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咲けない華 椿鬼  作者: 明渡雅夢
1 夏休み
22/27

戦闘開始 2

「っぎゃあああああああああああああ!」




 男の合図に、肉食獣は目覚めた。

 いくつもの針の牙が少年の柔らかい皮膚と肉に食い込み刺さる。

 それまで暗い眠りに落ちていた少年は喰らわれる激痛に目を覚まし絶叫する。


「あああああああああああああああああ!」


 逃れようと少年は身を捩った。

 しかし手と足は完全に捉えられており、捩れば逃げられるというものではない。

 むしろ動けば動くほど体に巻き付く茨はより食い込み、牙はより食いついて激痛を生んだ。

 肉食獣は、伝う血を飲み干していく。


「あ……あ、あ」


 椿鬼はその場に崩れ落ちていた。頭を抱え、その目を極限まで開き震える。

 


「情報は本物だったか……」


 男は緊張による汗を掻きながら呟いた。


「他人の感情が弱点であるという情報、あまりにリスクが高く試されていなかった手段だが、助かったな」


 椿鬼は、ありとあらゆるエネルギーを吸収できるという体質を持っている。


 なぜ椿鬼がそのような体質を得るに至ったのか――それは椿鬼を含むほとんどの人間が知らない。

 しかしこの体質があるからこそガス欠を起こすことなく高コストな能力を行使し続けるという荒業が可能なのだ。

 吸収できるものは「椿鬼がエネルギーだと認識しているモノ」である。

 日光、熱、電気、命、そして感情。数え切れないほどのものが、椿鬼にとっては食い物だ。


 しかしそれら全てが栄養になるかといえばそうではない。人を死に至らしめる茸のように、椿鬼にとっては毒になるものもある。

 その一つが人の感情だ。怒り、憎しみ、苦痛、嘆き。そんな当人ですら持て余す激情すら椿鬼は吸収してしまう。

 それは劇薬を服毒するに等しい行為だ。少年の苦しみは、椿鬼の心と体を即座に蝕んだ。



 少年の絶叫と少女の呻き声で満たされる小屋の中で男は静かに勝利を謳っていた。

 握っていたペンを慎重に持ち変えると蹲った椿鬼の腕に無理やり持たせようとした。

 椿鬼は辛うじて残っている意識を総動員させてそれを払う。

 抵抗する力が残っていると思っていなかったのか、男は払われるがままペンを手放した。

 小屋の隅へ向かってペンは転がっていく。


「あの男を殺人小説家に仕立て上げたのはお前か……何が目的だ」


 頭を押さえて椿鬼は立ち上がった。

 椿鬼の背後ではまだ少年が苦痛の声を上げている。少年の血が滴るたびに、椿鬼の頭の中はひどい事になっていた。

 脳の中で直接寺の鐘を何度も鳴らされ、金槌で滅多打ちにされ、人生の最も苦しかった瞬間の記憶を繰り返しリピートされるような苦痛。

 体の血管の中に針と牙が流れていく。他者と自己の境が消えていき、自分のものでない苦痛で己の心が折れていく。

 自分がどこにいるかすら忘れてしまいそうになる騒音と痛みの中椿鬼は拳を構えて立っていた。


「お前さえいなければこんな事件起こらなかった!何が目的だ!私の体の情報か!そのペンで書き出したいんだろ!私の事を!」


 しかし返ってくる言葉は、少し予想と異なるもので、


「別にお前じゃなくたっていいんだ。あの赤毛のガキでもいいし、あの世界について何か知っているなら誰でもいい。その為にずっと誘っていたんだ。能力者を」

「あのせかい?……別の能力者のことが知りたいわけじゃないのか?何が知りたいんだ」

