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その似顔絵は

 絵(え)が上手(うま)くなりたいと思った。


 といっても、私の記憶(きおく)が確(たし)かなら、落書き以外の絵を描いたのは、中学校の美術の時間が最後になる。


 子どもの頃(ころ)、絵画(かいが)教室に通(かよ)っていたとか、絵を描くのが好きだったとかはない。


 そんな私が先ほど、随分(ずいぶん)と久(ひさ)しぶりに絵を描いてみた。


 正直(しょうじき)に言おう。幼稚園児(ようちえんじ)と良い勝負ができると思う。


 ただし、相手が絵画教室に通っていなければ、の話だ。


 そういえば、小学校の図工も中学校の美術も、私の成績(せいせき)は悲惨(ひさん)なものだった。


 あの当時、「芸術って難(むずか)しいな」と軽(かる)く考えていたが、もう少し危機(きき)感(かん)を持っていれば、今頃こんなことには・・・・・・。


 お砂糖(さとう)抜(ぬ)きのコーヒーを飲みながら、自分の過去(かこ)を反省(はんせい)する。


 そのあと、角砂糖(かくざとう)三個入りのコーヒーを飲んで、一念(いちねん)発起(ほっき)した。


 やるぞー、おー。頭の中では、自分のミニ分身(ぶんしん)一〇〇体が、槍(やり)くらいの長さと太さがある絵筆(えふで)を、高々と突(つ)き上げている。


 しかし、自分で言うのも何だが、この画力(がりょく)がそう簡単(かんたん)に激変(げきへん)するとは思えない。かなりの難(なん)工事(こうじ)になりそうな予感がする。


 試(ため)しに二枚目、三枚目と、新しい絵を描いてみた。だーめだ、こりゃ。幼稚園児レベルの絵が増(ふ)えただけである。


 そこで唐突(とうとつ)に脳内(のうない)で流(なが)れ出す、某(ぼう)格闘(かくとう)映画(えいが)のテーマソング。私の中の音響(おんきょう)係(がかり)は、この場の空気がまったく読めていない。


 引(ひ)き際(ぎわ)を見(み)誤(あやま)った形だが、のちの私なら、きっとこう言うはずだ。


「あの時の決断は正しかった」


 そう思うことにする。深(ふか)く考えてはいけない。この流れに身(み)を任(まか)せよう。


 やるぞー、おー。頭の中では、自分のミニ分身が五〇体。どうやら、さっきまでいたのの半分は、すでに逃(に)げてしまったようだ。先行き不安である。


 とりあえず、絵の実力向上に必要なのは、やはり「数(かず)」だろう。


 なので、描いて描いて描きまくる。ある程度の水準(レベル)に到達(とうたつ)するまでなら、練習(れんしゅう)はウソをつかないはず。


 だが、いざやってみると大変だった。練習、練習、「休憩(きゅうけい)」、練習、「休憩」、練習、「休憩」、「休憩」・・・・・・。さぼる習慣(しゅうかん)が着実(ちゃくじつ)についていく。


 だったら、こうする。私は茨(いばら)の道を選択(せんたく)した。


 今日から毎日、自分のブログで絵を公開するのだ。


 しかも、クイズ形式にする。


 ――プロ野球選手の似顔絵(にがおえ)を描いたので、誰(だれ)だか当ててください。


 すると、結構(けっこう)な反響(はんきょう)があった。


 一昨日(おととい)は二人。


 昨日(きのう)は四人。


 そして今日は、まだゼロ人だ。


 正解者の数である。


 このブログには千人近くが訪(おとず)れているのに、その大半が不正解のコメントを書き込(こ)んでいく。


 まるで見えない拳(こぶし)で殴(なぐ)られている気分だ。そこまでひどいか? 今日の絵とか、その選手の特徴(とくちょう)をきちんとアピールできていると思うのに・・・・・・。


 仕方がないので、ヒントをつけることにした。


 ――この選手はホームラン王になったことがあります。


 クレームが殺到(さっとう)した。


 余計(よけい)なことをするんじゃねぇ! ヒントなど不要だ! 自力(じりき)で解(と)く!


 怒(いか)りのコメントで、私のブログは大炎上(だいえんじょう)だ。


 でも、解けてないじゃん。そんな風に思うものの、明日からは元(もと)に戻(もど)すことにする。


 ――プロ野球選手の似顔絵を描いたので、誰だか当ててください。


 今回はノーヒントである。


 で、今のところ正解者は・・・・・・一人だ。「余計なことをするんじゃねぇ!」とか書き込んでいるんだから、もっと大勢が正解しろよ!


 できの悪(わる)いクラスの担任(たんにん)にでもなった気分だ。


 と同時に、自己(じこ)嫌悪(けんお)にも陥(おちい)る。


 この絵、そんなに似ていないか? 以前と比(くら)べたら、かなり上達していると思うんだけど・・・・・・。


 それから一週間が過ぎた。


 正解者が二桁(ふたけた)の日は、未(いま)だにゼロだ。とはいえ、昨日は正解者六人だから、このまま増え続けてくれれば・・・・・・。


 しかし、そこまで忍耐力(にんたいりょく)が続く気がしない。てっとり早く正解者を増やすために、炎上(えんじょう)覚悟(かくご)のサービス問題を出してみた。


 ――球団のマスコットキャラクターを描いたので、誰だか当ててください。


 十二球団しかないのだから、さすがに当ててくるだろう。


 この日、「解答者」は「過去最高人数」を記録(きろく)した。


 なのに、「正解者」はたったの五人だ。多くの解答者が、謎(なぞ)のマスコットキャラクターの名前を上げていた。


 ひょっとして、こいつら徒党(ととう)を組(く)んで、こっちをからかっている?


