62.タジキスタンの深夜
「え、じゃあみんなもう寝るの?」
『夜も更けた。朝になっては後々響く。私も賛成しよう』
グーシーも賛成したことで流れは決まる。
解散、お開きだ。
「タガロだけじゃん疲れてるの」
ゼスは口を尖らせるが、グーシーが舌でなだめている。
充希は一礼すると「許可を頂いておりますので、当方ガレージにて」とリビングを後にした。
グーシーはゼスと共に空いてもいないグラスを片づけ始めた。
解散なのか、と改めて自覚する。
構わないが今後の予定はどうするのだ。
加え、正直なところ恐らくまだ眠れない。
「国樹さん今晩はこの辺りで」
納得させるかのようヨシカが顔を近づけてくる。
「いいけど、急だよな」
戸惑いを抑え顔をしかめると、
「では」
とヨシカは告げた。これにて終わり、解散。腑に落ちないとはいえもう覆せない。受け入れねばならんのか。しかし彼女は国樹の傍を離れなかった。謎に俯いている。
「どうした?」
「いえあの……さっきのお話です」
さっき、どれだ。ネットワークか、充希の言い分か。議論を思い出していると、
「あとで部屋に、と。伺いますが、よろしいですか?」
上目遣いのヨシカは告げてから頬を染めている。
細い腕が国樹の服に触れ少し揺れていた。
国樹は深く息を吸い込み、
「アナログハックだな、騙されんぞ」
頑として断った。
視界に木製の天井が映る。
寝床に着いても当然眠れなかった。
むしろなぜ断ったのだ。
ゼスとグーシーがいるからというのは表向きで、素直に受け取るべきだった。ゼスなどグーシーの腹に仕舞えばいい。グーシーとて人の営みにケチはつけないだろう。
いや別にそこまでするつもりはないが、どうせ眠れないのだ話と写真ぐらい……果たして理性を保てただろうか。
覚めた思考は眠ろうとする今褒められたものではない。それでも感覚は冴えている。
ヨシカの変化、その振り幅は確かに凄まじい。ひとつひとつを気に留めないで、とはよく言ったものだ。充希のなにが気に入らないのか、ヨシカは感情を殺し怒気を纏っていた。
違う、ヨシカの喜怒哀楽は殺すものではない。ではあれこそアナログハック。姿勢を示し、国樹に向けたものであるならそうだ。しかしただ充希自身に向けたのなら、それはアンドロイドによる議論でしかない。
アナログハックの対義語は、知らない。
デジタルハックとでも言うのか?
それだと人間によるAIの操作とならないか?
あれは人工知能による、人工知能に対するハッキング行為。
意図的に他のAIをコントロールし誘導出来るとしたら、どちらが勝った?
いや勝敗をつけるのはおかしいか。
唯一分かっているのは、
「端から日本に帰るつもりだった、ということぐらいだ」
呟くとグーシーが反応した。部屋は暗いが腹の中から光りが漏れている。データを確認していたのだろう。更にボードが照らされる。
『眠れないか』
「ああ、どうも揉めた理由が分からない」
『揉めたという訳ではない。少し確かめただけだ』
あっさりと言い切る。こういう時は結論を出してくれるんだよなあ。やや不満気に国樹は続ける。
「人間なら軽い口論だ」
『そうだ。あれも軽い口論と思えばいい』
「そうかもしれんが、なにが気に入らん。相手は自称軍用機だぜ? 仕様の違いはお互い様だろう?」
見知ったのは今日の今日、いきなり揉めることはない。それを国樹に見せつけることもない。それでも二人は思い切った。なぜだ?
「なにが問題だった。一応仮の所有者で契約者だ。押さえておきたい」
素直に確かめると静寂が訪れた。間を置き、ペンを動かす音が聴こえる。
『結論を言うと多賀朗は機嫌を損ねる』
お見通しか……思考を読み解くのはグーシーの得意技とみえる。
『私の不在も考え、少し自分で考えてみるといい』
「そりゃま、確かに」
充分あり得る話だ。グーシーと別行動を取り二人と行動を共にする。嫌だな、両手に危なっかしい華が咲くのは。
「そうする。悪かった」
『私も悪かった』
「うん? なにが?」
意外に思い光を帯びた箱に問いかける。
『せっかくヨシカと二人きりになれたのに。空気は読んだが、足りなかった』
「…………」
『私はそこまで鈍くない。しかし足りない、自覚させられた』
しばし沈黙が降りてくる。率直に言って「そこ?」だ。国樹は声を荒げた。
「やめてくれ、口説くなら堂々と口説く。舐めるな」
『そうか、失礼した。よく眠るといい。明日、また一波乱ある』
「おいやめろよ」
『帰国の決断歓迎する。ルートは想定してあるのですり合わせは起床後行おう』
そうして蓋は閉じられた。闇に包まれたマリーの部屋に再び沈黙が降りる。やはり女性らしさは感じられないが、頭の中には女しかいない。
やめてくれ、仲良くしよう。
こんな言葉で解決するはずもない。
グーシー、君に足りないのは眠ろうとする仮の所有者への配慮だ




