里帰り10
リズニア王国で最も北西にある村。それが第七ホラス村。
レコールテ連峰のふもとに位置し、小さな丘が連なるこの場所は、かつて数戸の家々がまばらにあっただけであった。
土地を切り拓き、そういった家々を集落化して、各地から村人を募ったのが十数年前。国内では比較的新しい村といえよう。
第七ホラス村の周辺の自然は豊かだ。自生する野草の種類は豊富だし、北側と東側は多くの野生動物の生息域となっている。
これらは、いわば山の恵み。村の貴重な資源なのだ。
その恩恵に与る第七ホラス村にとって、一番の産業は狩猟である。
山菜も大いなる山の恵みではあるのだが、それよりも需要があり、かつ村の安全確保の観点から、村全体で狩猟を優先している。そのため村人には、普段は山菜採りを控えるように、と取り決めされているのだ。
だが、山菜採りを一切しない、というのはあまりにもったいない。
そこで村では、『狩猟を休み、村人総出で山菜採りを行う日』を決めている。山菜採りの日と呼ばれているのがそれだ。
その日、第七ホラス村は山菜採りの日であった。
朝早く、村人達は広場に集い、いくつかの班を構成していく。
班は、一家族だけの班もあれば、付き合いのある近所の家族同士で構成された班もあったり、と様々である。
班分けする理由は、それが効率的だから。
学生の修学旅行を思い浮かべてもらえばわかると思う。
クラス単位で行動すると、点呼を取るのも、指示をするのも、報告を受けるのも大変なのに、クラス全員同じ場所しか回れない。
班ごとにある程度裁量を与えてリーダーから報告をもらうだけの方が、管理が楽だし、各班で別行動が可能になるわけだ。
その代わり、班ごとに安全対策を講じる必要性が生じるのだが、そこは抜かりない。
山で人的被害を及ぼす獣に遭遇してしまうことを想定して、女子供だけにならぬよう、各班に最低一人、お供として狩人が随行する。
もっとも、人的被害を出すような害獣が出没するのは山奥の狩場。山菜採りで山奥まで行くことはなく、村の東門周辺の近場だけ。狩人の随行も、あくまで、万が一に備えて念のため、だ。
村の大事な行事でもある山菜採りの日は、村長とその家族らが中心となって運営されている。
事前の調整、準備、仕切り、人の手配など、一番忙しいのが運営者の彼らである。
彼ら運営の当日の作業は、村の広場と東門で村人達の出入りを確認するだけなので、何も知らない子供達からは楽をしているように見えるかもしれないが。
広場では、背中に籠を担いだ村人達が、班で一塊になって運営者と挨拶を交わし、チェックを受けている。
そうして準備が整った班から、一組また一組と出発していった。
「「「村長、おはようございます」」」
「やあ、ドナン、トーナ、エーダ。おはよう」
「「村長さん、おはようございます」」
「おはよう、ダフタス、リン」
5人組の班が運営者の所へ挨拶しにやって来た。
その内3人はエルナの家族。
父親のドナン、母親のトーナ、妹のリン。
残る2人のエーダ、ダフタスは、近所の家族だ。
ダフタスはエルナやリンの幼馴染。この少年はエルナより一つ年上で、この秋10歳になった。
エーダはダフタスの母親である。
「エルナがいないから今年は5人だ。行ってくるよ、村長」
「そうだったね。エルナも元気でやっているといいが。・・・そうそう、ドナン。今日は雨が降るかもしれない。降ってきたら切り上げるようにしてくれ」
「ああ、わかった」
村長のマーカスが振った天候の話題に、狩人であるドナンは空をぱっと見上げて頷いた。
大人同士が会話している間、子供のダフタスとリンは、マーカスの横に居たカロンに挨拶をしていた。
「「カロン、おはよう」」
「おう、ダフタス、リン。おはよう」
「村長さんの手伝いか。すげぇな、カロン」
「すごくねぇよ。覚えることがいっぱいでさ、まだ仕事を見てるだけだからな」
カロンは村長の息子。この秋12歳になった。
去年までは他の子供達に混じって山菜採りに参加する側だったが、半年前、ちょうどエルナが村を出た頃から積極的に村の行事を見学するようになった。雑用をしながら運営の仕事を勉強中なのだそうだ。
ダフタス、リンは思う。
かつて勉強嫌いで母親から逃げ回っていた姿からは、想像も付かない変わり様だ。絶対にエルナの影響なんだろうな、と。
一方で、カロンも思う。
こいつら、年下のくせに物覚えがいいんだよな。去年まで字が読めなかったはずなのに、今じゃ書くことまでできるようになってる。二人とも『エルナみたいにオルカーテに行って勉強したい』とか言ってるし。
ほんとすげぇんだ。俺も負けらんねぇ。
「ダフタス、リン。二人ともたくさん採ってこいよ」
「おう」「うん。行ってきまーす」
激励して送り出すカロンに、二人は元気よく手を振った。
村長のマーカスやカロンに挨拶を済ませた5人は、広場を出て、村の東門にやって来た。
普段は1人しか居ない門番だが、今日は珍しく3人も居る。行事で村人が頻繁に出入りするからだ。
「やあ、ナスタ。ご苦労さん。今から山菜採りに行ってくるよ」
「おはよう、ドナン。家の者をよろしくな」
「任せてくれ」
ドナンは、3人居た門番の内の一人であるナスタに挨拶する。
