63.タジキスタンの朝
浅い睡眠だった。
恐らく早朝辺りに眠り、十時には目が覚めた。もう昼前だ。
なんとなく身体は重く、逆に頭は軽い。
どうもふわふわとしている。
もう部屋には誰もいなかった。
一階へ下りるとリビングにゼスが一人ぽつんとしていた。
「おう」
声をかけると、
「遅いよ。これからどうするのか決めないといけないのに」
低い調子で非難された。疲れているのか? まさか、暇で仕方なかったのだろう。
工場からは作業音が聴こえてくる。
当然だがこの分だと朝昼兼用の食事になりそうだ。
飲み物ぐらいは自分でとキッチンへ向かう。冷たい緑茶を自分で用意しそれから顔を洗いに行った。
戻るとグラス片手にゼスが口を開いた。
「充希は外だよ。グーシーはネリーと一緒。ヨシカは散歩してくるって。タガロが起きたら教えてってみんな言ってた」
「そうか。じゃあ昼飯までヨシカを探すかな」
「ふーん、グーシーじゃないの? そこだよ?」
「いやいいんだ。それよりその緑茶、俺のだ」
ゼスは不服そうにグラスを置いた。なんかテンションが低い。仕方なくゼスの分も用意してやり機嫌を取っておく。なんで俺がとも思うが少し寂しそうだ。
ポンっとゼスの頭に手をやり、ヨシカの行き先を尋ねるが知らないらしい。
一度部屋に戻り着替える。ラフな恰好でもいいがだらしないのは頂けない。昨晩ヨシカに注意されている。国外に出たらという奴だ。
玄関から表に出るとすぐ、なにかの等身大ブリキの玩具が目に留まった。
「こんなとこにいたのか。営業の邪魔だろ、人目につくし」
「おはようございます国樹殿、ご機嫌いかがですか?」
ヘルメットを下ろしたまま充希は顔をこちらに向ける。
「不審者だと思われなかったか?」
「ボーっとしていただけなので特別相手にもされません。子供は珍しそうに寄ってきますが、優しく追い払いました」
充希の表情が全く分からない。怖い思いさせてないといいけど、と国樹は口を曲げる。
「迷惑かけんなよ、一応契約者で登録されてんだ。俺にも配慮してくれ」
「ご機嫌斜めですか」
「いやそれは全然」
「なにより。お話されますか?」
当然と言いたいところだがヨシカが先だ。居場所を確かめると、
「なにやら散策へ。午後からネリー殿と買い物に行くそうです」
プチ情報を教えてくれた。今を知りたいのだが。
とすると午後の予定は埋まっている。ゼスかグーシーが同行するのだろう。通訳が必要だ。
「君は予定どうなってる?」
「国樹殿と今後の話をするつもりです」
つまりないのだな、と解釈し「ヨシカを探してみる」とネリーの整備工場をあとにした。
と言っても、広いドゥシャンベのどこにいるかなど分からなかった。周囲を一周だけして公園へと向かう。案の定ヨシカはそこで佇んでいた。木陰にも入らずベンチに一人腰掛けている。その横顔は少し物憂げだった。
「暑いだろ、大丈夫か?」
声をかけると顔を上げ、少し笑みをつくっている。
「おはようございます。そうですね、少し暑いので木陰がいいですね」
ヨシカは腰を上げ木陰へと歩く。国樹もそれに倣い二人して木陰に腰かけた。
「昼から買い物だってな。グーシーかゼス連れて行くんだろう?」
「はい。言葉が通じないとトラブルが起きるかもしれません。手持ちのお金もないのでお願いしようと思っていました」
そうだ、ヨシカと充希には所持金を用意すべきだった。充希はともかくヨシカの形は人間と変わらない。これは利点で完全に人間として振る舞える。なら金で解決出来ることは多い。
「すまない頭が回らなかった。とりあえず日本円で十万用立てる。手間かもしれないが必要な分だけ両替してくれ」
十万渡すと手持ちの現金はほぼ尽きるが安全には変えられない。国樹は財布を取り出したが半分も持ち歩いてなかった。
「国樹さん、レートはどうなっているのですか?」
「一ソモニ、十円。大体これで安定してるらしい」
手数料さえ払えば為替レート通り交換出来るだろう。銀行を使えばいいのだ。身元保証書……しまった作らないと。
「君の身分証を作る。現金がいるな、俺も午後から出るよ」
充希はどうする。思案していると、
「あの、もしお急ぎなら私とグーシーさんに任せていただけませんか?」
「うん? 身分証?」
「いえ、物品の取引です。お急ぎなら骨董商の方とお話し致します」
そう言ったヨシカの顔は少し明るいものだった。物憂げだった空気は和らぎこちらを見つめている。
「分かった任せる。大きな取引は出来ないだろうから足代と諸々の費用頼む」
「分かりました。ありがとう国樹さん」
今度は間違いなく笑顔を見せてくれた。とても嬉しそうだ。
似たような笑顔を骨董商も拝むことになるだろう。
だがそれは、アナログハックかもしれない。
俺はやられたところで害はないけど。




