休日出勤2
《土よ、魔に、溶けよ》
詠唱すれば魔法陣の光はすぐに白から橙に変わる。
台座に魔力を通し、魔石に充填を完了させる。
「これでよし、と」
充填したばかりの魔石が入った網袋を納品棚に運び終え、今日の仕事は終了だ。
「ご苦労だったな。なんか、あっという間に終わらせちまったな」
「はい。今日はラミアノさんいませんし、自分一人で作業を一通りこなすことが目的ですから。量は課題に課してないんです」
「自分への課題、か。それで何か問題は見つかったか?」
ギルド長の質問に私は少し考えてから答える。
「いえ、特には。たぶん問題なくできるだろうと思って。実際問題なかったです」
「そうか。ここ数日のお前さんの働きで、不足がちだった『火』『風』『土』の魔力素材を少しずつだがストックできるようになってな。正直助かってる。何か問題とか困ってることとかがあれば相談には乗るぞ」
ぬ?何やら臨時ボーナス的な予感。
でも損得勘定抜きに、ギルド長の言葉は私が誰かの役に立っていることを実感できて嬉しい。
困っていることは色々あるけど・・・。
「そうですね・・・。ラミアノさんが朝出勤するまで、それと昼に食堂から戻るまで、私この部屋の扉の前で待機するのが少々難儀でして。この部屋の斜め前の部屋でしたっけ、私の待機室にできないかラミアノさんから相談が行ってませんか?」
「あー。そういや、相談あったな。整える人手が確保できなかったから保留していたが・・・。ふむ、ちょっと待て」
ギルド長は少し思案した後、副長に話を振った。
「副長。あの部屋、いま物置だったよな」
「ええ」
「あそこをエルナが弁当を食える程度には片づけられるか?現状トラブル防止のため、エルナは食堂ではなく本館六階の自室で昼食を取るようにさせているんだが、あの部屋で昼食を取れるようにしてやりたい」
「そうですね。いくつか魔道具が置いてありましたから、それら含む貴重品を移動して、掃除して、小さな机と椅子を運び込めばいけそうです」
「ふーむ」
しばし腕を組んで考えていたギルド長だったが、よし、と言って立ち上がった。
「今から掃除するぞ。エルナ、一階のヨルフとタトレオを呼んで来い」
「え?今からですか?」
「そうだ。ラミアノが休みなんだから、運搬作業もそれほどあるわけじゃなかろう。午前中で片づける」
うへぇ。すごい行動力だなぁ。
もう副長から面白そうな話を聞きたいとか言える状況じゃなくなってしまった。
でもこれは私のためにやってくれていることだ。従おう。それ以外の選択肢がない。
「わかりました。一階へ行ってきます」
返事をして立ち上がり部屋の扉に向かおうとする。
「副長。あの部屋の鍵を取って来てくれ。片付けの段取りと指示は副長に任せる」
「了解です。ギルド長はもちろん・・・」
「ああ、力仕事は任せろ」
ギルド長は右腕の肘を曲げて作った力こぶを左手でパンッと叩く。
それを見て副長はふっと笑う。
あ、あれ?ギルド長も副長も、なんかすごいカッコいいぞ。
二人の光景に思わず見とれてしまいそうになったが、はっと我に返り部屋を出た。
「ギルド長はここの物を廊下に運び出す。ヨルフとタトレオは廊下に出た物を本館二階の執務室横まで台車で運ぶ。エルナは部屋を雑巾掛けです」
物置となっている部屋に集まった大人達と私に、副長が素早く指示を出した。皆一斉に作業に取り掛かる。
副長の細かな指示の下あっという間に部屋が片付いていき、掃除され、小さな机と椅子が運び込まれた。
そして一時間と掛からないうちに私の待機室が整った。
「片付きましたね。ヨルフ、タトレオはご苦労様でした。持ち場に戻って大丈夫です」
「「はい」」
副長はヨルフさんとタトレオさんを労って解放した。
解放された二人は、このまま昼食休憩に入りますと言って本館の食堂に向かって歩いていく。
そんなヨルフさん、タトレオさんの背中に向けて私は感謝の念を送った。
いやー、それにしてもギルド長の行動力、副長の采配。とてもカッコよかったなぁ。
「エルナ。ここの鍵を渡しておこう。紛失しないように管理しなさい。魔道具や貴重な物は移動したが、周りに積んである物はあまり手を触れないように。何かあればラミアノ経由で報告を上げなさい」
「わかりました」
副長からこの部屋の鍵を受け取った。
最近仕事場の前で体育座りすることが多かったから、お尻が痛かったんだよね。
これからはこの部屋で椅子に座って待つことができるぞ。私のお尻は守られたのだ。
「ギルド長、我々も昼食にしましょう」
「そうするか」
「あ、私も弁当もらいに行くので食堂までご一緒します」
ギルド長と副長が食堂に行く話に乗っかって私は同行を求めた。
すると食堂へ向かおうとするギルド長の足が止まる。
「せっかくだから、我々もこの部屋で弁当にするか」
え?
