属性の付与2
「『光よ、魔に、溶けよ』と詠唱すればいいんだけど、ちゃんと意味は理解しておこう。魔っていうのは無属性のことだね。無属性の魔力に光属性を溶け込ませる、ってわけだ。光の色がさっき見せたくらいの黄色になったら充分溶け込んだ状態だよ。それを確認したら台座に魔力を通せばいい」
私は今、ラミアノさんの説明を受けている。
ラミアノさんの教え方はいつもこのパターンで安心だね。最初に最低限の流れを話したら、まずお手本を見せてくれる。本格的な説明はその後だ。非常に分かり易い。
私にとってはあっという間の出来事だったが、ラミアノさんの実演は詠唱してから魔力の充填が完了するまで実際には三分くらい掛かっていたらしい。
終わった後、ラミアノさんの額には汗が滲んでいたし、精神的な消耗が見て取れた。
その時の私の所感は、数学の問題とかパズルとか詰将棋とか、そういったものを解くのだって三分間全力で集中したら・・・。そりゃあ消耗するだろう、くらいに思っていたのだが・・・。
「ラミアノさん。火属性の魔力を溶け込ませる詠唱は、『火よ、魔に、溶けよ』になるんですか?」
「うん、そうだよー」
「私、光魔法しか使ったことないんで、他の属性楽しみなんです」
「あっはっは、そーかいそーかい」
この辺りの話は、ランダルフ先生に教わったんだよね。
『無属性』を『魔』とも呼ぶ、ってのも先生に教わったことだった。
あれからお会いしてないけど、先生、今オルカーテに居るのかなぁ。私が魔法士になったこと知ったら喜んでくれるかなぁ。
「それじゃエルナ。こいつを納品棚に置いてきてねー」
そう言ってラミアノさんが転送魔法陣の上の網袋を指した。
私は了解とばかりに網袋を掴んで持ち上げたところで、ふと気が付く。
「あれ?ラミアノさん。転送魔法陣の光が黄色から白に戻ってますけど、ラミアノさんが戻したんですか?」
「気が付いたかい。それ、自動的に戻るんだよ。詳しい説明はまた後でしてあげるよー」
自動で?どんな仕組みになっているのか気になるぅー。
おっと、ひとまず持ち上げた網袋を納品棚まで運ばねば。えっさ、ほいさ。
運び終えたのを見たラミアノさんから、次の指示が掛かる。
「次は実践だ。エルナが魔石に充填してみな。まずやるのは光属性だよー」
「はい!」
わくわくする気持ちをなんとか抑えつつ、注文棚から黄の色札がついた網袋を掴んで転送魔法陣まで持ってきた。
ええと、台座の正面からそっと乗せて・・・と。
「準備できました。やってみます!」
ラミアノさんが頷くのを見て、私は台座の前で一呼吸する。
ふー。落ち着いて。手順はちゃんと覚えた。
まずは右手を台座の側面の近くまで持っていって詠唱。光の色が完全に黄色になったら魔力を通す。
よし、できる。やるぞー!
頭の中でシミュレーションを完了。魔言を唱える。いざ勝負!
《光よ、魔に、溶けよ》
「は?」
え?ラミアノさんの声?
私は思わず魔力を遮断した。そしてラミアノさんに視線を移そうとした。
が、その瞬間、ラミアノさんが声を上げた理由を理解して、転送魔法陣を二度見することになる。
転送魔法陣の光の色は、既に鮮やかな黄色になっていたのだ。
「あ~~~~。ごめん、エルナー。思わず声出しちまったよ」
ラミアノさんが片手で頭を抱えながら呻くように言った。
でもその態度から、どうやら深刻な仕事のミスをやらかしたわけではなさそうだ。私は内心で落ち着きを取り戻し転送魔法陣を指差して状況を尋ねる。
「いえ、その、これ、どうなんでしょうか」
「説明はこの後するんでさ、昨日と同じ様に台座に魔力を通しちゃってくれるかな。もう詠唱は不要だよ」
「わかりました」
昨日と同じということは、既に光属性の魔力になっているから魔石に充填して終わり、ってことだよね。
私は台座の前に立ち、側面に手を触れて魔力を通す。一瞬にして魔石に魔力が吸い込まれ、流れが止まったのを確認して手を離した。
「終わりました」
「うん・・・。お疲れさん、エルナ」
ラミアノさんは苦笑いしつつ、私に労いの言葉を掛けてくれた。
でもどちらかと言えばラミアノさんの方が疲れたのでは、と思うような声のトーンだった。
「さて・・・。説明に入る前に、一旦網袋は横に置いておこう。そんで、転送魔法陣を見ててごらん」
ラミアノさんは転送魔法陣がはっきり見えるように、乗っていた網袋を隣の机に置いてくれた。
私達がしばらく無言で佇んでいると、転送魔法陣の黄色い光が徐々に薄まって白い光に変わっていった。
「元に戻っていきますね・・・」
本当にどうなっているんだろう、この魔道具。面白いなぁ。
「どうやら元に戻ったね。それじゃ説明に入ろうか。長くなるから座ってねー」
そう言われて私は水筒を側に置き椅子に座る。
同じく腰掛けたラミアノさんはコップの水に口を付けてから、最初に転送魔法陣の魔道具の仕様について話し始めた。
まず、ここにある転送魔法陣の魔道具は魔法陣が二つ描かれているらしい。
一つは台座の上の光り輝く魔法陣。そしてもう一つ、台座の中に別の魔法陣が描かれているという。
