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10.『常は無く』

 その日、舞はその光景を二階から見ていた。

 夏国最強の掃火琳世と、次期最強と目される京也との訓練試合。その組み合わせはやはり皆の興味を誘うのか、舞以外にも多くの掃火たちがこの試合を見に来ていた。

 木剣を使っての三本勝負。一本目は、当然のごとく琳世が取った。

 舞の近くにたつ掃火たちの一団が、口々に言い合う。

「次はどうなると思う?」

「琳世さまが取るに決まってるだろ。今まで琳世さまから一本取れたやつなんていないんだ」

「でも、あの『天才』京也だぜ?一本目だって途中までいい打ち合いしてたし」

「確かに。琳世さまと真正面から打ち合える奴なんて俺、見たことないよ」

「けっ、天才ね。確かに少し剣の腕は立つみたいだけど、結局、一本は取れてないだろ。大したことねえよ。次も琳世さまが取るから見とけって」

「まあ、そうだよな。あの琳世さまに勝てる奴なんて、この世にはいないよな」

 京也が勝つと思っていたものは一人もいなかった。舞だって勝つとは思ってなかったかもしれない。

 ただ祈るように京也の姿を見つめていた。

「はじめ!」

 見届け役の掛け声と共に二本目が始まった。

 舞の目には、琳世と京也の姿が霞んだように見えた。

 次の瞬間、二人は訓練所の中央で剣を打ち合わせていた。

「お、おい…。見えたか…」

「いや…」

「そんな…。さっきより二人とも速度が上がってるぞ…」

 ぎしぎりと木剣が軋む音が聞こえる。互いの霊力で強化されたそれは、鋼を上回る硬度を発揮しているはずだが、互いに折れそうな悲鳴をあげる。

 結局、二人は体を離した。木剣の硬度の差で勝負がつくのでは、訓練にならないからだろう。

 離れる瞬間にも、二、三撃、互いに斬撃を走らせる。

 同時に飛ぶ退ったことにより、二人の距離が離れた。琳世はそれを見て左手に霊符を取り出し発動させる。霊符が呪文に共鳴し光り輝き、高速の風の刃が京也に向かって放たれる。そしてその風の刃と同じ速度で、琳世も走り出した。

 琳世が一本目を取った符術と剣術の同時攻撃。風の刃を避けても、すぐさま琳世の強力で正確な斬撃が襲ってくる。回避するのも、防御するのもほぼ不可能に近い。

 舞の手にぎゅっと力が入った。

 京也は地面を蹴った。飛ぶでもなく、走るでもなく、土を蹴り飛ばすために。

 巻き上げられた土や小石が琳世に向かって飛ぶ。

 そんなもので止まる琳世ではない。しかし、その速度がわずか、ほんのわずかに数瞬、風の刃より遅くなった。

 京也はぐっと身を沈め、風の刃を紙一重でよけると、自らの作り出したわずかなずれへと、琳世の懐へと飛び込む。

 ガチッ

 琳世が振り下ろした木剣は、京也の振り上げた斬撃の軌道で止められた。

「やるじゃないかい」

 琳世の顔がにやりと歪む。

 同時にその右足から、斬撃と同じくらい鋭い回し蹴りが放たれた。素手での一撃を予想してなかった京也は、咄嗟に左手で防御したが、体ごと吹き飛ばされる。

「くっ」

「あれだけ接近したら剣より、拳や蹴りのほうが有効なのさ。覚えておきな」

 そういう間にも、体を浮かされた京也へと琳世は走り出していた。

「終わりだよ!」

 今度こそ、とどめの一撃が振り下ろされる。

 しかし京也は体を宙に浮かせたまま、驚くことに体勢を立て直した。琳世の放った追い討ちを受け止めてみせた。それだけで終わらず、一太刀を返す。

 京也の攻撃は外れたが、琳世の衣の襟元をわずかに切っていった。

 完全に予想を上回る動き。

 琳世の目が驚きに、わずかに見開かれた。

 驚きはかすかに琳世の体を仰け反らせた。その瞬間、体の軸がわずか、周りで見てるものは誰一人わからなかったほど、わずかに崩れた。

 そして京也はそれを見極めた。剣に力を込め、攻勢に転じる。

「はあ!」

 鋭い横斬りから、縦、斬り上げ。息つく暇もない連撃で琳世へと挑む。

 どれもが普通なら一撃必殺の力を持った太刀筋。しかし琳世が動揺を見せたのは一瞬だけだった。一本目をそのまま背を逸らし紙一重で避けてしまうと、すぐに体勢を建て直し、その後の攻撃を流れるような動きで捌いてしまう。

