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Transparent Dark  作者: 文字塚
参:蜘蛛の糸
41/160

40.ノーチラス号に用はない

 家探しの時間だ。

 最初の部屋はドーム型、奥の天井は平ら、他に寝室とバスとトイレ。小さな物置き部屋にはなにも置かれていなかった。キッチンの見たこともない家電に、固執しても仕方ない。


 とにかく物が少なかった。

 アナスタシアの生活習慣の問題なのか、ここまで運ぶのが難しいのか判断に苦しむ。下の大広間では作物を栽培していた。理屈は分からないが、水と食料には困らないだろう。

 手がかりがあればいいが、肝心の大型パネルが操作出来ない。セキュリティを破る……グーシーやヨシカなら出来るだろうか。


「タガロ、コントロールタワーってなに?」


 アナスタシアを見下ろしていると、居心地悪そうにゼスが問いかけてきた。多少罪の意識を持っているのか。

「あっちで話そう」と国樹は最初のドーム型の部屋へと移る。

「なにもないね」というゼスに、国樹はひとつ指を立てる。次に窓へと向けた。


「見て来い。それで分かる」


 ゼスは小首を傾げたが、小走りで駆けていく。ガラスにべたりと手を張りつけ「あ……」と一言漏らし、窓に頭をぶつけている。それから、


「え、タガロこれ、地球じゃん!」


 状況を正しく理解した。

 窓の外には広大な闇が広がっている。

 ここは大気圏外、宇宙だ。


 おかしいと思ってはいた。

 そもそも構造からしてありえない。

 本来シルケントに建つ塔は、細く長い。

 にも関わらずこの空間はそれよりもずっと大きく、恐らく重いはずだ。

 構造上ありえない。


 ただし宇宙空間となれば話が変わる。

 そしてあの引き伸ばされた感覚はなんだったのか。

 技術のほどは分からないが、移動したのだ。

 ワープした、という表現が適切かもしれない。


「ほぼ間違いなく、あの塔は上から降ろされたものだ。建造物自体がタラップみたいになってんだろう」

「昇降口?」

「そう、連絡通路とも言える。軌道エレベーターの役割を別の技術で再現したものだ」


 言ってはみたものの、はっきりしたわけではない。


「それとコントロールさんとなんの関係があるの?」


 ゼスに怪訝な顔を向けられ、そういや話してないと思い出す。


「コントロールタワーはそのまま司令塔という奴で、地上に影響を及ぼすなんらかの施設だな」

「怪電波飛ばしたり?」

「ん、まあそれに近い。各国、或いは各地域に指令室があってもおかしくない。それを仕切る役割だ。そもそも官僚や政治家がいないのに、どうやって統治するんだ」


 実際は統治出来ている、成立している。


「じゃあここがそうなんだ」

「それが分からないから困ってる」

「ああ、そうかパネル……ごめん、あいつ起こす?」


 ゼスがしょんぼりしてしまった。確かにそれもあるが、少し違う。


「ゼス、これは宇宙船だ。コントロールタワーとしては規模が小さ過ぎる」


 絶対ではない。技術的進歩を考えればありえなくないが、どうも違う気がする。そんな国樹の言に、ゼスは飛びのくように驚いた。


「ええ、僕宇宙に用はないよ!」


 窓から地球を見てどこだと思ってたんだ。


「俺には使えない代物だし、人類の手に余るなこれは」

「そうなんだ……どうすんの?」


 ゼスと視線を交わし、目で会話を済ませる。


「爆破しちまうか。特になにもねーし」

「ふざけるな。痛いなまったく……」


 案の定、背後から声が飛んできた。

 振り返るとやはり、アナスタシアその人だった。



 目の前の女は頭部を気にし、憮然としていた。凛然とした雰囲気を保つ余裕はなさそうだ。


「しかし我々は宇宙に用はないんだ。用があるのは天界」

「君の本音などどうでもいい。ゼス君、殴ることはないだろ」


 国樹を否定するアナスタシアの不満に、ゼスはすぐさま反撃した。


「データ化しようとしてたじゃないか」


 登録されるのを嫌いキレたのか、怖い天使だ。ゼスとアナスタシアは睨み合うよう視線を交わしていた。

 なるほど、確かに自分と話す気はないらしい。空気みたいだ、と国樹は冷めた目で二人を見つめていた。


「データ化しない。約束するわ」

「信じられないよ! 天界のことだって知らないんだろどうせ!」


 ゼスの怒声に、アナスタシアは躊躇う素振りをみせた。


「努力はする。嘘じゃない」

「嘘だ」

「違う、アテはあるの」


 ほう、と国樹は内心で呟いた。アテがあるとは驚きだ。


「嘘つきは嫌いだ」


 斬って捨てる頑ななゼスに、


「いや、拝聴する価値はあるかもしれんぞ」


 国樹は割って入った。ゼスが驚いた顔を向けてくる。


「タガロ、この女信じるの!?」

「いや」

「じゃあなんで!?」

「聞くだけだよ。言いなよ、俺の前で」


 雑に促すと、アナスタシアは露骨に嫌悪感を表した。


「国樹君、あなたはなにがしたいの」

「対話です」

「その価値も必要もない」

「それを決めるのはゼスだ。あなたでも俺でもない」


 国樹は背後に手を回した。

 背中のベレッタを握り締める。

 意思表示はすんだ、選ぶのは彼女だ。

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