台座の上に描かれている魔法陣のことを転送魔法陣と呼んでいたのはあくまで便宜上のことで、本来は出力魔法陣と呼び、台座の中にある魔法陣こそが正しく転送魔法陣と言うべきものなのだそうだ。
一階の転送室も同様に魔法陣が二つ描かれている。ただし二階とは少し異なり、部屋の床一面に大きく描かれているのが一つ。もう一つはその床下に二階の台座と同じ様な魔道具が設置されていて、その魔道具の中に描かれている。
魔力素材を乗せる床一面の大きな魔法陣が入力魔法陣。入力魔法陣は魔力素材から魔力を吸い取り、床下にある台座に魔力を送る。
そして、一階台座から二階台座へ転送魔法陣を介して魔力が送られる。
こうして二階台座の中に魔力が溜め込まれていき、一定量溜まると『魔力弁』と呼ばれる仕組みが働く。魔力弁が自動的に閉じられ、流れが止まり、逆流することを防ぐのだ。
一度魔力弁が閉じてしまうと、そのまま何もしなければ永遠に魔力の流れは止まったままだ。再び流れるタイミングはいつかというと、当然ながら次に魔力弁が開いたときになる。
魔法士が二階台座に魔力を通して出力魔法陣から魔石へ魔力を注ぎ、この状態で一定時間経つと、二階台座の中の魔力が減った分を補おうとして魔力弁が開き、一階から二階へ新たな魔力が送られてくる。つまりこのタイミングである。
この仕組みによって魔力の流れは常に一階から二階へと一方通行になっているのだ。
・・・なるほど。新しい魔力が流れ込んでくると台座の中は大半が無属性の魔力になるから、光の色が黄から白へ変わったのか。
溶け込んだ光属性がどこかに飛んで行ったんじゃないかとか、光属性から無属性に変化したんじゃないかとか、色々と可能性を考えてしまったけど、わかってみればなんて事はなかった。
「転送魔法陣の魔道具の仕様についてはこんなとこかなー。この辺りの話は小難しいんで今日話すつもりはなかったんだけどねぇ」
確かに魔法陣の入出力の考え方とか、魔力の属性の濃度変化とか、この世界では大人でも難しい話だろう。少なくとも基礎だけでもその分野の学問を学んでいなければ理解できないはずだ。
前世の記憶がある私は、化学の基礎知識と、パソコン機器の入出力や入出力プログラミングなどの基礎知識を引っ張ってくるだけで、これらの話はピンとくる。
「理解できるまでじっくり教えたいところなんだけど、今日のところはなんとなくでいいからね。ひとまず話を進めるよー」
ラミアノさんは子供相手でもわかるようにかなり平易に噛み砕いて話してくれたけど、それでも私が完全に理解できているとは思っていなかったのだろう。実際にはちゃんと理解できているが、話の腰が折れそうだったのでそのまま頷いておいた。終わってから言えばいいことだ。
ラミアノさんがコップの水に口を付け、私も間合いを取るように水筒の水を一口啜った。
「次に、エルナが実践したときの魔道具の挙動について話すよ」
さて、ここまでは前置きみたいなもので、この先が本題に違いない。
座っていた姿勢を正し、改めてラミアノさんに向く。
「エルナが詠唱したと同時に転送魔法陣の光の色が黄色になった件だけど・・・」
ラミアノさんが思わず声を出してしまったところだ。一体なぜあの瞬間、黄色になってしまったのだろう。
「昨日のを見てなかったら、私も何が起こったか分かんなかっただろうよ。あれはエルナの魔法によって、一瞬で属性が溶け込んだんだ」
「え・・・?」
あれって、私のせいなの!?
ラミアノさんがお手本で見せてくれたときは、二分くらい掛けて光の色を白から黄にしていた。
ということは、うんと、ええと。
「ラミアノさんのようにもっとじっくりと属性を溶け込ませないといけなかったんですよね・・・。でも、魔法の強さを制御するなんてできるのかな、私」
「いやいや、何言ってんの。少なくともあたしはこの魔道具使うのに魔法の強さを制御したことなんかないよ」
「じゃあ、どうやって溶け込むスピードを落とすんですか?」
「落とす必要なんてなかろうよ」
わたしは目をぱちくりさせる。
駄目だ、たぶんお互いの話がズレてる。一旦私が黙ってラミアノさんの話を聞こう。
「えーと、ラミアノさんの話を続けて下さい」
「つまりね、エルナの仕事は早くて素晴らしいってことさね。一瞬で属性が溶け込んだのはエルナの光魔法の出力が大きいことが理由だとは思うけど、他にもいくつかの要因が重なっているかもしれないし、それこそ全然別の理由なのかもしれない。それはあたしにはわからんよ」
そういうことか。
やらかしたのは私だけど、ラミアノさんは「構わん、もっとやれ」ってことなのね。
少し安心したけど、その場合は別の懸念点があるよね。ちゃんと聞いておこう。
「それじゃあ、このまま気にせず仕事を続けていいんでしょうか。仮に私の光魔法の出力が大きかったとして、魔道具や魔石に負担が掛かるとかありませんか」
「平気でしょーよ。魔女様が設計した魔道具なんだし。普通の使い方をして問題が出たら魔女様に報告する案件よ」
魔女様・・・!?
その単語を聞いた瞬間、心臓をキュッと掴まれたような錯覚に陥った。
この魔道具の設計者は魔女様だった、という事実。
それは私がオルカーテに来て一番の衝撃であった。