 そして京也の攻撃が途切れた瞬間、牽制の突きを放って後ろへ飛んだ。

 再び、距離が開いた。

「本当にあんたは天才だよ。まだ二十歳にもならないというのに、ここまであたしと打ち合えるとはね」

 琳世は口を開く。しかし、先ほどまでと違い、構えを解いたりはしない。声は出しながらも、全身に気を漲らせ、一部の隙も見せようとはしなかった。

 京也は口を引き結び、琳世の攻撃の予兆を、一挙一投足すら見逃すまいと、目を凝らして見つめている。

「だから、見せてやるよ」

 その瞬間、舞には琳世が構えを解いたように見えた。片手だけで剣を掴み、腕を垂らし、剣先を地面に下ろすような姿勢。

 しかし、もちろん、それがそんなものであるはずが無かった。

「あたしの本気って奴を!」

 次の瞬間、琳世の腕が鞭のようにしなり、京也へと襲い掛かった。開いた間合いを、完全に無かったように距離を詰め、とてつもない加速を伴った剣先を京也へと叩きつける。

 あまりの速さに、全身で警戒していたはずの京也ですら反応が遅れた。咄嗟に構えた剣が、なんとか一撃目を受け止めることに成功したが、琳世の攻撃は単発では無かった。

 右から左へと抜けた剣は、しなるように空気をかき回すと、すぐさまそれ以上の速度で戻ってくる。さらなる加速と、重さを伴いながら。

 それは琳世が、『人』相手には見せない本来の太刀筋。

 剣での攻撃というより、やいばの嵐としか言えないような、凄まじい斬撃。

 威力も、速さも、何もかもが段違いに違う。

 必死に受ける京也だが、ところどころ皮膚が切れ、そこから血が滲んでくる。もはや、訓練の範疇を越えてしまっている。京也から流れ出る赤い血を見て、舞の顔が真っ青になっていく。

 しかし、京也は降参しなかった。琳世の攻撃が致命傷になるのをすんでの所で防ぎながら、反撃の機会を待ち続ける。

「ほんと、大したもんだよ」

 もはや琳世の顔は笑っていなかった。

 右手で攻撃を続けながら、左手で霊符を取り出す。京也は留めの大きな術を警戒したが、琳世は違った。

 符術はほんの数瞬で発動する。最小規模の土術。

「っ!?」

 京也の右の足元の土が、わずか一寸、盛り上がる。京也の体がわずかに浮ついた。

 琳世の剣が地を這うようにして、京也へと迫った。京也は木剣の両端を握り締め、防御の姿勢を取る。

「ふん!」

 だが、琳世は自らの剣を足で蹴り、さらに力を加え京也の体を上空へと投げ出した。再び宙に浮く、京也の体。

 しかし、琳世はもうそれを追うことは無かった。

 その場に留まり、だらりと先ほどと似た、脱力の姿勢を取る。だが、恐ろしい勢いで右腕全体に、気が練りあがっていく。

「あれは…、まさか…」

 訓練を見ていた誰かが呟いた。きっと、古参の掃火だったのだろう。

「今度こそ。終わりだよ」

 琳世の右腕に凝集された霊気が恐ろしいうねりを伴い爆発した。

斯剣十六閃しけんじゅうろくせん!」

 それは琳世を夏国最強の掃火たらしめる最強の必殺技。一秒を十に分けたその一瞬に、十六もの斬撃を放つ琳世の最強の『一撃』。そのすべての刃のひとつひとつが、とてつもない速度を持ちながら、正確無比であり、恐ろしい威力を持った、絶対の一撃。

 琳世の右手から放たれた十六の閃光は、宙へと浮かされた京也の体へと収束していく。

 もはや、その刃からは逃れようがない。

 終わった。

 見ていた誰もが、舞もそう思った。

「まだだ!」

 次の瞬間、京也は右足に霊力を集中させた。

 そして到達してきた十六もの刃の一本目を、まるで踏み台のように蹴った。

 右足はその威力にずたずたになるが、京也の体は後ろへと跳躍する。

 琳世の技の狙いは恐ろしく正確だった。十六の刃すべてが、宙へ投げ出された京也へと集中するように放たれていた。だから、京也の位置がずれたことによって、斬撃の軌跡も京也の体の芯からずれていく。

