓋を見て、目を丸くするラティさん。
「まぁ・・・。本当に外れているわ。でもどうして・・・」
「実は、光らせる色の順番が重要なんですよ」
赤、橙、黄、緑、青。
この組み合わせで二巡。
ゆっくりやっても素早くやっても、大体同じ間隔で操作すれば裏蓋が外れる。
操作の条件はかなり緩いことがわかっている。
かつて検証したそれらの結果を、ラティさんに一つ一つ説明していった。
「・・・と言うわけなんです。外れる原理まではわかりませんけどね。それで、裏蓋が外れた魔道具なんですが、ひっくり返すと裏側に銘が刻まれていて・・・これです!」
上下逆さまにした魔道具を持ちながら角度を付けて、銘が刻まれている箇所をラティさんにお見せする。
「なるほど。コウメイ・・・と書かれていますね」
「はい!この素晴らしい魔道具を設計された魔女様の名前なんじゃないかって思うんですよね!」
「魔女様の・・・」
ほんの一瞬。ラティさんの美しい切れ長の眉が顰められた。
それは本当に些細な変化だった。私も全く意図していなかったそれは、対話のあいだ常に優雅で穏やかな表情をしていたラティさんが初めて表に出した『曇らせた表情』だった・・・。
しかしラティさんとは対照的に、魔女様の話になった途端気持ちが昂ってしまった私は、勢い余って話を続けてしまう。
考えるより先に口から言葉が出ていたというべきか。
「ここまでが前置きで、それで本題の、私の望み。この魔道具の設計者であるコウメイ様に会いたい、会ってお話してみたい!・・・そんな機会が、私の欲しい物、なんです」
『物』という発想が出て来なかったがゆえに・・・。
欲しい物を飛び越えて、私は『願い』を伝えてしまった。
それは例えるなら、小さな子供が憧れのスポーツ選手に会いたい、というような無邪気な『願い』。
実際、私は八歳児。だから年相応の『願い』と言えなくもない。
それゆえ、言ってから徐々に冷静になってくると、こんな子供の戯言は一笑に付されるだろうと想像が付いた。
けれど意外にも、ラティさんの返事は真剣だった。
「わたくしはコウメイ様という方を存じ上げません。ですからわたくしからその方に何かできるというわけではありませんが・・・」
先刻、一瞬だけ表情が曇ったように見えたラティさんだけど、気のせいだったみたい。
今は表情も口調も穏やかだ。
「もしわたくしが面識ある別の魔女様にお会いする機会があったならば、貴女がそう言っていたことを伝えましょう」
「えっ!?いいんですかっ!?」
「ええ。約束しましょう。伝えるだけなので、会えるように取り計らうことはできませんが」
「そ、そんな、十分です!ありがとうございます!是非よろしくお願いします!」
ラティさんに何度も頭を下げてお礼を言う。
魔女様と接点が持てる日がいつか来るかもしれない。
そう思ったら胸の奥から高揚感が沸き立ってくる。
ずっと『畏怖』の対象だった魔女様が、いつの間にか『憧れ』の対象に変化していることを、私はこの時自覚した。
喜びを抑えられない様子の私を微笑ましく見ていたラティさんだったが、斜め後ろに控えていた補佐官のミーシャさんにふと声を掛けた。
「ミーシャ補佐官。貴女もエルナさんに何か尋ねることあるかしら?」
「そうですね・・・。査察とは全然関係なく興味本位なのですが、エルナさんが赤、橙、黄、緑、青の順で光らせようと思ったのはどうしてですか?」
えーと。
そもそもの切っ掛けは、箱の魔道具の検証実験のためだったんだよね。
ラミアノさんに箱の魔道具を子爵邸に持って帰ってもらって・・・。
それで、帰る途中のラミアノさんに馬車の中で退屈させないように、バリエーションを付けて光らせようとしたんだった。
では、なぜ、赤、橙、黄、緑、青の順で光らせようと思ったのか。
それは光の波長の長い順を知っていたから。
この順は、言い換えれば虹の色が並んでいる順番だ。
この事はラミアノさんにも言ってなかった。
けれど・・・。
「・・・虹の色が並んでいる順番なんです」
ラティさんが魔女様に言伝をしてくださる、と。しかも約束までしてくれたのだ。
そのことに対する感謝の気持ちがあって、このラインまでは正直に話そうと思った。
流石に光の波長までは話せないし。
「まぁ。それは素敵ですね。この部屋から虹が見えたのですか?」
「いいえ。試したときに虹が出ていたわけではなくて、虹の姿を思い出しながら、です」
これも嘘ではない。
物理学の知識として順番は知っていたが、虹の姿を思い描いたのは本当だ。
「答えてくださってありがとうございます。とても興味深い話でした」
ミーシャさんは顔を少し横に傾けながら笑顔で礼を言ってくれた。
うひゃあ。可愛いのに少し色気もあってドキッとした。
やっぱりとても整った顔立ちしているよ、このお姉さん。
「あの、その、裏蓋を戻しますね」
何やら気恥ずかしくなったのを誤魔化すように、持っていた魔道具を机上の裏蓋に乗せる。
何度やっても不思議で面白い。これで継ぎ目がわからないくらいピッタリと嵌まるのだから。
「これでよしっと。二つとも元に戻りました」
「確かにちゃんと嵌まっていますね。では魔道具は片付けさせて頂きます」
裏蓋をちゃんと元に戻したことを伝えると、ミーシャさんは箱の魔道具を鞄の中へ丁寧に仕舞い始めた。
二つの魔道具はこれにてお役御免ということだ。
もう触れる機会が無いのかと思うと少し寂しいね。
ミーシャさんの片付けを見届けたラティさんが、私達に向いて姿勢を正した。
「さて。これで査察は終了です。ご協力感謝します」
まだ何か聞かれるかもと思っていたが、どうやらもう終わりのようだ。
立ち上がって頭を下げるラミアノさんを横で見て、私も一緒に頭を下げる。
査察は時間にして30分も経っていないし、それほど多くを聞かれたわけでもない。
しかし気を抜くタイミングが一切無く、私は常に緊張の糸を張っていた。
ラティさんが立ち上がりくるりと部屋の入口に向くと、入口の前に立っていた女性の護衛官リマリエさんは素早く扉を開ける。もちろん護衛主をお通しするためだ。
部屋からラティさん、ミーシャさん、そして護衛の方々が順に退出していく。
私達はその間、ずっと頭を下げ続けていた。
パタンと部屋の扉が閉められ、やがて廊下の足音が完全に聞こえなくなって、そこでようやく私達は頭を上げたのだった。




