40.ノーチラス号に用はない
家探しの時間だ。
最初の部屋はドーム型、奥の天井は平ら、他に寝室とバスとトイレ。小さな物置き部屋にはなにも置かれていなかった。キッチンの見たこともない家電に、固執しても仕方ない。
とにかく物が少なかった。
アナスタシアの生活習慣の問題なのか、ここまで運ぶのが難しいのか判断に苦しむ。下の大広間では作物を栽培していた。理屈は分からないが、水と食料には困らないだろう。
手がかりがあればいいが、肝心の大型パネルが操作出来ない。セキュリティを破る……グーシーやヨシカなら出来るだろうか。
「タガロ、コントロールタワーってなに?」
アナスタシアを見下ろしていると、居心地悪そうにゼスが問いかけてきた。多少罪の意識を持っているのか。
「あっちで話そう」と国樹は最初のドーム型の部屋へと移る。
「なにもないね」というゼスに、国樹はひとつ指を立てる。次に窓へと向けた。
「見て来い。それで分かる」
ゼスは小首を傾げたが、小走りで駆けていく。ガラスにべたりと手を張りつけ「あ……」と一言漏らし、窓に頭をぶつけている。それから、
「え、タガロこれ、地球じゃん!」
状況を正しく理解した。
窓の外には広大な闇が広がっている。
ここは大気圏外、宇宙だ。
おかしいと思ってはいた。
そもそも構造からしてありえない。
本来シルケントに建つ塔は、細く長い。
にも関わらずこの空間はそれよりもずっと大きく、恐らく重いはずだ。
構造上ありえない。
ただし宇宙空間となれば話が変わる。
そしてあの引き伸ばされた感覚はなんだったのか。
技術のほどは分からないが、移動したのだ。
ワープした、という表現が適切かもしれない。
「ほぼ間違いなく、あの塔は上から降ろされたものだ。建造物自体がタラップみたいになってんだろう」
「昇降口?」
「そう、連絡通路とも言える。軌道エレベーターの役割を別の技術で再現したものだ」
言ってはみたものの、はっきりしたわけではない。
「それとコントロールさんとなんの関係があるの?」
ゼスに怪訝な顔を向けられ、そういや話してないと思い出す。
「コントロールタワーはそのまま司令塔という奴で、地上に影響を及ぼすなんらかの施設だな」
「怪電波飛ばしたり?」
「ん、まあそれに近い。各国、或いは各地域に指令室があってもおかしくない。それを仕切る役割だ。そもそも官僚や政治家がいないのに、どうやって統治するんだ」
実際は統治出来ている、成立している。
「じゃあここがそうなんだ」
「それが分からないから困ってる」
「ああ、そうかパネル……ごめん、あいつ起こす?」
ゼスがしょんぼりしてしまった。確かにそれもあるが、少し違う。
「ゼス、これは宇宙船だ。コントロールタワーとしては規模が小さ過ぎる」
絶対ではない。技術的進歩を考えればありえなくないが、どうも違う気がする。そんな国樹の言に、ゼスは飛びのくように驚いた。
「ええ、僕宇宙に用はないよ!」
窓から地球を見てどこだと思ってたんだ。
「俺には使えない代物だし、人類の手に余るなこれは」
「そうなんだ……どうすんの?」
ゼスと視線を交わし、目で会話を済ませる。
「爆破しちまうか。特になにもねーし」
「ふざけるな。痛いなまったく……」
案の定、背後から声が飛んできた。
振り返るとやはり、アナスタシアその人だった。
目の前の女は頭部を気にし、憮然としていた。凛然とした雰囲気を保つ余裕はなさそうだ。
「しかし我々は宇宙に用はないんだ。用があるのは天界」
「君の本音などどうでもいい。ゼス君、殴ることはないだろ」
国樹を否定するアナスタシアの不満に、ゼスはすぐさま反撃した。
「データ化しようとしてたじゃないか」
登録されるのを嫌いキレたのか、怖い天使だ。ゼスとアナスタシアは睨み合うよう視線を交わしていた。
なるほど、確かに自分と話す気はないらしい。空気みたいだ、と国樹は冷めた目で二人を見つめていた。
「データ化しない。約束するわ」
「信じられないよ! 天界のことだって知らないんだろどうせ!」
ゼスの怒声に、アナスタシアは躊躇う素振りをみせた。
「努力はする。嘘じゃない」
「嘘だ」
「違う、アテはあるの」
ほう、と国樹は内心で呟いた。アテがあるとは驚きだ。
「嘘つきは嫌いだ」
斬って捨てる頑ななゼスに、
「いや、拝聴する価値はあるかもしれんぞ」
国樹は割って入った。ゼスが驚いた顔を向けてくる。
「タガロ、この女信じるの!?」
「いや」
「じゃあなんで!?」
「聞くだけだよ。言いなよ、俺の前で」
雑に促すと、アナスタシアは露骨に嫌悪感を表した。
「国樹君、あなたはなにがしたいの」
「対話です」
「その価値も必要もない」
「それを決めるのはゼスだ。あなたでも俺でもない」
国樹は背後に手を回した。
背中のベレッタを握り締める。
意思表示はすんだ、選ぶのは彼女だ。