 もし琳世の狙いが少しでも不正確だったら、もしくは保険をかけその狙いを分散させていたなら、きっとどれかひとつの刃が京也を倒していただろう。

 しかし、すべてを対象一点へと集中させた必殺の刃は、どれも京也の体の表面を切り裂いていっただけで倒すには至らなかった。京也は体を宙で回転させながら、左足で訓練所の壁に足をつく。

「うおおおおおおお!」

 そしてそのまま壁を蹴り、琳世へと体ごとまっすぐ剣を構え突きを放った。

 一本の光の矢となった京也が琳世へと迫る。

 大技を放った琳世は動けなかった。咄嗟に突きを受け止めた剣は、手から抜け宙を舞う。体は地面に倒れる。そして木剣をしっかりと握り締めた京也が、琳世へと剣を突きつけていた。

 訓練所全体に、沈黙が広がる。

「い…、一本!」

 茫然としていた状態から、なんとか立ち直った見届け役がかすれた声でそう呟いた瞬間、試合を見ていたものすべてが蜂の巣をついたような騒ぎになった。

「り、琳世さまが一本をとられた…」

「まさか、ありえん…」

 古参の掃火たちは、その光景を目の前にしてすら、幻でも見るかのごとく語る。

「すごい…。やっぱり、京ちゃんはすごいんだ…」

 舞もまた夢見るがごとく、その光景を見つめた。その表情には喜びとも悲しみともとれるような、切ない表情が浮かび。誰もが驚く偉業を成し遂げた幼なじみを、遠く見つめた。

 立ち上がった琳世に京也が謝罪する。

「すいません。訓練用の木刀でなかったら、できない手段を使ってしまいました」

 確かに琳世の得物が本物の刀だったら、踏み台にしようとした京也の足ごと吹き飛ばしていただろう。しかし…。

「いや、一本は一本さ。本当に、本当に大したもんだ」

 それから始まった三本目は、足を負傷し多くの手傷を負った京也は、琳世の動きについていくことができず、勝負そのものは琳世の勝利に終わった。

 だが、琳世から一本を取る。歴代の夏国の掃火たちの誰もが成し遂げることができなかった偉業を、わずか十六歳の少年が成し遂げた。京也の才能を知るものも、知らなかったものも、誰もがこの試合の内容に衝撃を受けた。

 しかし一方で、それを認めたがらないものもいる。

「ふんっ。一本取ったっていっても、試合では負けたんじゃねぇか。結局負けたんだから、俺たちと変わんねぇぜ」

「で、でも今まで琳世さまからは、誰も一本取ったことなかったんだぜ…」

 京也より二年前に掃火に入った先輩とも言うべき、この男もそうだった。

「だからなんだってんだよ。琳世さまも、もう四十だ。そろそろお歳で力も衰えはじめてたんだろ。だから、京也の奴も一本取れたんじゃないのか。結局、あの方も人間だったってことだな。あと何年かしたら俺たちでも勝てるかもしれないぜ」

「お、おい!声がでかいよ」

 躍進する後輩への僻みが、最強と名高い掃火への批判まで行きつき、さすがに先輩たちに聞かれるのを恐れた同僚は止めようとする。

「きゃぁ」

 乱暴な仕草で苛立たしげに歩く男は、誰かにぶつかる感触を覚えた。小さな悲鳴も聞こえてきた。

「ん、なんだ?」

 謝りもせず無愛想な態度で横を見た男の目に映ったのは、掃火としてはありえないほど小柄な少女。二階から京也をずっと見つめていた舞は、周りを見ずに粗暴に歩いていたこの男に突き飛ばされたのだ。

 地面に倒れている舞を見ても、男は謝罪の言葉を述べることは無く、むしろ顔をいやらしく歪めて言った。

「なんだ役立たずか」

 舞の体がびくりと震える。

 役立たず。それは舞の存在を認める気の無い若手の掃火たちが、舞を呼ぶときの呼称だった。

 でも、舞には反論のしようがない。役立たずなのは事実だった。舞は掃火になってから、掃火としての仕事をひとつもこなせていない。一人前の掃火として見合うどころか、身を守れる最低限の実力すらあると認めてもらえない。

