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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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新人教育2


ギルドの職員さんを使う、かぁ。

その発想は無かったけど、言われてみれば良い案だよね。


そもそもギルドというのは同業者によって結成された組合である。

そして組合の役割とは、組合員に仕事を斡旋したり補助したりすることだ。

だから動きとしては間違ってない・・・。

でも『私はギルドのために何かしたい』って、そう思って動いてるのに、逆にギルドからサポートされてしまっている気がするんだよなぁ。


とはいえ、確認しておきたいことはある。

私は八歳の子供。雇われる人は必ず私より年長者になる。これは始めから分かっていたこと。

御多分に漏れず、彼ら三人は私より10歳前後年上だ。

ビルナーレさんとストラノスさんは既に仕事の経験があるし、父親から言われたとはいえ八歳の私を見下さずちゃんと従ってくれるのだろうか。

ここは最初に確認したい。私はすぐさま副長に尋ねた。


「その点は心配していないよ。君はミルドーラフ子爵家第三夫人ラミアノの小間使いとして認められているほどだ。八歳とはいえ非常に優秀だからちゃんと指示に従うように、と言い付けているよ」


はぁ?副長なに言ってんの?


私は口がぽかんと開きそうになったのだが、ビルナーレさん、ストラノスさん、ジュネさん、彼ら三人の背筋がピンと伸びた。


・・・ああそうか、建前か。わざわざ彼ら三人にも聞かせるように言っているのね。

私のことを子爵家お墨付きの子供だと思わせたいわけだ。そりゃあ最初に侮られた状態から関係を構築するよりは効率がいいんだろうけど・・・。

最初の自己紹介で身分を伏せていたのも、こうして効果的に使いたかったからかもしれない。

まぁ嘘は言ってない。でも隣ではラミアノさんが顔を背けて笑いを堪えている。

むー。私は表情には出さず心の中で唇を尖らせた。


この世界には義務教育はない。

オルカーテ規模の街ならば学舎はあるが、学べる子供は親が教育の重要さを認識して、なおかつ裕福な家庭に限られる。平民の教育格差は必然的に大きくなるのだ。


一方で貴族の場合は、ちゃんと教育を施される子供の方が多い。成人前の子供であっても大人に混じって会話できたり立ち振舞ったりできる者もいる。

これは後に彼らから聞いた話でもあるが、副長の実家は貴族であったから彼らは必然的にそうした貴族の子供達と交流する機会があった。

故に理解していた。年齢や見た目で相手を判断することの愚かさを。

例え目の前にいるのが八歳の少女であったとしても、子爵家の小間使いならばそれなりに、下手をすれば飛び切り優秀ということさえある。

もちろん見た目通りの子供だという可能性だってあるので、いつもならば最初は品定めから入るのだが、今回はそれすら不要だと父親の立場から言っているわけだ。


ともかく真っ先に挙がる懸念事項については答えてもらった。

では次だ。


「彼らに対する報酬の支払い元は誰になるんですか?」

「ギルドが支払う。君の支払いは一切ない。というのもだね、もし君に貸し出す必要が無くとも、ギルドでの仕事をしてもらうつもりだからだ」


・・・なるほど。

これは恐らく、私とギルド双方にとって都合がいい話だと思う。

そもそも箱の魔道具はギルドの所有物だ。それを私が使って将来的に利益が出たとして、すべて私の懐に入れていいものではない。その上、私が費用まで出してしまうと利益分配がややこしくなるだけだ。

そういった金勘定はギルドに任せる方がいい。というか、お任せしたい。


私が経理をやる必要が無くなって、初期投資はギルド負担になる。

権利や責任の所在がシンプルになって、金勘定はギルドが掌握できる、ということだ。


それにしても・・・、とは思う。


「あの、ギルドは・・・。いえ、副長はなんでこんなに色々してくれるんですか?」

「む・・・」


ここで働き始めてからまだ日も浅い私に対して、もう少し懐疑的になったり様子を見ようとしたりするのが普通だと思う。

聞かれるまでその答えを用意していなかったのか、あるいは単に説明に苦慮しているのか。

副長は顎に手を当ててしばらく考えていたが・・・。


「我々大人が勝手に期待している、ということかな」


そう言いながら副長は、私の隣にいるラミアノさんに視線を向けた。

釣られて横を見やると、副長とラミアノさんは視線を合わせ、一拍置いてお互い肩を竦めた。どうやらそれで通じたらしい。

ならばこれ以上は突っ込まないでおこうかな。

機会があればいつかまた聞いてみよう。


「私の空き時間なんですけれど、午前中はラミアノさんと一緒にお仕事していますし、午後は昼二つの鐘まで訓練しているので、そこから体拭いたり着替えたりで夕方くらいしかないですよ?」

