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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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御忍び6


「え?箱の魔道具、回収されちゃうんですか?」

「ああ。せっかくお前さんが色々考えてくれたのに、すまんな」


ギルド長が申し訳なさそうに頭を下げてきた。


今いる場所は素材工房二階の仕事場である。

午後の訓練を終えて仕事場に戻ってきた私とラミアノさんを待っていたのが、扉の前で浮かない表情をしたギルド長だった。

良くない知らせだと思っていたけど、案の定と言ったところか。

午前中に領主館に出向いていたギルド長は、近日中に箱の魔道具を回収する旨を領主様から伝えられたそうだ。


それを聞かされた私とラミアノさんは、目の前の対処に困って顔を見合わせる。

大の大人であるギルド長が、八歳の子供である私に頭を下げているこの状況は、なんとも居心地が悪い。

やがてラミアノさんはギルド長と私を交互に見て、顎をくいっと上げてきた。

何か言ってやれ、ってことだろう。


「あの・・・ギルド長。偉い人からそう言われたら、しょうがないんじゃないですか?」

「まぁ・・・な」


しばらく前に戦争があったこと。

その戦争で王都との連絡に特別室の『通信』システムを使ったこと。

『通信』システムについて領主様に説明を求められたこと。

結果、箱の魔道具の回収を伝えられたこと。

流石に詳細な軍事情報までは教えてもらえなかったが、そういった経緯をギルド長から直接聞かされた上で、本人に頭まで下げられたのだ。

しょうがない、というのは私の本音である。


ともかく、ギルド長には頭を上げてもらって、聞けることを聞いておこう。


「回収された箱の魔道具は、軍の持ち物になっちゃうんですか?」


今の心境は、残念な気持ちとやっぱりという気持ちが半々だ。

回収されること自体は決まってしまったけれど、行き先くらいは聞かせてもらおうかな。ここまでの話を聞く限り、まさか領主様が私物にするってこともなかろうし、可能性としては領軍に配備するとか、もしかしたら王国騎士団なんてことも・・・。


「いや、魔王国へ返却するそうだ」

「えっ・・・!?」


予想外の回答に私は絶句してしまった。

ギルド長は椅子に深く座り直すと、口を開けたままの私に言葉を続ける。


「そもそもな、ギルドに転送魔法陣が導入された時に、幾つか契約事があってな」


ギルド長曰く。

転送魔法陣の所有権を移譲したり、設置場所を変更したり、本来の使用目的以外の使い方をしたり。

そんな場合は必ず魔王国へ報告する、という契約義務があるのだそうだ。


だからその契約義務に照らせば、ギルドとしては魔王国に報告しなければならない。

ところが箱の魔道具はあくまでサンプル品で、転送魔法陣の契約に含まれているわけではない。いわばグレーゾーン。


ならばこのまま勝手に使い続けていいか、というとそれは別の話。

契約の穴に気付いたのなら、どのような扱いにするのか魔王国に相談すべきなのだ。


ちなみにギルド長は『箱の魔道具』と『転送魔法陣の契約』をリンクさせる発想が無かったため、領主様に指摘されるまで気付かなかった。

一方、領主様は『箱の魔道具』の存在自体を知らなかったから、わざわざ導入時の打ち合わせ資料や契約書を引っ張り出して上から下まで目を通したそうで、その時に契約に触れる可能性に気付いたという。


「それでな、領主様はウチの国を訪問中だった、とある魔女様に相談したんだそうだ」


っ!?

『魔女様』のワードに反応して、私の心臓がドキンと跳ねる。


「相談の結果、魔王国へ返却する、と決まったらしい」


そこまで聞いて、私はぞっとした。


「それは、返却すべきです!いえ、絶対に返さないとまずいです!」

「おぉ?」


私は心に誓っているのだ。

魔女様には絶対に敵対しない、と。


それまで黙って聞いていた私が急に喋り出したので戸惑うギルド長であったが、やがて少しほっとしたような表情になった。


「そうか。お前さんがそう言ってくれるなら助かる。俺はな、お前さんが頑張って作った成果を取り上げられて、ヘソを曲げられるんじゃないかと心配していたんでな」


いやいやいや。

そんな子供みたいな事、しませんって。


・・・あ。

私、八歳だったっけ。

なるほど。ギルド長は子供の私に配慮する形で話してくれてたんだ。

それによく考えたら、自分が手掛けた物を没収されたら大人でも怒るよね。

そういう意味では、むしろずれているのは私の方かもしれない。

でもね、私は魔女様の不興を買うような真似だけはしたくないんだよ。


「大丈夫ですよ、ギルド長。ちょっと残念ですけど、また別の面白い事考えましょう。あ、もしかしたら、魔女様につまびらかにして正式な契約の元、箱の魔道具を売ってもらう、なんて手もあるんじゃないですか?」

「む・・・。お前さんは前向きだな。その考えは一理ある。いや、あるいは領主様なら既に・・・・」


ギルド長が腕を組んで一人考えモードに移行しそうだったので、それを阻止するようにラミアノさんが口を挟んだ。


「ダル。それで箱の魔道具はいつ回収されんのさ?」

「おっと、そうだった。これも順序というのがあってだな。まず王都に配備中の箱の魔道具は、明日には回収される。そして六日後に役所からウチに査察が入ることになった。ウチにある箱の魔道具はそのタイミングでお渡しすることになっている」

「査察?」

「ああ。会計と通信をそれぞれ見に来る。まぁ会計の方は資料揃えて出すだけなんだが、通信の方は実際に使うところを見せることになるだろうな。先に述べた王都の箱の魔道具をウチに持ってくるんだと思う」