 男は俯き何も言い返してこない少女の姿をみて、さらに口元を愉悦に歪めた。

 そして何かを思いついたように、にやっと笑い舞へと言葉をかける。

「そういや、お前京也と仲が良かったんだっけか。あいつに守ってもらってるお陰で、なんとか今まで生きながらえてるんだもんな」

 この男は京也への嫉妬を、反論できない気弱な少女にぶつけてるだけだった。しかし、舞の耳には、それらがすべて真実のように聞こえてくる。

「あーあ、残念だったな。もう少しで京也の奴、琳世さまに勝てそうだったのに。お前みたいな足手まといがいると京也も、訓練に集中できないんだろうなぁ。もしお前がいなかったら、三本目も取って勝ってたかもしれないぞ」

 男の言葉は舞の心を切り裂いていく。自分の存在が京ちゃんの邪魔になっている、ずっと心に抱き続けていたわだかまりを、確信へと変えていく。

「誰かさんが足を引っ張られていなきゃ、京也の奴はもっと強くなれてただろうなぁ。それを幼なじみってだけの役立たずにずっと邪魔され続けるとは、京也の奴もかわいそうになぁ。お前が消えてくれれば、京也はあんな怪我も負わずに琳世さまを倒して、ここの最強掃火になってたかもしれないぜ」

 男はあれほど否定していた京也の才能すら認めるように言葉を吐き、舞の心をいたぶることに注力する。そして言い返すことなく、震えて顔を伏せたままの舞の姿を見て、満足そうに笑ったあと同僚たちと去っていった。

 舞は唇を噛みながら、ずっと涙をこらえていた。あの男の言うことは、すべて真実だった。

(強くなりたい…)

 そう思った。

(京ちゃんの足手まといにならないぐらい強く…)

 そうならなければ、二人の足を引っ張って、迷惑をかけ続けるだけになる。そしていつか、ここからも追い出され、二人と一緒にはいられなくなる。

 なのに涙をこらえるために握り固めた拳さえ、弱く力無く、腕の筋はそれだけで引きつるように震えだしてる。

 そこには舞の求める力など、どこにも無かった。


***


「琳世さま」

 舞は勇気を振り絞って、その声をかけた。

 夏国西部に現れた神器を所持する火楽の討伐を目的とした部隊の旅路。驚くべきことに、その一員として舞は選ばれていた。回りも驚いたが、何より舞自身が信じられなかった。

 だから旅の途中の休憩の折に、勇気を振り絞って琳世へと尋ねたのだ。

「ん、どうしたんだい?」

 そう聞き返す琳世。

(この人が夏国最強の掃火、琳世さま…)

 その前に立つだけで、舞の心は緊張し、声はかすれた。

「琳世さま、あの…、お聞きしたいことが…あるんです…」

「聞きたいこと?なんだい?」

 琳世から拒絶されなかったことに安堵を覚えながら舞は尋ねる。この旅路の中で、舞は邪魔者だった。まわりの掃火から、まるでいないもののように扱われていた。

 そして舞もそれを受け入れていた。

「どうして私がこの隊に選ばれたんでしょうか…?」

 舞は琳世をすがるような瞳で見つめた。

「どうして…?」

「だって、私、弱くて、本当に弱くて…。何も力も無いし、足手まといでしかならないのに…」

 舞には、舞を除くと全員が最高の精鋭たるこの討伐隊に選ばれる理由が、一つ無かった。

 戦闘の実力はもとより無く、かといって他に何かまわりの役にたつ技術も持ち合わせていない。それどころか、最低限の身を守る力すら怪しい。京也からは旅立つ前、「琳世さまの傍を決して離れるな」、「あの人が必ず守ってくれるから」と言われていた。

 そんな自分が何故、この部隊に選ばれたのか。

「なるほど、あんたを討伐隊に選んだ理由かい」

「はい…」

 可能性が欲しかった。この討伐隊に選ばれた理由が。何か力を手にできる可能性が。

 京ちゃんの足手まといにならずにすむような、ちゃんとした一人前の掃火になるためのヒントを。

 琳世はすがるように見つめてくる舞へと、微笑んで言った。

「大丈夫。この旅が終わるころには、あんたもきっとわかるはずさ」

 見つかるのだろうか…。

 自分も強くなるためのヒントが…。力を得るための可能性が…。

 すぐに強くなれなくても、この旅で何かを得て帰りたいと思った。

 少しでもこの度で成長して強くなって、そして。

 京ちゃんのもとに帰るのだ…。


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