22.戸惑いから分かること
電子音声から切り替わった。やまびこが聴こえてもおかしくない声量だ。
なぜ裸なのか国樹は知らない。心が、羞恥心があるかもしれないとは思ったが、ここまで激しい反応を見せるとは。
二人に「そういやなんで?」と確かめると、最初から全裸だったらしい。国樹は小さな溜め息をついた。なんでこう自分はついていないのか。その時じっくりいじくり回して、ではなく観察すればよかった。ま、記憶が消えるのでは意味もないが。
国樹は頭を掻いて、起動したそれを見る。女型は全裸でコートを抱きしめ、身体を震わせていた。ゼスは「大丈夫だよ、なにもしてないよ」と自称天使の笑顔でなだめようとするが、隣の箱と国樹がまずかった。またでかい声が響く。
「な、な、なにしたんですか! どういうつもりですか! 考えられない、酷いです!」
羞恥と苦痛で顔は歪んでいるが、涙は流れていなかった。汗もかいていない。なるほど、色々と理解出来た。予感はしていたが、そういうことか。
それはともかく女型もゼスも辛そうだ。「いやだから僕らはなにもしてないんだ、ホントだよ」と必死に弁明しているゼスまで泣きそうな顔をしている。
なにをまあ、と国樹は鼻で哂い、泣いているのに涙の零れないそれを眺めていた。そうして徐に、
「そうか、起動したのがそんなにまずかったとはね。グーシー落としてやれ」
告げる。
ゼスはキッと睨みつけてきたが、グーシーと女型には伝わったようだ。
女型はしばし固まったが、しばらくするとハッとして、それから国樹を見つめた。視線を合わせ、国樹は「ああこいつはまともだ」と感じ取る。あと、殴られることもなさそうだ。
思考がまとまったのだろう。女型は恐る恐るといった態で、口を開いた。
「え、あの、その、私、機能、停止、して、た」
まるで片言だが、理解は出来たらしい。
「ああ。こっちはただ起動しただけだ。というか起動するのに時間かかり過ぎなんだよ。どこのOSだ、喧嘩売ってんのか」
別にこいつが悪いわけではない、性能か状態が悪かったのだろう。それでも少し突き放した。ショック療法だ。
時計の針は午後三時を回っていた。ここからドゥシャンベまで三時間ほどかかる。手前に小さな町はあるが、出来れば日が高い内にたどり着きたい。
暦上、七月ということになっているのでたぶん大丈夫。
国樹は女型に構わず、荷を片づけるよう二人に促した。たまたま誰も来なかったからよかったものの、人目についたらどうなっていたろう。最悪口封じ、まあ穏やかに金で解決か。
二人が散らかした戦利品を片づけるのを横目に、国樹はバギーの大型バッグから着替えを取り出す。残念なことに、見た感じ洗ってない。さすがにどうかと思ったが相手は大方ロボだ、構いやしない。
長い高地移動のせいか、国樹は保温性のあるジーンズに履き替えていた。残るハーフパンツと本来なら白いはずのTシャツを女型に手渡す。
「あ、え、どうも……」
女型は喜んでいいのか拒否したいのか、迷っている素振りを見せた。気持ちは分かるが、今は仕方ない。それから、素っ気なく告げる。
「タジキスタンだ」
唐突な言葉に、女型は戸惑い「え?」と反応していた。
「どうせここはどこだと訊くだろう、中央アジアのタジキスタンだ。首都まであと三時間の距離まで来た。バギーで移動したらホテルを探す」
「ホテル……に」と、いらんとこだけ拾ったので「連れ込んだりしない」と言下に否定する。まだへたり込んでいる女型に視線を合わせるよう、国樹は膝をつく。
「君に訊きたいことは山ほどあるが、時間食い過ぎたから今は移動を優先する。そっちも確かめたいことはあるだろうが、我慢してそれ着ろ。話は車の中でしよう。屋根のないバギーだけどな」
伝えるだけ伝え視線を外し立ち上がる。しばし時間はかかったが、いそいそと着替える気配がした。納得してくれたようだ。誘惑を無視し国樹も準備を始めた。




