魔法の覚醒1
夏の暑さが落ち着き、季節は秋になろうとしていた。
畑の収穫やら狩りやらで、村全体が忙しい時期になる。
そして、私とリンは秋生まれ。
それぞれ八歳と六歳になった。
昨日、川の向こうまで狩りに行っていた父さんは、今日は朝から家の横にある燻製小屋で干し肉を作っている。
私とリンもさっきまで手伝っていた。
母さんは近くの畑で収穫の手伝いに出ている。
父さんの手伝いが一段落した私は、リンの相手をしようと声を掛けた。
「リン、お姉ちゃんが文字教えてあげようかー」
「んーっとね、これからワッツさんのところに行くんだぁ」
ワッツさんは村の斎場を管理している司祭見習いで、私に文字の読み書きや礼儀作法を教えてくれた人だ。
「え、斎場に?一人で行くの?」
「ううん、ダフと一緒に行くのー」
「ダフと?」
ダフとは、近所のダフタスという男の子だ。
彼も秋生まれで九歳になったばかり。うちの家族とも仲が良く、優しい子だ。
でもリンと一緒にワッツさんのところか・・・。
私は最近の出来事を思い返す。
あれは確か夏真っ盛り。私がリンを連れてワッツさんに勉強を教わりに行こうとしたときだ。途中でダフに出会ったら、彼は、ちょっと見学したいから一緒に付いていっていいか、と言いだした。それで連れて行ったら、次から俺も一緒に勉強したい、って言ったものだから少し驚いた。
その数日後に、また三人で一緒に斎場に行くことになって・・・。私は干し肉を、ダフも私に習って畑で採れた野菜を持っていったんだっけ。リンもダフも楽しそうに勉強してたんだよなぁ。
私は、ワッツさんと一緒に教える側に回ったけれど、教えるのもまたいい勉強だった。
・・・とまぁ、そんなことがあったから、リンがダフとワッツさんのところに行く、っていうのは、二人が今日一緒に勉強する約束をしたんだろう、と推測できた。
「父さんか母さんにちゃんと言った?」
「うん。だからほら、さっき父さんにもらった」
リンが指差す先を見ると、台所の食卓の上にラトの葉に包んだものがある。なるほど、干し肉、か。
つまり、父さんは知っていて、ワッツさんへの対価の干し肉をリンのために用意してあげた、と。
「そっか。父さんに言ったんならいいよ。気を付けて行っておいで」
「うん!」
私はリンの頭を優しく撫でる。
リンは、へにゃっとなりながら笑う。可愛い。
それから少しして昼の鐘が鳴る頃、私の家にダフが来た。
「こんにちはー。リン、いるかー」
「ダフ、いまいく!」
リンは食卓に置かれた包みを持つと、元気に家の出入り口へ駆けて行った。
私もダフに挨拶する。
「ダフー。リンと一緒に斎場行くんだって?リンをよろしくね」
「おぅ、エルナ。任せとけって!」
ダフが一緒なら安心だ。
リンはダフに手を繋いでもらって出掛けて行った。ふふ、リン楽しそう。
さて、それじゃ私は魔法の練習をしましょうかね。
ランダルフ先生に教わって以来、日課となった魔法の練習をするため、私は家の裏手にある空き地へ来た。
「魔法とは、魔言を世界に解釈させ、世界に実行させた結果」
ランダルフ先生から教わった『始まりの魔女』様の言葉。
いつも練習を始める前に独り呟いてしまう。いいなぁ、このフレーズ。
さて、次はイメージ。
ランダルフ先生が見せて下さった手本の光魔法。
あの光景を思い出す。
自分の右の掌を視野に入れつつ、正面を向く。
そしてゆっくり詠唱する。
「光よ、集まれ、我が手に」
一つ息を吐き、呼吸を整える。
「光よ、集まれ、我が手に」
先生の右手がぼんやりと光ったあの時の光景を思い出しながら。
呼吸を整えて、繰り返していく。
「光よ、集まれ、我が手に」
私は徐々に集中していく。
それは何度目の詠唱だったろうか。
「光よ、集まれ、我が」《手に》
自分の耳で聞いている自分の声が、変化した。
『変化した』ことを、私は理解はしていた。
でも集中し過ぎて、驚くことも喜ぶこともなかった。
同じ様に、イメージし、呼吸を整える。
そして詠唱した。
「光よ、集まれ、我が」《手に》
これか。魔言。
言葉が、自分の口から紡がれると同時に、どこか遠くへ飛んでいくような感覚。
なるほどなぁ。『世界に解釈させる』とはよく言ったものだ。
空とか海とか大地とか。そういった何か大きな存在に問い掛ける感覚を味わった。
ぎゅっと拳を握る。
できた!やった!
ようやくその実感が湧いてきた。
その日、私は辺りが暗くなるまで練習した。
まだ詠唱の語尾だけだけど、何回か成功し、その何倍も失敗した。
けれどもそれは、私が大きく踏み出した、魔法への一歩だった。