「……聞けば教えてくれるのか?」

「……何だと?」

「自分を育てた組織を裏切り貴様らを敵に回すというリスクを負い、くだらない男を利用してでも欲しいと願った世界への手がかりを貴様は与えてくれるのか?」


 一瞬椿鬼はよそ見をして考えた。しかし考え直したように首を振る。当然、横に。


「……やだね!ここまでするような奴に教える事なんて一つもない」

「ならばその血をとっとと寄越せ!」


 男は激昂しナイフで椿鬼を襲った。

 固まる肉体を叱咤し転がって椿鬼はそれを避ける。

 薄く安っぽい床板によく輝く刃が突き刺さった。


「『私』を奪うってのか!やれるもんならやってみろ!お前のものにはならないぜ!」

「ふん、減らず口を。ならばまた動けなくするだけだ」

「まさか……止めろ!」


 男が再びスイッチを動かした。少年を食らう獣の口が咀嚼するように動く。

 体力を奪われ声が小さくなりつつあった少年が、再び絶叫を上げた。


「ひい……ッ!」


 椿鬼は崩れ落ちるのを何とか堪えて男を見据えた。

 無関係の少年を嬲る男への憎しみと怒りが椿鬼の意識を繋ぎ止めていた。


 しかし出来ることはそれだけだ。

 指一本動かすことはできなかった。意思の力でなんとか失神は耐えているという状態だった。

 男は椿鬼が何もできない事に気がついたようで、一つため息をつくとそろそろと警戒しながら近づいてくる。

 途中でペンを拾い、今度こそ椿鬼に握らせようとする。


「やめろ!」


 体を捩って男を離れさせようとするが、その前にペンが椿鬼に食らいついた。

 握る部分に付いている小さな口がにんまりと笑っている。

 その口から小さな金の歯が覗いたと思ったらそれはさらに深く喰いつき吸いついた。


「……」


 少年の味わっている痛みを同じように感じている椿鬼にとって、噛みつかれた痛みは無いも同然だった。

 頭が苦痛を受け止められていなかった。

 必死に腕を振るがペンは食いついて離れない。

 男は続いて大量の紙を取り出した。


「さあ、書き出せ。貴様の人生をな……そして俺に魔女の国への道を示せ!俺の故郷を!」


 期待を隠しきれず男が荒い息で言った。

 椿鬼の意思に反して己の人生を右腕は書き出そうとする。


 自分の腕に噛み付いた金の歯が椿鬼は気持ち悪くて仕方が無かった。

 よく、吸血鬼に血を吸われるのは極上の快楽というが、このペンに吸血される感覚はそれとは程遠い。

 襲う喪失感と違和感に本能的な嫌悪感が掻き立てられた。

 じゅるじゅると血を啜るペンは気味が悪いが何より趣味が悪かった。

 ヤマトの映画の趣味の悪さとどっこいどっこいだな、と強がりの呟きを吐く。


「……光流、できれば早く来てね」


 椿鬼は左手に硝子を集結させた。

 今まで手にまとわりついていたそれが、腕を伝って細いレイピアの形を取った。

 咲いていない蕾が添えられたレイピアで、椿鬼は躊躇なく己の右腕を切り落とす。

 暗黒に塗られた断面が空中で踊った。


「な……」


 驚く男の前で、椿鬼は離れた右腕が握るペンに針のような剣先を突き入れる。

 男の絶望の声が少年の悲鳴に重なった。


 刺した剣を揺らしてバキリとペンを割ると、中からすでに吸われていた血がとろりと流れ出す。

 ぱっくりと割れたペンの中には消化器官のようなものがあった。

 人でいうと食道と胃と腸に該当するものが存在していたらしく、胃で血をインクに加工し、腸で血液に溶ける魔力を吸収して動力源にし、最後に排出孔から血液のインクを流すという構造らしかった。


