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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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ギルドの特別室2


昼時。まだ正午を告げる鐘が鳴る少し前の頃。


特別室に集まったのは五人。

マルティーナさんとストラノスさんの二人は通信担当だ。

魔道具の前に座っているのがマルティーナさん。

彼女の右側へ90度回った位置。紙とペンが配置されている場所に座っているのがストラノスさん。

今日はマルティーナさんが魔道具操作と読み取りを行い、ストラノスさんは記録係を担当するようだ。オルカーテ側はこの二人で役割を交代しながらやっていくことになる。

現時点で他に交代要員がいないのは仕方がない。テストが終わって運用の見込みが立った暁には増員したいところだね。


残りの三人。ギルド長とラミアノさんと私は立会人だ。

彼らから少しだけ離れた位置に横並びで座っている。

みんなが待機状態になってしまって部屋の中の会話が無くなってしまったところで、場を繋ぐようにギルド長が私に話し掛けてきた。


「エルナ。今日も昼の鐘が鳴ってから操作するのか?」

「はい。あ、いえ、操作するのは昼の鐘が鳴ってからなんですけれど、向こうから合図が来るんです。なので、場合によってはオルカーテの街の鐘が鳴る前に合図が来るかもしれません」


副長らを乗せた馬車は、ひと月前の報告会と同じ旅程だ。

今日の昼休憩は前回同様、ホラス領内のポナタフ村に立ち寄って、村のどこかで馬車を停めて、馬車の中でビルナーレさんとジュネさんがこちらに合図を寄越す。

こんな風に事前に予定を決めてある。


とはいえ、この世界では村から村へ移動するだけでも様々なトラブルが付いて回る。

だから時間通りに合図が来るかは彼らの状況次第ではあるのだが。


ギルド長の一言から頭の中で回想が巡り、少し緊張感が緩んだちょうどその時。


「来たわ!」「おっ!?」


マルティーナさんとストラノスさんの声に振り向くと、魔法陣に白い光が灯っている。

立会人であるギルド長とラミアノさんと私は、思わず「おおっ」と騒めく。


「ここからは余計な音を立てないでください!」


傍らに置いてあった幾つかのマレットの中から青のマレットを掴みつつ、マルティーナさんは注意喚起した。

立会人の私達もこれが大事なテストだと理解しているので、はっとなって口をつぐむ。


最初に白く光らせるのは、パソコンでいうところの電源を入れたイメージだ。『これから通信を始めるから準備してね』という合図である。

そのまま待機して、じっくり10秒くらい経っただろうか。白い輝きの中、青い光がタンタンと二回挿し込まれた。

それを確認して、ふーっと息を吐くマルティーナさん。手に持っていた青のマレットでタンタンと二回魔法陣を叩いて、青い光を二つ挿し込んだ。


互いに二回、青く光らせることで準備完了の合図になる。

パソコンで例えるなら、『ネットワーク接続してオンライン』になったくらいの状態か。


すぐに白い光が消え、ここからが通信本番である。

青のマレットを持ったまま、マルティーナさんは光が消えた魔法陣をじっと見据える。


・・・始まった。

『白黄白』『白橙白』『黄緑白』『白黄』・・・。

ゆったりしたペースで次々と信号が送られてくる。


「『1日目』『昼』『ポナタフ』『より』『確定します』」


マルティーナさんが信号を変換して読み上げ、ストラノスさんは聞き取って紙に書く。

『確定します』は、送った信号をこの時点まで確定することだ。相手が『確定するよ?』と聞いてきたので、こちらも青のマレットを使って二回魔法陣を叩き、『確定了解』と応答する。


