42.三十二発のお守り
明確に侮辱されたが、存外話してくれるじゃないか。
ゼスの一撃が相当効いたようだ。
場の空気は張り詰めている。
随分癇に障ったようだが、ある程度は計算通りだ。
悪くない流れではある、と国樹は静かに受け止めていた。
問題は最後の言葉――石に頼るしかない、という箇所だ。
確かにゼスのルビーは知られてしまった。
だが、この憎悪と嫌悪は国樹に向けられたものであり、額面通り受け取るなら話が変わる。
恐らくアナスタシアは、帝石や魔石を使いこなせる。一方こちらはほんの少し、極めてささやかな知識しか持ち合わせていない。衝突すれば勝ち目はないだろう。
しかし、ここでそんなことをするだろうか?
船外は宇宙空間だ。もし戦闘が起きればお互い無事ではすむまい。船体の知識は無論あちらが有利。しかし国樹がどの石を使うか、向こうに情報はない。ゼスにも口止めはしてある。
ではなぜ、彼女はそんなリスクまで負って激昂したのだ。
感情のコントロールに失敗した……安直だが事実も含まれるだろう。本来国樹など、相手にもしたくなかったはずだ。
いや、むしろ挑発か? だとすれば成立しない。勝ち目のない戦に臨むほど、無謀ではない。と言いたいところだが、後先考えずこんな所にまで乗り込む阿呆、と考えているのかもしれない。
逆はどうだ。せいぜい強がってさっさと追い返したい、出来ればゼスを確保して。
身のほどを思い知れ、という言葉からなにを読み取る?
「タガロ、こいつ答える気ないし帰ろう」
場を動かしたのはゼスだった。軽蔑の目がアナスタシアに向けられている。
「待ちなさい。まだ話は――」
「動くな」
言葉と共に、ベレッタM92の銃口がアナスタシアを捉える。
ゼスに向かい伸ばされていた腕が、ゆっくりと元の位置に戻された。その間アナスタシアは、精々意外だ、という程度の調子で国樹を見ていた。
これは賭けだ。
帝石や魔石は、ここでは使えない。
その心理を利用しあえて銃を取り出す。ただし、足元を見られれば一方的な展開もあり得る。
「ゼス、後ろに下がれ。上がってきた場所を調べろ。ルビーを使っても構わん」
返事もなく、ゼスは後退する。アナスタシアの表情が歪み、今度は冷徹な視線を向けてくる。
「君は、分を弁えるということを知らない」
「弁えた。あなたもうなにも話さないだろう」
「そうとは限らない。その子を置いてひとりで帰りなさい。誰も彼も道連れにするのが、あなたの人生?」
引きずり回されてるのはこっちなんだが、という本音を仕舞い、
「確かに私は愚鈍かもしれない。その点は認める」
「タガロ?」
反応したゼスに向け、首を振る。退路を確保したい。時間がこちらに都合よく働くとは限らない。
「しかしならばなぜ、その点ご教示いただけないのか説明が欲しい」
「銃口がこちらを向いているわよ、日本人」
少し、あちらに余裕が見えてきた。決して都合は良くないが、なんとなく彼女の性格も透けて見える。
「これ以上ゼスを危険に晒したくないんです」
彼女の主張と真逆、国樹の言は慇懃だが本音も込められている。
後はアナスタシアがどう読み取り解釈するか、
「私の程度はいい。なぜあなたとなら安全であるのかお教え願いたい」
この返答で彼女の真意を測る。
斜に構え、背後の様子も窺う。進捗がないのか、ゼスは「もうっ」と吐き捨て、ルビーを睨みつけていた。確かに、具体的にこう使うのだという手引書はない。
ルビーを神像のように掲げてみたり、魔法のランプのように擦ってみたり、一緒に踊ったり、あまつさえ「もしかして、愛が足りない?」と語り掛けている。
凄く、使い方知らないのがばれて気まずい。
「少々誤解していたようね」
アナスタシアに白い目を向けられ、国樹は覚悟を決める。もう三十二発のお守りしか残されていない。宇宙船の知識など、せいぜいそういうものがあったらしい程度だ。
「あなたでは無理ね、やはり。けれど、多少弁えていることは認めるわ」
「そいつはどうも。引き金に指かけてないことも、伝わってると幸いです」
冷や汗ものだ。
冗談じゃない、こんなところで終わってたまるか。
気がつくと、ゼスはルビーで床を磨いていた。
やばいこいつ絞め殺したい。
「仲良くしてきたのは理解出来るの。幸運も認めるわ」
アナスタシアの諭すような口振りが、リミットを知らせてくる。
もう手立てがない。
撃つのか、そもそも当たるのか意味があるのか?
「それでもその子の為に、ここでお別れなさい。永久の別れになるとは限らないから」
上から目線なんてもんじゃない。事実かもしれないが、ゼスがそれを望まない。そもそも!
「あなたなら責任を果たせる理由を提示願いたい!」
「それに気づかず、知らないことがあなたの限界。ごめんなさい」
「くっそ! なんだ動けよどうすればいいのタガロ!」
三人の声が連鎖したその時、ふっと妙な音と気配がした。
ゼスが驚き飛び退くと、残像のようなものが浮かび上がる。
それは人影となり、浮遊するよう着地した。
「ただいま戻りましたー」
少女の形をしたそれが声を発し、
「馬鹿あなたちょっと逃げなさい!」
「ゼス! そのガキ捕まえろ!」
「危ないだろ来るなら先に言えよ!」
三人の言葉が重なり合った。




