School01 『戯曲の始まり』
五月の夢。
戯曲の始まり。
月村 望。
私立聖蘭学園高等部に、二学年より転入。
他人との干渉が少なく、例えるならば一匹狼、そんな言葉が相応しい少女。
長い黒髪を靡かせ、切れ長の瞳は何を視るか。
「月村さん」
事務的なホームルームが終わり、放課後。
自分の机で教科書やノートを片付けていた私―――月村望―――は、廊下から声を掛けられた。教室の窓から見上げると、一学年上の女生徒の姿。学年が上だとわかったのは、リボンの色。この学園は学年によってリボンの色が違うから。それから、彼女の襟元のあるバッチは、生徒会長の証。
彼女は私と目が合うと、柔らかな物腰で微笑んだ。
「ごきげんよう。初めましてね。私は生徒会長の高津茉莉奈。お見知りおきを」
そう告げては、優雅な一礼。
こういう人が生徒会長というのは、納得が出来る。此処は歴史ある由緒正しい女子高校。生徒に多少の貧富の差はあれど、基本的にはお嬢様学校と呼ばれるような所。
……まぁアレだ。
生徒会長は成績優秀、容姿端麗、礼儀に関しても申し分がなく。
学校の基本方針は、淑女を育てる為の場所。そこいらの女子高とは、空気が違う。
要するに―――私って、すっげぇ場違い。
「あー。なんか用ですか」
転入から一ヶ月、既に登校拒否の危機を覚えつつ、私は気だるげに生徒会長を見上げた。彼女は微笑みを絶やすことなく、ふんわりと小首を傾げる。
こんな仕草を天然で出来るんだからお嬢様ってやつは恐ろしい。
「月村さん、まだこの学校のこと、余り知らないでしょう?少し案内させて貰えないかしら?」
「案内……?はぁ、まぁ折角ですし、……それじゃあ、お願いします」
あんまり時間かからないといいけど、と内心呟く。面倒ごとはとことん嫌いだし、初対面の人間とそう長い時間を共に過ごしたいとも思わない。
私の了承に、生徒会長は、よかった。と双眸を細める。
「この学校のことは――知っておいた方が、いいわ」
「え?」
ふと、生徒会長の声のトーンが低くなったような。知っておいた方がいい。当然のことを言っているのに、何か嫌な感覚がするのは、生徒会長の声色のせいだろうか。
「さ、行きましょうか。簡単に回ってみましょう」
生徒会長は何事もなかったかのようにいつもの微笑に戻り、つ、と私の鞄に視線を向ける。
あぁ、片付けないと。
「神野さん。先週のレポートまだ出してないよね?」
不意に近くの席でそんな声が聞こえ、軽く目を向ける。
学級委員が、困ったように見つめる先には、無表情な少女の姿。
神野由奈。私の隣の席の生徒。
まぁ自己紹介くらいはお互いしたけど、それ以上のことは話したことがない。
無造作に髪を後ろで結った、どこか少年っぽさも感じさせる少女。
無口で、表情が乏しくて、何考えてんのかわからない。
まぁ人間、踏み入れられたくない部分ってのは誰しもあるものだ。
彼女はその領域が人より広いんだろう。そんな風に思っている。
「……ごめん。明日には持ってくるよ」
カンノは淡々とした口調で学級委員に返し、机にぱさりと雑誌を広げる。
何のことはない、どこにでもあるような地元の情報誌。
何故だか私はそれが、カムフラージュのように思えた。
彼女はそんな情報誌になんか興味はなくて。ただ広げている。それだけ。
なんとなく、そう思っただけなんだけど。
「月村さん?お片づけ、終わったかしら」
廊下で待っている生徒会長に声を掛けられて、ふと我に返る。
「あ、今行きます」
鞄に教科書とノートを乱暴に突っ込んで、席を立った。
廊下に出ると、何故か、いくつも視線が私の周りを取り囲んでいた。通りかかる生徒や隣の教室の生徒が、こちらを注目しているのだ。
「高津様だわ」
「二学年の教室までわざわざ」
「お優しい方」
内緒話にすらなっていない周りの生徒達の小声。
あぁそういうことか。私ではなく、生徒会長が注目の的ってわけ。この人、そんなに人気あるんだ。年齢はたった一つしか変わらないのに。変なの。
その時、ふと、妙な違和感に瞬きを一つ。
生徒会長を見る周りの視線ではなく、生徒会長が私を見る視線でもなく、感じる、視線。
「……?」
振り向いて、視線の主が誰のものなのかわかった。
カンノだ。
カンノがじっと、私を見ている。
目が合っても尚、じっと。
何――?
カンノの目には色がないかのようだった。
言葉なく、ただ、私を見ている。瞬きすらしていないかのように。
―――何?
