#584 「此の身達の勝ちです。我が君」
俺達がこのリゾート島に着いたその夜、シエラⅢに未曾有の大嵐が発生した。風雨が吹き荒れ、雷鳴が鳴り響き、シエラⅢ全体のエネルギー網がダウン。それに伴ってミロの端末も、リゾート島に配備されているメイドロイドや警備ボットも何もかもがダウン。外部演算ユニットを犠牲にしてメイだけは辛うじて難を逃れたが、ニーナ達もダウンしてしまった。どうやらシエラⅢの情報帯に深刻な電子的汚染が起こり、ほぼ全ての電子機器がダウンしてしまったらしい。
クリシュナかモリガンによる脱出も試みようとしたが、モリガンはおろかサイオニックエネルギーでも十分に稼働するはずのクリシュナすら起動不能。俺達はリゾート島へと閉じ込められた。
「我が君、法力が上手く働きません。気候調整機の暴走は結果として起こっていることで、根本的な原因は法力関係、あるいは彼の世――アストラル・プレーンで何かが起きている可能性が……タマモ様も眠ったまま、反応がありません」
「ご主人様、いずれにせよ私どもに打てる手はありません。ここは大人しく状況が推移するのを見守るしか無いかと」
二人の進言を受けて大人しく様子を見守ることに決めたその翌朝、メイがバラバラに破壊された状態で見つかった。あの戦闘能力の高いメイが、誰にも気付かれること無くバラバラにされるなど考えられないが、実際にそうなっていた以上警戒するしかない。
この島に何かが入り込んでいる。
「ルシアーダ皇女殿下に危険が及ぶようなことがあってはなりません。私達はあちらのロッジで過ごさせて頂きます」
イゾルデの強い要望でルシアとイゾルデ達近衛の合わせて五人が別のロッジに移り、厳戒態勢でルシアを守ることになった。
翌日、彼女達が籠もっていたロッジは血の海になっていた。もはや何人分の死体があるかもわからない状態だったが、ショーコ先生が調べた結果、確かに五人分の死体が、つまり全員が殺されているということが判明した。
イゾルデ達だけでなく、ルシアも高度な身体強化を施された帝国の貴族、皇族である。その五人がなすすべもなく惨殺されていることに俺達は慄いた。サイオニックパワーもろくに使えない今、俺達の戦力は激減してしまったと言わざるを得ない。
俺達も黙ってやられるわけにはいかない。ティーナとウィスカがクリシュナに積んである戦闘ボットの再起動をするために作業を始め、俺とセレナ、それにエルマの三人は同じくクリシュナに積んである武器の確保に動いた。ショーコ先生とクギはモリガンに積んである医薬品の確保に走った。
そして武器を確保し、ティーナとウィスカの様子を見に行くと二人は消えていた。大量の血痕だけを残して。呆然としている所にショーコ先生とクギも合流し、愕然とする。
「本当に、此の身達の他に敵がいるのでしょうか……?」
クギの呟きにその場にいた全員に緊張が走る。俺達は外部の、正体不明の何かによる襲撃を警戒していたが、それで本当に合っているのか? 本当は俺達の中に『何か』が紛れ込んでいるのでは?
そんな疑念が俺達の中に湧き出てきたのだ。
「生物学的なチェックは……スキャナーの類が動かないんだよねぇ。ごく初歩的、かつ原始的な方法で診断できるかどうか」
「何にせよ、確保した物資をロッジに運ぼう。皆が無事だと良いんだが」
ロッジに戻ると、ミミとクリス、そしてネーヴェの三人は無事だった。その事自体には安堵したが、問題は正体のわからない『敵』である。本当に俺達以外の敵がいるのか? もしくはクギが心配したように、既に俺達の中に敵が潜んでいるのか?
