モブと騎士の独白、と?
「それ、一緒に戦ったから好感度上がってイベント起きたってことじゃない?」
「やめろ」
あの後サラに報告した時の答えがこれだった。言うんじゃなかった。我ながら動揺していたと思う。
あれから一晩経って、私たちはまたダンジョンに潜っている。
私は一応、昨晩のライナスの暴走は無かった事として過ごしている。だからライナスに対してだけ敬語のままだし、変に意識した対応は決してしない。
放置されて悲しむ犬みたいな目でずっと見られようともだ。
「ねーねー! このダンジョンって設定通り地下45階までだっけ?」
「一般的にはね」
「……てことは、その下に隠しダンジョンがあるのね?」
金の匂いを嗅ぎとったのか、サラの笑顔が黒く見える。
「今のところ異常が感じられないから、正直本命はそちらにありそうだと思ってる」
「へえ~! じゃ、早いところ45階まで降りようよ」
「あの……ちょっと待ってくれないか」
サラと私の会話に、控えめに入ってくるライナス。
「今回の調査なんだが、どうにも二人は異常があることを前提にしているように思う。何か根拠が有るのか?」
脳筋なのに何故そんな事を気にするんだ。
説明はめんどくさいしそもそも前世の話もゲームの話もどう切り出したら良いかわからない。
黙った私を見て、ライナスはまた情けなく眉尻を下げる。
「もぉー、ちょっとライナス先輩! こっちきて!」
「お、おい、なんだ? くっ……なんという力……」
サラが持ち前の力技でライナスを引きずっていき、ちょっと離れたところで話し始める。
どうでもよくなった私はその間にガリガリと床に魔法陣を書き始めた。
前世で小さい頃良く描いたな。三角に角みたいなのつけた円陣をさ。あれ何が召喚できるんだったかな。
「……という事でOK?」
「了解した」
話し合いが終わったらしい。振り返って確認すると、二人はとても怪しくなるほど爽やかな笑みを浮かべていた。
嫌な予感しかしないんだが。
「さ、アルマ! サクッとラスボスヤってサマーパーティーに行くわよ!」
「おい、何を吹き込んだ」
「ヒ・ミ・ツ」
殴って良いかな。
「アルマ、聞いても良いか。それは一体何の魔法陣だ?」
先ほどまでと打って変わって元通りの態度になったライナスが、興味深そうに魔法陣を覗いている。
「隠しダンジョンに繋がるやつ」
「なにそれ裏技?」
「領主特権」
伊達に後継者知識は叩き込まれてない。ここの管理も領主業務の一端だからな。
「隠しダンジョンの敵は桁違いに強い。今までのようには倒せないと思うように」
「わかったわ。でもその分ドロップアイテムも期待できるでしょ?」
「まあ、そちらも桁違いの価値になる」
「ふふふふふ」
こいつ本当にお金大好きだな。まあ良いけど。
魔法陣の中に立たせて、持っていた杖でトン、と床を叩く。
光り始めた魔法陣の上で、私はライナスを見上げた。近くにいると頭二つ分くらい背が高いのだと今更気付く。
彼もまた、私の視線に気付いてこちらを見下ろしている。
「ライナス」
「な、なんだ?」
「……死ぬなよ」
言い切った瞬間転送されたので、彼の反応は見れなかった。
だが、死なれては困るのだ。王子に返せと言われているので。
そういえば二人に言い忘れたんだが、この魔法陣、複数人で使うと全員バラバラの地点に送られるんだよな。いつも一人で使うから忘れてた。
「……言い忘れたな、本当に」
牙を剥き出して唸る虎型モンスターに囲まれながら、私は言葉が足りなかった事を若干反省する。少し探ってみると、二人も別々の場所にいるようだった。
さすがにこれは後で謝罪した方が良いかもしれない。
だから。
死ぬなよ。まあ、お互いにだが。
※ライナス視点
驚きと喜びを抱えたまま転送された俺は、きっとおかしな顔をしていただろう。
そこは、吸血種とおぼしきモンスターたちの寝床のようで、思い思いに寛いでいた風な彼らは、突然現れた俺にとても驚いていた。
「アルマ? サラ?」
気配が全くないが、一応呼び掛けてみる。
近くには、居ないようだ。
はぐれた?
