魔封具
もう日が暮れてしまいそうだが、まだやらねばならないことがある。
ワッツさんと斎場に行って、魔封具を貸してもらうのだ。
「父さんはどうするの?」
「付いていくよ。日が暮れそうだしな」
先ほどの話し合いで半年後に私を領都へ送り出す話をしたから、もしかしたら父さんは、尚更目を離せなくなってしまったのかもしれない。でもそれは私も一緒だ。今は父さんと歩きたい。
「じゃあ、ワッツさん。三人で斎場まで歩きましょう」
「ええ、そうしましょう」
ワッツさんはにこやかに応じてくれた。
三人で歩きながらワッツさんが話し掛ける。
「エルナが私に話がある、と村長に聞いていたのですが、魔法のことだったんですね」
「あ。あー、そうだ、そうです。本当は昼にワッツさんのいる斎場へ行って、その話をするつもりだったんですよ。・・・どうしてこうなったんでしょう」
今日の昼までは、ワッツさんに魔法の報告をする、それだけだった。
「私も昼に村長の家に呼び出されたんですが、エルナが私に話がある、ちょうどいいから同席しなさい、という感じでしたよ」
もしワッツさんが同席していなかった場合のことを考えてみる。
私が魔法を使えるようになったこと。これに加えて、私が領都に行くこと、私が仕事の引継ぎすること、私が魔封具を借りること。これらのことを全部最初から説明するなんて・・・しんど過ぎる。無理だ。
「村長が私にも同席するよう声を掛けてくれて良かったですね」
「はぁ・・・。まったくです」
私はワッツさんに同意する。
ふと気付けば斎場に到着していた。
収穫祭の片付けはすっかり終わっていて、斎場も斎場前の広場も綺麗にされている。
「ドナンさん、エルナ。中に入って座っていてください」
「ああ、そうさせてもらおう」
「はい」
夕暮れの斎場はだいぶ暗く、ワッツさんは部屋の蝋燭を灯すと、奥の部屋に向かった。
しばらくして戻ってきたワッツさんは手に何かを持っていた。
「これが魔封具の腕輪です。確か季節一つ分でしたか。一応、教会から借りているものですから、無くさないでくださいね」
「もちろんです」
ワッツさんから腕輪を受け取りそれを見る。
腕輪は石がはめ込まれているだけで装飾はなく、皮のベルトで巻くタイプの腕輪だった。
そう、腕時計そっくりだ。
「ちょっと装着してもいいですか」
「ああ、そうだね。私も感想を聞いてみたいよ」
不意に前世の社会人時代、仕事に行くときに腕時計を巻いていたことを思い出した。利き腕の邪魔にならないよう左にしていたんだよなぁ。
そんなことを思いながら左の手首に装着しようと思ったが、ゆるゆるだ。そりゃそうか、八歳の子供だった。
仕方がないので、そのまま肘を通して左腕の脇近くまで移動させる。もうこれでいいや。
「魔法、一瞬だけ使ってみます」
「ああ、いいよ」
右手を前に出して詠唱する。
「光よ、集まれ、我が手に」
おお・・・。魔言にならない。
なんだこれ、魔力の道が細くなっているような感覚だ。
「発動しませんね・・・魔力が全く通っていないわけではなく、とても弱められているような変な感じです」
「ほほう・・・」
「では外しますね」
私の感想を聞いてとても興味深かったのか、ワッツさんはしばらく感心していた。私はゆるゆるの腕輪を左手からすっと抜く。
「比較のために、外した状態でも魔法使ってみます」
「うん」
先ほどと同様に、右手を前に出して詠唱する。
《光よ、集まれ、我が手に》
詠唱と同時に掌が光る。私はすぐに魔力を遮断して光を消した。性能は問題ないようだ。
「ではお借りしますね」
「うんうん。何度見てもすごいねぇ・・・」
妙に感心しながら頷いているワッツさんを見つつ、私は腕輪を背負い袋にしまう。
