109.無理ゲー
暑いですね。水飲んでくださいね。
「他人のことなんて気にしてる余裕なんてあるのか?」
マックスの声がすぐ耳元で聞こえた。俺は反射的に飛び退いて前方へ転がる。頭上を大きな拳が横切った。
体勢を整える暇もなく、回し蹴りが来るのを時間操作でギリギリかわす。男のブーツの先が、わずかに触れたネクタイの結び目を溶かした。
「…………っ!」
やばい。触れちゃいけないのは拳だけじゃないのか!
「はははっ、すばしっこいな」
余裕たっぷりでマックスは笑い声をあげた。
くそ。こいつ楽しんでやがる。
「ファイアアロー!」
後方に移動しながら空中から無数の炎の矢を放つ。しかしそれらは奴の身体に触れるや否や、じゅっと音を立てて溶けてしまった。
「は、……?」
全身がその状態なの? 魔法も溶かす? それって攻撃が入らないってこと?
技を放った直後の隙を見逃さず、マックスが距離を詰めてくる。高速で打ち込まれる拳をスキルで避け続ける。
「くっ……!」
氷駄目、炎も駄目。おそらく他の魔法も効かないだろう。
あの身体はなんだ? 腐食か酸のスキル? もしくは負の力をもつ魔法?
「セイクリッドアロー!」
もし後者ならば聖なる魔法の効果はあるんじゃないか?
「おおっと残念!」
マックスは身体の前に手のひらを広げて光の矢をすべて溶かした。え、聖霊魔法も効かないとか嘘だろ……。
「ははは、逃げるだけか? いつまでそうしてられるかな!」
蹴りと拳が交互に襲ってくるのを後退しながら避ける。本当に防戦しかできない。
こういうのって普通どうやって攻略するもんなの?
動きを止めたい。でも触手だってすぐに溶けるだろうし、もし止められてもその後の攻撃手段がない。
物理攻撃駄目、魔法攻撃も駄目。こういう完璧な敵のバフってたとえばある程度のダメージとか一定時間の経過で剥がれることが多い。けど、まずダメージが入らないし一定時間だなんて都合の良い想像でしかない。
全身のどこかに弱点があるのか? いつぞやのゴーレムみたいに何かを壊せばいい?
時間操作でひたすら逃げ回りながら俺はじっとマックスの全身を観察する。
いわくありげなアクセサリーとか、アザとか刺青とか。……うん、全然ないね。
もしかして前もってマックス専用バフ解除アイテムをどこかで手に入れなくちゃいけなかった? それならもう詰んでるし。
運営もなに考えてこんなキャラクター作ったんだよ。バグといってもいいレベルの無理ゲーじゃないか。
ああもう、どうしたら。
「ウォーターアローっ!!」
そのとき、ピンクポニーテールの声が響いた。そちらに顔を向ければ、弓を構えた姿が目に入る。え、まだ戦意があるの、あの子。すごいな、素直に感心する。
そして、マックスの背後から鋭い水の矢が降り注いだ。いや、無駄だと思うんだけど……。
「むうっ!」
斜め上から襲ってきた矢は案の定、男の身体に触れる前に形を失った。しかし、行き場の無くなった水がそのままマックスの頭上に降り注ぐ。バケツ水を半分くらい被った感じだろうか。
「ちっ!」
マックスが素早く標的を変更して、ピンクポニーテールに迫った。まずい、あの子あいつのスピードに反応しきれてない。
「アイスウォール、アイスウォール、アイスウォール!!」
俺は早口言葉のように、彼女の前に壁を三枚重ねた。さっきあいつはこの壁を割るためにわずかだが時間が必要だった。三枚もあれば彼女が逃げるくらいの隙はできるだろう。
「無敵の拳!!」
うわっ、ここで大技出しやがった!
三枚の厚い氷の壁が一瞬にして砕け散る。
「きゃっ!」
ピンクポニーテールは横跳びで地面に転がった。なんとかセーフだ。
って、あれ? マックスの奴、なんかイラっとしてる? さっきまで馬鹿にしてた小娘相手にいきなり大技とかぶっ放したりして。頭が濡れたから?
まあたしかに中途半端に濡れて水滴がぼたぼた顔に垂れてたらうっとおしいだろうけど。
「…………そうか」
攻撃は効かなくても挑発は可能なんだな。ってことは……もしかしたら戦う方法があるかもしれない。いや、本当に最後の手段になるけど。
ピンクポニーテールに感謝だ。あの子、初めて役に立ったかも。
「ウォーター!」
俺は補助魔法ブレスレットでなんの変哲もない水をマックスの頭上に出現させる。それはばしゃっと真下に落ちて男の上半身を濡らした。
「なんの真似だっ」
「アイスウォール!」
風を切る拳を避けながら壁を出す。それを砕いたマックスが一瞬気を緩めたタイミングを狙って、顔面に正面から「ウォーター」を叩きつける。これってたいした威力はなくてもムカつくよな。
苛立ちを含んだ拳を避けて俺は小さな声で技の詠唱をする。
「このっ! ちょこまかと!」
マックスの腕が大きく振りかぶった。
「聖なる祈り!」
これは詠唱が必要なぶん、普通のウォールよりちょっと強い防御技だ。物理だけじゃなく魔法や状態異常からも守ることができる。
マックスは避けずに腕をクロスして守りの姿勢に入った俺にちょっと驚いたような顔をして拳を打ち込んできた。一打目を守りの力で重い衝撃とともに跳ね返す。二打目は守りがもつかどうかわからなかったので頭上に水の塊を出すとさっと転がって距離を取った。
二打目が空振ったところにべしゃりと落ちるバケツ一杯分の水。奴の目が吊り上がってものすごい形相になった。ひええ、おっかない。
「……遊びが過ぎたな」
地獄の底から響くような声で呟くと、マックスは地面を蹴った。次の瞬間には俺の目の前にその巨体がある。
「オラオラあっ!」
先ほどまでとはうってかわって、文字通り目にも止まらぬ速さで拳を打ち込んでくる。俺も時間操作を最大レベルにして避ける。
これ、どちらかの体力が尽きない限りいつまでも決着つかなさそうだよな。
時々水をぶっかけて、視界を塞いだその隙に逃げる方向を変える。
「このおっ!!」
マックスの利き腕が大きく弧を描いた。俺は距離を取って後方に避ける。拳はまたも空ぶったが、なぜかマックスは犬歯を剥き出して獰猛な笑みを浮かべた。俺はさらに後ろに下がろうとして、
「えっ」
背中にゴツゴツした岩が当たった。壁がある方向に退避していたのだ。
「しまった!」
「は、ははは! これで終わりだ」
マックスが勝利を確信した笑みで拳を振り上げる。
「セイクリッドプロテクション!」
咄嗟に防御体勢を取った俺を見下ろしたマックスの拳が黒い靄に包まれた。なんかバチバチとした赤い放電みたいなものが周囲を取り巻いている。
「そんなもの無駄だ、一発で決めてやる! ────あらゆるものの殲滅者ァァッ!!」
よっしゃああ!! かかった!!!
俺は心の中で叫んだ。
聖なる祈りはブラフだ。詠唱もせず、技名を口先で言っただけ。発動なんてしない。
俺の本命は、
「漆黒の鏡!!」
奴が禍々しい拳を振り下ろすと同時に俺も渾身の声で唱える。
ドンッ!!!
洞窟内の空気が重く震えた。
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今回の更新分でストックに追いついてしまったので、今後は更新パターンが少し変わるかもしれません。なるべく今まで通りの定期更新を続けたいとは思っていますが。




