110.アジトの奥
いつもありがとうございます。
俺の身体に衝撃が訪れることはなかった。
「…………は…………?」
正面に立ったマックスが小さく声を漏らす。
奴はぽっかりと消し飛んだ自分の腹部を呆然と見ていた。キラキラエフェクトが出始めている。
俺が出したのは境界のカエル戦の時にも使用した『漆黒の鏡』、自分が受けるはずだったダメージをそのまま相手にすげ替える闇魔法の大技だ。長ったらしい詠唱をスペルショートカットでノータイム発動したのだ。
マックスの身体全体が最強の盾ならば、奴自身の技で貫いてしまえばいい。挑発してわざと壁際に逃げ、防御するふりをして奴にもできるだけ強い大技を出させる。
一度しか使えない作戦だけど、俺は賭けに勝った。マックスの強力な必殺技は一撃で自分自身を仕留める結末となった。
「まさか闇魔法を……使えたとは……」
キラキラに包まれたマックスの全身が透き通り、消えて行った。
ふう。
俺は大きく息を吐いた。とにかく疲れた。かろうじて勝てはしたけれど、こんなの想定外もいいとこだ。もう早くクランハウスに帰ってふわふわの銀雪さん撫でくりながらお茶したい。
「やったあ!! 秘書さんすごかった!! 強い!!」
ピンクポニーテールとロリっ子が走って飛びついてきたのを俺は華麗にかわした。
「あらら……つれない。でもそこがいい……」
ロリっ子が呟いてるけど聞こえないふりをして、残りのNPCを探す。ウィレムは端の岩陰に避難していて、その場で鼻水を垂らして泣いていた。
「ぶええ……秘書ざあん……無事でよがっだでずう~」
「ああ、もう。いつまで泣いているのですか。もう怖い人はいないのですから、しっかりなさい」
なんかべしょべしょになってるので、インベントリからハンカチじゃなく大きめの布巾を出して彼に握らせる。
「……あれ?」
ひとり足りない。
「騎士団のモヤシはどこに?」
「モヤシ? それってオルドさんのことですか?」
布巾を顔に押し当てたウィレムが聞き返す。おっと、気が緩んでつい優雅な秘書らしからぬ物言いをしてしまった。あのモヤシ、オルドって名前だったんだな。
「そのオルドさんです。どうしました?」
「本当だ、どこ行ったんだろ」
「いままでそこにいたんだけど」
ピンクポニーテールとロリっ子も周囲をきょろきょろと見回している。
「ひとりで救援でも呼びに行っちゃったかな?」
あいつがそんな気の利いたことするかねえ……。
「それなら先にアジトの奥、チェックしておこうよ!」
ピンクポニーテールが両手を叩いて提案した。
「そうね、騎士団が来たら入れなくなっちゃうかもしれないし」
わあ、この女子たち略奪する気満々ですね! ゲームってそういうものなんだろうけど、俺はちょっと苦手だわあ。
灯りを持った女子たちが嬉々として来たのとは反対側の通路に入っていく。お前ら元気だよな。俺とウィレムもとりあえず着いて行った。
「ねえ秘書さん、最後にやったことよくわからなかったんだけど、あれってどういう技ですか?」
歩きながらロリっ子が訊いてくる。
「ノーコメントです」
説明するのめんどくさい。
「あいつ闇魔法って言ってませんでした? 闇魔法使えるんですか?」
「ノーコメントです」
「氷魔法も使ってましたよね、リンネ教徒なんですか?」
「ノーコメントです」
「もう! ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃないですか!」
「ほら、着きましたよ」
洞窟の奥に扉が取り付けられている場所があった。ここがアジトだろう。
扉に鍵はかかっておらず、すんなりと中に入ることができた。
設置されているランプに火を入れ、明るくなった室内を観察する。やはり無人のようだ。室内スペースは意外と広くて、中央に大きな木机とそれを取り囲む椅子がある。岩壁には大きなタペストリーかかっているが、壁際にいくつもの木箱が乱雑に積み上げられていて模様はほとんど見えない。木箱の中身は食料品や装備類、通行人から略奪したと思われる荷物、燃料用の鉱石。
そして、略奪された航海石もそこにあった。センリ氏はもう使えないようなことを言ってたけど、いちおうインベントリに回収しておく。
「あ、奥にも部屋があるみたいだよ」
そこからさらに続く扉を開けて、暗闇に灯りを差し込んだロリっ子が「あっ!」と声をあげた。
「人が捕まってる!!」
「えっ!?」
そこは特になにもない岩肌が剥き出しになった小さな空間だった。ロープでぐるぐる巻きにされた人間がふたり、地面に転がされている。駆け寄った女子たちが戒めをナイフで切断して、彼らを抱え起こした。
「大丈夫ですか!」
「うう……」
ふたりとも弱っているが意識ははっきりしているようだ。もっと彼らの様子がよく見えるように灯りを近づける。
「えっ?」
女子たちとウィレムが同時に声を漏らした。
ふたりは騎士団の制服を着ていた。ひとりは地味顔で中肉中背の中年男性。そしてもうひとりは、
「オルドさん? どうしてこんなところに!?」
そう、そこにいたのは紛れもなく騎士団のモヤシだった。
モヤシ────オルドはのろのろと顔をあげて俺たちを見回した。
「どうして僕の名を……?」
「えっ、だってさっきまで一緒にいたじゃないですか!」
ピンクポニーテールの言葉に、オルドは心底不思議そうな表情をした。
「いいえ……僕は今までずっとハリーさんと一緒にここに捕まってました。それは僕じゃありません」
なんだそれ。
ひやりと背中が冷たくなった。
それじゃさっきまで俺たちの足を引っ張ってたあのモヤシは誰だよ。女子たちもウィレムも困惑して顔を見合わせている。もう片方のハリーは行方不明になってたという上司だな。ふたりは一緒にいるところを同時に拉致監禁されたようだ。
ピコン。
そのとき不意に電子音が鳴って、俺は思わずびくりと身体を竦ませた。タイミングにちょっとびっくりした。
ウィンドウにメッセージが表示される。
『その二名を騎士団の王都本部まで送っていくとクエスト終了の報酬が出るようにしました。そのように女の子たちを誘導して下さい』
ナナ師匠からだった。つまりこれは運営の指示ってことだな。もしかしてこっちの様子ずっと見てた? なんだかなあ……。
「……細かい話はあとにして、とりあえずここを出ませんか」
俺は全員の顔を見回して発言した。
「襲撃犯グループは全員倒したと思いますが、残党がいないとも限りません。私たちはこの有様で現状戦力にも不安がありますし、まずは脱出してこちらのお二人を騎士団へお連れすべきかと存じます」
「たしかにそうね。正直もう戦闘したくないし、いったん撤収しよっか」
ピンクポニーテールの言葉にロリっ子も頷く。
よろけながらもなんとか立ち上がったハリーとオルドを連れて、俺たちは洞窟をもと来たほうへと引き返した。
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