御忍び7
この仕事場にぞろぞろと人が入ってきた。1、2、3・・・4人。
監査官のラティ様・・・気軽に呼べと言われたのでラティさんと呼ぼう。いま入ってきた4人は、そのラティさんの後ろに控えた。
まず1人は若い女性の文官。両手で大きな鞄を持っている。
残り3人は帯剣しており、一目で護衛だとわかる。護衛は男性2人と女性1人。雰囲気が兵士というより騎士っぽい。
「始めにこの者達を紹介しますわ」
にこやかな表情で話し掛けてくるラティさん。彼女は金色の髪がまず目を引き、声は透き通るような魅力的な響きだ。
推定20代後半に見えるとても上品で綺麗な女性。
物腰も柔らかくて優しそうだけど、仕事ができるキャリアウーマンって感じがするぞ。
「こちらはわたくしの補佐です」
「監査補佐官のミーシャと申します」
後ろに控えていた文官の女性をラティさんが紹介すると、紹介された女性は名乗りながらペコリと頭を下げた。
二十歳手前だろうか。緑色の髪と吸い込まれるような青い瞳が特徴的だ。
頭の後ろで束ねた三つ編みを二つ下げている。だがその三つ編みは少々雑で、所々髪が跳ねていた。
八歳の私如きが言うのも烏滸がましいが、ちょっともったいない。
前世の少女漫画で鍛えた目に狂いが無ければ、三つ編みを解いたら美人さんになるタイプではなかろうか。
「あとの者達は護衛官です。こちらからヴァーラント、マグラナ、リマリエ」
先に呼ばれた二人は男性で、一番最後に呼ばれたリマリエさんは女性だ。
三人共、二十台前半に見える。加えて美形揃いだ。
よくよく注意してみると、彼らは会釈をしない。
後でラミアノさんに聞いたら、護衛を生業とする者は護衛対象から目を逸らすような行動を極力避けるからだそうだ。
礼が必要な場合でも、護衛は省略したり最小限の動きで済ましたり。それが許されるらしい。
「他にも会計監査官が廊下に1名おりますので、監査団は計6名になります。どうぞよろしくお願いしますね」
とてもいい笑顔のラティさん。
廊下に1名と聞いて彼らの背後をふと見れば、部屋の扉は開きっ放しで、廊下から副長ともう一人、面識のある男性が覗き込んでいる。
あの方は・・・去年の秋、徴税官として私の村にやってきたセロトラエ様だ。
・・・へ?
セロトラエ様、こんなところで何やってんの?
私と目が合った副長とセロトラエ様は、二人揃って何とも気まずそうな顔をしている。
そういえば副長も久しぶりだった。
昨日王都から帰ってきたばかりの副長は、もうこっちで仕事を再開していた。昨日は私と会う機会が無かったので、今こうして廊下から覗いている顔を見たのが本当に久しぶりの対面となる。
そんなことを考えていたら、
ぱんっ!
と柏手が響く。
皆の視線が、手を合わせた状態のラティさんに一斉に集まった。
「さて。ダレンティスさん。貴方はストワーレさんと一緒に会計の監査が待ってますよ。セロトラエ監査官、しっかりお願いしますね」
「はっ!」
廊下から覗くような姿勢だったセロトラエ様は途端にビシッと直立し、とても良い返事をする。
ええと・・・?
つまり会計監査官ってセロトラエ様ってこと?
