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5.『帰る者 1』

「氷煉さま、本当に大丈夫なんでしょうか…?」

「大丈夫だよ。ほら、入るよ」

 不安げに何度も見上げてくる舞に、氷煉はにっこりと笑顔を浮かべて、舞の体を優しく運ぶ。

 堀の上にあったからだが、地面に優しく置かれ、柔らかい土を踏みしめた。

 今、舞のたっている場所は、夏国の掃火たちの基地である。かつては自分の家となっていた場所。大切な幼なじみや親しい人たちがいる場所。しかし、火車となってしまった舞にとっては、もっとも入るのに危険が伴う場所だ。それは火楽である氷煉にとっても同じはず。

 なのに、氷煉は気楽な様子で舞の背中を押し、軽い足取りで敷地の中に入ってしまった。見つかれば四面楚歌ではすまないほどの数の掃火に取り囲まれるだろうに、あくまで主はいつもどおりな態度で、舞は自分の反応のほうが間違ってるのかと不安になってしまう。

 そういえば、城の周りには敵を進入させないよう結界が張ってあると聞いていたのだが、舞たちが進入したときは特に何もなかった。氷煉さまが解除してしまったのだろうか。

 とても優しい人に感じるけど、結構な力を持った火楽なのかもしれない。

 京也や千香と戦うようなことは、あって欲しくないなと思った。京也や千香だけでなく、自分に親切にしてくれる氷煉にも傷を負うようなことはあって欲しくなかった。

「舞の言ってた部屋はあそこかな、一階だから運ぶ必要はないみたいだね。行っておいで」

 ぽんと背中を押され、舞は意識を現実に戻した。

 ここに来た目的を思い出す。

 舞が探し求めている自らの死の記憶。忘れてしまった何か大切なこと。

 あの後、氷煉は舞の話を聞いてからこう話した。

「一度、君のいままで住んでいた場所に戻るべきじゃないかな。目覚めたときの君は、そこを目指していたんだろ?そこに行けば、何か手がかりがあるかもしれない」

 舞のいままですんでいたところは、掃火たちのアジトである。

 火楽とその火車である自分たちがそんな場所に行っても大丈夫なのだろうかと思ったが、氷煉のほうは何てこと無いように舞を見て微笑みながら言う。

「とりあえず、君の住んでた所まで行ってみよう。荷物とりがてらだから、そう気構えずにね」

 そう、火車となった舞はもうあの場所に帰ることはできないのだ。もう、京也や千香のいるこの場所には…。

 そして今、舞はいま掃火たちの基地へと足を踏み入れている。

 少しびくびくしながらも氷煉に背中を押された勢いのまま敷地の裏を歩き、舞は自分の部屋の窓へと向かった。舞の部屋は人目のつかないすみっこの場所にあった。居場所があるだけで良かったから不満に思ったことはないが、こういう状況ではとてもありがたかった。

 木窓は少し軋むので慎重に開けて、そこから中に入り込む。

「………」

 ふわっと、湿った木の匂いが舞の鼻をかぐった。いつもこの部屋に帰ると、迎えてくれた匂い。

 舞はしばらく何もせずに立ち尽くした。

 明かりがなく薄暗い部屋は、舞が戻ってくる前と変わってなかった。

 ここにまた帰ってくるのだと、きっと帰ってこれると思ってた。でも、火車になったいまは、ここに帰ってこれるとは思わなかった。

 今まで舞が人間として暮らしていた場所。

 物はあまりあるほうではないが、それでもそこかしこに思い出の詰まった物がちゃんとある。

 そしてこの同じ城のどこかに、たぶん京也もいるのだ…。自分が死んだことは、もう伝わったのだろうか。今、何をしてるのだろうか。悲しんでいるだろうか…。

 頭の中に京也の姿を思い浮かべる。

 会いたい…。けど火車になってしまった自分は、京ちゃんと再び会う資格はないのかもしれない…。

「まずは着替えかな」

 この部屋に入っても、何か思い出すことはなかった。だから、氷煉に言われた通り、荷物の整理をはじめる。

 小声で呟いて、引き出しをあさり始める。

 孤児出身の舞だから、あまり着物は持っていない。しかも、布の薄いものが多いので、かさばるものでは無かった。

 その中で、一枚だけ布の厚めな暖かそうな生地を見つける。

「あっ…」

 冬の寒さに凍える舞のために、京也が買ってくれた着物だった。

 何故か、目に涙が滲んでくる。今年の冬を越すのにもずっと着ていたのに、とても懐かしいものに感じる。

 それをじっと眺めていたとき、後ろから気配がした。

「こんな場所に何故、火車がいる。何が狙いか知らないが、掃火のアジトに進入したんだ消えてもらうぞ」

 びくりと体が震えたのは、突きつけられた刀の感触なのか、それともその声があまりにも懐かしい響きを伴って聞こえたせいなのか。

 ずっとずっと聞きたかった声。ずっとずっと幼いころから一緒にいた人の声。ずっとずっと恋心を抱き続けた人の声。

 その声の響きは冷たかったが、それでもその声を聞くだけで舞の心には、涙が滲むような喜びがあふれてきた。

「待て、こんなに人に近い火車みたことがない。行動も異様だ。何か聞きだせるかもしれん」

 これも懐かしい声。京也の所属する隊の隊長の声。大柄で強面な人だけど、その外見とは裏腹に繊細な人で舞にもいろいろと親切にしてくれた。

「でも許せないよ。なんでよりによってこの部屋にわざわざ入ってくるわけ。おまけに物を漁ってるし!絶対に許せない!」

 京也と同じぐらいとても懐かしい声。友達で、姉妹みたいで、ずっと一緒にいた幼なじみの声。

 明るくて快活で、表情がくるくると変わる、自分とは対照的な舞の一番の友達。

「気持ちはわかるけど落ち着け。この数で囲んで逃がすわけがない。聞きだせるにしろ、聞き出せないにしろ、その後滅すればいい」

 女性だけど、男っぽいしゃべり方をする部隊の人。よく千香の行動に注意をして、この人と千香との漫才を見てよく笑ってしまったっけ。

 数週間前は、ここにいる人たち普通に顔を合わせて笑いあっていたのに、今はとてもそれが遠いものに思える。

 舞の背中には、刀や術符がたくさん突きつけられていた。

「化物よ。我らの言葉がわかるなら、こちらを向け」

 そう言われたからなのか。それとも舞は見たかったのかもしれない。もう一度、京也や千香やみんなの顔が。

 だから、舞はゆっくりおそるおそる、京也たちへと振り返った。


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