「どうしたの?行きましょう、月村さん」
そんな生徒会長の声に、私はカンノから目を逸らし、小さく頷いた。
変なやつ。関わりたくない。――カンノ。
「ここは生徒会室。生徒会役員で、学校をより良くするために様々な会議を行っているわ」
「はぁ……」
私には縁のなさそうな部屋だ。
「因みに、副会長は一学年の山本結梨亜。書記は二学年の和泉良。会計は三学年の東堂月子。そして私、高津茉莉奈が生徒会長よ。何か困った時には、生徒会役員の誰かに相談するといいと思うわ」
「……あ、はい」
ヤマモト。イズミ。トウドウ。タカツ。
面識もないのに相談なんか出来るわけもない。もし相談するとすればこの生徒会長だろうけど、この人もなんか忙しそうだし、大体私、人に相談するって性質でもないし。つくづく、生徒会には用がなさそうだ。
そんなことを思っていた時、生徒会室の扉が開いた。中から出てきたのは、面識のある人物だった。今生徒会長が出した名には無い人物。
「西崎先生。どうなさったんです?お一人ですか?」
生徒会長が話しかけるその相手は、私のクラスの担任の教師である西崎先生。身長が高く、顔は私から見上げる位置にあり、きりっとした眉に、シルバーフレームの眼鏡。その奥の切れ長な瞳は、少々恐ろしさも感じさせる。ほら、授業中に居眠りしてて睨まれた時に怖い的なやつ。
「ちょっと野暮用をね。高津さんは、月村さんに学校の案内かしら?」
「早くこの学校に馴染んで頂きたいですもの。学園の良い所を沢山教えて差し上げようと思いまして」
生徒会長が西崎先生に微笑みかけるが、西崎先生はどこか含んだような笑みのまま、眼鏡の縁に軽く触れた。
「良い心掛けね、さすがは生徒会長さんだわ。でも、良い所ばかりでは駄目よ」
「……ええ。その件もお話する心算ですから。ご心配なさらず」
二人の会話に、一瞬、何かが張り詰めたような気がした。
少しの間、二人は視線を合わせた後、ふっと西崎先生が私に向き直る。
「早くこの学校の一員になれるといいわね。それとも、ならない方がいいのかしら」
「え……?」
「広い学校だから、ちゃんと高津さんに案内して貰っておいて頂戴ね」
西崎先生は切れ長な目をすっと細め、「失礼」と言い残して廊下を歩いていく。
生徒会長は、困惑したような笑みを浮かべてその背を見つめていた。
「西崎真矢――教師としてはやり手なのだけれどね。余り生徒からは慕われていないわ」
「そうなんですか?」
「えぇ、まぁ……ちょっと」
自分から切り出しておいた癖に、問いかければ言葉を濁す生徒会長。
慕われていない?まぁ確かに、人当たりが良い人物とは言い難いけれど。
若くやり手の女教師、大人っぽく、知的さも感じさせる。そんな印象だが、西崎先生はどこか、冷たい印象を受ける。そういった印象が他の生徒にもあるということか。
ニシザキ。目をつけられない限りは、そう気にしなくてもいいのだろうけれど。
やがて私達は生徒会室の入口から離れ、西崎先生とは逆の方向の廊下へ歩みを進める。
少しの沈黙。先程気になったことを、問いかけてみることにした。
「あの、生徒会長。さっきの話ですけど。この学校の“良くない所”って何なんですか?」
言った後でふと、単刀直入過ぎただろうかと思い直す。私の問いに対して、生徒会長が今まで見せたことのない厳しい表情を見せたからだ。
「いや、別に言いたくないなら……」
そうこちらから話を濁して構わないと促すが、生徒会長は小さく頭を振って、視線を落として告げる。
「死んだのよ」
「―――え?」
生徒会長は歩みを進めながら、淡々と言葉を続けた。
「そう、死んだの。それも一人じゃない。事故、自殺――この学校の生徒が何人も死んでいるの」
「……。でも、それって、事故とか自殺なら、他の学校でだって」
「違う。数が普通じゃないの。少なくともこの三年間で三人の死亡が確認されている」
「それ、って、つまり――」
「毎年。一年に一度は、一人死ぬのよ。この学校の生徒がね」
……何、それ。
確かに普通ではないかもしれない……けど……。
「一番最近の死は、昨年の八月。廃校舎で自害して」
「自殺、ですか」
「今は何月かしら」
「え?」
「今よ」
「五月ですけど……」
生徒会長のペースが上手く掴めず、曖昧に答えた私。
不意に。生徒会長がその場で足を止めた。
「九ヶ月。あの死からもう九ヶ月経っているの。次の八月までは三ヶ月。――そろそろなのよ」
「そろそろって……?八月に、何かあるんですか」
なんとなく、答えは予想できていたけれど、生徒会長の横顔に問いかける。
「そう、年に一度というのは毎年の八月。不審な死を遂げる生徒が出る月なの」
「そんな。でも偶然、とか、……そういう……」
自分を誤魔化すように言っていても違和感はある。
毎年の三年。ただ三年続いているくらいなら、偶然でもまだ通じる範囲だ。
ただ生徒会長がここまで深刻な顔をして告げる内容を、偶然の一言で一蹴してしまっても良いのだろうか、と。
この学校に、忌まわしいことが起こっているなら―――、ん?
「え。でも。……そんなおかしなことが起こっているなら、噂にくらいにはなってるとか。そもそもニュースになってるんじゃ?」
おずおずと告げた私を、生徒会長はじっと見つめた。
表情無く。
じっと。
じっと、じっと。
「知らないの」
突然、軽い調子で彼女は短く言って、くるりと私に背を向け廊下を歩き出す。
「知、らない?」
「そう。知らない。過去の事故や事件は殆ど、公になっていない。外部の者も、そしてこの学園の生徒ですら、過去の悲劇のことを知らない。知らなければ何も怖くないでしょう?」
「……そう、なんですか」
おかしい。
そういう奇妙な連続的な事故や事件があったとして。
百歩譲ってそれが偶然だったとしよう。
学校側が揉み消すというのも、まぁ評判を気にする学校なら考えられるか。
けれど何故。何故生徒会長まで、それを知っているのか。
生徒会長だって生徒には変わりない。
なのに何故彼女は―――
「……ぁ?」
そして何故、彼女は
それを
私に、話した?
――『早くこの学校の一員になれるといいわね』――
――『それとも、ならない方がいいのかしら』――
どういうこと。どういうこと。どういうことだ。
私は、どうして――
「月村さん。……転校、しないわよね?」
「え?」
前を歩いていた生徒会長がゆるりと振り向いて、
「転校しちゃ、いやよ」
―――彼女は笑った。




