第46話~到着、そして怒る~
兵士のいる門を潜って入る暇はない、飛んで防壁を超えよう。そう考えて自身の体にハイドをかける。
近づく王都を囲む防壁は今まで見た街のそれよりも高く、頑丈であろうことが見て取れた。横に目を向けると、遠くに城門らしきものが見える。
防壁を飛び越えて着地したのは薄暗い路地だった。
夕方ということもあるのだろうが、入り組んだ路地のため空を見上げなければ今が夕刻時なのだと分からないほど暗い。通りの端には残飯やボロボロの衣服などのゴミと思われるものがちらほらと見えている。
土ぼこりの上がる整備されていない路地には人の姿が一つも無かった。<レーダー>を開いて人がいないことを確認し、ハイドを解く。
魔法が使えないかもしれない、という話もあるのだ。突然ハイドが解けて姿を現したら誰であろうと周囲がざわめいてしまう。
さて、それじゃあ探そうかと<レーダー>の設定を変えた。設定はきちんとオルブフ、そしてルルアラにしてある。
二人のいる場所はっと……ふむ、<レーダー>が正しいなら二人は王都の中心付近にいるらしい。じゃあ、次に二人のいる方角だ。
二人を示す赤い点があった方角が分かると、なるべくそちらへと向かいながら路地を歩いていく。路地はまっすぐではなく入り組んでいるため、<レーダー>を見ていないと迷ってしまうかもしれなかった。
今歩いている路地で良いのだろうか、などちょっとした不安に駆られながらも進んでいくとまっすぐ伸びる路地の先に人の通りが多い整備された石畳の大通りが視界に映る。
それと同時に陽の光を遮るものが無く、深くかぶったフードの隙間から差し込む光が暗さに慣れた目には少しばかりきつかった。
「うおっ……」
思わず目を眇めてしまうも、整備された石畳の大通りへと出る。
暗かった路地とは異なり、石畳の大通りは夕日に照らされ赤く染まっていた。活気もあり、人々が行き交っている。
この大通りを王都の中心へと向かって進めばたどり着くだろう。そう考えて人の流れに乗って少し早足になりながらも中心へと向かっていく。
こちらに来たばかりの頃、王都は窓から眺めるものだった。しかしこうして見ればオブリナントに引けを取らず賑わっている。
客引きの店員が店先に立って大声で目玉商品やらを言い、パーティであろう数名の冒険者は賑わいながら近くの酒場や食堂へと入っていく。時々明るい笑顔の子供達が傍を駆け抜けて行った。
一方で路地のほうへ目を凝らせばずたぼろの衣服を着た子供や大人の姿も見受けられる。中には目立たない衣服を来た、妙に人目を気にしている人が素早く路地を横切っていた。
表もあれば裏もある、ということなのだろう。
そちらを一瞥するも、すぐに視線を前へと戻す。人にぶつからないよう避けていくと、前方の人だかりが視界に入った。それは進むほど人の数も大きくなっているようである。
同時に人の喧騒も大きくなっていった。すれ違うたびに会話が聞こえ、それが後ろへと流れていく。
「おいおい、広場が封鎖ってどういうこった」
「何でも『第五遊技場』の人間がいるらしいぜ?」
「ということはよ、『第五遊技場』に行けるようになんのか?」
人垣の話題はもっぱら『第五遊技場』だ。加えて広場の封鎖という事態に少々困惑しているような表情の人々も見て取ることが出来た。
視線を時折<レーダー>へと向けると、確実に赤い点二つに近づいている。ルルアラとオルブフまであと少しだ。
広場まであと少し、この人垣を抜ければ広場の様子を見ることが出来るだろう。よく見れば広場全体を封鎖しているわけではなく、広場の端は四人が横になって歩ける程度に通路が確保されていた。
ここから先入ってはいけないというように、兵士が円を描くように立ち並んでいる。広場の円形をあわせれば、上から見ると二重丸のようだろう。
どうにかこうにか人垣を抜け、前に出た瞬間である。
「ん?」
先程まで開いていた<レーダー>が霧散してしまった。話では魔法が使えないという話だったが<レーダー>はスキルに分類されたはずだ。じゃあ、何で消えたんだ?
