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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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魔道具の使い道8


「・・・な、なにぃ?企画書だぁ?」


苦い顔を通り越して、ギルド長は露骨に嫌そうな顔をした。


ギルド長に渡した紙束は、私が作成した企画書である。ここ数日、自室や待機室でコツコツと書き溜めていたものだ。

書き始めた当初はオルカーテと王都を結ぶことなど想定していなかったので、直近でかなり手直しをしたのだが。


「まず、その最初の一枚目だけ目を通してもらえますか。それだけでやりたいことが大体わかると思います」

「なになに・・・。『1.現状分析と課題』」


今回の調査初日に街の外まで魔力を送れることが判明してから、本館一階の依頼掲示板を閲覧したり、ギルド長にギルドの依頼内容について話を聞いてみたりした。

つまりは情報収集である。

依頼掲示板で、王都の情報収集、王都への報告、それらを含んだ手紙の配達、などの依頼が日付の古いまま消化されずに残っていたことは結構気になったし、ギルド長の話だと、昔から王都関連の依頼は滞りがちで、依頼の数に対して請け負う冒険者の数が足りないらしい。


「なるほど。次が・・・『2.企画概要』」


そんな状況なら、この箱の魔道具を使うことでいくつかの依頼がこなせるのではないかと思ったのだ。

現状の課題を解決するための手段がこの企画。

すなわち箱の魔道具を使った王都との情報伝達である。


「んで・・・。『3.具体的な内容』」


具体的には魔法陣の光を利用するのだが、手始めに光の色の組み合わせと文字や数字を対応させる必要がある。


例えば、

『白橙』を『1』。

『白黄』を『2』。

『白緑』を『3』。

『白橙白』を『a』。

『白橙黄』を『b』。

『白橙緑』を『c』。

と決めておくのだ。


送信側と受信側が色の組み合わせを理解していれば、文字や数字を相手に伝えることができる。


もちろんこのまま一文字ずつ送信しても良いだろうが、ある程度の頻度で使う単語や言い回しは定型文を使うことで効率を上げることができる。


例えば、

『白橙黄緑白』を『ギルド長』。

『白橙黄緑橙』を『現在』。

『白橙黄緑黄』を『食事中』。

と決めておけば、『ギルド長 現在 食事中』という文章が作成できる。


「ふむ・・・。『4.利点と欠点』」


最大の利点は情報伝達のスピードだ。

オルカーテから王都までの馬車なら三日という時間を大幅に短縮できる。

このスピードはある意味独占的で、他者が真似できないというのも大きい。

手紙だとあり得る道中の配達事故も、通信なら無い。この安全性も利点の一つだ。


ただし欠点もある。

送信側、受信側に技術を習得した人材、つまり通信士を配置しなければならないこと。

そして最大の欠点は、箱の魔道具が一組しか存在しないことだ。

一日の作業量に限界があるし、なにより壊れて使えなくなったらそれで企画終了になってしまう。これ、本当にどうしよう。


「最後が・・・『5.予算と日程』」


私がオルカーテの物価をよく知らないので予算は不明だ。費用で占めるのは主に人件費と交通費だが、特に人材育成に時間が掛かることは予想がつく。

季節一つ分は掛かるのではなかろうか。

よってこの春から企画をスタートできたとして、運用は夏からを目指すのが現実的だと思われる。


最初の一枚目を上から下まで目を通したギルド長は、むーんと一度唸るとその後はしばらく沈黙していたが、ようやく口を開いた。


「お前さん、一人でこれ書いたのか・・・」

「はい。わかりやすいでしょ、これ」


ギルド長は渋い顔で「そういう話じゃないんだがな」と小さく呟き、ラミアノさんに視線を送る。視線が合ったラミアノさんは、お手上げのポーズして肩をすくめた。


「二枚目以降は何が書いてあるんだ?」

「添付資料です。まだ叩き台のような素案ですから深く読み込む必要はないですよ」


相変わらず渋い顔のまま紙をめくり始めるギルド長。

ぺらぺらと紙の音をさせて目を通し始めた。


「なになに・・・基本文字の素案。色の組み合わせ方法は、四種を用いて三回点灯(以下、三連色と呼称)させる。全組み合わせは64通りだが、同色が連続すると誤認してしまうためそれを除いた36通りを使用する。・・・なんだこれは?」

「あー、それはですね・・・」


例えば『白』『橙』『黄』『緑』の四種を使って三連色を作るときの組み合わせを考える。


一色目に選べる色が四通り。二色目も四通り。三色目も四通り。

よって、4×4×4で64通りである。


だが単純に全ての組み合わせが使えるかというとそうではない。


(1)『白白橙』

(2)『白橙橙』


三連色である(1)と(2)だが、受信側はどう見えるだろうか。

色と色の間に継ぎ目が無いため、(1)の場合は『白』から『白』に移り変わっても、それに気が付かないのである。(2)の場合も『橙』から『橙』に移り変わったときに同様の事が言える。

