戦闘開始 1
ロードと光流が一人立ち尽くすほたるの前に現れたのはそれから三十分ほどたった頃だった。
相当飛ばして来たのか二人とも髪があらゆる方向に乱れていてパンクロッカーのような有様になっている。
それを笑う余裕はほたるになかった。
最初は一人でいるほたるの姿に驚いていたようだったが、光流は椿鬼がどんな行動をとったのか分かったらしくすぐに顔を険しくした。
「いつもの事なんだ。知識も経験もいつも忘れて。痛い目にあってもあいつは考えなしに動くバカなんだよ」
光流はそう言いながらスマートフォンのロックを外した。
「ここか」
画面の中の地図に一点目印が付いていた。それは椿鬼の居場所を示していた。指を使ってズームアップを行うと、ホテルの名前が表示される。
「どうなってるんだ今」
「多分能力者と遭遇してる。そうじゃないならすぐ連絡が来るはずだからな。戦闘状態に入っていてもおかしくない」
「戦闘状態……」
ロードの言葉にほたるが叫ぶ。
「早く助けに行こうよ!一人じゃ危ない!」
「わかってる。お前らは帰れ。俺が一人で行く」
光流はここに来る時も使用していたスプーンのような長物を取り出した。
自身の身長ほどある巨大なアンティークスプーンを光流はふわりと浮かせた。
そしてその皿の部分に腰掛けると更に高度を上げる。
「どこに行く気だ!」
「椿鬼のところ。ヤマトが県外だし足が無いからな。飛んでいく。お前ら二人は学園に戻れ。学園の電話番号はわかるだろ、迎えに来てもらえ」
光流はそれだけ言うと椿鬼と同じように二人に背を向けた。
ロードとほたるは一瞬顔を見合わせる。言葉はいらなかった。
少し後ろに下がった二人は上昇していくスプーンに向かって走り出す。
その真下で同時に地を蹴ると力の限りに高く跳んだ。
何かが迫る気配に光流が一瞬上昇を止める。
跳んだ二人はギリギリでその柄に手を届かせた。
突然増えた重量に混乱した光流はぐるぐると浮くスプーンを回す。
「ちょっと!降りて!帰れ!」
遠心力が付いて回転が止まらなくなりそうなそれを、光琉は空中に足場を作り足を付けることで何とか止める。
防壁の応用による即席の足場だったが、踏みしめてもビクともしない丈夫さだった。
空にできた不思議な透明の足場に気が付いた二人はそれに足を掛けスプーンに上ろうとする。
光琉は慌ててさらに高度を上げるが、それでも二人は手を放さない。
「連れてけ!」
「そうだ、連れて行って!」
「アホかお前戦闘経験無い奴二人も連れて行けるか!」
落ちて怪我でもされたらたまらないと光琉は二人の足がつかない程度まで高度を下げた。
「喧嘩なら僕の方が強いね」
「体力も俺の方があるな」
懸垂の要領で二人はスプーンに乗り上げた。
ぶら下がり続けることすら困難な身体能力しかない完全なインドア派の光流にとってその身体能力は衝撃だったらしく驚いて硬直する。
「……だから何だ!足手まといはいらないんだよ……って何しがみついてるんだやめろ!」
ロードが遠慮のない力で光琉を羽交い絞めにした。細い子供の腕が光琉を拘束する。
「お前は椿鬼みたいに跳んでいけないんだろ」
「だったら拘束したらもう離れられないよね」
椿鬼ならば瞬間移動ですり抜けてしまうが、お前は逃げられないだろう。
図星を刺されて光琉の顔は赤くなった。
「お前らなんてやろうと思えば吹っとばせるんだぞ!水とか、氷とか!怪我だってさせられる!」
「……人様からお預かりしてるお子様にそんな事するの?」
手を振りかざす光琉にロードは若干にやつきながらいう。
ロードが光琉を背中から拘束していたのは幸いだといえるかもしれなかった。
その勝ちを確信している顔を見ていたら光琉は怒りに我を忘れていただろう。
「ぐ……だから降りろって言ってんだよ!怪我したらどうすんだよ!人が心配してるのがわかんないのか!」
「俺だって椿鬼のこと心配してるんだよ!なんかやられそうな気がして!」
光流はその言葉に黙った。心当たりがあるような顔をした。
「ほら、やっぱり」
「いいや、負けないね。あいつは絶対負けない。勝てなくても死んだりは絶対しない。断言できる」