静かに疑心暗鬼の種が俺達の中に育っていくのを感じた。しかし仲間を疑うのはなかなかに難しいことだ。先程外出した俺達は互いにアリバイを証明できるし、それはロッジに残っていたミミとクリス、ネーヴェも同様である。もし『敵』が一体ではなく、複数体だったとしたら? それらがグループを丸ごと乗っ取っていたとしたら? もはや互いのグループが行うアリバイ証明も信用がならないということになってしまう。
「私が診断してみよう。少なくとも、ルシアーダ皇女殿下達を殺害できるような肉体強度を持っているなら調べればわかるはずだよ」
そう言ってショーコ先生が始めた検査に引っかかったのはネーヴェだった。
「そんな!? 何かの間違いだよ! 私の身体のことについてはドクター自身がよく知ってる筈じゃないか!」
「よく知っているから、だよ。ネーヴェくん、君の肉体はおかしいところだらけだ」
「そんなわけないよ! 私が近衛騎士を含めて五人も惨殺できるわけないじゃないか! キャプテン、信じてよ!」
ネーヴェの扱いをどうするかは大いに悩むことになった。ショーコ先生の発言を信じるのか、それともネーヴェの言うことを信じるのか? ネーヴェのアリバイは確かなのか? ミミとクリスに聞いてみるが、二人とも連日の騒ぎで寝不足に陥っており、ネーヴェと二人で留守番をしている時にうとうとしていたことを認めた。それでもネーヴェと身を寄せ合っていたから、ネーヴェがいなくなっていれば気がついたはずだし、ネーヴェがロッジの外に出て濡れたりすれば気づいたはずだと主張したが、最終的にはショーコ先生の言葉を信じることになり、ネーヴェにはロッジ地下のシェルターにある緊急避難時用のコールドスリープポッドに入ってもらうことになった。
「これで本当に良かったのか……?」
「そう信じるしかないわよ。今日はもう寝ましょう。流石に疲れたわ」
翌日、俺達が滞在していたロッジの中は血の海になっていた。
「我が君」
「クギ……?」
血の海の中、血に塗れた手に何かを持ったクギが俺を振り返る。その手にあったのは、クリスの短剣だ。彼女の足元にはクリスとセレナが血塗れで転がっている。
「嘘だろう……?」
「我が君、最後まで此の身達を信じてくださって、ありがとうございます」
血に塗れた手に短剣を持ったまま、血に塗れた顔に艶めいた笑みを浮かべてクギが近寄ってくる。どこか近くの部屋から「エルマさん!? ショーコ先生、なんで!?」とミミの悲鳴が聞こえた。
「此の身達の勝ちです。我が君」
いただきます。愉悦に弾むその声を聞きながら、俺の意識は途絶えた。
☆★☆
「グワーッ! 負けた!」
「だから言ったじゃないかキャプテン! 私は無実だってさぁ!」
「あそこでショーコ先生を吊れなかったのが痛かったわね……」
「クギさんの能力ズルくありません? 私達まとめてキルされたんですけど!?」
「私もセレナさんとまとめてやられました……抵抗に失敗したら操られるのは強すぎますよ」
「ミミくん相手に運勝負を仕掛けると詰むだろうと思ったからね。ヒロくんもそうだけど、直接対決しないで最後まで残す方針を取ったのは正解だったよ」
「うぅ、ショーコ先生に美味しく食べられちゃいましたぁ」
阿鼻叫喚である。ミロ達をゲームマスターとしたリアル人狼ゲームのような遊びをしていたのだが、見事にクギとショーコ先生のペアに全員食われてしまった。
それぞれの現実の能力を元にした特殊スキル――役職のようなものを使った変則的なものだったのだが、ミロ達がそのへんを上手くルール化してしてくれた結果、ある程度バランスは取れた感じになっている。
特殊能力の詳細については毎回若干変わる上、発動条件を踏むまでは他人には一切わからないのだが、ある程度現実の能力に準拠するので若干メタな戦術を立てることも可能だ。それがまた戦略性を生んでいたりして、なかなかに楽しい。
「レクリエーションを楽しんで頂けたようで何よりです。よろしければ、そろそろ夕食の準備を致しますが」