「へぇー」


そういうことか。

『箱の魔道具の返却』と一言で言っても、王都ギルドに配備している物とこのギルドに配備している物、合わせて二つある。魔王国へ返却するにあたり、二つセットにしてお返ししなければならないわけで、現在別々の場所に設置されている箱の魔道具を揃える必要があるのだ。

ただし魔王国に返却する前に、現場で実際に使うところを確認しておきたい、という領主様の意向もある、と。

回収と確認。どちらが先でも良さそうだが、領主様は回収を優先し、確認を後回しにしたのだろう。

結果、王都にあった箱の魔道具を回収し、オルカーテまで輸送して、一旦このギルドに持ち込んで二つ揃えて、使い方の確認をしてからセットで返却、という流れになったわけだ。


「この件は『通信』で王都にいる副長らにさっき伝えたばかりでな。向こうの特別室は、箱の魔道具が回収され次第、閉鎖される。そして副長と向こうの通信士は、使い方を見せるため、回収された箱の魔道具と一緒にこっちへ来ることになるだろう」


うわぁ。副長、ビルナーレさん、ジュネさんはこっちに呼び戻されたのか。大変だなぁ。

でも久しぶりに三人に会えるのは楽しみかも。

王都の話、聞けるかな。


「ギルド長。査察当日、私はどうしたらいいんでしょうか」

「お前さんはラミアノと普段通り仕事をしていればいい。査察は特別室で『通信』をお見せすれば事足りるはずだ」

「わかりました!」


責任ある大人達は大変だが、子供の私が特段何かを用意したり説明したりする必要はないらしい。

でも私はその事に安堵するでもなく、手持ち無沙汰な感じと責任ごと他人に丸投げしている感じが相まって、少し後ろめたい気持ちになるのだった。







それから五日後。

王都から副長、ビルナーレさん、ジュネさんがギルドに到着した。

副長は出張帰り、ビルナーレさんとジュネさんはこちらに出張、という立場上の違いはあるのだが。


到着した日、ビルナーレさんとジュネさんとは挨拶ができた。

王都で魔道具を回収した役人さんと馬車を列にしての旅路だったそうで、ビルナーレさんは、余計に肩が凝ったよ、とおどけた風に話してくれた。

それ以外にも少しだけ互いに近況報告したが、翌日に控えた査察の準備があるので、長話は遠慮することに。

長い間ここを留守にしていた副長に至ってはさらに忙しいようで、会うことすらできなかった。


うん。何をするにしても査察が終わってからだね。

終わったら土産話を聞かせてもらおう。


そんなことを思いながら迎えた翌日。

いよいよギルドに査察が入る日になった。


とはいえ、査察する人が立ち入るのはギルド本館。私の仕事場である素材工房は普段と変わり無く、いつも通りという感じだ。

そうそう。馬車で送迎されているラミアノさんが、朝来たときに厩舎が慌ただしかったよ、って言っていた。役所から来訪する監査団を迎え入れる準備があるかららしい、と。

唯一、普段との違いがあったとするなら、ラミアノさんからそんな話を聞けたことくらいだった。


私とラミアノさんはいつもと同じように仕事に取り掛かり、いつもと同じように昼前に仕事を終える。

だが、そろそろ昼食にしようという頃、いつもの日常は急転する。


コンコン。というノックと同時に扉が開かれ、「入るぞ」という声と同時にギルド長が勢いよく部屋に入ってきたのが事の始まりだった。

普段なら、ラミアノさんから「ノックの意味がないじゃないか」くらいの軽口が出たところだろう。しかし余裕のないギルド長の様子がそれをはばからせた。


「急にすまんっ!今からここに監査の方が話を聞きに来る」


私達の前まで小走りに駆けながら、早口で伝えるギルド長。

こんな風に焦っているギルド長は初めて見た。

ラミアノさんは何も言わず黙って聞いている。時間に追われているんだろうと察したからだ。


「本当にすまない、くれぐれも失礼のない・・・」

「はい、そこまでですよダレンティスさん。ご挨拶させて頂けるかしら?」


ギルド長の言葉を遮った声の方に目を向けると、金髪の、見たこともない女性が、部屋の入口に立っていた。

その女性は私と目が合うと、ほんの一瞬だけ目を見開いた。それは本当にわずかな動きだったが、間違いなく驚きの仕草だった。が、すぐに柔らかい微笑を浮かべてこちらへ近づいてくる。

直線上に居たギルド長は、道を開ける形で一歩退くが、その表情には何とも言えない気まずさが表れていた。

やがて私達の前まで来た女性は、私とラミアノさんそれぞれに視線を向けてから、とても綺麗な声で自己紹介をしてきた。


「初めまして、魔法士の方々。役所から査察で参りました。わたくし、監査官のラティと申します。少しお時間を頂戴してもよろしいかしら?」


魔法士の方々、と言った。

つまり・・・私が魔法士だと知っている?

しかし最初に私を見たときの表情から察するに、想定していた人物像と違った、のだろう。

それが意味するところは・・・。人違いだったとか、女性だと思っていなかったとか。

そんな可能性も無くはないが、恐らくは子供だと思ってなかった。たぶんこれだろうなぁ。


「初めまして、ラティ様。わたくしはラミアノ・ミルドーラフと申します」


えっ!?

ラミアノさんが『わたくし』なんて言うの、初めて聞いたよ。


おっと。固まってる場合じゃなかった。挨拶しなきゃ。

無難にラミアノさんの挨拶をなぞっておこう。


「初めまして、ラティ様。私はエルナと申します」


・・・これでいいのかな?

会釈した私が恐る恐る顔を上げると、金髪の女性は満足そうな、それでいて優しげな表情で言うのだった。


「ご丁寧にありがとうございます。ラミアノさん、エルナさん。わたくしの事は気軽にラティと呼んでくださいね」


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