そんでもって、立場的にラティさんはセロトラエ様の上司っぽいよね。
護衛も付いているし、ラティさんってかなり偉い人なのかもしれない。
眉をハの字にしたギルド長は仕方なくといった感じで廊下に出る。
そして副長、セロトラエ様と一緒に、気まずそうな面持ちで本館の方へ移動していった。
うーん、なんだかなぁ・・・。
今一つ締まらない雰囲気の中、護衛の三人が動き始めた。
マグラナさんが廊下に出て扉を閉め、女性のリマリエさんが部屋の内側で扉の前に立つ。
入口の扉を挟んで内と外に護衛が立っている状態だ。
ヴァーラントさんはラティさんから一歩後ろの位置に控えた。
言葉を発すること無くとも彼らの一連の動きは滑らかで、予め決められていた配置なのだとわかる。
一時的に緩んだ部屋の雰囲気は、護衛の配置が完了した頃には自然と引き締められていた。
「ラミアノさん、エルナさん。どうぞ楽にして椅子にお掛けください」
「「はい」」
私達が礼を解いて椅子に座ると、ラティさんも近くにあった適当な椅子に腰掛け、補佐官のミーシャさんに指示を出す。
「例の物を」
「はい」
ミーシャさんは短く返事をすると、持っていた大きな鞄を机に置き、中から箱のような物を二つ取り出して横に並べた。
見れば、箱のような物というか、箱の魔道具だった。
「こちら素材工房へ来るより先に、ギルド本館の特別室でも監査を行いました。特別室では通信士の方にお願いして、『通信』を実演してもらいましたの。わたくしはとても素晴らしい技術だと思いましたわ。この技術を確立するために貴女方が多大な労力と時間を費やしたであろうことは想像に難くありません。ですが・・・」
小さく言葉を切ったラティさんは、申し訳なさそうに話を続けた。
「貴女方が箱の魔道具と呼んでいるこの魔道具。既にご存知の事かと思いますが、この度わたくし共が回収させて頂きまして、魔王国へ返却することになりました」
ラティさんがそこまで話すと、後ろで控えていたミーシャさんがラティさんの横から近づいてきた。いつの間に取り出していたのか、その手には紙の束があり、黙ってラティさんに差し出している。
ラティさんはちらりと目線をミーシャさんの方に移し、やはり何も言わず紙の束を受け取った。
ラティさんはできるキャリアウーマンって感じだけど、ミーシャさんもできる秘書さんって感じだ。
「これから質問をします。どちらかと言えば確認ですけどね。最初に断っておきますが、間違っていたら御免なさい」
ラティさんが私に視線を合わせると、周囲に確かな緊張感が張り巡らされた。
厳かで身が引き締まる感じがしたけれど、嫌なものとは思わなかった。
「エルナさん」
「はい」
「始めに、年齢を教えてもらえるかしら?」
「八歳です」
「貴女は魔法士ですね?」
「・・・はい」
この時ラミアノさんは、私に関する質問が自分に来ることを予想していて、「自分の小間使いです」という一点張りで通す予定だった。私に直接質問が飛んだ場合も、横から口を挟んで誤魔化そう、と思っていたらしい。
だが、これほどストレートに来られては無理だ、と諦めたのだった。
続けてラティさんは、手に持った紙の束を私が読める向きにして見せてきた。
一番上の一枚目だけ見れば中身を見ずともわかる。
私が書いた企画書。その写しだ。
「この企画書という物を作られたのは、貴女ですね?」
「はい」
「ありがとうございます」
へ?お礼?
何に対してだろう?
「それだけわかれば十分です。私からの質問はこれで終わりです」
私は思った。質問にちゃんと答えたから『お礼』を言われたのだろう、と。
だが違った。実は『感謝の意』だったのだ。
もし通信が無かったらウチの国は先の戦争で甚大な被害を出すところだった。
私が企画した通信が結果的にリズニア王国を救う形になり、ラティさんはそのことを感謝したのだ。
けれどそういった詳しい経緯を知らなかった私には、『感謝の意』として伝わらなかった。
「エルナさん、何か望みはありますか?」
「望み・・・?」
「違う言い方にしましょうか。貴女が今欲しい物とかありますか?」
『感謝の意』だったがゆえに、何か褒賞を与えるつもりであったのがラティさん。
質問に対する回答の『お礼』だと受け取ったがゆえに、物が思い浮かばなかったのが私だ。
もし私がラティさんの言葉を正確に読み取れていれば、『物や金品を貰える』という理解の元、素直に『何か魔道具をください』とか『魔道具を買うためのお金をください』とか言っていたかもしれない。
しかし認識に齟齬があったため、私には『物』という発想が出て来なかった。
「ええと、一つだけ。でも・・・少し前置きが長くなってもいいですか?」
その結果、私は望みというものを、完全に別のアプローチから思い浮かべてしまうことになるのだった。




