94.女の戦い、申し上げ候
充希は冷静に応じるが、その実呆れているのだろう。
「車の男もそうですが、殺気が感じられません。先の手配書と似たような代物を持っていたと推察します。捕縛出来れば幸運、その程度の報酬なのでしょう」
同感と国樹は小刻みに頷く。手配書に記された罪状は強盗。いっちょ世のため人のため、一肌脱ぐか。小遣い稼ぎにもなるし。彼らの姿勢は大よそこんな感じだろう。
実際はヨシカに魅了され、当初の目的はすっ飛んだ。結果スタングレネードを食らい、なにが起きたかも分からない。端からやる気も殺る気も携えていなかった。
「ここらで出回ってる手配書の内容が見えてくるな」
「はい、グーシーさんを警戒していませんでしたね」
ゼスを捕まえようともしなかった。とすれば奴隷船を襲った面子のひとり、その程度の記載と思われる。その後行動を共にしていることを知らないのだから。
思っていたよりも事態は軽い。奴隷商人が出した手配書に、ゼスは記録されていなかった。自分の名前もバレていない。
他の襲撃メンバーはどうだ。彼らも的にかけられているなら、対象は散漫となり意外と……いや目立つな。妙なバギーと日本人、組み合わせが分かりやす過ぎる。
「どうされます。一応手配書とやらは確認しました。これからも続くと予想されます」
「それが望みじゃないのか」
鋭く問いかけると、
「いえそのような。あくまで最適なルートをと考えた次第です」
充希は朗らかに応じて見せる。その最適は誰にとって最適だ。内心思うところはあるが、国樹は言葉にしなかった。
「こう呑気に歩いていると、なにやら観光かお仕事の合間の小休憩のようです」
「歩きたかったからいいよ。ミャンマーは久しぶりだ」
充希はこちらを一目見て「そうでしたか」と呟いた。
裏路地は意外と長い。
まるで永遠に続く日常を連想させ、この世界と重なるようだ。うんざりしてきた。それを終わらせるための旅路なのに。
「当方、今後国樹さんと二人でお話しする機会は多くないでしょう。こうして二人、並び歩くことも」
唐突な物言いに、国樹は落ちた首を持ち上げる。
「なんで。全部終われば……」
口を開きすぐ閉じる。言われてみれば、確かに話す機会は減るかもしれない。場合によっては二度と話すことすら――そんな可能性もある。無事帰国出来たとしてどうなる。先が見えてこない。
世界は目の前にあるのに、なにも計算が立たない。
改めて充希を見つめると、彼女もこちらに視線を向けていた。そうして口を開く。
「意図せずとはいえ、ヨシカ殿は注目を集め過ぎます」
「迂闊だった。気づいておかしくないのに、頭になかった」
「そうですね。しかしグーシー殿の中に仕舞い続けるのは少々気の毒です」
溜め息が出る。今さっきはっきりしたことなのに、対応策が取りづらい。
「ヨシカ殿は容姿に自信を持っておられます。自覚があるのにああも怒るとはいやはや」
充希は呆れた様子で小さく首を振っている。容姿についてはよく言われると本人も言っていた。しかし、そんなに怒りを爆発させていたか?
「そんな怒ってたか? 困ってるようには見えたが」
「ナンパされていることは本人も気づいていました。その際日本語で強烈な言葉を返しています」
へえ、この距離で聞き取れるのか。それとも読唇術か?
「よく分かるな。なんて言ってた」
率直に尋ねると、充希はにやりと笑みを浮かべ、
「"ナンパなら帰って母親相手にすればいい"」
いかにも愉快といった顔をしてみせた。
母親相手って……凄まじい言い草だ。事実なら相当苛立ってる。言葉も通じず、しつこい輩に一言いいたいのも分かる。だが彼女のイメージに合わない。
「ホントか? 後で確かめるぞ?」
怪訝に確かめると、充希はこちらをゆっくりと一瞥し、
「国樹さんはヨシカさんを理解出来ていないように思えます。少々勘違いされているのでは、とも思いますね」
そう言い微笑んだ。




