魔道具の使い道6
ギルド長、副長、ラミアノさんと一緒に昼食を取った日から二日経った。
今日は副長が王都の冒険者ギルドで催される会合に出席するため、王都へ向けて出発する日である。
この会合は報告会とも呼ばれ、リズニア王国各地の冒険者ギルドから代表者が集まって、一斉報告が行われる。議論したり意見を述べるような場ではないが、各地の情勢を知るための大事な集まりで、年にニ回行われているのだそうだ。
早朝。いつも通りに起床した私は朝二つの鐘の音を耳に入れると、まず弁当をもらうために荷物を持って食堂へ。
弁当を受け取り、そのまま素材工房の待機室へ持ち込んで、椅子に座ったところでため息交じりに独り呟いた。
「はぁ・・・。昨日も色々あって大変だったなぁ・・・」
朝食のパンを齧りながら昨日のことを思い出す。
大変だったのは昨日の午前中。その日の仕事を片づけた後で、副長に調査方法を伝えたときのことだ。
副長は出張を翌日に控えて忙しい中、調査方法を聞くためにわざわざ私のいる仕事場まで足を運んでくれた。
一方の私も説明に時間を取らせるつもりはなかった。あらかじめ書いておいた調査手順書を渡し、一度その手順書通り実践してもらって完了、という段取りを用意していた。
そんなわけで、挨拶もそこそこに説明を始めたんだよね。
副長に協力をお願いする内容は至って簡単なものだ。
箱の魔道具一号を仕事場に置いて常に無属性の魔石を乗せておく。当然ながら一号と二号の魔法陣は白く光り輝く。
副長には二号を携帯して出張してもらう。王都へ向かう道中で魔力を受信できているか、時々確認してもらえばいい。
そして念のため、他の属性も大丈夫だよね、という確認として、正午に鳴る昼の鐘の頃に他の属性の色を順番に光らせる。
一号、つまり私の方から赤、橙、黄、緑、青と順番に光らせて白に戻す。例によって例のごとく、虹の色の並び順だ。
それを二号、つまり副長側で確認できたら、二号の方からも赤、橙、黄、緑、青と光らせて白に戻してもらう。
これはお互いに合図を送るというデモンストレーションも兼ねているのだ。
そのため私と副長は、昼に必ず時間を作っておくことで合意した。
副長は「でも流石に会合当日は時間取れないからね」と冗談めかして言ってきたが、その点は問題ない。
なぜなら確認したいのは、ここオルカーテからどれくらいの距離まで通信できるのか、ということだ。副長の旅程が順調であれば三日目の午後には王都に到着するので、会合に出席して王都を出立するまで二号は副長の実家に置きっ放しになる。つまり四日目以降はもう距離が伸びることはないのだ。
そもそもこの箱の魔道具で王都まで魔力を送信するなんてとても無理だろうし。
だから私は笑って、最初の四日間だけでいいですよ、と付け加えておいた。
ここまでは良かったのだが・・・。
副長に一通り説明をした私は「一度実演しましょう」と用意した魔石を使って実演してみせた。
ここで事件が起きてしまった。
またしても箱の魔道具一号と二号の裏蓋が外れたのだ。
予定外のトラブル発生だったが、裏蓋は元の位置に合わせればすぐに嵌まるし、一度嵌まればどうやって外れたのかわからぬほどきっちり嵌まる。ひとまず副長には手順を書いた紙だけ渡して一旦仕事に戻ってもらった。
そして急遽、私はラミアノさんと相談しながら裏蓋の外れた原因を調べることにしたのだが、原因というか、外し方はすぐに判明することになる。
「まさか、赤、橙、黄、緑、青と二回ループさせるのが裏蓋の外し方だったなんて・・・」
私は水筒の水を一口飲んで喉を潤しつつ、またぼそりと呟いた。
最初に裏蓋が外れたのがラミアノさんと通信したときだ。今回は二回目だったが、共通していたのは赤、橙、黄、緑、青と順番に光らせたこと。そして一号と二号が両方外れるということだった。
転送魔法陣の特性から、一方にある属性の魔力を通すともう一方にも同じ属性の魔力が転送される。だから一号と二号の裏蓋が両方外れるということは、外れる条件の中に『魔力を通すこと』が入っているだろうと推測ができた。
そして、一つの属性ではなく複数の属性の魔力を順番に通すのではないか、と思い至ればあとは一本道だ。虹の色の並び順で光らせたこと。その一連の手順の一部、あるいは全部が条件になっているのだという結論に辿り着く。
その後、昼食に行くまでの短時間の調査ではあったが、赤、橙、黄、緑、青と二回ループさせると裏蓋が外れることがわかった。条件は結構ゆるゆるで、ある程度一定間隔であれば大丈夫らしく、三秒間隔くらいで素早く色を変えても、二十秒間隔でゆっくり色を変えても外れたし、間に無属性の白色が入っていても外れたりした。
もしかしたら他にも外し方があるのかもしれないが、それを細かく調査する時間は無いし、調査する必要性もない。仮に分解する案件が出てきたとしても、大体こんな手順で外れるよ、というやり方が一つ分かっていれば済むことだ。
それにしても、この色の並び順は偶然なんだろうか。
偶然かもしれない。でももしかしたら、設計した魔女様が意図的にこの並び順を採用したのかもしれないよね。
ラミアノさんには「なんでエルナはこの順番で光らせたんだい」と尋ねられたが、「たまたまだ」としか言っていない。虹の色の並び順だと答えたならギリギリセーフかもしれないが、光の波長の長い順だと答えたらアウトだろう。