全員バラバラか、それとも俺だけか。
二人がせめて一緒だと良いのだが。
「……などと、言える余裕は無いがな」
自嘲になってしまうが、事実だ。驚いていたモンスターたちが、次第に凶暴化しつつ迫ってきている。
俺はなんとか攻撃を避けつつ、剣を振るうタイミングをうかがう。
あのサラという一年。人間とは思えないほどの身体能力を持っている。本気でやりあったら、俺は純粋な力だけで押し負けるだろう。
それに、アルマ。
普段の様子や華奢な見た目からは想像がつかなかったが、彼女は優秀な魔法使いのようだ。それに、あの口ぶりだとこの隠しダンジョンの敵についてもよく知っているらしい。
三人の中で一番弱いのは、俺だ。
俺はろくに魔力もない。経験も少ない。ただ、ひたすら真面目に鍛練をして、ようやく騎士として認められるようになった。
ただ、それだけだ。
このダンジョンに来てその事実を思い知らされた。
俺は自惚れていた。あの狭い学園の中で、自分は強い男だと思い上がっていたのだ。
『アルマは恋愛に興味ないんです。でも、自分にとって役に立つ相手なら側に置いてくれます。私みたいに!』
ドヤ顔のサラに言われた言葉が突き刺さる。確かに、彼女たちはあっという間に距離が近付いた。
アルマも彼女にだけはかなり砕けた態度で、まあ時々横暴だが、サラもそれを受け入れているようだ。
正直羨ましかった。あの二人の間に見えずとも確かな絆があるようで。一線を引かれる俺には、ないものだ。
『アルマが欲しかったら、ラスボスを倒すしかないですよ! 役に立つ男だって事、証明するんです!』
うまく乗せられた気もするが、乗ってみるしかないとも思った。
「くっ……」
斬っては逃げ、斬っては逃げ。
先程までのように、一撃で倒せる相手ではない。それに、とにかく数が多くてキリがない。奥に続く道を発見して、俺は急ぎ走り抜ける。
すると、急に足元から床がなくなった。
「何……!?」
浮遊感に襲われているが、真っ暗なので何も見えない。とにかく剣を手放さないようにしながら、俺は衝撃に耐えようと体を丸めた。
どさっ!
どうやら下に降りきったようだ。身体中痛いが、動けない程ではない。
「こ、ここは……?」
そこは、暗鬱、としか言い様のない瘴気が漂っていた。一応大きな空間のようだが、出口らしきものは見えない。
とにかく気分が悪い。
そして、目を凝らした先には、赤く光るものが3つ。
魔物の目だ。目だけでもとても大きいから、相当な巨体を抱えた魔物だと思われる。
ぐあ、という音が聞こえた気がする。嫌な予感がして横に飛び退くと、先程まで俺がいた床は溶けて抉れていた。
「なんという威力……まさか……これが、ラスボスとやらか……?」
そうだと仮定すると、この瘴気も納得がいく気がした。
「ぐっ……!」
厄介なのは、ほとんどノーモーションであの溶ける攻撃が放たれる事だ。
勘だけが頼り。
しかも、それだけではなく時折刺のようなものも飛んでくる。
とてもでは無いが、一人で太刀打ちできる相手ではない。
5、6回くらいまでは何とか避けたが、体力も気力も、いつまでももつものではない。
ついに避けきれず肩に刺を食らうと、途端に激痛が走り動けなくなった。
痺れ毒か何かが仕込まれている可能性はある。しかし、処置する時間などとろうとすれば、あっという間に溶かされてしまうだろう。
どうあがいても、このままでは、死ぬ。
「アルマ……」
魔物はその場から動いている気配もない。
絶望が俺を襲う。
俺は、結局何も出来ずに終わるのだ。
俺が命を諦めかけた、その時。
「きゃー!」
「グガッ!」
どこからか勢いよく飛び出したサラが魔物にぶつかり、魔物の方も避けられずに悲鳴を上げる。
暫く起き上がって来ないあたり、相当なダメージのようだ。サラもだが。
「ライナス」
待ちに待っていたアルマの声。振り返ると、いつも通り落ち着き払った態度の彼女は、俺の傷の辺りをちらりと見た後、魔物の方に目を向けた。
「今から私が使う魔法の事、王子を含め生涯誰にも言わないと約束出来るなら……一緒にパーティーに出てやっても良い」
「は……?」
「出来るのか、出来ないのか」
「や、やる!」
最早勢いだけで頷いたが、そんな事で彼女のエスコートが出来るなら一生黙っていようと本能的に魂に誓う。
すると、彼女は持っていた杖をぐっと握り締め……刀を引き抜いた。
あの杖、仕込み刀だったのか……
遠目にも波紋は美しい。何故それがよく見えるのかというと、彼女の魔力なのか白い輝きを纏っているからだ。
そう、白だ。
「光……属性……」
退魔という目的において、光属性魔法ほど力を発揮するものはない。
全てを滅し、全てを癒す。最高峰の力。
アルマが軽い動作で一歩踏み出す。なのに、次の瞬間には魔物に迫っていた。
速い!