「『旅程』『順調』『確定します』・・・・・・『リダウ亭』『ララット』『串焼き』『美味い』『飲酒』『許可』『求む』『通信以上』『確定します』」


最後に軽く冗談を入れてきたが、読み上げる通信士は笑うわけにはいかない。

ここでようやく一息つくマルティーナさん。読み取りに緊張していたのだろう。額に浮かんでいた汗にハンカチを当てながらストラノスさんに指示する。


「受信終わりました。ストラノスさん。立会人に向けて読み上げお願い」

「はい。読み上げます。『1日目、昼、ポナタフより』『旅程順調』『リダウ亭ララット串焼き美味い、飲酒許可求む、通信以上』」


キビキビと報告するストラノスさん。

その報告が終わったところで、いまだ緊張が残っている感じのマルティーナさんがギルド長に確認を取る。


「ギルド長。許可求めてますけど返答しておきますか?あくまでテストなので、あまり長い文章は駄目ですけど」

「『不許可』。・・・とだけ返しておけ」


バッサリだー。

それを聞いてようやくマルティーナさんも笑顔になった。


「はい。了解です」


私の企画書から書写した色の組み合わせ表をマルティーナさんは手元に置いた。四ツ又のマレットを両手に持って、魔道具の魔法陣を小太鼓の様にトントンと優しく叩く。


「送信終わりました」


パチパチパチ。

控えめに「おーっ」と感嘆の声を上げながら、立ち合いの私達が思わず拍手する。

お披露目ともいうべき今日のテストを終えた通信士の二人は、拍手を受けて照れくさそうに頭に手をやった。


これで今日のテストは終了だ。

通信していた時間は10分間くらいだっただろうか。


「お二人とも、お疲れ様です」

「いやー、実際にここまで形になると凄いねぇ、これ」

「ああ。便利なんてもんじゃないな・・・」


労いの言葉を掛ける私。唸りつつ感想を口にするラミアノさんとギルド長。

このプロジェクトは副長が中心になって、ギルド内でも秘密裡に進められてきた。

ギルド長は副長から随時報告を受けていたし、ラミアノさんもギルド長や私から時々報告を受けていたが、この一ヶ月の成果をの当たりにして、二人とも色々と衝撃的だったようだ。


副長の旅程が順調だとわかって、落ち着いてきた私は、ご当地グルメっぽいキーワードについて何気なくギルド長に聞いてみる。


「リダウ亭のララット串焼きって、なんか美味しそうな響きですね」

「ポナタフ村にあるリダウ亭って酒場は、リダウ草っていう香草が由来になっててな。そこの名物になっているララット肉の香草串焼きは副長のお気に入りなんだ」


ということは、最後の一文は副長の冗談か。

リダウ草はギルドでは薬草扱いで、採集クエストの定番。

肉料理の臭み消しに使われることが多いが、香りにクセがあり、リダウ草を使った肉料理の美味い店を探すのは意外と難しいのだ、とギルド長は雄弁に語る。

ララットもギルドでは定番の狩猟クエストだ。

私も去年、故郷の村で何度か狩ったことがある。春に狩猟して間引いておかないと、野草の群生地の新芽を食い荒らされることがあるんだよね。


「そんな事を言ってたら、串焼きを食べたくなったな。ちょっと外行ってくるか」


にこやかに言うギルド長。

・・・いや、ギルド長は昼食取ったばかりですよね?

冗談なのか本気なのかイマイチわかりづらい。


「俺たちもこれから食堂で祝杯上げてきます。まだ昼、食べてないんで」


ストラノスさんが嬉しそうに笑う。

どうやらストラノスさんとマルティーナさんは、ささやかな打ち上げ気分で食堂に行くようだ。ちなみに『祝杯』というはわかりやすい冗談で、職員専用の食堂で酒が提供されることがないのはここに居る全員が知っている。


ギルド長や副長の冗談よりセンスが良いんだよなぁ・・・。


ふと目が合ったラミアノさんは、やれやれといった感じで肩を竦めた。

どうやら私と同じ事を思ったようだ。

ちなみにギルド長は、この後本当に外へ食べに行った。






この二日後。

副長一行は、無事に王都ファリスに到着する。

到着の翌日には王都の冒険者ギルドにも極秘裏に『特別室』が設置され、オルカーテとの通信体制が内々に整えられた。

まずは一日三回。定時連絡から運用していき、使用感を確かめていくことになる。

タイミングは日中の鐘が鳴る時刻に合わせて、朝三つの鐘、昼一つの鐘、昼二つの鐘。つまり午前九時、正午、午後三時と決定した。


かくしてこの春。冒険者ギルドは通信事業の最初の一歩を踏み出した。


エルナが企画書を作成する段階で立てていた『運用開始は早くても夏になる』という予想は、気が付けば大きく前倒しされていたのだった。


特に章を分けていませんが、ここまでが《第二章の前編》になります。

ここまでお読み頂きありがとうございます。


次話から《第二章の後編》に入ります。

引き続きよろしくお願いします。


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