さっきまでゲームマスター役をやってくれていたミロがピカピカと光りながらそう言う。人数が多いからこそ楽しく遊べるレクリエーションもございますよ、と言ってリアル人狼ゲームめいた遊びを提案してくるのには驚いたよね。
「ああ、良いわね。頭も身体も使ったからお腹空いちゃったわ」
「天候操作ドローンで局所的に雨まで降らせるのは凄いよね」
「うちら濡れた直後に死んだけどな。濡れ損や」
クリシュナの格納庫で死体も残さずクギとショーコ先生に食われた整備士姉妹が感心したりぼやいたりしている。二人はとにかくメカを弄れないとどうしようもない能力だったみたいで、一回クリシュナか少し離れたショッピングモール地下の警備ボット格納庫に行って工具を確保しないといけないのがネックだったよな。一回目は上手く能力を使ってミロを再起動、警備・監視網を復旧させて所謂村人側の勝利に大貢献できたんだが。
「あなた様、本日の夕食はオーガニック食材をふんだんに用いたディナーだそうですよ。この星で過ごした時の事を思い出しますね」
「ああ、思い出すなぁ。ミミがお魚さんの目が怖いって言って魚料理を食べるのを躊躇してたりしたな」
「わーっ!? 恥ずかしいからやめて下さいよぉ!」
ミミが俺が話した思い出話に恥ずかしそうに顔を赤くする。クリスは最近俺のことを『あなた様』と呼ぶようになった。夫となった俺のことを『ヒロ様』と呼ぶのは彼女の中で何か違ったようで、俺の呼び名を改めることにしたようだ。なんとなく恥ずかしいというか、照れる。まだ慣れない。
「配膳は私達にお任せ下さい。すぐにご用意致します」
初手でバラバラにされていたメイがキリッとした表情で部下の三名も使ってテキパキと動く。メイはどのゲームでも所謂第一村人役になってもらっていた。時報枠である。必ず最初にバラバラにされていたのは、メイが村人として参加してしまうと強すぎるからだ。他のメイドロイド三人やミロが初手で機能不全を起こしてダウンする設定になっていたのもそのためである。監視網と警備網が動いていたら事件が起きる要素がないからな。
「私も最後は良いところがなかったですね……二戦目では活躍できたのですが」
席に着いたセレナが溜め息を吐く。セレナは二戦目で自分の能力であったカウンターのような能力を駆使して人狼役を単身で一人仕留め、趨勢を大きく変える働きをしていた。三戦目ではクギの能力で操られたクリスとクギ本人に同時に襲われ、クリスをカウンター能力で倒した直後にクギに倒されてしまったようだが。
ちなみに二戦目でセレナに倒された人狼役は俺である。まさか夜を迎える時に自分を襲いに来る人狼役を指定してカウンターの宣言を行っていたら確実に返り討ちにしてくる能力とは思わないじゃん。一ゲームに一回しか使えない能力をピンポイントで使われて完敗だったね。
「明日は午前中に併設されているショッピングモールに水着を買いに行って、昼前から昼過ぎにかけて海水浴。昼食は浜辺でバーベキューか。今から楽しみだな」
「貴方は女性陣の水着姿が楽しみなのでは?」
「そうだが???」
ジト目を向けてくるイゾルデに真顔で答える。俺以外皆女の子なんだぞ。楽しみじゃないわけないだろ。これで楽しみじゃないとか抜かすのは素直になれないむっつりスケベかインポかホモ野郎に違いないぜ。
「……私達は着ませんよ」
「はー? お前、皇女殿下も水着を着るのにお前達が着ないとか不敬じゃねぇ? 誓いはどうしたんだ誓いは。寧ろ自分達が際どい水着を着て皇女殿下に俺の注目が向かわないように身を犠牲にするくらいの覚悟を持てよ。そう、覚悟を、覚悟を見せようぜ」
具体的には凄い切れ込みの水着とか。
「貴方が見たいだけでしょうが!」
「アーアーキコエナーイ」
顔を赤くするイゾルデは軽くあしらっておく。ここまで挑発しておけば色気も素っ気もない水着を選ぶようなことはないだろう、多分。まぁ地味な水着を選んだらそれはそれは見応えがあるかもしれんが。
「いやぁ、明日が楽しみだなぁ」
どう転んでも楽しくなること受け合いなので、心が躍って仕方がないな。
あ、晩飯のオーガニック食材をふんだんに使ったディナーは順当に美味かったです。流石はリゾート惑星だぜ。




