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3.『宿り火』

 私の訓練を担当してくれた人が言っていた。

「掃火は常に死を覚悟していなければならない」

 戦うからには常に死の危険がある、そういうことかと思っていたら、「違う」と首を振られた。

 優しい人だった。一向に強くならず、一部の掃火の人たちからは役立たずとあざ笑われていた私にも、根気強くいろんなことを教えてくれた。

「火楽は未練を残し死んでしまった人の遺体に、偽りの命を吹き込み火車とする。我々は掃火だ。火の怪物たちを倒し、人々を守るもの。だから自らが敵の傀儡になることは、あってはならない」

 掃火が殺され火車になってしまえば、それは恐るべき敵を増やすことになる。だからそれは掃火にとって、もっとも大切な覚悟。

 その人は火楽たちとの戦争の最前線である冬国(とうごく)に行き、そこで死んでしまった。勇敢に戦い、掃火としての使命を全うしたらしい。

「だから掃火はその死の瞬間、死にたくないとは決して思ってはならない」

 私は生きたいと願ってしまった…。そう願っては、いけないことだったのに…。


***


 ぱちぱちと焚き火の炎が、風に揺れる。

 舞はその火を、じっと見つめる。正確には、その先にいる人影を。

「ん?寒くないかい?」

 相手はその視線に気づいたのか、顔をあげると微笑んで言った。

「は、はい…」

 なんと返事をすれば、いいんだろう。そう思いながらも、まいは結局うなずいた。

 春になったとはいえ、夜の山は冷え込む。焚き火の火は、とても暖かかった。

 舞はまた視線の先にいる人間を見つめる。正確には、人間ではない。でも、顔や目のつくり、体の形、それらは人間とそっくりだった。

 ただ、舞はこんなに美しい人間をみたことはなかった。流れるような艶やかな髪は、ところどころ銀を宿し、焚き火の炎にきらきらと反射してかがやく。髪だけでない、目も、口も、鼻梁から四肢に至るまで、絵画の中の人物のような美しい造作をしている。

 ただ明らかに人と違う目や髪の色。人間と同一であるはずなのに、非現実的なほど美しい容姿も目の前の人が、人間ではないのだと舞に感じさせる。

 彼らは火楽とよばれる存在だ。

 人々が恐れる火車の親玉であり、自らは炎を操る操る力を持ったそれよりももっと恐ろしい悪魔。

 なのに、不思議と舞は目の前の火楽を恐ろしいと思うことはなかった。

 自分が火車になってしまったせいだろうか。そう思ったとき、胸がズキッと痛んだ。

 火車、それは人々の敵だ。そして何より掃火の敵だ。それは、つまり幼馴染たちの敵になってしまったということになる。

 これから、どうしたらいいのだろう。

「体の調子はどうだい?どこか具合がわるいところはないかい?」

 俯き、そんなことを考えていたら、頭の上からやさしい声がかかる。

 舞ははっと顔をあげ、今度は相手に優しげに見つめられてるのに気づくと、座ったまま体を少し動かした。

「はい、なんともないです」

 不思議だ。死んだのに…。焚き火の暖かさも、風が皮膚に触れる感覚もわかる。血に汚れていた衣服を渡された着物に着替えた折に見た、胸に負った大きな傷は、治りきってはいなかったものの、縫合されてふさがっていた。

 なによりあんなに大怪我をして、たくさんの血を失ったのに、体は普段どおりに動く。

「そうか、良かった。どこか失敗もないみたいで、ほっとしたよ」

 本当に安心したように胸を撫で下ろす相手に、舞は自らの疑問を聞いてみたいという気持ちが沸いてきた。

「あの…」

 初めて自分から何かをいいかけたが、そのまま口ごもってしまった舞に、相手の火楽は一瞬不思議そうな顔をしたが、ああっと気づいたように微笑んだ。

「僕のことは氷煉ひょうれんと呼んでおくれ」

「氷…煉、さま」

「さまはいらないよ。呼びにくいだろう?」

 くすりと笑ってそう言った氷煉に、舞は困った顔をしてしまった。

「それは、逆に呼びにくいです…」

 話していることから察するに、たぶんこの人が自分を火車にしたのだろう。ならば、自分のあるじにあたる人ということになる。火車になってしまったことで心に影響が与えられているのか、呼び捨てにはできそうもなかった。