「昔の人のセンスは理解ができないわ」


 嫌悪を込めて完全に叩き折る。

 ペンがまるで生き物のように断末魔を上げたのに、椿鬼は顔を顰めた。

 どこまでも人を不快にするペンはそれきり動かなくなった。


 椿鬼が自ら切り離した腕を回収しようとかがんだ瞬間、男は椿鬼に向かって突っ込んできた。

 片腕しかない椿鬼はそのままバランスを崩す。


「よくも!よくも俺のペンを……!」

「知るか!」


 椿鬼は転移を試みた。しかし――


「うがあっ!」


 やはり精神状態が乱れたままではうまくいかない。


 椿鬼が現れたのは先ほどいた位置の一メートルほど右の地点。

 男からは逃れられたものの今度は小屋とその下の地面に体が半分ほど埋まって身動きが取れない。

 右腕は変わらず壊れたペンの側にあった。


 なんとか動かせないかと離れている右腕の神経に集中するが、そこでかたかたと動くだけで位置は変わらない。


「く……」


 男が近づいていく。

 椿鬼は声を上げなかった。

 抵抗できない状態で上半身を何度蹴り飛ばされても鬼のような目で男を睨みつけるのみだ。


「……不死身の女、か」


 少しずつ傷は増えているものの、蹴り飛ばして骨を折ってもすぐに治ってしまう椿鬼の肉体にそれこそ骨が折れてしまったのか、男が溜息をついた。


「血液はあまり損失させたくなかったが――トドメを刺してしまったほうが良さそうだな。血は後で回収しよう」

「まだ情報を抜く気でいたのか……確かにあのペンは多く流通しているけど、でも一能力者がやすやすと手に入れられる品でもないでしょうに」

「そうだ!だから命を懸けて組織から盗んだのに……!」


 その一瞬の男の顔は、まるで人生に裏切られた不幸な人の顔のようだった。

 悲劇の主人公のような振る舞いに椿鬼はヘドを吐くように言い捨てた。


「お前の命なんて、あのペンに食われた人たちの人生に比べればどうでもいいわ!お前は自分で選んだんだからな!」

「……お前の命も俺にとってはどうでもいい!さあ血を寄越せ!」


 服の中から取り出した黒いナイフが陽の光の中でぬらりと輝いた。

 前回の能力者とは根本的にあり方が違う。殺すことに慣れている立ち振る舞いだった。


「静かに死ねよ、血がもったいないからな」


 ナイフは椿鬼の胸に突き刺さった。





「椿鬼!」


 陽の光が差し込むボロボロの小屋に飛び込んできたのは、光流とほたるの二人だった。

 二人乗りの銀のスプーンが玄関だった辺りで急停止する。

 反動で振り落とされたほたるがそれを見つけた。


「くそ、くそ、なんで!どうして!なんでだ!まさか本当に――」


 誰かが、そう叫びながら椿鬼の胸に何かを刺していた。

 何度も何度も刺していた。恐ろしい光景にほたるの顔が蒼白に固まる。


「椿鬼!」


 血だまりの中に椿鬼が埋まっていた。

 呼びかけても刺されるがままゆらゆらするだけだった。


 光流が椿鬼が刺されている光景に絶叫して手元から氷柱を打ち出す。

 男は四方から一直線に襲い来る氷を横に飛んでかわして光流に相対した。


「……転移に失敗したな」


 まるで生きているとは思えない血だまりの椿鬼を見ても光流はそれ以上取り乱しはしなかった。

 胸を押さえながらも思ったより静かな光流の様子を見て、ほたるも無理やり自分の胸を静かにさせる。


 距離を図る男と、隙を窺う光流の二人は早くも膠着状態に入ろうしていた。

 ほたるはぐるりと小屋の中を見回した。

 すると端の方に何か妙なものが見えた。


「男の子?」


 妙な器具に固定された状態の少年が椿鬼と同じように血だまりの中にいた。

 ほたるはそろそろと下がると小屋から飛び出す。男はにやついた。


「清水光流、お前の仲間が逃げたぞ」

「戦力に数えてないから別に困んねえよ」


 杖を構えた光流は、好機を見つけたりとにやついた男の周囲に向かって水を発射した。



 外から小屋をぐるりと回ってほたるは壁がぶち抜けた位置へとやってきた。

 光流に集中している男に気がつかれないように足音を殺してその穴からほたるは中に入る。


(これどうやって離せばいいんだ)


 少年はラバーのような素材の薔薇に固定されていた。

 また、手や足は獣の頭を模した金属製の物に食われており、無残に血が流れている。


 とりあえずそれを外そうとほたるは金属の頭に手をかけた。

 しかし硬く外せない。仕方なくいばらの方に手をかけるが、そちらも千切れない。

 その間も金属の頭はあぐあぐと手足を噛んでいる。

 それに噛まれないようにしながら、ほたるは何度か切り離しに挑戦した。


 気がつけばほたるの手は真っ赤に染まっていた。

 むせるような血の匂いに吐き気を催しながら必死に薔薇を引っ張った。

 手ではちぎれないと見て歯で噛み付いて噛みちぎろうとするも、ビクともしない。

 口の中に鉄の臭いと味が充満した。血みどろで地獄のようだった。


「……ほたる、」

「!」


 振り向くと床に半分埋まった椿鬼が小さな声で呼んでいた。

 ほたるは光流の方を確認する。

 すると、闘っていた彼ら二人はすでに建物の外へと出てしまっていた。

 見えない場所からパキパキと何かが凍りつく音が聞こえた。

 ほたるはそっと椿鬼のそばへ寄る。


「大丈夫?どうして埋まってるの!」

「これは自分が失敗しただけだから大丈夫。それよりあの男の子なんだけど早く助けてくれない?辛いの」

「さっき言ってた思念……だっけ?感じるの?」

「うん、そう。あの子の叫びが無理やり流れ込んできて辛い。この距離だと防げないんだ。でもあの子が楽になれれば大丈夫。あの機械は多分手では外せないからこれを使って……」


