30.彼女の事情
ネリーの整備工場に戻ると、ぎこちない笑顔でヨシカが迎えてくれた。話があるというので、バギーとゼスを確認してから国樹は了承した。近くに公園があるらしい。
徒歩で移動し、肩を並べ古びたベンチに腰掛ける。
視界に留まるのは低い建物、緑は少なく、人通りもまばらだ。
街を散策した時抱いた印象と変わらない。
首都がこうなら、多くは期待出来ない。
「すいません車、気になりますよね」
小さな声で話しかけられ、国樹は「いや」と呟く。
「バギーは後で確認するからいいんだ。俺も用があったし、君も同じだろう」
それから両手を組み背伸びして、息を吐き出す。
「悪かったな色々。人格奪われて記憶は飛ぶし銃撃されるし、正直生きた心地がしなかった」
「はい、とても大変なことです」
「いや、言い訳になってないな。ロボット権のことはグーシーに聞いたよ。俺は世が世ならどう罰せられるんだ」
国樹の行状はどうせゼスが吹き込んでいるだろう。さっさと謝り、すませたい。そんな思いとは裏腹に、
「いいえ、私は助けていただきました。感謝しています、あらためてお礼を言わせて下さい」
そう言ってヨシカは静かに頭を下げた。これは気まずい、と国樹は口を曲げる。
「いや、ゼスから聞いたろう?」
「はい。そちらは特に問題ありません」
即答され、そういうものなのかと納得しかける。撮影は構わないということなのか?
「つまりあれはあり?」
期待を込めると、
「ないです、モラル的には」
真顔で一刀両断された。ま、そうだろうとむしろ納得出来た。
「了解した、残念だ……もうなにを糧に生きていいのか分からんよ」
無念を込めると、
「私が存在した時代なら、罰金を科されますしトラブルになりますよ」
ヨシカは少し怒った顔をしてみせる。なるほど、軽微な犯罪に当たるのか。モラルどころの話ではない。
「でも私は意識がなかったので、正直信じられない気持ちもあります。国樹さんはそういう人には見えないですし……」
じゃあ信じなければいいんじゃないか、と言いたくもあったが嘘になる。
視線の先、首を傾げるヨシカの横顔は、見惚れるほどに整っていた。
ひとつ間を置いてから口を開く。
「とりあえず君が生きた時代について確かめたい。君を作った人間は相当な職人だろう。拘りが凄まじい」
「はあ、よく言われます……嬉しいのですが困ることも多くて」
そうしてうなだれる。衰えない美女なら災難に困らない。実際自分はやらかしている、と国樹は首を縦に振った。
ヨシカは気を取り直しこちらに向き直る。
「私は西暦2145年の四月に製造されました」
本題だ。やはりグーシーの言は合っていたか。国樹も姿勢を正す。
「ヒューマンインターフェース搭載、タイプX-07。
社会生活適応型AI、通称セナレセプターを備え、日本国民と共に生活し支え、時に消費も行う一個の個人として存在しました」
凛とする彼女の姿は、確立された個人を覚えさせた。
「消費って君らも金を使い経済活動に参加するのか?」
「はい。私達アンドロイドは日本国の人口の半数を占めています。いえいました」
過去形になるのは仕方ない。しかし人口の半数ってつまり、
「君達も国民として数える?」
「はい。人権は存在しませんが類似のロボット権は所有する、と法により規定されています」
高齢化人口減の流れは知識として持っている。だがロボットを人間扱いするところまで価値観を変えてしまうとは思わなかった。むしろAIを警戒すべき、という論が優位かと思っていたのに。
「うん? でも君所有者いたよな?」
「はい。国民の皆様ひとりひとりが我々を一体ずつ所有しています」
「ああそうか、個人としての確立はさせても独立はさせられない」
「はい、それが日本のとった選択でした」
「経済活動させるものを所有していれば、事実上の統制経済に当たらないか?」
「アンドロイド国際条約には多数の国が参加していますので、ご指摘には当たらないのでしょう」
ヨシカは少し笑みをつくり、長い髪を揺らめかせていた。
当時の日本がどんな国なのかは非常に興味深い。しかし、やはりというべきか記憶領域に深刻なバグがあり、自分と関わりが薄い情報は持っていないという。
そもそもアンドロイドに選挙権はなく、国内外の政治に興味を持つ必要もない。それだけ人間を信頼し、また互いに必要としていた。
そう説明してくれたヨシカは唇を噛みしめ「ネットワークさえあれば……」と以前と同じ台詞を繰り返した。
「しかしなにがあった? 2145年から君が蹉跌の塔に保管される経緯に心当たりはあるか?」
「私の最後の記録は恐らく破損しているか、エラーが発生しています。その前なら私の所有者……」
言葉を切り、目を伏せる彼女の姿は国樹の心に刺さった。所有者については聞かない方がいいだろう。少なくとも今は。グーシーと同じか、と内心で呟く。
「私、同居していたんです」
泣きそうな顔でヨシカは国樹を見つめていた。
「なのに、顔も思い出せない……」
映像としてのデータがない、ということか。人間ならば家族の顔、いや愛する人の顔が思い出せないということだ。こんな辛いことがあるだろうか。
会話が途切れ、重い空気が二人を包む。
今でなくとも、と国樹は考え始めていた。
しかしひとつだけ、どうしても確認しなければならないことがあった。静寂を破らぬよう、
「君はどこに住んでいた」
小さく尋ねる。
「東京です」
消え入りそうな声でヨシカは応じた。
なんてついてないんだ。
国樹が、ではなく彼女は。