 それでなくとも、火楽は何千年と生きるというが、見た目だけでも舞より目上の姿をしていた。呼び捨ては少し無理である。

「そうか。じゃあ仕方ないね。それで何か聞きたいことがあったみたいだけど」

 氷煉のほうはあっさりと引いたので、ほっとした。

「あの、氷煉さまが、私を火車にしたのですか?」

 一応、確認を取る。

「そうだよ」

 あっさりと相手は頷いた。やっぱり自分は火車で、この人は自分を火車にした、火楽なのだ。

 舞は続けて、おそるおそる聞いた。

「私は、人間と戦わなければならないんですか…?」

 舞は相手の顔を見て、じっと答えを待った。火車は人を殺めるための存在。わかりきったこと。けど、ありえるはずのない答えを祈るようにして…。

 次に氷煉の口から出た言葉は、舞が予想したものとは違っていた。逆に、問い返されてしまった。

「舞は人間と戦いたいのかい?」

 その言葉に、首をぶんぶんと振る。

「戦いたくないです…。友達もいますし…」

 人を殺して回るなんて嫌だった。誰かを手にかけるなんて…。ましてや幼馴染たちと戦うなんて…。

 でも今の自分は火車だ。

 胸に湧き上がる辛い感情に、目に涙がにじんできた。

「じゃあ、戦わなくていいんじゃないかな」

 しかし、次の瞬間、あっさりと氷煉は舞の望む言葉をこぼした。舞の予想にまったくなかった、かろやかな口調で。

 舞は自分が聞いたものが信じられず、聞き返してしまう。

「戦わなくていいんですか!?」

「だって戦いたくないんだろう?」

「はい…」

 本当にいいのだろうか…。あまりにもあっさり得られた望んだ答えに、舞は信じていいのか不確かな気持ちになる。

「でも、ほかの火車たちは、人間を襲ってますよね…」

 舞がそんなことを口に出すと、氷煉は思いっきり顔をしかめた。さきほどまでは穏やかな顔をしていたのに、何かまずいことを言ってしまったのだろうか。舞は、少しあわててしまう。

「君をあんなできそこないたちと、一緒にしないでほしいな。君は僕のしえななんだよ」

「しえな…?」

 そういえば、初めてあったときもしえなと呼ばれた気がする。その言葉は、舞には聞き覚えがなかった。

「火楽である僕と長い時をともに歩んでいく存在のことさ。君はぼくのしえなだ」

 そう言って舞を見た氷煉の瞳は、これまで以上に優しい光が灯っていた。舞はその視線に、何も言えなくなる。

「そもそも、人間たちを襲っているあれだけど、本来は火車と呼ぶのもおこがましい存在だよ。火楽のあの力は、僕たちに比べ少ない時を持つ人間たちを、それらが死したとき、再び命を与えともにある存在にするためのものなんだ」

 氷煉の語る内容は、人間として、掃火として暮らしていた舞にとって知らない内容で、少し驚くべき内容だった。

「あれは他の火楽たちが戦のために、そこらの死体に適当に命を吹き込んだものだ。ろくに力もないものたちが作った、本来の火車としてすら動かない、戦争のための道具にすぎない。

 僕の力と技術の粋を駆使して造られた君と、彼らは別物とおもってほしい」

「は、はい…」

 最後の氷煉の口ぶりは少し自慢げなものが感じられ、舞を見る目には何故か誇らしげな光が輝いていた。舞はなんだかむず痒くなり、どもってしまう。

 氷煉さまの言うことは、本当なのだろうか。舞は考える。

 死体がそのまま動いているようだった村の火車たちと比べて自分の体は、見える範囲ではあるが、生前のように動いている。驚くべきことに、皮膚は焚き火の炎の熱で、じっとりと汗を掻いてすらいる。

 ただ、同時に思う。

 それでも自分は火車なのだと。体は生きているように動くのに、心臓の鼓動はなく、胸にはあやかしの炎が瞬き続けている。そしてきっと、掃火の人たちは自分の存在を見逃しはしない。幼馴染たちも…。

 そして、もうひとつ、舞は氷煉に聞かなければならないことがあった。

 それを聞くとき、舞の唇は震えた。

「氷煉さま…。氷煉さまが、わたしを殺したんですか…?」

 死者が問いかける悲しい問い。

 死んだ時の記憶はあった。今も覚えている。力が抜けていく感触、意識がかすれて消えていって、すべてが闇に沈んでいく…。

 でも、なぜ死んだのかは覚えていない…。なぜ…。

 氷煉はその言葉に、数泊、舞のほうをじっと見た。それから真剣な表情で首を振った。

「違うよ」

 何故か、その言葉は信じられた。この人は自分を殺してない。そう思えた。

 同時に疑問は続く。

「じゃあ、なぜ私は…」

「覚えてないのかい?」

「はい…。氷煉さまは知りませんか?」

 知っていたら教えて欲しい。そういう感情が胸から湧き出て、聞く。

 しかし、氷煉はそれにも首を振った。

「僕が見つけたときには、君はもう死んでいた。桜の木の下で倒れている君を見つけ、体を修復し、火車にしたんだ。服が血まみれだったから、まだ起きない君を寝かせたまま、服を手に入れにいって戻ってきたら、いなくなっていてね。慌てて探しにいったんだ。こうやって無事みつけることはできたわけだけど。だから、それより前のことはわからない。ごめんね」