ちょっとギルド長、何言ってんの?
「まぁ、たまには弁当でもいいですか」
は?
副長、止めてくれないの?
片づけたばかりとはいえ、こんな狭い部屋でギルド長と副長と私が囲み合って弁当を食べる。
それって、どういう状況よ。
「あ、あの、弁当だとスープが付かないですよ」
「おっと、そうか。飲み水を用意しとかないとな。お前さん気が利くな」
私はささやかな抵抗をしたが、ギルド長は意に介さなかった。
そうして私達は食堂に行き、弁当を受け取ってまたこの部屋に戻ってきた。
ちなみに椅子と水を入れたコップは仕事場から持ってきちゃったよ。
私達は小さな机の上で弁当の包みを開け、パンに肉と野菜を挟もうとしていた。だがここで一つ問題が発生した。
今日の煮野菜は葉物ではなく豆だった。
「・・・豆は挟みにくいな、副長」
「・・・そうですね、ギルド長」
私は包みを開けて早々に指でつまんで口に運んでしまったが、意地になって肉と一緒にパンに挟もうと悪戦苦闘している大人が二人。
もう何やってんのよ、この人達・・・。
やがてパンの間に上手く収まった豆を見て、素早く口に運び入れたのが副長だった。
上手い!豆が零れるより一瞬早く、いや、零れることも計算に入れた動きだ。
「む、副長。上手いな!」
「もぐ・・・ごくん。ええ、上手いでしょう、弁当だけに!美味いですよ、なんちゃって。はっはっは」
もう何言ってんのよ、この人達・・・。
さっきの掃除の時はカッコいいと思ったのに。
はぁ・・・。私のトキメキを返してください・・・。
そうこうしている内にギルド長もパンの間に豆を収めた。
そして大きな口を開けて齧り付こうとしたときだ。
ぽろっ。ころころころん。
ギルド長の手元から豆が一粒落ちた。
「「「あ」」」
部屋にいる三人の声が重なる。
「俺の豆がっ!」
手にパンを持ったまま椅子から立ち上がり、豆を追い掛けるギルド長。
だが豆は部屋の壁際に積まれた木箱と木箱の隙間に入ってしまった。
現場を目撃してしまった私と副長は沈黙したまましばらく固まっていたが、事件の犯人であるギルド長が堪えきれず口を開く。
「・・・これ、見なかったことにしていいか?」
うわー。駄目な大人がここに居る。
そのときの私はさぞかし嫌そうな顔をしてギルド長を見ていたのだろう。
「ギルド長。子供の前で、それはちょっと・・・」
「だよなぁ・・・」
副長が思わず窘め、ギルド長も応じる。
この部屋は今後、私の待機室として大いに活用させてもらう部屋だ。
だというのに放置したら部屋を使うたびにあの隙間に転がり込んだ豆を思い出してしまいそうである。
よしんばしばらく忘れたとして、三ヶ月後くらいにふと「あの豆、どうなったんだろう」とか思い出したりするのも、・・・嫌過ぎる。
「はぁ・・・。ギルド長、ひとまず手に持っているパンは食べちゃってください」
「あ、そうだな。もぐ・・・もぐ・・・」
あっという間に胃袋に収めてしまった。
豆をパンに挟もうと格闘していた時間の方が長くないですか。
「さぁ腹も膨れたことだし、掃除の続きをやるか」
腹をさすりながら、いい笑顔でギルド長は言った。
掃除はさっき終わりましたよね、と突っ込んではいけないのだろう。
「・・・やりますか。続き」
「・・・はい。やりましょう」
副長と私はため息が出そうになるのを抑えながら立ち上がり、豆一粒のために再び掃除に取り掛かるのだった。
 