「いやん、縮地法!」
サラの声がした気がしたが、そう言えば彼女は魔物の側に転がっていたのでは無かったか。
ずしゃああああ!
……アルマが放り投げたようで、今は無事に(?)俺の横に転がっている。先程の台詞は空中を飛びながら言ったらしい。
その間にも、アルマの刀は容赦なく魔物を斬り刻んでいる。
そして、一際大きく斬りつけたあと、彼女はパチンと指をならした。
「グアアアアアアアア!!」
魔物の身体から、光が漏れる。それがアルマにつけられた傷口から出ているものだと分かった時には、魔物はほとんど光に飲み込まれていた。
「……っ」
「うわわ、うわぁ~」
あまりの眩しさに耐えられず、腕で目を隠す。その際横目で確認したら、サラは顔を手で覆いつつも、指の隙間からガン見していた。
眩しくないのだろうか。
やがて光が収束し、静寂が訪れる。腕を下ろして辺りを確認するが、魔物の気配はなくなっていた。
「やったー! ラスボス倒したのね!」
「……いや、異常な瘴気だったからそれ祓って眠らせただけ。完全に倒すとダンジョン消えるから」
「あ、そっか! ダンジョンなくなったら稼げないものね」
「……まあ、そういう事。しばらく大人しくしてるだろう」
アルマの手に核らしき玉がある。あれがラスボスとやらのようだ。時間が経って力が戻ると先程の状態になると言う。
とにかく、終わったのだ。
俺は足を引っ張ってしまっただけだったが。
「ライナス」
アルマに呼ばれ顔を上げる。彼女は、それきり何も言わず、俺の負った傷口に手を翳す。
温かな光が発され、傷口が塞がっていく。やはり、素晴らしい力だ。
「……お前が先にここに辿り着いてくれたお陰で私も気配を追ってこれた。ダンジョンは何度か潜っているけど、この隠し部屋は見つけたことがなかったからな」
俺はそれを聞くや否や、アルマの手をとった。
言うなら今しかないと思った。アルマの後ろでサラも「行け行け!」と小声で応援してくれている。
「アルマ……俺は、多少は役に立った、のだな?」
「だから、そうだと言って……おい、離」
「ならば、今後も俺の事を側に置いてくれないだろうか。勿論、至らぬ点は改善する。だから」
「そ、それとこれとは話が別だ!サマーパーティーのエスコートだけだ!……それに、だいたいお前は侯爵家後継ぎだろう! 家格だって」
「安心してくれ、幸い俺には優秀な弟がいる。俺にとって地位や外聞など些細な問題でしかない。俺が最も欲しいものは、お前の夫になる権利だ」
そう言って、見つめる先。
アルマは、薄明かりでも分かるほど頬を真っ赤にして泣きそうになっていた。
可愛い。
抱きしめても良いだろうか。
※サラ視点
はぁい♪
私の名前はサラ。
ゲーム設定では本当はヒロインのはずなの!