「いえっ、謝らないでください」

 謝られてしまい、舞は恐縮してしまう。生きてたころから、ちょっと小心物の気があり、目上の人に頭を下げられるのは苦手だ。

 でも氷煉さまが私を殺したのでないとしたら、いったい何故、私は…。

 思い出さなきゃいけない気がした。

 急いで戻らなきゃ。

 何故…。

 思い出して…。あの日…。

 ぞくりっ。

「いやぁっ、いやああああああああああああああああああああ!」

 口から、絶叫が漏れた。わけもわからず、恐怖が、恐ろしい恐怖が、体を突き上げる。

「なんで、なんでぇっ、あっあ、ぁぁああああああああああああああ」

 断末魔の叫び。目から涙がこぼれ落ちる。

 怖い!怖い!怖い!助けて!

 気がつくと、抱きしめられていた。

 氷煉のぬくもりが、舞の心に少し落ち着きを取り戻させる。

 氷煉は舞の頭を、その心の恐怖を取り払おうとするように撫でた。 

「無理に思いださなくていいんだ。死はどんなものでも辛い記憶だから、思い出さなくていい」

「でも…、わたし、私、何かを…。何かを忘れてて…」

 思い出さなきゃいけないことがある気がするのだ。大事な何かを…。

 でも、思い出そうとすると、とてつもない恐怖が体に蘇り、何も思い出せなかった。体が恐怖にガタガタと震えるだけで、記憶は真っ白なまま。口からは嗚咽がこぼれる。

「大丈夫、それならゆっくり思い出していけばいい。僕も協力するから」

 その言葉に、舞の心も落ち着いていく。

 しばらく、抱きしめて頭を撫でられ、体の震えがとまるとようやく氷煉の腕から離された。

 すると舞の体がふらりと揺れた。何か、体から力が抜け落ちている感触があった。

「あ、あれ…?」

 くらくらとめまいがする。

「どうやら、力が霧散してしまったようだね。まだ安定していなかったところに、心が乱れてかなり消耗してしまったみたいだ。このままじゃ壊れてしまう。おいで、力の補給をするから」

 そう言うと、舞は再び氷煉の腕の中に抱えあげられた。

 そしてあごを指ですくいあげられ、次の瞬間には、唇を重ね合わされていた。

「んんっ!?」

 舞は驚いたが、弱った体では抵抗はできなかった。

 それに不思議と嫌な感じはまったくしなかった。

 重ねられた唇から、胸に暖かいものが流れ込んでくる。そのまま一分ほど唇を重ね合わせ、離されたときには舞の体は動くようになっていた。

 不思議な感覚に驚いてついつい、目の前で手を握り合わせたりして、確認してしまう。

「一度、命が失われてしまってるからね。今回は早すぎたけど、定期的に力の補給はしなきゃいけない。安定してくれば今みたいにいきなり力を消耗してしまうことは無いと思うけど、時間が経って力がなくなってしまえば同じように君は壊れてしまう。だから、気をつけておいでね」

「あの…氷煉さま…、なんで口付けなのですか…?」

 相手の真剣な調子に、おずおずといった感じに問いかけてしまう。

 舞も年頃の少女である。しかも、恋心を抱く相手もいる。

 自分が氷煉の火車であるせいなのかか、何故か不思議とどきどきすることはなく、まして嫌だという気持ちも、抵抗感も実はないのだが、理性的な思考で考えると、それも含めてなんだかまずい気がする。

「君の場合、体を完璧に作りすぎたからね。生気を吹き込めるような場所が唇しかないんだ。嫌だったかい?」

「嫌じゃないですけど…」

 そういわれると、そう答えるしかなかった。

 仕方ないという気持ちを抱けるのは、いいことなのか悪いことなのか。

 生前と同じように動け、思考することはできてるけど、それでもやはり変わってしまってるところがあるのかもと思う。

 死ぬ前から長く恋心を抱いていた幼馴染の青年の顔を思い浮かべ、心の中でそっとため息をついた。


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