73.夜も更けて2
ゼスは少し眉間に皺を寄せ、顎に手をやっている。
「さっき充希と二人で出掛けたよね。ヨシカちょっとそわそわしてたよ」
へー知りたくない情報だ。
「ヨシカと夕方話し込んでたよね。充希は僕らと話してたよ」
そりゃ結構。仲が良いに越したことはない。
「でもヨシカと充希が喧嘩した時、タガロ充希の味方してた」
それは違う、と明確に否定する。グーシーも続いた。
『喧嘩ではない。あれは口論だ』
「一緒だよ。充希の肩持つのはやめた方がいいんじゃないかな。二人共仲間じゃん。どっちも大事にしないと僕疲れる」
お前の都合か。というわけでもないだろう。なんだよく見てるじゃないか。やはりゼスは自分が思っていたよりも頭が回る。
だから国樹はグーシーに向け語り掛けた。
「グーシー、あの二人をいい具合に仲違いさせてくれ。君にしか頼めない」
『そうか。難しいがやってみよう』
「ちょっと待ってよ、仲良くしてって言ってるのになんで!」
声が大きいとグーシーが舌でゼスの口を塞いでいる。窒息、しないよなこいつ。
「二人が結託したら二対一で俺が負ける。二人はとにかく無事日本に帰りたいんだ。
ヨシカは所有者の安否確認、充希も似たようなもんだ。俺は蹉跌の塔に用がある。我々は大きな目的は同じだが道のりには相違がある。だから今のままでいいんだよ」
これはヨシカ、充希双方理解しているはずだ。しかしどちらも譲らない。充希を抱き込んだ時点であの軍用機が決断したからだ。邦人保護というお題目がそうさせた。
「なんでそんなことするの? やだよ僕、そんなやり方。話せばいいじゃん」
膨れるゼスに国樹は言い聞かせる。
「あのな、トラブル抱えてるとはいえアナログハックの使い手と、軍用機相手に堂々立ち向かえって? 冗談、意識飛ばされて気がついたら日本に着いてる。そんな未来はごめんだね」
本心だ。どう考えても不利、勝ち目がない。
「僕はタガロの味方だよ? グーシー入れたら三対二じゃん」
「いやそれは違う……」
小さく否定するとグーシーが後を拾った。
『私は道具だ。所有される存在で、意見はするが決定権はない』
「そんなのおかしいよ。それでも二対二じゃん」
『これは日本人の問題なのだ。それに君の保護者は多賀朗だ』
「え……」とゼスは絶句したが、すぐ叫びに変わった。
「ちょっと、ちょっと待って……みんなもしかして僕を、この僕を子供扱いしている? 天使のこの僕を!?」
そうだ。というかデカイ声を出すなと再び注意する。ゼスはグーシーの舌を押し退けると、膨れっ面で真っ赤になっていた。
「ぐぬぬ、僕を誰だと……」
「まあ現実だ受け入れろ。無理やりグーシー入れても不利なんだ。まだはっきりはしないが充希は相当手強い。だからこそ今回で片をつける」
これは好機だ。帝石、魔石について僅かな知識しか持たない自分が得た、最大のチャンスだ。
「充希共通語話せないじゃん。どうすんの」
むすっとして呟くようゼスは言った。充希は議論しに行くのではない、あくまで護衛だ。
『私は出来れば同行したい』
「ダメだ。ヨシカとゼスを守れ。そもそもインドに入る必要もない」
全員で入れるほど国境警備も甘くなかろう。加え、入国してからも不安が残る。自分さえいなければ狙われることもない。ただ日本人の女と白人のガキと動く箱がいるだけの話で、結構目立つな……。大丈夫、武装は整えた。
「ゼス、さっきの質問に答えよう。俺は二人を信用してる」
「仲違いさせるのに?」
残念ながらそうだ。ゼスは落ち着いた表情でこちらを見ている。もう怒っていないらしい。
「タガロ僕は、仲間はもっと信頼すべきだと思う」
誰に言ってんだ。思わず笑みを浮かべてしまい、すまないと頭を撫でる。真面目だなこいつ。
「そうありたいが蹉跌の女をいわしてからだ」
そうして灯りに手を伸ばす。もう寝ないと明日に響く。
「ゆっくり休め。俺はそうする」
灯りを消しベッドにひとり横になる。グーシーは当然としてゼスも床で眠る。いつもだがゼスは寝床を求めない。そもそも睡眠を必要としない。寝ている振りをしているだけだ。
だから気の毒とは思わないし本人も不満を言わない。
目を閉じ暗い闇を受け入れようとする。
するとガサゴソと音を立てベッドになにかが乗り込んできた。
「なんだゼス、ベッド使いたいのか?」
「今日は一緒に寝る」
「暑いのに。急にどうした」
「きっとタガロは、僕がいないとダメになる」
「なんだそれは」
「誰も信じない、信じることが出来ないダメ人間になる。僕がいないと」
何様? と言うのも億劫だ。別にいい、もう眠りたい。けど朝起きてゼスが女化してたら……どうせこいつが先に起きる。大丈夫目撃することはない。
仰向けで安らかに眠ろうとする。けれどぎゅっと抱き締められ、暑苦しい。
「抱き枕かお前は」
「タガロが抱き枕なんだ」
寝返りを打ち背中を見せる。背に張り付く分にはもうどうでもいい。
「タガロの人間不信は深刻だ」
そうかい。
「このまま故郷に帰したら、僕は郷里のご両親に申し訳が立たない」
どの立場で物言ってんだこいつは。
「僕が立ち直らせる。タガロが、翼がある方がいいって言うなら、僕はそうしてもいい」
「それだけはやめろ」
思わず会話してしまった。
「お休みタガロ」
「ああ、お休み」
目覚める頃にはきっとこのくだらない会話も忘れているだろう。
これでタジキスタンの夜も最後だ。