静かな声だった。それまでの、図星を刺されて慌てていた光琉とは人格が切り変わってしまったかのようだった。
確かめるように、言い聞かせるように同じことをもう一度言う。死んだりは絶対にしない。
「何だよそれ!心配じゃないのかよ!」
死なない人間はいない。この世に命が生まれてから今まで続いてきたたった一つの真実をロードは指摘する。
死んだりしないといえる人間はいない。すなわちお前の言葉は椿鬼の無事を保証するものではないと。
現実を直視しているならば、心配になって当然のはずだ。
ロードは光琉を真正面から否定した。
「心配してるに決まってるだろ!」
光流の絶叫が響き渡る。
光流はハッとしたように口を押さえた。
しばらく沈黙が続いた。静かに光琉は言う。負けを認めたような声色だった。
「分かった。俺もう責任取らないからな。椿鬼にも取らせない。いいな」
「分かったよ」
「絶対落ちるなよ。飛ばしていくから」
三人を乗せたスプーンは空高く上がり椿鬼のいる方向へと進んでいった。
扉を開けた先に居たのは二人の男だった。
一人は細く神経質そうな、メガネのスーツ姿の男。
一人は正体を隠すように黒い服に身を包んだ男。
服装は変わっていたが身に纏う気配からその男が死体を破壊した男なのだと椿鬼には分かった。能力者と本の男はやはり繋がりがあったのだ。
「二人まとめて捕まえさせてもらおうか。ついでに男の子も今朝攫っただろ。出せ」
手の中に隠し持っていた硝子の玉のようなものが、溶けて水飴のようになり椿鬼の手を覆った。
完全に手を覆いきるとそれは硬くなる。
確かめるように拳と拳をぶつけると、楽器のように高く澄んだ音色が鳴った。
「あなたたちが犯罪者であるという確たる証拠はないけど、殴らせてもらう。最も、そっちの能力者は遺体をぶっ壊してるからまずはそれでしょっぴかせてもらうけどな」
椿鬼はゆっくりと男たちに近づいていった。
服の下に潜んでいる少女の鍛えられた肉体とその堂々とした振る舞いに圧されたのか痩せ型の男はひいと小さな悲鳴を上げて後ずさる。
ずるずると尻でベッドの上を下がっていく男を能力者は冷めた目で見る。
「ここまでだな。あとは一人でやれ」
「そんな……!助けて」
「お、おい待て!」
遅かれ早かれ切り捨てるだろうとは予測していたものの、その判断があまりに早く椿鬼は驚いた。
ちらりと椿鬼を見て、窓から男が飛び降りる。「来い」そう言っているようだった。
椿鬼が外を覗き込むとそこは三階ほどの高さだった。
黒い影がビルを飛び移りながら離れていく。
それを見て軽く舌打ちをすると、椿鬼はベッドの上で震えている男を腕で拘束した。
暴れる男を無理やり押さえ込んで手足を硝子の剣で切り落とそうとして、止める。スタッフに発見されれば大変どころの話ではない。
仕方なくシーツを破って手足を縛り猿轡をして窓から飛び出す。
「何だこれ……ほとんどモロ出しだ。隠す気がないのか」
男がどこに移動したのかを探すのは非常に簡単だった。
何故ならば能力の残滓がほぼ垂れ流し状態であったためだ。
まるでレッドカーペットのようにビルとビルを繋ぐ力の道ができていた。
もしも普段からこうならばここまで探す事に苦労はしなかった。
繰り返し能力が使用された場所で残滓が残ることと、こうして垂れ流しにされるとでは濃度が違う。
ここまで違えば能力者探しの経験がほぼないロードやほたるでもたどることは可能かもしれないというほどだ。
わかりやすく示された道に意図を感じない訳ではなかったが、それでも椿鬼は行かなければならないと足を進めた。
出せるスピードに差があったのか、あるいは待たれていたのか、椿鬼は程なくして男に追いついた。
男は椿鬼が来たことを確認するとビルから飛び降りた。
椿鬼もそれを追って地上に降りる。
何かのエンジン音にそちらを向くと男がバイクに乗って移動していた。椿鬼はそれを足で追った。人の身では出せないスピードを、軽々と超えていく。
どのくらい走っただろうか、気が付けばそこに人気はなく、空き家がいくつも目立つ場所まで椿鬼は来てしまっていた。