さてと、もう一つの話をしなければ。
「ワッツさん、リンから話を聞いたのですが、ダフとリンに礼儀作法も教えて下さっているとか」
「いやいや、まだ初歩の初歩しか教えていないけどね」
先日、家でリンと遊んでいるときに、『偉い人ごっこ』なる遊びをした。
私たちの身近な偉い人といえば、必然的に村長さんになる。交互に村長さん役をやることになり、もう片方が礼儀作法に則って挨拶するのだ。
確かにリンは、私と父さんが家でやっていた礼儀作法の練習を横で見ていたことがあったが、実際やらせてみたら思ったよりも礼儀作法ができていたのでびっくりしたものだ。
それで詳しく話を聞けば、ワッツさんに教えてもらったと言っていた。
「二人はエルナが配達の仕事を任されていることが羨ましくて、いつか自分も引き受けたいって言っていたからね」
「ええ、私もリンからそういう風に聞いてたんですよ」
「なるほど。それでカロンと一緒に推薦してあげたのか」
「ダフとリンはどの位覚えたんでしょうか」
「そうだねぇ。二人とも礼の形はすぐ覚えたけど、言葉遣いはまだまだ時間掛かるだろうね。でも子供って物覚えが早いものだとつくづく思うね。大人だったらこうはいかない」
ワッツさんは私をちらりと見る。
「そして・・・改めて思ったよ。エルナの覚える早さがとんでもなかった、ということに」
「あは、はははは・・・」
私は苦笑いして頬をかいた。
「明日、村長さんに仕事の引継ぎの話をしにいくんですが、カロン、ダフ、リンの三人を隣村のガルナガンテさんのところへ顔合わせに連れて行こうと考えています」
「えっ、隣村の村長に?流石にすぐは無理じゃないかな」
「いいえ、逆です。まず最初に顔だけでも繋いでおくことが大事です。それに私の仕事を見学させることが目的なんですよ」
ワッツさんは瞬きをして私を見る。
「・・・エルナの考えが知りたいね。続けてくれるかい」
先を促すワッツさんに、私は頷いて答える。
「礼儀作法や読み書きを完璧にしてから仕事をさせようと思ったら、時間がいくらあっても足りません。まず配達の仕事を見せて、この仕事をするための最低限の礼儀作法と読み書きに絞って教えます。配達の仕事さえ覚えてしまえば、後は自然と礼儀作法や読み書きの幅が広がります」
「なるほど、そういうことか!」
ワッツさんは嬉しそうに声を上げる。
「ですから最初は、ガルナガンテ村長に会うときの挨拶、そして辞するときの挨拶だけでいいんです。顔合わせですから」
「つまりそれを私に頼みたい、ということでいいのかな」
「はい、お願いできますか」
「ああ、構わないとも」
「ありがとうございます、ワッツさん」
これで根回し完了・・・かな。今日は色々あり過ぎて頭がパンクしそうだ。
ちょうど村に夜の鐘が鳴る。よし、帰ろう。八歳児がこれ以上の残業はいけない。
「これで用事が全部片付いたので、そろそろ帰ります」
「エルナ、ドナンさん。今日はお疲れ様」
「ええ、お互い疲れましたよね。父さん、帰ろう」
私と父さんは斎場を後にする。辺りは既に真っ暗だ。
「お、終わった・・・。帰ったらご飯食べて寝よう・・・。寝るときに魔封具つけるの忘れないようにしないと・・・」
「何を言っている、エルナ。まだ終わっていないだろう」
「へ?」
私は恐る恐る父さんを見上げる。
「夕食を取りながら、トーナとリンに事情を説明しなきゃいけないだろう」
「あ、あああああーー」
そうだった。父さんが正しい。
私の意思で領都へ行くのだ。母さんとリンには私自身で説明しなきゃいけない。
その日の夕食時。
母さんとリンは私の話を聞いて驚き、私をたくさん抱きしめてくれた。
夕食に何を食べたのかは思い出せないよ。でも、しょっぱかったことは覚えているんだ。