門番のナスタはダフタスの父親だ。
ドナンと挨拶をしたナスタは、妻と息子にも一声掛ける。
「気を付けて行ってこいよ。エーダ、ダフタス」
「ええ、ナスタ」「親父、行ってくるよ」
ナスタら門番に見送られた5人は、門を通って村の外に出た。
少し道沿いに進んだところで、山へと入っていく。
そこから先は、村の狩人が知る『道なき道』だ。
ドナンが先導して山をしばらく登っていくと、やがて彼らの目的の場所に到着した。
背負っていた籠を地面に降ろしながらドナンは辺りを見回す。
「よし。この辺りに生えている山菜を取ろう。ダフタス、リン。この採取場所は初めてだろう?あまり遠くに行かないようにな」
「わかった」「うん!」
ドナンの言う通り、ダフタスとリンが山菜採りでここに来るのは初めてだった。
だが、実のところ二人は、この辺りの土地勘を持っていて、村との位置関係もちゃんと把握できていた。この二人に限らず村の子供達というのは、大抵周辺の山にこっそり入った経験があるものだ。
門を通らず村の外に出る。それは村の子供達にとって格好の度胸試し。集まって遊んでいれば、「大人に内緒で山に行こうぜ!」などと言い出す子供は必ず居るもので。
実際のところ、例えば村をぐるっと囲んでいる柵なんかでも、子供が頑張れば越えられるような箇所は幾つかあったりする。
ただし、流石に幼い子供だけで村の外に出るなんてことはしない。そんな場合は成人前のお兄ちゃん達が引率してくれるのが常である。
要するに、子供は子供なりにちゃんと安全マージンを取ってやんちゃをしているわけだ。
「ダフー。こっちこっち」
「おー、いっぱい生えてんじゃん!」
ダフタスとリンは一緒に山菜を採り始める。
トーナとエーダも母親同士で世間話をしながら、慣れた手付きで採取をし始めた。
ドナンはというと、気が向いたら採取するくらいの感じ。どうせ、自分の大きな籠も子供らがせっせと採っては入れていくからその内いっぱいになるだろう、とわかっているからだ。
だから山菜採りよりも、子供のペアと主婦のペアに声が届くような位置に立って、周辺に気を配っていた。
やがて、そろそろ昼になろうかという頃。
朝からほぼ見張りをしていたドナンの籠には、子供らが入れていくれた沢山の山菜が入っていた。
天気もなんとか持ってるが、そろそろ戻っても良さそうだ。
ドナンがそう思ったとき、山のふもと側から「おーい」という声を聞いた。
声の主は門番のナスタ。すぐ後ろに村長のマーカスもいる。たぶん近場の見回りだろう。
「やあ、ナスタ。それに村長も。二人で見回りですか?」
下から「よいしょ、よいしょ」と言いながら登ってきた二人に、ドナンは右手を軽く上げて迎える。
この場所以外にも回っていたのだろうか。二人とも顔から汗をかいている。
「見回りというより、連絡だね。もうしばらくすると雨になりそうだから、早目に切り上げるよう伝えて回っていたんだよ。君らの班で最後だがね」
「そうでしたか、村長。早目に切り上げる方がいいってのは、俺も同感ですね」
現場で作業していると、誰しもがついつい夢中になってしまうものだ。上からこういうお達しがあった方が切り上げやすい。その辺の村人感覚を、マーカスはよくわかっていた。
そのマーカスが、額の汗を服の袖で拭いながら、辺りをぐるりと見渡す。
「ドナン。奥さんや子供らは?」
「トーナとエーダはすぐ近くにいます。ここから見えますよ」
「あー、いたいた。あそこか」
「子供らは反対側ですね。ちょっと俺、呼び戻してきます」
「じゃあ我々はトーナとエーダに声を掛けてこよう。ナスタ行こうか」
「ええ、了解です。村長」
「じゃあ申し訳ないが、村長、ナスタ。そっちは頼みます」
トーナとエーダに伝えるのは村長とナスタに任せて、ダフタスとリンの方へドナンは向かった。
先程の場所から陰になっていただけで、すぐに二人を見つけることができた。
「ここに居たのか。リン、ダフタス」
「あ、父さん。見て見てっ。こんなに採れたよー」
置いてある籠を指さして、リンが嬉しそうに言う。
子供用の小さい籠には沢山の山菜が入っていた。
「まだまだ元気があるようだが、そろそろ戻るぞ。雨が降りそうだからな」
「そっかー。まだ採りたかったのにね」
「しょうがないさ、リン。戻ろうぜ」
少し残念がったリンだが、ダフタスに宥められて嬉しそうにしている。
姉のエルナが不在でも、面倒見がいいダフタスが居てくれて助かる、とドナンは思う。
「籠は父さんが持ってやろう。さ、行こう」
ドナンはリンとダフタスの小さい籠を手に持つと、二人を連れて元いた場所へ戻り始めた。
その時だった。
「きゃああああっ!」
女性の悲鳴が辺りに響いた。
すぐにダフタスが反応する。
「母さんっ!?」
エーダの悲鳴か!?何が起きた?
トーナも一緒のはずだ。トーナは!?
ドナンの背筋を何かが一瞬で走り抜ける。それが悪寒だと認識すると、体中の毛穴から汗がぞわっと噴き出した。
「何かあったに違いない!」
子供らと、そして自身にも状況を把握させるようにドナンは叫び、持っていた籠を置き捨てて、悲鳴のした場所へ走り出す。
ダフタスとリンも、慌ててドナンの背を追いかけた。




