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Transparent Dark  作者: 文字塚
参:蜘蛛の糸
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41.ノーチラス号に用はない2

 アナスタシアに戸惑う様子はなかった。

 彼女は国樹という存在を歯牙にもかけていない。


 一歩引いてみれば、これはゼスの奪い合いだ。

 当然アドバンテージは自分にある。

 天界とやらに案内してやれず、保護者としても褒められたものじゃないだろう。

 それでもほんの少しだけ、ちょっとした信頼関係を築けている。恐らく誰よりも。


「あなたそもそも何人なんだ?」


 国樹は少し呆れを込め問うた。こちらは名乗った、国籍も明かした。しかし目の前の女はなにも話そうとしない。なぜだ?


「ゼス、こいつきちんと自己紹介したか?」

「してない。偽名かもね」


 言いやがる。いいぞ、と国樹は内心で頷く。


「酷いわ」

「名乗れよ。姓を答えろ」


 答えは沈黙として返ってきた。


「ゼス、こいつ何人だと思う?」

「たぶん、白人。それか宇宙人」

「うんまあ……こいつは恐らくロシア人だ」


 言い切ったが、アナスタシアは動じない。


「どうしてそんなことが言えるの?」


 ゼスが疑問を口にしたので、国樹は率直な見解を並べる。


「アナスタシアは姓だ。ロシア系に多い。理由はそれだけだな。キルギス、ウズベク、カザフかもしれない。まあでも決まりだろう」


 ゼスは斜め上を見ている。ピンとこないか。そりゃそうだ、そもそもアナスタシアは名で姓じゃない。国樹としても、鎌をかけているだけだった。


「ロシアは日本と同じで姓名の順だ。姓を名乗った人間に姓を確認してんだから、なんか言えよ」

「あなたの思い込みには付き合えないの」


 食いついた。


「まあいい。人種や国籍に固執すると、ダイバーシティな皆さんの反感を買いそうだ」


 アナスタシアは鼻で哂うが、国樹もまた同じ気持ちだった。


「ところでアナスタシアさん」


 声をかけても返事はこない。構わん、ひとつ間を置き切り出す。


「"あなた今、一体何語を話しているんです?"」


 この世界を覆う矛盾。

 透き通る闇――この問いにどう答えるのか。


 彼女の顔つきが柔和になった。しかし、国樹を見てはいなかった。


「ゼス君、君はこれからどうするつもり?」

「タガローの質問に答えなよ」

「このまま世界を放浪して、どうなるというの?」


 無視か、そうまでして隠したいと。せっかく食いつかせたのに。諦めが広がるが、そうもいかない。ゼスは諦めていない。


「いつか見つかるよ」

「そのいつかはいつ?」

「タガロの質問に答えてよ」


 ゼスが苛立つと同時、


「"世界はそんなに安穏としていないのよ"」


 アナスタシアの表情が険しくなった。そして鋭い視線が国樹に向けられる。


「共通語、これでいいかしら」

「正式名称をお聞きしたい。それとあなたの母国語はなんです?」

「他に訊くことはないの? そんなだから、いつまで経っても冴えない道を行くことになるのよ」


 饒舌じゃないか。いい傾向だこのまま吐かせる。


「正直呆れているの……あなたに責任は取れない」

「責任? なんのです。質問に答えて下さいよ」

「私から問うこともないのに?」

「わざわざ来たんだ。他愛ない会話も必要です」

「あなたには無理よ」


 アナスタシアは繰り返し、侮蔑の目を向けてくる。


「だからなんの?」

「この子よ。あなたでは無理」

「勝手に決めるなよ!」


 ゼスが割って入るが、言葉で制す。


「今まで上手くやってきました。なにがご不満なのか俺には分からない」

「あなたの存在全て」


 全否定かよ。内心煮えたぎるものを覚えた。それでも、


「世界は安穏としていない、とはどういう意味です」


 言葉で抑え込む。


「どうして分からないの、あなたでは守り切れない」


 らしくない、強い口調だった。

 彼女もまた苛立っている。


 考えろ、彼女は今はっきり言い切った。


 意味するところは「ゼス」を「今の世界」から「守り切れない」――。


 間違いない、この女ゼスの正体も世界のことも知っている。

 当然か、宇宙にいるんだ。

 さぞ心地よい眺めだろう舐めやがって!

 それでも声を荒げるな、なにが起きるか分からない。

 自分に言い聞かせ、国樹は慎重に口を開いた。


「この宇宙船はなんです。人類が宇宙に進出したのはまあ分かる。あなたなぜここで生活してるんだ」

「ノーチラス号に用はない」


 言下に否定された。しかし咄嗟には、その意味するところを理解出来なかった。


「タガロは潜水艦じゃない。宇宙船の話を訊いてるんだ」


 ゼスのフォローで思い出せた。なんでも知ってるな、改めて感心する。しかしなぜここで潜水艦の名が出てくる。空と海……意味を読み解くとすれば、


「俺が海底にいると言いたいわけですか」

「君は君を自覚すべきだ、日本人」


 憤怒を纏い、アナスタシアは続ける。


「石に頼るしか能のない愚鈍さを思い知るといい」

ノーチラス号。フランスのSF作家ジュール・ヴェルヌの「海底二万里」に出てくる潜水艦の名称

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