……もしかして魔法だけでなくスキルも無効にされるのだろうか。試しにと後ろに下がると、丁度大通りと広場の境で<レーダー>が再び現れる。
どうやら無効の範囲は兵士のいるところまでではなく、丁度広場の大きさに設定されているのか。そんなことを先程いた場所へと戻りながら考える。
気持ちを切り替えて視線を広場へと向けると中央に見慣れた姿、オルブフとルルアラがいた。それを取り囲むように……あれ、校長じゃないか?
厳しい顔つきで二人を睨んでいるのは立派な顎ひげに恰幅の良い老齢の見慣れた男性だ。間違いない、あの姿は前の世界の校長である岩久良校長先生のものである。
教師陣は確か魔法学園に召喚されたと聞く。となれば岩久良校長も例外ではないだろう。……いや、今の自分にとって校長ではなかったか。
とにかく、この件に『第二図書館』の主が関わっていること、魔法学園に召喚された中に『第二図書館』の主がいることを考えて、彼がおそらくそうなのだろう。
目を凝らせば第四の主は第二の主の傍にいるのが見てとれた。
他にもよく見れば見たくは無かった顔である天ヶ上達ハーレム組の姿も見えた。傍には上級神であろうツインテールの少女の姿もある。
あれ、樹沢の姿が見えない。彼はいつも天ヶ上と行動していたはずだが何故だろう?
いや、それは今は置いておこう。
ざっと見た限り、中央にオルブフとルルアラ、そしてその周りに第二や第四の主とハーレム組。
最後に広場に人が入らないような役割と二人が逃げないようにとの役割を担っているであろう、鎧を着た兵士やローブを羽織る魔法使いである。
(さて、どう助け出したものか……)
一刻も早くこの場から二人を連れ出したいが魔法はもちろんスキルも使えないので隠密なんて出来やしない。
魔法やスキルを無効にしている道具でもあるのではと<レーダー>が開けるところまで数歩下がり調べる。けれど道具を示す赤い点は範囲内にいる第二の主辺りを示していた。設置型とかではなくボタン形式とか、所持できるタイプのものなのだろう。
「早く僕のために教えてくれ、ルルアラ。君を仲間にするためにも、『第五遊技場』に行って君の主に許可をもらわないと」
「……お断りするのです」
最前列へと戻りながら考えているとそんな声が耳の届く。
そちらへ視線を向けると笑顔を浮かべているであろう天ヶ上が腕を広げてルルアラににじり寄って来ていた。ルルアラはそんな天ヶ上に対して冷ややかな視線を向けながら、同じく冷たい言葉を刺すように投げつける。
けれどその言葉は天ヶ上の耳に届かなかったのだろう、彼はにじり寄るのを止めない。
「あぁ、そこの君も。僕のパーティに入りなよ。僕は君の主よりも強いからね、強い人の方が仲間としていいだろう?」
「弱いくせに何言ってるんすか」
ついでにとばかりに天ヶ上はオルブフにそう言葉を発した。
天ヶ上の言葉にオルブフもまた、冷たい声を投げつける。けれどそれは天ヶ上に鼻で笑い飛ばされていた。
天ヶ上はあほらしい、とでも言わんばかりである。
「僕は勇者だ。勇者は強い、そうだろう? だから僕は弱くない」
簡単な計算式だとでも言わんばかりの言葉。その言葉が何故か耳に大きく響いたように感じた。それは野次馬の喧騒があちらこちらから響いている中でも確かに耳に届く。
天ヶ上の口調には少しの疑いも混じっていない。純粋に、自分が勇者だから強いのだと、そう確信している様子だった。それを成すのは前の世界での評価か、認めたくないというプライドか。確かに強い部類には入るため、よりこじらせているのか、詳しいことは分からない。