 架空(かくう)のマスコットキャラクターを、でっち上げているに違(ちが)いない。このチーム名もきっとデタラメだ。


 それを今から証明(しょうめい)してやる。ひねくれ者どもに、「真実」の鉄槌(てっつい)を下(くだ)してやるのだ。


 パソコンでインターネット検索(けんさく)をする。


 直後に絶句(ぜっく)する私。


 ・・・・・・ウソだろ。こんな名前のキャラクターが実在しているのか?


 なんでも、米国マイナーリーグのマスコットキャラクターらしい。


 しかも、自分の絵と見比べると、たしかに似ている。これは間違えるのも当然(とうぜん)かも・・・・・・。


 どうりで昨日、「余計なことをするんじゃねぇ、簡単すぎる!」と炎上しなかったわけだ。


 日本のキャラクターと見せかけて実(じつ)は・・・・・・。そういう引っかけ問題だと、誤認(ごにん)した人が多かったらしい。


 昨日のコメント欄(らん)にいくつもあった、「今日は上手(じょうず)に描けている」「本当に本人が描いたのか?」というのは、お世辞(せじ)でも皮肉(ひにく)でもなかったのか。彼らにとっては、ただの正直な感想。


 私はブログで素直(すなお)に謝(あやま)った。昨日の問題について、自分の無知(むち)を告白する。


 で、今日の絵を公開した。


 ――日本のプロ野球選手の似顔絵を描いたので、誰だか当ててください。


 結果、正解者は二人。そんなに似ていないかな・・・・・・。


 ところが、この日のコメント欄で、気になるものを見つけた。


 ――ぼくと勝負しませんか?


 まさかのライバル登場である。


 とはいえ、どういう風に勝負するのか、それについては何も書いていない。明日以降に何か知らせてくるのかも。


 とりあえず、翌日(よくじつ)も日課(ルーティンワーク)をこなす。


 ――日本のプロ野球選手の似顔絵を描いたので、誰だか当ててください。


 すると、コメント欄に書き込みがあった。


 ――このブログと同じことをやっている子がいる!


 そんな書き込みが大量に。


 そのいくつかには、ブログのアドレスが併記(へいき)されていた。


 すぐさま確認に動く私。


 飛んだ先のブログでは、小学校低学年の男の子が、私のマネをしていた。絵が上手(うま)くなりたいそうで、プロ野球選手の似顔絵を描くことにしたらしい。


 相手の絵を見ながら、私は考える。


 さすが小学生だ。


 以前の私は、幼稚園児レベルの絵だった。あの時なら、余裕(よゆう)で負けていただろう。


 しかし、今は違う。少しは成長している。幼稚園児レベルから、小学校低学年レベルくらいには。


 なので、負け確定というわけではない。


 ふっ、いいだろう。この勝負、受けてやる!


 そのブログのコメント欄に、私は勝負のルールを書き込んだ。


 ――お題はプロ野球選手限定。その日の正解者が多い方の勝ち。






 二〇年後、大都会の一角(いっかく)で、ある画家の個展(こてん)が開かれていた。


 連日超満員の人気だ。


 今回の個展では、プロ野球選手の似顔絵が、展示の大半を占(し)めている。


 そのため、お客さんたちの中には、プロ野球ファンの姿(すがた)も少なくない。


 会場の一番奥には、二枚の絵が飾(かざ)ってあった。


 他の絵と比べて、二枚とも明らかにヘタクソだ。


 作者はそれぞれ違う。今回のイベント、「個展」と銘(めい)打(う)ってはいるが、この二枚の絵の「片方(かたほう)」だけは、例外(れいがい)だった。


 閉館後に二人の男性が、会場の一番奥へとやって来る。


 二枚の絵の前で立ち止まると、青年は紳士(しんし)に話しかけた。


「あの時は勝負していただいて、ありがとうございます」


「この日は、きみが勝ったんだよな」


「はい。でも、翌日はぼくが負けました」


「ふふふふ。その翌日はたしか、私の負けだった」


 二人並んで、しばらく絵を鑑賞(かんしょう)する。


「懐(なつ)かしいな。あの当時は、二人ともヘタクソだった」


 紳士はつぶやく。


 二〇年前に、自分のブログで絵の公開を始めた。


 そのあと、「ぼくと勝負しませんか?」という挑戦者(ちょうせんしゃ)が現(あらわ)れて・・・・・・。


「きみの個展なのに、私の絵も飾ってくれて、ありがとう」


 紳士の頭の中では、自分のミニ分身一〇〇〇〇体が、槍(やり)くらいの長さと太さがある絵筆を、高々と突き上げている。


 二人とも一流の画家になるなんて、あの当時は思いもしなかった。


ご愛読ありがとうございました。

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