男は更に山の方へと進み、舗装された道はいつしか砂利道になり、獣道になっていく。
覗く限り先にあるのは人も住んでいないような山で、行けば能力者の男と二人きりになるという予感があった。
男はそこからさらにスピードを上げて姿を消した。
まだ引き返すことはできたが、椿鬼に帰るという選択肢はなかった。
恐れはあったが、誘われるがままにその獣道を進んだ。
獣道を行くとある小屋にたどり着いた。椿鬼はそこであることに気が付く。
「これは……!」
強い恐怖の感情が小屋の中から発されていた。
帰りたいという気持ちの混じったその恐怖は少年のものだった。
言葉を交わしたことこそないものの、学園に通うその少年を椿鬼は覚えていた。
放たれるその心の叫びは間違いなく探している少年のものだった。
椿鬼は思いのままに苔の生えた小屋を蹴っ飛ばそうとして――少年が盾にされている可能性を考慮してゆっくり開けた。
中では男が立っていた。両手に剣のような刃物を持ち待ち構えていた。
部屋の中に少年は見受けられない。
「……うちの生徒に手を出したな」
「だからなんだ」
「学園を脅かして二度と自由になれると思うなよ」
脅しの言葉とともに椿鬼は突進した。
男はそれを受けとめようと剣を交差させて防御の姿勢を取る。
しかし椿鬼はそれに触れる前に姿を消す。
直後椿鬼はその体をすり抜けるように男の背後に向きを変えて出現した。
硝子を再び溶かしガントレットに変化させて腕に装備させる。
その腕で椿鬼は掌底を男の背中に叩きこんだ。移動の勢いも込めた渾身の一発を無防備な背中にブチ込む。行けると思った。
「いぎ……ッ?」
――妙な感触。防具くらいはしているだろうか、そんな予想をはるかに上回る違和感。
そこにあったのは守りではなく攻めだった。
椿鬼の手が鮮血に染まっていく。硝子のガントレットに血液が飛んだ。
ガントレットをしているのにそれを活かせない手のひらで攻撃したことが間違いだった何で拳を握って殴らなかったのか、そんな後悔をしてももう遅い。
鮮やかな赤がガラスに染みるよう籠手の中に満ちていく。
「なんてもん背負ってんだよ!」
台所道具の中でも包丁と並ぶ凶悪さを誇る――と椿鬼は思っている――肉たたきのようなものがそこにあった。
背中をびっしりと金属の三角錐が覆っている。椿鬼を受けとめたのはその殺意ある棘の一つだった。
フードの影の中でその顔が笑ったのを椿鬼は感じていた。
激しい怒りと屈辱が胸を襲う。影の中の顔がねとりと話し出した。
「お前のことは知っているぞ柊椿鬼。瞬間移動を多用する恐ろしい化け物のような女だとな。初手は多くの場合背後からの奇襲。そこまでわかっているならば対策くらいはしているに決まっているだろう。もっとも、その程度の傷は一瞬で完治だろうがな」
椿鬼の力は単純な瞬間移動能力では無い。
瞬間移動それはあくまで椿鬼の持つ「空間支配能力」の一機能に過ぎない。
他にも使い方はあり、瞬間移動の活用として自身以外を移動させるというものもあるが、
(……無理か)
しかし自身を移動させることに比べるとその制限は多い。
重量、大きさ、自分及び相手の精神状態。クリアすべき全ての条件が跳ね上がる。
苦痛を訴える少年がどこかにいるという焦り、してやられたという屈辱が椿鬼の精神状態を酷く荒らしていた。
また相手も椿鬼のやり方をある程度は知っているために『心構え』が出来ている。
抵抗してやるという意思があることは非常に重要だ。
それがあるだけで相手に直接能力を使用することが難しくなる。
無理に能力を使用することは可能だが、そんな状態で何かをやってもいいことは何もないのだと椿鬼のまだ冷静な部分が叫んでいた。
不可能ではないが不完全な結果となりより自分を追い込みかねない。
金属を身に纏っているのであれば、得意な電気でも流してやろうか。
椿鬼は血の流れていない左手を構えたが、少年へ被害が出る可能性を考慮してその手を引っ込めた。
(縛りプレイばっかりだ!ぶっ放せれば一発なのに!)
