【番外編】道は分かれ、また交わる1
ここから《第二章の後編》に入ります。
後日、章分けするかもしれません。
ラミアノの冒険者時代の話。ラミアノ視点。
あたしの名はラミアノ。
貧しい農村の出身だったあたしは、その日食うのも儘ならない生活をしていた。
11歳の秋の事。住んでいた村では二年続けて不作になっちまった。食う物が無くなって困窮する村人が増え始め、やがて食いぶちを減らすために多くの家で子供たちが売られることになった。
あたしもその一人だった。
そりゃあ、一緒に暮らしてきた家族と別れるのは辛いさ。でも何もかもが不幸ってわけじゃない。
一番器量の良かった女子はどっかの貴族様の家の侍女見習いとして引き取られていったし、一番賢かった男子も商家の使用人見習いとして引き取られていったから、彼らや彼らの家族も幸運だったと喜んだものさ。
最大の不幸は、家族全員が野垂れ死んでしまうことだ。バラバラになっても生きていけるなら儲けもの。まして引き取られた先で今よりいい暮らしができるなら、それは幸運というものだろうよ。
あたしを含めたその他大勢はというと、とある貴族様がまとめて買い取り、オルカーテという大きな街の孤児院へ送られた。その貴族様は街の一画を管理する立場で、その一画に孤児院も含まれていたわけだ。
孤児院での生活は、朝早くから夕方までとにかく雑用だ。日が昇ってすぐにやる街の掃除が特に大事だった。街には大小の店が建ち並んでおり、あたしらは店の前に面している道を掃除していく。この掃除の対価として貴族様から定期的に食料などの物資を援助してもらえるのだ。
朝早くやるのも理由がある。人通りが少ない朝のうちが掃除がしやすい、というのが理由の一つ。他にも理由があって、あたしら孤児は身なりが整っていない。だから掃除のためとはいえ人が往来する時間に店の前をうろちょろするわけにはいかない。そんな訳で通りに人が増えてくる前に撤収しなければならず、丁寧にやるよりも手早く効率的に見栄えよくやることが求められた。
孤児院に戻れば食べ物がもらえた。掃除をした子供は少し多めにもらえることになっている。雨が降ったときは掃除がないからもらえる食べ物が少なくなったりする。それでも毎朝必ず食事が取れる、というのは恵まれていた。住んでいた村では朝食べる物がなかった日もよくあったからだ。
だからあたしも家族に売られたことを不幸だなんて思っちゃいない。
買い取って助けてくれた貴族様には感謝したもんだよ。
とはいえ、孤児院にいられるのは14歳まで。15歳になって成人したら、自分で生計を立てなきゃいけない。もっと言えばそれまでに、生きていくための道筋をつけなきゃならない、ってことになるさね。
そんなあたしらのために、孤児院には時々冒険者が派遣されてきて、金の稼ぎ方を教えてもらえる機会があった。
冒険者といっても様々だ。
野草の採集を生業とする者。害獣や賊を討伐したり、街から街へ移動する商人を護衛したりする腕っぷしの強い者。土木工事を専門にしている者。そして針子や編み細工師のように手に職を付けた女性もいた。
皆、生活が掛かっているからね。
冒険者らは貴族様からの依頼だし、あたしら孤児は自立への道となる。
教える方も教わる方も、皆真剣だったよ。
男子は冒険者を目指す奴が多かった。
冒険者は力仕事が多い。そうなると当然男子の方が稼げるわけだ。
一攫千金を夢見るのも悪かない。素行が良ければ、冒険者から街の衛士になる道だってある。そこまでいけば安定した生活だって送れる。
女子は、男子より力が弱い。だから手に職を付けるのが普通だった。
服を作れる針子として工房に入れば、とりあえず食っていける。
女子はまずここを目指すよう勧められるね。
・・・あたしかい?
あたしゃ、女子の中じゃ一番力が強かったんだよ。
だからとりあえず冒険者をやってみた。
それが一番稼ぎやすそうだったからだ。登録するだけならタダだしな。
冒険者としてまず最初に掲げた目標は、依頼を受けられるようになる、だった。
おかしいと思うだろ?でも実際そうだったのさ。
一番最初に簡単そうな依頼を受けようとしたら、冒険者ギルドの受付で止められた。
あたしら孤児の着ている服はとにかく汚くてみすぼらしかった。だから依頼者に紹介してもらえなかったんだ。
無一文から身なりを整えるってのが、本当に大変だった。
ギルドの常駐クエスト、主に清掃活動をやり続けた。
半年掛けて金を貯め、古着屋で初めて自分で購入した服は、前の持ち主も冒険者だったのか結構年季が入っていたが厚手で丈夫な服だった。
兎にも角にも、ようやく人前に出られる格好が整い、あたしは冒険者としてスタートラインに立ったのだった。
その頃には冒険者の等級は八等から七等に上がっていた。
八等のときはまだ冒険者として街の外には出られないのだが、七等からは依頼内容にもよるが街の外に出ることが可能になる。
だから一度、街の外に出てみるかと思い、ギルドの常駐クエストのひとつ、薬草の採集を受けようとした。
だが、ここでも冒険者ギルドの受付で止められた。
街の外は危険が付きまとうのに、身を守る術を持っていないからだ。
まぁ仕方ない。次の目標は『武器の購入』ってことになった。
そんでやった仕事は主に街中での土木作業の手伝いだ。現場で出た瓦礫を捨てに行ったり、現場に資材を運び入れたりした。清掃活動より稼ぎが良かった。