結果として受信側は(1)(2)のどちらも同じ『白橙』の二連色としか見えず、区別できない。だからこのような同色が連続する組み合わせは使えない。

この点を考慮して、受信側にとって三連色とは、最初の色から二回色が変化したものと定義する。『白橙白』や『橙白橙』は同色が連続していないのでオッケーとしよう。


というわけで、これらを踏まえた上で改めて使えるパターン数を考える。

色四種を用いて作れる三連色のうち、同色が連続しない組み合わせが何通りあるだろうか。


一色目に選べる色が四通りなのは同じ。

二色目は一色目と同じ色が選べないので三通り。

三色目は二色目と同じ色が選べないので三通り。

よって、4×3×3で36通りである。

この36通りを使えば26種ある基本文字は表現できる。残り10通りは終端符ピリオドや疑問符などの特殊文字用に予備枠としておこう。


「・・・全部数えました」

「はー・・・。俺ぁ、合ってんのかよくわかんねぇ。後でわかりそうな奴に聞くしかねぇか」


まぁ合ってるんだけどね。組合せ論を用いたことや掛け算で求めたことを言う必要はないだろう。企画書にも結果だけしか載せてないし。


色は全部で六種使えるのだが、その内二種は文字や数字を表す以外の用途で使う腹案があって、主に使用するのは四種だ。

そしてその主要な四種を用いて文字や数字を表すのだが、三連色は基本文字、二連色は数字、という括りにした。

三連色の組み合わせは前述の通り。

二連色についてだけ補足すると、同色が連続しない組み合わせは4×3で12通りとなる。

10種ある0から9までの数字を表現できる。残り2枠は小数点とマイナス符号でいいだろう。


しばし天井を見上げて動きを止めていたギルド長は、やがて視線を紙束に戻すと再びぺらぺらと紙を捲っていたが、ふと指を止めた。


「おい、この木の枝みたいな絵はなんだ?」

「それは四ツ又(よつまた)のマレット・・・仮称です」

「なに?まれっと?」


これも前世の知識だが、マリンバという打楽器の音板を叩く『ばち』をマレットという。

マリンバの音板はピアノのように音階に並んでいるのだが、和音を奏でるためにマレットを片手に二本持ったり、さらには両の手に二本ずつ持って演奏する場合もある。

そんなマレットからヒントを得て、一本の棒の先が四方向に分かれた四ツ又のマレットを考案してみた。


もちろん演奏するためではない。これは箱の魔道具を効率よく操作するためのものだ。

分かれた枝の先に四種の属性の魔石を付け、それを両手に持ち、箱の魔道具の転送魔法陣に触れさせるようにすれば操作が手早くできる。

色を変化させるのにいちいち手で、魔石を乗せて、魔石を摘まみ上げて、を繰り返すのは大変だから、こんな道具があれば楽ではないか、と考えたのだ。


「・・・という感じの道具なんですよ」

「お前さん。よく思いつくな、こんなもん・・・」


ギルド長は感心半分、呆れ半分な口調で呟くように言った。


このまま一通り企画書に目を通すのかと思ったら、ギルド長は紙束を半分ほど捲ったところで机の上に置き、私をじろっと睨む。


「お前さんが人と金を使ってやりたい企画だということはわかった。といっても半分くらいだがな。俺じゃ全部の中身を理解できん。副長が戻ったら精査してもらうんで、それまでにどうしてもやってほしいことがあれば言え」

いて言えば、やっぱり人手が必要になる、ってことでしょうか。でも副長が戻ってからで全然いいですよ。こういう新しい事って少し時間置くと別の考えがポンポン出てくるんで、副長が戻ってからまた話し合いましょうよ」

「む、そうか。じゃ企画書とやらは一旦俺が預かっておく。副長が戻り次第、精査してもらうことにするぞ。俺の権限で外部持ち出し禁止扱いとして管理するので、別の考えが出てきてもそれを外部に出さないようにしてくれ」

「はーい」


副長が戻るまで大人しくしておけ、って言われている気がした・・・。

いや、たぶんそういうことだろう。


机に置いた紙束をトントンと指で叩きながら、ギルド長はラミアノさんに向く。


「ラミアノ。エルナがまた何かやろうとしたら教えてくれ」

「あいよ。・・・最初は手が掛からない子だと思ったんだけどねぇ」


ギルド長とラミアノさんはそう言うと、揃ってジト目でこちらに向いた。

その視線に耐えかねて、私は愛想笑いしつつ目を逸らすのだった。


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