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Transparent Dark  作者: 文字塚
参:蜘蛛の糸
43/160

42.三十二発のお守り

 明確に侮辱されたが、存外話してくれるじゃないか。

 ゼスの一撃が相当効いたようだ。


 場の空気は張り詰めている。

 随分(かん)に障ったようだが、ある程度は計算通りだ。

 悪くない流れではある、と国樹は静かに受け止めていた。


 問題は最後の言葉――石に頼るしかない、という箇所だ。


 確かにゼスのルビーは知られてしまった。

 だが、この憎悪と嫌悪は国樹に向けられたものであり、額面通り受け取るなら話が変わる。

 恐らくアナスタシアは、帝石や魔石を使いこなせる。一方こちらはほんの少し、極めてささやかな知識しか持ち合わせていない。衝突すれば勝ち目はないだろう。


 しかし、ここでそんなことをするだろうか?

 船外は宇宙空間だ。もし戦闘が起きればお互い無事ではすむまい。船体の知識は無論あちらが有利。しかし国樹がどの石を使うか、向こうに情報はない。ゼスにも口止めはしてある。


 ではなぜ、彼女はそんなリスクまで負って激昂したのだ。

 感情のコントロールに失敗した……安直だが事実も含まれるだろう。本来国樹など、相手にもしたくなかったはずだ。


 いや、むしろ挑発か? だとすれば成立しない。勝ち目のない戦に臨むほど、無謀ではない。と言いたいところだが、後先考えずこんな所にまで乗り込む阿呆、と考えているのかもしれない。


 逆はどうだ。せいぜい強がってさっさと追い返したい、出来ればゼスを確保して。

 身のほどを思い知れ、という言葉からなにを読み取る?


「タガロ、こいつ答える気ないし帰ろう」


 場を動かしたのはゼスだった。軽蔑の目がアナスタシアに向けられている。


「待ちなさい。まだ話は――」

「動くな」


 言葉と共に、ベレッタM92の銃口がアナスタシアを捉える。

 ゼスに向かい伸ばされていた腕が、ゆっくりと元の位置に戻された。その間アナスタシアは、精々意外だ、という程度の調子で国樹を見ていた。


 これは賭けだ。

 帝石や魔石は、ここでは使えない。

 その心理を利用しあえて銃を取り出す。ただし、足元を見られれば一方的な展開もあり得る。


「ゼス、後ろに下がれ。上がってきた場所を調べろ。ルビーを使っても構わん」


 返事もなく、ゼスは後退する。アナスタシアの表情が歪み、今度は冷徹な視線を向けてくる。


「君は、分を弁えるということを知らない」

「弁えた。あなたもうなにも話さないだろう」

「そうとは限らない。その子を置いてひとりで帰りなさい。誰も彼も道連れにするのが、あなたの人生?」


 引きずり回されてるのはこっちなんだが、という本音を仕舞い、


「確かに私は愚鈍かもしれない。その点は認める」

「タガロ?」


 反応したゼスに向け、首を振る。退路を確保したい。時間がこちらに都合よく働くとは限らない。


「しかしならばなぜ、その点ご教示いただけないのか説明が欲しい」

「銃口がこちらを向いているわよ、日本人」


 少し、あちらに余裕が見えてきた。決して都合は良くないが、なんとなく彼女の性格も透けて見える。


「これ以上ゼスを危険に晒したくないんです」


 彼女の主張と真逆、国樹の言は慇懃だが本音も込められている。

 後はアナスタシアがどう読み取り解釈するか、


「私の程度はいい。なぜあなたとなら安全であるのかお教え願いたい」


 この返答で彼女の真意を測る。

 (はす)に構え、背後の様子も窺う。進捗がないのか、ゼスは「もうっ」と吐き捨て、ルビーを睨みつけていた。確かに、具体的にこう使うのだという手引書はない。


 ルビーを神像のように掲げてみたり、魔法のランプのように擦ってみたり、一緒に踊ったり、あまつさえ「もしかして、愛が足りない?」と語り掛けている。

 凄く、使い方知らないのがばれて気まずい。


「少々誤解していたようね」


 アナスタシアに白い目を向けられ、国樹は覚悟を決める。もう三十二発のお守りしか残されていない。宇宙船の知識など、せいぜいそういうものがあったらしい程度だ。


「あなたでは無理ね、やはり。けれど、多少弁えていることは認めるわ」

「そいつはどうも。引き金に指かけてないことも、伝わってると幸いです」


 冷や汗ものだ。

 冗談じゃない、こんなところで終わってたまるか。

 気がつくと、ゼスはルビーで床を磨いていた。

 やばいこいつ絞め殺したい。


「仲良くしてきたのは理解出来るの。幸運も認めるわ」


 アナスタシアの諭すような口振りが、リミットを知らせてくる。

 もう手立てがない。

 撃つのか、そもそも当たるのか意味があるのか?


「それでもその子の為に、ここでお別れなさい。永久の別れになるとは限らないから」


 上から目線なんてもんじゃない。事実かもしれないが、ゼスがそれを望まない。そもそも!


「あなたなら責任を果たせる理由を提示願いたい!」

「それに気づかず、知らないことがあなたの限界。ごめんなさい」

「くっそ! なんだ動けよどうすればいいのタガロ!」


 三人の声が連鎖したその時、ふっと妙な音と気配がした。

 ゼスが驚き飛び退くと、残像のようなものが浮かび上がる。

 それは人影となり、浮遊するよう着地した。


「ただいま戻りましたー」


 少女の形をしたそれが声を発し、


「馬鹿あなたちょっと逃げなさい!」

「ゼス! そのガキ捕まえろ!」

「危ないだろ来るなら先に言えよ!」


 三人の言葉が重なり合った。

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