椿鬼の得意分野は破壊である。
炎、雷、風……生まれながらにして能力者であり、戦闘を担当する人間として育てられた椿鬼は様々な分野の力を扱うことができる。
特に失われた過去の技術を取り入れ、効率よく範囲攻撃を行えるよう調整された「術」を使えるのは能力者の中でも少数であり椿鬼の売りではあるのだが――狭い日本でそれを存分に活用できる機会は意外と少ない。
広範囲を破壊する術よりも能力を直に使って攻撃してしまう方が小回りも効いて案外便利ではあるのだ。
しかし結果、そういった状況が椿鬼の範囲攻撃に特化しているという特性を度々殺しているのは事実だった。
椿鬼は力を巡らせて抉れた肉を戻し皮膚を再生させる。纏わりついていた己の血をパンツで拭った。
「はぁっ!」
当然だが、男の方は躊躇なく力を放つ。
男が放ったのは衝撃波だった。念力とでも言うのだろうか。
目ではとらえられない力の波動が椿鬼めがけて襲い掛かる。椿鬼は即時に姿を消す。
「オラぁッ!」
再び男の背後に現れた椿鬼が狙ったのは膝裏である。
ジーンズに包まれた足を椿鬼のやや太い右足が襲った。
男は跳躍してその蹴りを避けようとするが、空中における機動力は空間支配能力を持つ椿鬼が圧倒的に上である。
浮遊の応用で空中に足場でもあるかのように立ちあがった椿鬼は、跳びあがった男の顔面に踵を落とす。
それを何とか両手で受けとめた男の腹を今度は硝子作りのバットが襲う。
椿鬼が受け止められた踵を起点に腹筋を使って回転していた。
筋力か能力か、いずれにせよ型破りな動きだった。
「――だらッシャアッ!」
例え棘の付いた固い防具だろうと意味がない。
自分が踏みとどまれなければ、装備している防具ごと吹っ飛ばされるだけだった。
男が吹っ飛ぶ寸前に、吹っ飛ぶ方向にある木製の薄い壁を力で小さく爆破させる。
男は出来た穴に向かって飛んでいった。
椿鬼は男が飛んでいった先に瞬間移動で先回りをすると再びバットを構える。
もう一発くれてやろうと待ち構える椿鬼を確認した男は衝撃波を撃って方向転換を試みたが――
「ハァっ!」
巻き込む心配がない時の椿鬼に勝てる人間は――中々居ない。
凄まじい勢いで振られた透明のバットが地面にめり込んだ。
何かを注ぎこまれたように不自然に大地が膨れる。
そして、地面を爆裂が襲った。
抉れた舞い上がった大地は大小さまざまな弾丸となって降り注ぎ、男を傷つけていく。
土煙の中、男の落ちる音を聞いて椿鬼は建物へと戻った。
少年を一刻も早く探さなければならない。
どんな状態でいるのかわからない以上、男を倒すよりも優先するべき事項だった。
人の血を啜り物語を紡ぐ呪いのペンを握らされていないことを祈りながら木造の小屋を捜索した。
距離が近すぎるためか、思念を辿り少年を探すことができない。
少年がいるのは隣の倉庫のような部分かあるいは地下か。
一見ワンルームのように見える部屋の中を手当たり次第にノックして隠し部屋を探した。
それらしき場所はすぐに見つかった。
カタカタと音がする床に気が付いた椿鬼はそこに敷いてあった布を取り去った。
すると現れたのは地下へと続くらしき扉。
この建物にもともとあった地下収納だろうか。
椿鬼は扉を軽く叩いてそれの厚みに見当を付けた。ごくごく小規模な爆発でそれを傷つける。
下にいるであろう少年を傷つけないよう、大きくヒビが入り歪んだそれをゆっくりと持ちあげる。
「あ……」
少年はそこにいた。真っ暗で光は僅かにしか入らない狭いそこに押し込められていた。立った状態で拘束されていた。少年の細い体は黒いゴムの茨のようなもので拘束されていた。両手両足は奇妙な器具で固定されており、餌を待ち構える肉食獣の口のような形の、いくつもの針が植え付けられた金属製のものに少年は手と足を配置されていた。どうぞお食べくださいと言わんばかりの姿勢だった。肉食獣の口の奥にはホースがあり、そのホースは容器に接続されていた。
猛烈な嫌な予感。
椿鬼の頬に冷たいものが流れた。
椿鬼は接続されている装置ごと、少年を地上へと引き上げまじまじと観察する。
開放するには外そうとするよりも破壊する方が手っ取り早そうに見えた。
少年に目を奪われていたために、椿鬼はそれが近づいていたことに気が付かなかった。
「――恐怖と苦痛を、浴びると良い」
背後に立っていたのは血まみれの男。その手にはペンが握られていた。
椿鬼が振り返る前に、ペンを握っていない方の腕が何かの装置を押した。