でも、身体能力以外の力は目覚めなかったみたい。
すごいのよこの身体。ゴリラみたいに怪力なのよ。転んでも傷ひとつつかない。もしかして合金でできてるのかしらこの身体。
あ、別に気に病んでないわ。楽しいの。
前世では殆どベッドから出たことなかったし、これだけ動き回れるってだけで私にはご褒美みたいな世界なのよね。
目の前では、アルマとライナスがパーティー会場を賑わせてる。
ふふ、お似合いカップルだと思うよ。
ドレスで着飾ったアルマ可愛い~。ちゃんとライナスの色である赤を纏ってるのよ。
まあ、あのふわっとしたドレスで隠れた足に当然のように武器隠してるけど。なんか譲れないらしいのよね。
アルマは自分がモブだって思い込んでるけど、実はそうじゃないの。
アルマ・フェルトンは辺境伯令嬢で、スタンピード編の時に初めて登場する大人気サブキャラだった。
ただ、ゲームでは男装の麗人で、それこそヅカの男役みたいな感じだったのよ。ヒロインとの百合ルートを夢見たプレーヤーは数知れず。熱狂的なファンによって薄い本が何百冊も作られたわ。あんな恥ずかしいタイトルだけど結構人気だったの、一部のオタクには。
だから、初めてアルマを見た時全然気が付かなかったのよね。中身がゲーム知識なし転生者のせいなのかな。中身に引っ張られた……ううん、性格はゲームよりも男らしいというかこざっぱりしてるんだけど、見た目はすごく可愛くなってる。ゲームではライナスと変わらないくらい身長あったはずなのに、すごい小さいし。
でもってあのビスクドールみたいに整った顔から暴言飛び出してくるんだもの、可愛すぎて萌えが甚だしいわ。禿げるわ。
ライナスも、あの無表情が崩れて笑顔になった瞬間落ちたようね。
王都への道すがら、どこに惚れたのか聞いたら三時間くらい喋り続けてたわ。横にいたアルマは完全に目が死んでたけど。
でもでも? ひねくれたアルマにはライナスくらいストレートな人が良いと思うのよ。
王子も同意してたし。
ていうか、ライナスが無傷で帰ってきたの見て、ちょっと舌打ちしたのよ王子。
「傷物になってたら責任とってもらおうと思ってたんだけどな」
とか言ってた。なんだかんだでライナスとアルマくっつけようとしてたって事よね?
やっぱり良い人じゃん王子!
いつか影武者紹介してくれないかなー?
あれ、なんかすごい笑顔で王子がこっち見てる。やだ、ちょっと怖いから別会場に行こうっと。
そっちの会場では攻略対象魔法使い様もとい、エリオット様が女子たちに囲まれていた。うーん、チャラ男!
ヤンデレチャラ男の攻略は大変だったなぁ。
まあ、この世界では彼も、あと宰相子息様もなんだかアルマに落ちてるぽいんだけど。
なんか、アルマと出会ってすぐの時、これでもかというほどプライドと心をバキバキに折られて、結局懐いたらしいわ。
あ、ちなみにこれはエステル様情報。つまり王子がそう言ってたから、たぶん正確な情報。
ってなると、やっぱりこの世界のヒロインは確実にアルマだよね。ちゃっかり光属性だし。
「おい、女」
「…………あ、私ですか?」
並んでいる料理の中からプリンを選びとった私に、宰相子息様──ミッキーちゃんが話しかけてきた。いや、マックスが愛称だったと思うんだけど、私は密かにミッキーって呼んでる。なぜならアルマがそう呼んでたから。
「貴様、どうせエスコートも無しで入ってきただろう。俺が踊ってやらなくもない」
「ダンスですか? うーん、ダンス苦手なんですよね……プリン食べたいし」
「…………プリン」
プリンに負けたことを気にしているのか、ツンデレミッキーちゃんはちょっと悲しそう。
安心して! プリンに勝てるものなんてこの世には存在しないのよ!
「ていうか、アルマと踊らないんですか?」
「ぐっ……」
「あ、私がアルマと仲良しだからきっかけにして踊ろうって作戦ですね?」
「き、貴様、声が大きっ」
「良いですよ! いきましょう!」
やっぱり攻略ゲームは当人より端で見てる方が楽しいよね!
ここはひとつサラ様が協力してあげようじゃない!
なので存分にツンデレしてよねミッキーちゃん!
ふふ、後ろでエリオット様もめっちゃこっち見てる。
後で踊ってあげるから少々お待ちになって! それでアルマにパスすれば良いんでしょ?
私ってば親切!
さて、じゃあこの話はこのあたりでおしまいね。私はアルマとその周辺イケメンたちの観察で忙しいから☆
【完】
ゆるゆるなお話でしたが、お読み頂きありがとうございました。
追記
このお話に入らなかった設定を使って蛇足話を書き始めております。
もし宜しければ、お暇潰しにどうぞ!
→N8561GH『モブだと言ってくれ!』
シリーズとしてまとめましたので、タイトル上部の『モブ転生』リンクから飛んでいけます。