29.透き通るような闇2
どこかでトラブル、自然災害か戦争などがあったはずだ。二十何世紀か知らんが、まさか焚書はしないだろう。全人類が焚書や改竄、隠滅を行うとは思えない。
国樹は恐らく誰もが知る、漠然とした人類史らしきものを伝えた。
現生人類が三度滅亡の危機を乗り越えたこと。
一度目は資源争い、二度目は大災害に、そして三度目は原因不明。
我々は三度文明を崩壊させ、三度滅亡の危機に陥った。
しかし記録がない。
歴史が近ければ近いほどだ。
文化文明、人類そのものは辛うじて生き残っている。
過去に至る道筋が定かではないのに。
曲がりなりにも「人間らしい」生活を取り戻した経緯も判然としない。
問題は細部、もしかすると全体。国樹はこれに付け加える。
「ヨシカ、君という生き証人がいるので、出来ればそこを詰めたい。しかし制限がかかり、深刻なバグを抱える君達に求めるのは酷だ」
国樹の前置きを、グーシーは身を入れ聞いているように見えた。
「しかしTransparent Darkについては変わる。確度が高いかと言われたら困るが、俺はそうだろうなと信じている」
『信じるに足る理由があるのだな』
ああ、と国樹は首肯する。物に目を通したから、だけが理由ではない。
「まず透明な、透き通るような闇に消えた、と解釈しよう」
それから、すっと指を一本立てた。
「第一に、これは宇宙を指しているものだと考えられる」
グーシーの目が少し細くなった。
「とても自然な表現、とまでは言わないが当てはまる。だが迂遠だ、絶対とも言い切れない。それでも人類が宇宙に進出することは歴史的に必然であり、事実だろう」
これには反応がなかった。しかし否定もしない。
「そうすると"消えた"という表現が引っかかる。宇宙に進出し移民植民するのに、消えたは不自然だ」
『そうかもしれない』
小さく頷いて続ける。
「二つ目に考えられるのが、データ、コンピューターの中。つまり電子空間、仮想現実などだ。この手の技術は作り物の話ではなく、どうせ実現しただろう」
またグーシーは反応を見せなかった。中で検索かけたりしてんだろうか。
「ここで問題になるのは、それなら物理装置が必要である、という点だ。我々がそれを電子機器だと認識出来ないような形かもしれないが、どっかにある」
付け加えて、この二つが同時に起きていた場合、正直確認のしようがないと告げる。サーバーは宇宙、火星にありますと言われたらどうしようもない。
「或いはとても小さくて頑丈な物、それこそ目に留まらないサイズ。そこでこの地球で生きるのと変わらない世界を再現している。
これなら人類が消えた、という表現もまあ納得出来る。中がどうとか、なにしてるとかはあまり関係ない。
とにかく電子世界に消えた説、だな」
しかしここまでくると、科学万能過ぎてむしろなんでそうした、という新たな疑問は生まれるが。
「三つ目以降は正直いい加減だ」
うんざりして、国樹は顔を歪める。
「まずこの世界自体がデータである、という可能性だ」
『ああ、それだと観測のしようがない』
グーシーの言に、国樹は「その通り」と返すしかなかった。事実なら、もはやどうでもいい話になる。
「次は今の世界の状態こそがTransparent Darkという解釈だ」
『そう思うか?』
「あるかもしれない。アジア圏はさっき話した通りだ。推測だが、世界中大して変わらんだろう」
グーシーは少し躊躇う素振りをしてから、ペンを動かした。
『日本に帰る希望を出しておいてなんだが』
問題ない、と国樹は促す。
『なぜそう思う。見たわけでもないのに』
「その国における外国人をほぼ見ていないからだ」
かなり決め手になる理由だ、と国樹は見ている。グーシーも思い出すような素振りをみせた。思考を遮るようで申し訳ないが、先に進める。
「グーシー、ここまでの道のりで白人見たか?」
『ゼス以外見ていない』
「じゃあ黒人はどうだ?」
『見ていない』
「その国にとって外国人、或いは別の民族だと言える人々を見かけたか?」
少し間を置いた後、
『多賀朗だけ、ということか』
国樹は何度も頷いてみせた。
「正確に言うと違うが、なぜか外国人がいない。物流関連を除けば、皆よその国に行こうとしない。少なくとも中東、欧州、アフリカ圏の人々はアジアに来ていない」
『どうして?』
素直な問いかけが痛かった。それが分からないのだ。
「アフリカ大陸の様子は少しだが入ってくる。どうもごちゃごちゃしてるらしい。ヨーロッパはさっぱりだ。欧州連合は鎖国でもしてんのかって話だぜ」
『中東、豪州、南北アメリカ大陸はどうだ』
「中東は入れる。陸も海も繋がってるからな。オーストラリアは知らん、そういや耳にしてない。南北アメリカもだ」
『人の流れと情報が不自然に止められている?』
ようやくかな、グーシーと気持ちを共有出来たのは。なによりこんな議論めいたことをするのも、日本を出て初めてのことだった。
人類はTransparent Darkに消えた。
謎の共通語が少なくともアジア圏に普及している。
文化文明、科学技術の発展度合いは、せいぜい二十世紀前後。
一方船舶と医療技術はそれを超えているかもしれない。
そして世界は驚くほど穏やかだ、国樹の周囲を除いて。
「グーシー、俺は正直もう無理だと思っていた。なにも分からないまま旅を終え寿命を迎えるものだと考えていた。だがどうやら違うらしい」
『我々の存在だな。多賀朗、私は君の味方でありたい』
目で頷き、国樹は少し寂しそうな笑みを浮かべた。




