72.夜も更けて
深夜迫る時刻になった。
灯りを点けたまま国樹はマリーの部屋で横になっていた。
ひとっ風呂浴び身体が少し火照っている。
ネリーの自宅で入る最後の風呂なら、順番も最後。ヨシカ達が先でゼスも無理やり入れておいた。本人は抵抗したが、身体は自分で洗うという条件で受け入れさせた。
「どうせ入るならタガロとがよかった。あの二人耳の後ろが洗えてないとかうるさいんだよ」
ゼスは愚痴るがそれは断る。女性化を見た後だ。万万が一またそうなれば勢い余りたぶん殴ってる。空気読め、男に戻れ殺すぞ、ぐらいは言ったろう。それで戻るか甚だ疑問なので、全く以って救いがない。
グーシーは荷の整理に忙しく、データと行程の再確認もしているのだろう。先ほどから蓋を閉じたままだ。
彼は本当に機転が利く。二人がシルケントに向かってすぐネリーに取引を持ち掛け、脱出ルートについても話し合った。その際ネリーに多少事情を伝えたのは、最低限の礼儀でありこちらとしても許容範囲だ。マリーを案ずるのは姉として当然である。
彼の機転はこれに留まらず、国樹達が無事帰還した後のことも考えていた。恐らく長居はしない。そして帰国を決意するかもしれない。その際、蹉跌の塔を再訪問する可能性もある。
最も面倒なのはインドまでの道中、更に入国後。また襲われるかもしれないと考え、グーシーはネリーに火器弾薬の調達を相談した。ネリーにしてみれば「この箱はなにを言っているのだ」となり、事情を話した理由にはこれも含まれる。
夕暮れ時、ネリーとグーシーが二人で訪問者に対応したのは、物資を受け取るためだ。火器類、弾薬まで調達出来たのはネリーの顔の広さ所以か。狭い国だ、日本とは事情が違う。
警察や軍との繋がりを問いかけた際、彼女は言外に匂わせた。
ネリーがあっさりと我々を受け入れ、役所の手続きがスムーズ過ぎたのはそのお陰かもしれない。
もう立ち去るこの国と世話になった人物を疑うのは気乗りしない。だが目に見えない知識特権階級がいるとしたら……いや、やはり考えても仕方ない。
もう寝よう、明日は早い。二人に告げるため寝返りを打つと、ゼスがこちらを見ていた。
「タガロ、なに考えてたの?」
「別に。そろそろ寝るかなと」
「僕さ、不思議で仕方ないことがあるんだ。それ考えてた」
ゼスはそう言うと頭を捻るポーズを取った。
「シヴァとアナスタシアはなんであんなに違ったんだろう」
なにが、と国樹は身体を起こす。片や封印されし謎の存在、片や宇宙空間にいたロシア系。違うに決まってる。
『多賀朗、二人の対応の違いを不思議に思っているらしい』
いつの間にか蓋を開けグーシーがボードを出している。なるほど確かに対照的ではあった。
「シヴァはさ、僕を毛虫みたいに追い払った。アナスタシアは誘惑? してきた」
懐柔かなと国樹は頷く。
「なんで?」
素朴な疑問であった。しかし分からない。恐らく、シヴァと呼ばれた女はそのままゼスに興味がなかった。アナスタシアはザドキエが傍にいる。知識のあるなし。違う、どちらも知っていた。
「正直分からん。それを確かめるためにも蹉跌の塔に戻るんだ」
国樹は日本語に切り換え応じる。ゼスも合わせて日本語で話し始めた。
「僕シヴァと会いたくないな。あいつ誰のお陰で……殴っていいなら行くけどさ」
殴るのか、大して痛くないだろうがやめて欲しい。そもそも連れては行かないのだがついて来る気か。
「言葉の暴力ぐらいなら構わんよ。敵に回すとまた俺の頭がやられかねん。口で言い返せ」
「ラップバトル的な?」
ほう、ディスり合い。ちょっと見てみたいがまずゼスに勝ち目はない。というか相手にしてもらえないだろう。ゼスは「出来るかなあ」と想像している。正気か、いいけど。
『ルートはそのまま、他の国は入らずでいいのだな』
「ああキルギスやカザフ、ロシアは遠回りだ。これだと二人が怒る。寒いの嫌だし」
『了解だ』
もう零時に近い。そろそろ寝るべきだなと国樹は灯りに手を伸ばした。
「もうひとつあるんだけど」
ゼスの結構真面目な顔がこちらを向いている。寝たいんだけど……。
「なんだ」
「タガロはヨシカと充希、どっち信用してんの?」
なんだその答えづらい問いかけは。




