19.おぞましいものだったね!
国樹は少し首を曲げ、考え込む。つまり、そいつはグーシーにも答えていない。まともに答えたと仮定して、知っているのは記憶を失う前の自分だけ。そうなると、それを隠蔽するために国樹の記憶と人格を改ざんした。しかしどうやって。
「うん?」とゼスが声を出し、次にグーシーがいつものように『ガル!』と独特の言葉を話している。ゼスは「そうなんだ」と零してから、
「向こうから魔石の話が出たって」
と告げた。
「帝石は?」
「それはタガロから尋ねて、やっぱりはぐらかされてたって」
なるほど、方法はある。帝石か魔石、そいつはこれを使いこなせるのかもしれない。となれば、過去人類が築いた技術と得体の知れない魔法じみた力をコントロール出来る。これなら封印されていた辻褄も合う。誰がなんのために、は謎だが。
しかし分からないことがあった。
「そいつは今どうしてる?」
国樹が訝し気に確認すると、ゼスはうんざりといった顔を浮かべた。
「まだ塔の地下だよ」
確かに、事実ならせっかく封印を解いてやったのに。そもそもだが恐らくあのルビーはゼスが使いこなすものだ。そりゃ腹も立つ。どういうつもりだ?
「あとね、ムカつくんだけどさ……」
ゼスは意味ありげ気に呟くと「やっぱいいや」と話を切った。訝しがり、国樹がグーシーを見るとやっぱり『ガルゴル』と音を立てるが、ゼスはむすっとしている。しばらく様子を見たが言いたくなさそうなので、国樹はグーシーに目で合図を送った。
しばらくグーシーとやり取りをしていたが、ゼスは観念したらしく心底嫌々といった風に話し始めた。
「別れ際のことらしいんだけど……」
「うん」
「タガロがキスされたって言ってた」
ん?
「舌入れてきやがったあの女って嬉しそうにしてた! このダメ人間!」
ゼスはそう喚くと女の形をした物の手首を取り、大声で言った。
「手首だよね、どうやって起動するの! 教えてグーシー!」
そうしてなにやら説明を受け、謎の女怪人的ななにか、を起動しようとしている。気を紛らわせたいのだろうか。しかしキスとな……なぜにキスを。自分は相当はしゃいだらしいが、それでゼスが怒る理由が分からない。騙されておいて、心配させておいて、的なムカつきだろうか。
んー覚えてないのでどう捉えればいいのか分からない。なんか、やばい奴だと思っていたがそうか口づけねえ……接吻ときたか。どうも悪魔じみている。なんか女悪魔と契約でもさせられたみたいだ。
「お前がムカつくのは分かるよ、ゼス」
フォローしてから、これはそこそこ重要だと思ったので国樹は真顔で確認する。
「で、その像の女、美人だったか?」
ゼスの背中が震えている。分かる、気持ちは分かるがこれは重要なことなのだ。
「言うと思った! すっげーブスだったよ! 性格も見た目も、おぞましいものだったね! ざまあないよ!」
これはたぶん、そこそこイケてる女だな。でなきゃ同情されてるはずだ、勘だが。転じてグーシーを見やると、ただボーっと見返された。まあ通訳してくんないだろうし、なにより覚えてないものは仕方ない。なんてこった、本当に自分はなにをされ、なにがあったんだ。なによりそいつは、一体何者なんだ。
つーか覚えてないのがなあ……クソッ! 凄く残念だ!
一連の流れを理解し、実際的な問題へと話は変わる。ゼスはまだプリプリしていた。仕方なく「動くといいな、こいつ」と声をかけると「……ふん」と鼻を鳴らした。まだ機嫌は直らないらしい。ま、時間の問題だろう、俺悪くないし。
気を取り直し、地下から強奪した品物について話す。
「これ、換金出来るものとそうでないものが激しいな」
『ガル』
「このルートを選んだのはタジキスタンに来るためだろうが、たぶんこっちで大きな取引は出来ない」
『ゴル』
「そうすると、しばらくはグーシーの中だ」
『バル』
「人に見られては敵わん。選別したいから、手伝ってくれるか」
『ゴルガガ! グルル』
うん、なに言ってるのか全然分からない。
ゼスは女型から離れようとせず、会話に入ってこない。つい舌打ちが出る。国樹はそっと肩を叩いたが、跳ねのけられた。参った。いいや、一人で出来る。
まず帝石と魔石はほぼ全部グーシーの中だ。細かな破片は国樹が持ってもいい。目立つものは盗まれるリスクなどを考え持てるわけがない。
次に骨董品や美術品、絵画や画集は放逐候補として分類したい。画集は……一部はキープか。
「中で選別出来るか?」
『ゴルル、ガル』
うん、そうか分からない。
その次は火器類だが……なんでこんなものまで宝物庫にあったのだ。実際使ったし今後も使うかもしれないので、売りさばくことはないな。お陰で命も助かった。
問題は宝石だ……絶対売りに出したい候補だが、真贋が判別出来ない。こんなことなら宝石鑑定の勉強しておくんだった。国樹は顔をしかめ、大粒のダイヤらしきものを手に取る。これ、本物ならいくらするんだろう。やっぱりひと財産じゃねーよな、二度と働かなくていいんじゃないだろうか。
それだけに、安易な取引は出来ないし、下手するとまた命を狙われる。そうか、襲撃犯はそれを知って……わざわざタジキスタンまで? いやありそうだ。どこかで情報を漏らしたのではないか。たとえば口を滑らせた、或いは見られた。
確かめたいが、ゼスは怒気を孕んだ背中を向けたまま動こうとしない。あと、なに気に気がかりなのは……。
「これ、全部じゃないよな」
『ガル』
「あと、そのフルプレートアーマーみたいなのも、自力で動きそうだな」
『ゴルガ、バルゾ。グルゾゾ』
うん、だよな、分からない。
でもあれは、甲冑着込んでるようには見えない。どう見てもロボだ。
金属製の外装は光沢が激しく、シルエットは丸い。配色は派手で、胴体は明るく鮮やかな青でカラーリングされている。足があり、腕も指もあり、頭部の中心は恐らくレンズだ。きっと赤く光ったりするんだろう。サイズは国樹よりデカイ程度だが「鉄人何号だよ」と言いたい気分だった。
なんでこんなものがあっこにあったのか。改めて小首を傾げていると、
『緊急、緊急、起動します、起動します』
と、電子音声が流れた。例の女型のなにか、からだ。電子音声は繰り返される『起動します』と。国樹の思考はすぐに切り替わり、心の中で叫んだ。
嘘だろ、あのエッロイ奴動くの!