ただ言えるのは前の世界から変わらない天ヶ上がその言葉を確信の笑みで放ったことだけだった。
言葉に出来ない懐かしい不快感が腹の奥から沸きあがって来る。
何とも気持ち悪い、今すぐ怒号を飛ばしたくなるような感覚だ。その言葉が届かないなんて既に経験済みだが、それでも怒りを投げつけるように吐き出したくなる。
気づけば握るこぶしが微かに震えていた。
「さぁ、僕と一緒に行こう、さぁ!」
きっと女性が蕩けるような笑みを浮かべているのだろう。まるで士気でも上げるような口調で天ヶ上は腕を広げ、二人まであと一メートルというところまで近づいた。
オルブフとルルアラが一歩、困惑したような雰囲気を纏いながら後ずさる。ここからでもその様子が分かるほどだ、余程のことなのだろう。
気づけばこぶしの震えは止まり、軽く手を開いた状態になっている。怒りで冷静な思考が出来ない、それが分かっていても止めることが出来なかった。
辺りに撒き散らせばいいのかもしれない怒りは言うことを聞かず、体を突き動かすように腹の中で渦巻いている。
「……ふざけすぎだろ」
思わずぽつりと言葉が漏れてしまう。
魔法もスキルも使えない?いや、問題ない。
上級神がいる?それも問題ではない。
隠蔽?フードを深くかぶれば良いだろう。
フードを目深にかぶりながら、兵士の隙間を縫って円の中へと入る。こちらに気づいたように人が入らないようにと立っていた兵士の視線がこちらに向けられる。
「おい君、広場は今封鎖中――」
傍にいた兵士が言い終えるのを待たず、姿勢を低くして軽く地を蹴った。瞬間、足元から轟音が聞こえて景色が急速に後ろへと流れる。後ろでしりもちをつく兵士や驚愕の声を上げる野次馬を尻目にまっすぐ二人の元へ向かった。
「む、誰だ!?」
「誰……いや違う、もしかして……! 今すぐそいつを取り押さえろ!」
驚愕の声を上げる岩久良校長、いや、第二の主。一方、第四の主は気づいたのか口の端を微かに吊り上げ、周りの兵士に命令を下す。
慌てて兵士達は動き出すが意味が無い。するすると捕まえようと伸ばされた兵士の手を掻い潜り、二人の元へとたどり着いた。
「き、来てくれたっす……」
「うぅ、良かったのです……」
「とりあえず、ここから抜け出すぞ」
小声で呟く二人にそう返す。オルブフとルルアラは言葉にはせず、了解というように一つ頷いた。
「君、誰だ?」
怒りを含んだ声が投げかけられる。その先にはこちらを睨み付ける天ヶ上達ハーレム組の姿があった。
上級神と思しきツインテールの少女がこちらをじっと見つめていたが、「あ!」と大きな声を上げて俺を指差しながら天ヶ上の肩を叩いた。
「あれ、あれだよ、多分! 第五の主!」
瞬間、周りがざわめく。少女の声は思いのほか広場に響いたのだろう、野次馬もざわめいていた。武器を握っていた兵士達はどこか浮き足立っている。
それを無視して視線を向けないまま、小声でオルブフとルルアラに話しかけた。
「これから走るぞ。ついて来れるな」
そう尋ねるとオルブフとルルアラは口の端を吊り上げて笑みを見せる。
「もちろんなのです」
「了解っす」
よし、それならば大丈夫だ。眼前を見据えたまま、小さく呟いた。
「行くぞ」
そう声をかけて再びまっすぐ駆け出す。ここに長くいる必要なんて無いのだ。
後ろから追いかけてくるルルアラとオルブフの足音が聞こえてくる。二人のもとへはたどり着いた。ならば後は『第五遊技場』へと戻るだけだ。