「おはようエルナ。今日も可愛いねー」
昨日のことを思い返しながら朝食の弁当を平らげてしばらくした頃、ラミアノさんがやってきて待機室にいる私に声を掛けてきた。
ラミアノさんは今日は若干早めの出勤で仕事場を開けにきた。仕事場に置いてある箱の魔道具二号を出発前の副長に渡さないといけないからだ。
「ラミアノさん、おはようございます」
「うん。楽にしていいよー」
朝一だけは立礼でしっかり挨拶する。
ギルドにおける私の立場はラミアノさんの小間使いなのだ。
ラミアノさんと一緒に仕事場に入り、まず最初にやるよう指導されている本日の作業分の確認をしていると、入口の扉がノックされた。副長だ。
「おはよう、二人とも。箱の魔道具を取りに来たよ」
出発前の副長は、挨拶と一緒に用件を伝えてきた。
この話し掛け方だけで急いでいるのが察せられる。
「おやおや。世間話をする時間もなさそうだねぇ。ほれ、箱の魔道具と魔石だよ」
ラミアノさんは軽く笑いながら副長の側まで歩き、用意していた魔石と箱の魔道具二号を近くの机の上に置いた。
魔石は布袋に小分けにされており、各属性を示す色札がついている。箱の魔道具二号は遮光する布が被せられているが、一号に無属性の魔石を乗せっ放しにしているので、布を捲れば今も魔法陣が光り輝いている状態だ。
「副長。昨日ラミアノさんと調べていて、なぜ裏蓋が外れたかわかりましたよ」
「ああ、ギルド長から聞いたよ。魔道具に乗せる属性の順番で外れるんだって?」
昨日の午前中の調査結果は、ラミアノさんから昼食時にギルド長に報告されていたので、その後ギルド長の口から副長にも伝わっていたようだ。
「はい、そうなんです。この紙に裏蓋が外れる条件を書いておきましたから一応気を付けてください」
「わかった。外れるような操作はしないようにするよ」
私は副長に条件をまとめた紙を渡して注意するようお願いした。何せ、片方の魔道具で操作した結果、両方の魔道具で裏蓋が外れてしまうのだから注意は必要だ。
副長との合図のやり取りでは赤、橙、黄、緑、青の順を避けて、この逆順、すなわち青、緑、黄、橙、赤にすることにした。
「それと魔石はその布袋から取り出す必要は無いので、布袋に入れたまま魔法陣に乗せるようにしてください」
「ふむ、了解した。魔道具と魔石は預かったよ。慌ただしくてすまないね。それじゃ行ってくるよ」
用意していた平底の鞄に荷物を詰め終わった副長は、部屋を出ようと私達に背を向ける。
が、すぐに向き直ってこちらに歩み寄ると、私の前で立ち止まった。
「ふえっ?」
「エルナ。人員の調達についてはそのうち何とかするから、しばらく待っていてほしい。それとあまり無理はしないようにな」
そう言って少し屈んだ副長は、私の頭にぽんぽんと優しく手を乗せた。
「ラミアノ。エルナのことは任せたよ」
「あいよ。副長も気を付けて行っとくれよ」
副長はラミアノさんと軽く言葉を交わして、再び背を向けて鞄片手に扉へ向かう。
私も副長の背中に向けて、行ってらっしゃい、と声を掛けると副長は空いている方の手をひらひらさせて仕事場から出ていった。
たぶんもう出発間際だったのだろう。
「副長、あんまり余裕なかったですね」
「んー、あたしらがだいぶ仕事を増やしたかもなー。エルナ、こっちもぼちぼち仕事始めるよー」
「はーい」
情に厚いラミアノさんも他人の仕事に関しては少々ドライなところがあるような気がする。
でもこの世界ではむしろ一般的である。なぜなら大半の人々にとって仕事というものは自営業だからだ。
私だってギルド職員待遇とはいえ、もらっているのは給料ではなく正確には報酬だからね。改めて考えるとびっくりだよ。前世では安定した普通のOLだったから、こんな風に成果がダイレクトにお金に結びつくのはやる気も出るけど不安もあるんだよね。
一旦始めてしまえば仕事は流れるように進む。
ラミアノさんの指示はいつも適確だし、私もラミアノさんの意を汲んで軽快に動き回った。
そうこうする内に本日分の仕事が片づいたが、昼にはだいぶ早い。
「ちと早いけど昼食にするよー。いつも通り食堂でダルと会ってくるけど、食べ終えたらエルナに声掛けるからね。昼の鐘が鳴る時間に副長と魔道具でやり取りするんだろ?」
箱の魔道具を使って副長と合図を送り合うため、昼の鐘が鳴る前に仕事場に戻ってこなければならない。
ラミアノさんはいつも通り食堂でギルド長と昼食を取りながら報告だ。
私が待機室で弁当を取るのもいつも通り。
「そうです。大体の時間で構わないんですけどね」
昼の鐘は各地の村や街で鳴らされるが、秒単位で正確なわけではない。10分、20分程度は普通にズレたりするものだ。
それにそもそも副長が昼の鐘が聞ける場所にいるとは限らないのだ。馬車で移動中かもしれないし、周りに何もないような場所で休憩を取っているかもしれない。
「ダルも見に来るって言ってたよー」
「ですよね。でも、既に通信の圏外になっているかもしれないので、あまり期待し過ぎないほうがいいですよ」
後々振り返ってみれば、この時の私はまだ箱の魔道具を過小評価していた。
自身が畏怖する魔女様という存在。
そんな魔女様が設計した魔道具とはいえ、あくまでプレゼン用のサンプルだ。
街の外まで魔力を転送するなんて流石に無理だろう。
そう高を括っていたのだが・・・。