「ではすまないが、しばらくの間、夕方から夜一つの鐘が鳴るまでの時間をもらえるか」


あの魔道具を使って通信をするとなったら、魔道具の操作、信号の読み取り、文字起こし。この三つを覚えてもらう必要がある。だが逆に言えば、それさえ覚えてもらえればいいのだ。ゴール地点は見えている。


「わかりました。当面はそれでいいですよ」

「引き請けてくれるか。ならば夕方になったら本館三階の第二作業室に来てくれ。場所は階段を昇ってすぐ右手の部屋だ」


こうして副長の身内三人との顔合わせをした私は、夕方から彼らに通信に関わる教育をすることが決まった。

話が済むと副長は三人を連れて部屋を出る。三人は退出するときも礼儀正しく挨拶してくれた。

廊下から響く彼らの足音が遠ざかると、部屋に残っていた私は脱力して机に突っ伏した。

そんな私の横から、ラミアノさんが笑いながら頭にぽんぽんと手をやる。


「なんか楽しいことになってきたじゃない、エルナ」

「そりゃ調査が終わったら人手が必要とは言いましたけど、こんな急展開想像してませんでしたよ・・・」

「今日はあたしも付いてってあげるよ。面白そうだしね」


片耳を机に付けた体勢のまま、楽しそうに言うラミアノさんを恨みがましく眺めて、私は大きくため息をついた。







その日の夕方。

午後の訓練を終えてから水場で身を清めてきた私は、ラミアノさんと一緒に指定された本館の作業部屋へやってきた。ちなみにラミアノさんはあくまで付き添いで、少しだけ見学したら退勤するそうだ。


ノックした扉が内側から開かれる。なぜか美人受付嬢のマルティーナさんが出てきた。

マルティーナさんは口に人差し指を当ててから、ちょいちょいと私達を室内へ招き入れ、部屋の扉を閉めると鍵を掛けた。

部屋に足を踏み入れると、副長と身内三人が各自で書類仕事をしている姿があった。

それほど広くない作業部屋の中で、皆がせわしなく目の前の書類にペンを走らせる音が絶えず発せられている。


「む、来てくれたか。ラミアノ、エルナ」


部屋に入ってからしばらくして、ようやく副長がこちらに気付いてくれた。

体を起こして椅子の背もたれに寄り掛かった副長は肩に手をやってコキコキと頭を左右に振った。

えーと・・・副長、お疲れ様です。

邪魔にならないようにと思い、口には出さずに軽く会釈だけしたが、


「よし、各自一旦手を止めてくれ」


副長の言葉に書類仕事をしていた面々が顔を上げて伸びをする。どうやら私達が来るまでの合間を埋める仕事だったようだ。

副長は部屋にいる全員が自分に向いたのを確認して話し始めた。


「エルナ。これから数日掛けて通信のやり方を学びたいんだが、色々意見をもらえるとありがたい」


どうやら副長がお膳立てをしてくれているようだ。それじゃ企画担当者としての奇譚のない意見をしよう。

・・・いや、待てよ。


「その前に皆さん、文字の読み書きはちゃんとできているんですか?」

「うっ」


私の言葉に思わず声を出したのがストラノスさん。びくっとしたのがジュネさんだ。


「いや、すまない。ストラノスとジュネは、読む方はなんとかなるが書く方はまだ十分でないんだ」


副長が申し訳なさそうに言うが、書く方だけが不十分なら教育すればすぐじゃないですか。読む方が既に大丈夫なのはありがたい。


それに、教育が必要なのが一人だけでなく二人というのは好都合。

私は知っているのだ。

勉強は競争相手がいる方がやる気が出るということを。


「大丈夫ですよ、副長。では通信のやり方についてはひとまず今日は置いておいて、今からお二人に文字の書き取りをしてもらいましょう。ストラノスさんとジュネさんは私が言った言葉を書き取ってください」

「あ、私も見てていいエルナちゃん?」


横からマルティーナさんの声が掛かる。


「全然構いませんけど、そういえばマルティーナさんはどうしてこちらに?」

「副長から、書類作成の人手を増やしてやるから代わりに新人に色々教えてやれって言われてね」


ああ、なるほど。巻き込まれたわけだ。

副長は人を使うのが上手だね。


「ビルナーレ。お前は引き続き私の仕事を手伝え。ただでさえ出張明けだというのに、戻りが五日も延びてしまったから仕事が溜まっているんだ」

「えっ。それ、親父の自業自得じゃねぇかよ」

「ここでは副長と呼ばんか。馬鹿者」


仲良さそうな親子だなぁ・・・。

少し和んでしまった私は苦笑してしまう。


「じゃあ書き取りやりますよ、ストラノスさん、ジュネさん。私が言った言葉を書いていってくださいね」

「おう・・・じゃなかった、はい。・・・お願いします」

「よ、よろしくお願いします、エルナさん」


どうやら副長の思惑通りの展開になったようだ。

二人の返事はまだ少しぎこちないけど、思ってたよりスムーズに教育に入れるぞ。よしよし。


こうして作業部屋での新人教育が始まった。


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