91.第一の襲撃者2
右ハンドルのバギーに対し左ハンドルのデカい車。運転席側に横付けされたので、ヨシカの前を邪魔して助手席側から降りた。それから歩いて回り込み、助手席側から銃口を突きつける。
男がゼスの相手をしている間に一連の作業を終わらせた。
二十歳そこそこのミャンマー人、東南アジア系に見える。カラフルなアロハシャツに地味なハーフパンツ、そしてサンダル。ラフ過ぎる恰好だ。状況を呑み込んだのか、男は冷や汗を流し固まっている。そして一言、
「え、マジで……」
なにに驚いたのだろう。
この期に及んで銃を手放さないので目で促す。男はさすがに理解したらしく、もったいつけながら銃をシートに置いて見せた。そうして悔しそうに吐き捨てる。
「クソ! なんなんだ、卑怯だぞテメエ!」
どこら辺がだろう。ゼスに相手させたことだろうか。
分からない、この男はなにがしたかったのだ。
内心首を捻りながら、助手席の側から降りろと促す。いきなりアクセルを踏まれては敵わない。とにかく運転席から離れさせないと。
男はかなり渋々とても悔しそうに、言われた通り降車した。
「くそ犯罪者が。ちょっと運がよかったからって調子に乗んなよ……!」
苦々しく吐き捨て唇を噛んでいる。さっぱり分からない。犯罪者はそちらだろうに。
国樹は銃を突きつけたまま、オープンカーの車内に視線を移す。こいつが探し見ていたのはこれか、と一枚の紙切れを手に取った。
薄々察してはいたがやはりそうか。
「こいつをどこで手に入れた」
国樹はひらひらと手配書を揺らし問いかける。自分のことが書かれている手配書、目にするのは初めてだ。
「どこって、そこらだよ」
話すのも不快、億劫だと男の顔には書いてあった。当然そうはいかない。
「お前どこの出身だ。住所は」
「は? 言うかよ馬鹿にしてんのか?」
「そう、なにも死ぬこたないのに」
抑揚なく告げ引き金に指をかけると、男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ口を開いた。
「ここだよ。地元の人間だ。お前こそどこだよ、それにゃ日本人って書かれてたぜ。まさか女連れとはね。なんで白人のガキまでいるんだ……聞いてねえぞ」
ふむ、とひとつ考える。それから国樹は言葉を発した。
「そっちの女はフランク王国出身だ。ガキはカルタゴ、俺はオレンジ自由国。覚えといてくれ」
すらすら嘘を並べ立てると、男の顔に困惑が浮かんだ。
「あー悪いな、ひとつも分からねえ。聞いたこともねえぞ、どこの田舎だ?」
知らないか、全て歴史に消えた国々だ。国樹は首を傾げ、手配書を一瞥しもう一度確認する。
「こいつをどこで手に入れた」
「しつこいな。ここだよ、サガイン管区だ」
「出身は? ミャンマー人か?」
「なんでそんなこと」と男は愚痴るが、国樹は首を横に振り答えろと促した。男はうんざり顔を浮かべつつも応じる。
「タムーだよ。お前が通った検問所のすぐ傍だ」
そしてすぐ「地元に手出したら承知しねえからな」と脅すよう付け足してきた。
なにか勘違いしているようだが、大体のことは分かった。検問所で張っていたか確認した。時間差があったことから考えると、聞いて回っただけかもしれない。
「俺がここに来るとどうして知った?」
「あ? お前検問所通ったろ、噂が流れてんだよ」
噂? 面倒だなと国樹は顔をしかめた。そうして確かめる。
「どの検問所だ」
「知らねえよ。手配書回ってんだ、どっからでも話は広がるだろ」
男は呆れた視線を送ってくる。呆れてるのはこっちもなんだが、まあいい。
「確かに間抜けだよな」
「全くだ。こんなジープ乗ってたら目につくに決まってんだろ」
バギーなんだが訂正しても仕方ない。
「そっちの車はどこ製だよ」
「はあ?」男は今度こそ心底呆れ返ったという顔で、国樹を見ていた。そうして一転、
「お前、まさか俺の車……おいそれはやめろ、燃費は悪いし手入れは手間だし維持費も……ってそもそも中古だぜ? やめとけお前にゃ似合わねえよ」
確かに。一瞬それも考えたが、なんでそんなこと言われなきゃならない。苦笑しつつ、なるほど二つ納得出来たと頷く。
「もしかしたら知らずに買ったのかもしれないが、こいつはアメ車だ。アメリカ製だな」
「へ? アメリカ? ホントか?」
「ああ。なあ、どう思う?」
グーシーに語り掛けると、見えないようボードを取り出しなにか記している。だからゼスが、
「かなり古いけどそうだと思うって」
「なんでガキに聞くんだ……ああ、カルタゴってアメリカなのか」
男は妙に納得し、うんうんと頷いている。
「それからもうひとつ、この手配書には強盗と記されてる。酷い話だ」
「ああ、その酷い奴がお前なんだ。反省してんなら自首しろよ。悔い改めろ」
今度は憐れむようこちらを見ている。なるほど正義の味方を気取れるわけだ。
「いや、自首しても逮捕してもらえない」
「ハハッ、お前の国だとそうかもな。裁判なしで死刑ってか」
「大分違う。ここには事件の概要が書かれていない。ただ"強盗"とだけ記されてる。どこで起きた事件かこれじゃ分からん」
手配書をあえて見せ、指で弾く。男はそれを見て反応を変えた。
「どこだよ、どうせ近くだろ。どこの誰襲ったんだ。金になったのか?」
些か不快、些か興味があるという感じだ。犯罪自慢でも聞けると思ったのだろう。
「場所はインド。相手は奴隷商人。奴隷船を襲ったんだ」
事実を伝えると、男はポカンと口を開けた。それから「ん?」と怪訝な顔をしている。これでまたひとつ分かった。
ミャンマー内陸に奴隷船の話は広がっていない。恐らく被害も大きくないのだろう。男の「なに言ってんだ?」という表情が嘘でなければ、まあ間違いない。