この仕事が受けられるようになったのは、ひとえに身なりを整えたからだ。
身なり一つ整えるだけで仕事の選択肢を増やせる。
あたしはそれをこの時学んだのさ。
土木工事の手伝いをするようになったあたしは、たまに孤児院の皆に土産を持って帰ることがあった。
まぁ本当に、たまに、だよ。
現場で持ってっていいと言われた釘や木材は男子達にあげた。女子達には布切れが喜ばれた。裁縫の練習をするのに使うのだそうだ。
お返しにあたしが着ている服の修繕をやってくれることもあったから、こっちも大助かりだったね。
ああ、そうだ。
ちょうどこの土木工事の手伝いをやっていたときに仲良くなった男子がいた。
ダレンティスっていうあたしより二つ年上のやんちゃ坊主だ。あたしはダルって呼んでいた。
ダルの父親は現場で働く職人だった。その父親の手伝いとしてダルは連れて来られていたらしい。
この世代の男子にとって冒険者は憧憬の的であるが、ご多分に漏れず、ダルも冒険者に憧れていた。あたしが冒険者登録していることを知ったダルは、次の日には冒険者登録を済ませていた。
背丈もあたしとそれほど変わらず、出会った当初は線の細かったその少年は、現場で働くうちにあっという間に体つきが変わっていった。成長期とも重なり、数日前に変えたばかりの服に腕が通らなくなった、などと嘆いていたときもあったな。あれは面白かった。
他に特徴的な事といえば、ダルは大人と話すのがとても好きな少年だった。
この現場以外にも幾つかの現場を掛け持ちで回っているらしく、あの現場はこうだった、そっちの現場はどうだった、と周りの大人達からよく話し掛けられていた。
色んな事を知っていて、あたしがそれまで出会った子供の中で一番賢かったと思う。
特に文字を読めるのが凄かった。あたしゃ尊敬したね。
事あるごとに「すげぇ、すげぇ」と言ってたら、ダルは時々文字を教えてくれるようになってね。二人でよく現場の地面に文字を書いていたもんさ。簡単な足し算引き算を教えてもらったのもこの時だ。
「大人たちとたくさん話しとけ。色々教えてもらえるぞ」
って、ダルは口癖のように言ってたっけな。
ある時のことだ。
現場で金具が足りなくなって買い足さなきゃならなくなった。
諸事情から大人達は現場を抜けられず、買い物ができる子供、ということでダルとあたしに白羽の矢が立った。
とはいえ、現場の現金は子供に預けるには若干額が大きいので、やむなく現場の職人でもあるダルの父親が一旦立て替えるという形を取ることになった。
ダルの父親は服の裏地に縫い付けてあったへそくり的な銀貨を取り出す羽目になったのだが、それはさておきダルは父親から銀貨2枚を預かった。
銅貨200枚分だよな。子供でなくとも大金だ。
それじゃ荷車を引いて買い物に行くか、という段になってダルは、「自分はちょっと寄り道してくるから、お前一人で荷車を引いて金具の工房で待っていろ。それと、こんくらいの籠を三つ乗せとけ」と言ってきた。
まぁ、金を持っているのはダルだ。指示に従ってあたしは先に金具の工房へ向かった。
籠を三つだけ乗せた荷車と共に工房前で待っていると、遅れてダルがやってきた。
到着するなり、ダルはそこの大人と交渉し始める。
現場で使う金具は、必要な量だけ買うなら銀貨1枚と銅貨10枚で良かった。
えーと、引き算して、お釣りが銅貨90枚だな。
だがダルは、銀貨2枚分買うからオマケしてくれ、お釣りを数える手間も省けるだろう、と交渉した。
結果、必要な量の倍以上の金具が荷車に積み込まれることになった。
ダルは用意していた三つの籠にそれぞれ金具を振り分けていく。
「なぁー。なんでそんなたくさん買ったんだ?現場で使うのって、これだけだろ?」
現場で使う分が入った籠を指差しながら、あたしはダルに聞いた。
「おう。そうだぜ。そっちの二つの籠に入っている金具は別の現場の注文だ」
「はぁ?」
「さ、帰りは俺が引くからよ。お前は後ろから押してくれよ」
そう言ってダルは荷車を軽々と引き始める。こいつ、力強くなったなぁ・・・。
言われた通りにあたしは荷車の後ろから押した。
途中、二つの現場に立ち寄って、ダルは籠の中の金具を渡して代金を受け取っていた。
最後に自分らの現場に戻ったダルは、まず父親に荷車に残っていた金具を籠ごと引き渡し、加えて釣りの銀貨1枚を返した。
・・・あれ?釣りは銅貨90枚なのに、なんで増えてんだ?
ダルは父親とのやり取りを終えるとこちらに駆け寄り、なぜか銅貨を10枚寄越してきた。
「ラミアノ。それ、お前の取り分だ」
「・・・。え?おい、いいのかよ?」
「ああ。俺は銅貨20枚貰うからな」
まとめ買いして別の現場にも卸した結果、銅貨40枚の利益が出た、らしい。
金を立て替えた父親に10枚、手伝ったあたしに10枚、ダルが20枚ってことか。
後から聞いた話だが、ダルはここを含めた幾つかの現場の金具がなくなりそうなことを知って、工房の金具の値段を予め調べていたのだとか。
「ありがとよ。ダル。あんた、商人に向いてんじゃねぇの?」
呆れるように言ったあたしに、ダルは答える。
「俺は冒険者をやりたいんだよ。でもな、色んな事学んでおいて損はないぜ。商人っていう道も選べるように、な」
なんにでもなれるわけじゃない。子供だって知ってるさ。
でもせめて道を選べるように・・・。
あたしが『学ぶこと』を意識するようになったのは、ちょうどこの頃だった。