 ほたるの手の中に不思議な感触の水のような透明の物質が生まれた。

 まるでわらびもちのようだった。それは伸びて縮んで形を変化させていく。

 生まれたのは見覚えがあるグレートソード……を小さくしたようなナイフだった。


「これ、椿鬼の剣?」

「それ、何でも切れるからそれで切って。あの殺人機械を細切れにするんだ。それであの男の子を放してあげて」


 ほたるは無言で頷いた。

 



 ほたるは手に持った硝子のナイフで手当たり次第に少年にまとわりつく荊を切り裂いていった。

 荊がちぎれるたびにその中から血が噴き出すのに難儀しながらも何とか纏わり付いていた荊を取り外し終える。今度は金属の肉食獣だった。


 最初はテコの原理で外せないかと挑戦していたが、それでは少年の血まみれの手により歯が食い込んでしまうと気がつき手を離す。

 そして細切れにしろ、というヒントの通りに恐る恐る黒い金属にナイフを立てた。


「お、おお。結構簡単に切れるんだ」


 チーズでも切り分けているような感触だった。

 あっけなさに驚きながらも金属を細切れにして一パーツずつ切り離していく。


「何をしている!」

「げっ!」


 小屋に戻ってきた男が、少年を助けようとするほたるに向かって何かを打ち出した。


「止めろ!」


 光流の声とともにほたるの眼前に展開されたのは光の壁だった。

 それにぶつかった何かは潰れて飛び散る。


「ほたる、早くその子を放してやって!」

「まだ意識があったのかお前!」

「あるに決まってんだろ!私のことを調べてたんじゃないのか!不死身の女ってさ!ちょっと光琉!手貸して!」


 ざくざくとほたるは金属を切り刻んだ。

 その間に椿鬼は地中から外に抜け出したらしく二本の足で立っていた。


「……、ぐらぐらする」


 血を失いすぎているのか、血まみれの椿鬼は立ち上がったはいいもののふらふらとする。

 男は立ち上がった椿鬼の足を払い蹴る。

 抵抗できずに倒れた椿鬼を見て男はほくそ笑むが、椿鬼が片腕で衝撃波を撃つと顔を真っ青にして逃げた。

 放たれた衝撃波はその先の小屋の壁を微塵に砕く。

 男のものとは威力が段違いであることは、その場にいる全員が一目見てわかった。


「ふんっ!」


 光流がスプーンを振って男に襲い掛かる。

 男はそれを右に転がって避けると光流に向かって炎を撃ちこんだ。

 炎は見えない壁に遮られて散り消える。


「助けた!助けたよ椿鬼!」


 金属の小さ破片を払ってほたるは機器から救いあげた少年を抱きかかえると小屋から飛び出していく。

 とにかく椿鬼と傷ついた少年を離したい一心だった。


「ありがとう。光流!」


 椿鬼のその声に椿鬼が何を言いたいのか悟ったらしい。

 光流はスプーンに乗り上げてほたるの元へと飛んで行く。


「さて、と」


 椿鬼は腕を拾う。それを方向を調整して途切れている部分に押さえつける。

 するとまるで何もなかったかのようにくっついた。

 手を何度か動かし、その神経が無事につながっていることを男に示す。

 男の顔が絶望に染まった。


「一人じゃなければこんなもんよ」


 少し嬉しそうな顔をして椿鬼は細身になった剣を構える。


「傷つけちゃいけないね。あなたの血には語ってもらわなくてはならない。その真実を」


 何をされるのか悟ったのか、男が背を向ける。


「私の特技は――」


 男の視界に椿鬼の笑顔が広がる。


「背後に回ること。いや、今回は正面だね」


 四肢がそうして切り落とされた。


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