31.アナログハック
日が暮れ始めた。
窓から見える街並みと稜線が赤く染まり始める。
ネリーの整備工場は自宅兼職場になっており、国樹は二階を拝借していた。ホテルを探すつもりだったが、マリーとの繋がりを話しバギーを見せると「私がホテルを貸してやろう」と笑い、部屋を用意してくれたのだ。
元はマリーの部屋だが、女性のそれは見当たらず殺風景なものだった。今はそれがありがたい。
ベッドに身体を投げ出し、国樹は今日分かったことを整理していた。
ヨシカとグーシー、この二人には共通点があると同時、明確な差異を有している。ヨシカの存在は理解出来る。過去、人類が描いた未来予測の範囲に収まるからだ。
一方グーシーの置かれた状況は複雑である。彼はセキュリティーボックスであったのに、今は生物としての側面を持つ。
グーシーの腹は宇宙、もしくは未知の空間だ。便利なのはよろしい。しかし中が膨張したらこの一帯吹き飛びかねない。グーシーの構造についてヨシカに確かめると、呆気にとられていた。これが全てだ。
ヨシカの反応は分かりやすく、伝わりやすい。それが彼女の個性であり、整った姿形はそう設計されたからだと思っていた。
「アナログハックか……」
呟くと、グーシーがゆっくりと蓋を開けるのが見えた。
『ヨシカは社会生活適応型だ。身を守るためにも必要だろう』
「グーシーは使えないのか?」
『私は用途が違う。オートマタは道具で、同居人ではない』
確かに、国樹は天井を見やり納得する。
彼女は言った、
「私の発言、行動仕草は全て計算されたものである可能性が存在します」
だからひとつひとつを気に留めないで欲しい、か。
アナログハックの概念は2000年代初頭に唱えられたものだ。
AI、アンドロイドが人間の行動をコントロールする行為。
国も認めたものだが、認知度は低い。国樹の知識ではそうなっていた。しかし2150年前後には常識と化している。
記憶領域に存在する深刻なバグ。
そのせいで、ヨシカを最も信用していないのは彼女自身となった。
どうにかしてやりたい。
せめて時代だけでも分かればと思うが、相当難しい。
「期待するなら天文学か地質学。気候で判断は出来ないよな」
今はせいぜい氷河期ではない、としか言えない。
『その手の書物、紙媒体が存在しないのは不自然に思う』
その通りだった。二人は図書館でわざわざ探したのだ。
しかし、存在しないのはこれらに限らない。
あらゆる知識と情報が制約されている。
今この社会を形成する情報ですらまともに手に入らない。
「星空観たところで正確に分かるとは思わんけどさ」
寝返りを打ち愚痴ると、大声が響いた。階下からだ。
声の主は何事か抗議しているらしく、それから階段を鳴らし部屋へと飛び込んできた。
「考えられない! 考えられないよタガロ! こんな屈辱は初めてだ!」
そう主張するゼスは、髪と言わず身体中が濡れている。
「信じられるかい? あいつら僕の身体をまさぐったんだ! そりゃもうありとあらゆる場所を! なんなんだ一体!」
怒り心頭、という具合だが国樹は「ああそう」と生返事で起き上がる。
「グーシー、奴らに天罰を加えるぞ! 天使の罰、天罰だ!」
「やめんか」
国樹は一応制止して、順番が回ってきたと階下へ向かう。
階段を下りると、ゼス同様湯上りの二人が部屋着姿で髪を拭いていた。
「すまない無理言って」
ネリーに詫びを入れると、彼女は肩をすくめ苦笑いを浮かべた。
ヨシカも同様で、なんとも言えない顔をしている。
「ホントにお風呂に入ったことがないとは、思わなかったです」
「ああ、本人がそう言うから今まではほっといたんだ。けどせっかくだしなあ」
頭を掻いて改めて二人に礼を伝える。
二階から、
「天使は汚れない! なんでそれが分からないんだグーシー!」
という意味不明ながら可愛らしい雄叫びが聴こえてくる。グーシーには是非、身体を拭いてやって欲しい。あいつ濡れたまま逃げやがって。
「私、まずかったですか?」
戸惑うヨシカを「いや」と手で制す。湯上りのヨシカは心に悪い。
「着替えとタオルは後で置いとくよ」
ネリーは髪を拭きながらそう言って、国樹に手招きをする。こちらはこちらで心臓に悪いのだが、世話になっている手前断れない。
近づくと香りが強くなり、湯気も昇っていて当然の如く色っぽい。年の頃は少し上だが、ネリーも妹のマリーに負けず美しい。ただネリーは職人肌で姉御肌、という印象だ。
湯上りの身体を近づけネリーは問いかけてきた。
「あのさ、あの子、女の子だよね?」
「いえ、違います」
即座に否定すると、ネリーは身体をのけ反らし腕を組む。
「でも……」
「確かにナニは付いてないし、そちらのナニもありません。本人曰く天使だから、だそうです」
「なにそれ」
「さあ。ですので一応男、という扱いにしてあります。少年に見えるでしょう?」
女、という扱いにすると少女を盾にする非道さが際立ってしまう。本人が天使だと言うのだし、あちらとこちらの都合は合致している
「不思議なこともあるのね……」
「どっちでもいいんです。よかったらお譲りましすよ」
軽口を叩くと、ネリーは「いらない」と笑みを見せた。
あらためて国樹は風呂場へ向かう。
二人は髪を乾かすのが大変そうだ。
二階では、
「グーシー、奴らを朱に染め天使としての威厳を取り戻す、どうしてそれが分からない! 違う! 服も拭くのもどうでもいいんだ僕は!」
相変わらずやらかしてるらしい。
しかし朱とは、どこで覚えたんだほんと。




