11.『すべきこと、のぞむこと』
火楽を討伐するための旅は続いた。
舞は必死に旅路についていった。強くなるために、何かを得るために。険しい山を越え、厳しい道のりを歩き…。
その旅は一週間続き。
そして。それから。
それから…。
「いやあああああああああ!」
また胸に蘇ってきた恐怖に、舞は悲鳴をあげた。体が凍りつき、すべてが失われて闇にのまれていく。痛みも喜びも、苦しみも楽しみも恐怖も思いも、自分自身を象るものがすべて壊れていく。心も、体も、飛び散る小石のようにばらばらになって…。そして…。
消えた。
「はぁはぁはぁ…」
それが舞の見た死だった。
なのに、舞の体は目を覚まし、恐怖に震えながら、ここにある。頬にはぬれた涙の感触が、指には暖かい布地の感触があった。
でも、それは生きてるからじゃない。
手足は動き、目は光を捉え、耳は脈の打つ音を聞いているのに、それでもこの体は生者のものじゃない。
「大丈夫かい?」
優しい声が近くからかかる。もう、ずいぶんと聞きなれた氷煉の声。
その声は不思議と舞を安心させる。それは火楽とそれに生み出された火車の、主従関係による力の働きなのかもしれない。
でも、舞には氷煉が自分を確かに思いやってくれているのだと伝わってきた。
「ごめんなさい、氷煉さま。起こしてしまって」
「気にすることはないよ」
氷煉と共に行動するようになって、舞ははじめて火楽も寝るのだと知った。
寝る、笑う、食べる、話す。本当は食事は必要ないらしいのだけれど、食べる気があるなら食べることもできるらしい。味もわかるのだという。
舞を見て楽しそうに微笑む姿は、人間とあまり変わらない。
不思議だった。
自分の死因は、きっと火楽に殺されたのだろうというのに。なのに、氷煉は怖くない。
それは火楽と火車の間に働く力によるものなのかもしれない。
でも舞は思うのだ。
きっと人間だったときに会っても、氷煉さまなら怖くないかもしれない、と。
「夢を見ていたのかい?」
「はい…。あれから、ちょっとづつ記憶が戻ってきてるんです…」
あれから…。
京也に斬りかかられたあの日から、肝心の部分は恐怖の闇で覆い隠されているけど、その前にあったことはだんだんと思い出せてきていた。
その代わりここ数日、舞は眠るとき、死の恐怖に襲われるようになった。
ただ何もわからない終わりの闇に襲われて、悲鳴をあげて飛び起きる。そして恐怖が収まると、自分が死者であることを、夢から覚めるように思い出す。
「辛くないかい?」
「だいじょうぶです」
舞は氷煉を心配させまいと、そして記憶を思い出すための行動を止められたくないという思いもあり、ぎこちなく微笑みを作ってかえす。
でも明らかに無理していることはばればれで、氷煉にため息をはかれてしまった。それに舞が少し落ち込んだ表情を見せると、氷煉は微笑んで舞を安心させるように頭を撫でてくれる。
「君の望むことなのなら、僕はそれを応援するよ」
「はい」
今度は舞も自然に微笑むことができた。
実際のところ、舞が落ち込んでいる原因は、死の夢による影響ばかりでなかった。それ以外にも、舞を落ち込ませているものがあった。
京也に斬りかかられたこと。
そんなこと当たり前だとわかっていたはずなのに。今の自分は火車なのだから、京也たちの敵ともいうべき存在なのだから。
だから、覚悟だってしていたはずなのに。
でも実際に剣を向けられて見るとショックだった…。
本当は受け入れて欲しいとずっと願っていたのかもしれない。今の自分が死者だったのだとしても。以前と同じように傍にいられなくても、それでも今、自分という存在が京也と同じ場所にあることを許して欲しかったのかもしれない。
でも、それは叶うはずのない幻想だった。今の舞は火車で京也たちの敵であり、この世に受け入れられる存在ではない。
肉体は土に還り、魂はうつせから立ち去らなければならない。
なのに舞はこの場所に今だ居続けている。
剣を向けられてから、強く思い知らされた。生きていたころから、ずっとわかっていたことではあったけど。
京也がずっと自分を守っていてくれた存在であったことを…。ずっとずっと、自分を守り続けていたんだということを。
なのに、舞は京也に伝えるべきことを思い出せない。死の恐怖に怯え続けるだけで…。
(本当は、伝えるべきことなんて無いのかもしれない…)
舞の心にある疑惑が浮かぶ。
それらはすべて、舞がこの世に残るためについた嘘なのではないかと…。
京也へと伝えるべき大切なことなんて本当は有りもしないことで、舞の心が京也の傍にいたいがために作り出した幻想なのかもしれない。京也の傍にいたくて、この世にいることを許されたくて、自分の心にまで嘘をついて周りをだまそうとしているのかもしれない。
弱い自分が、死者となった自分を守るためについた嘘。
それこそが、真実の正体なのだとしたら…。わたしは…、わたしは…。
舞はこぶしをぎゅっと握り締めた。砕け折れそうになる心に、わずかでも力を吹き込むために。
どちらにしても、確かめなければならない。
真実を。
そこにあるものが、自分の弱さや心の醜さだったのだとしても。
舞は真実を探さなければいけない。その思いすら、うつせに留まるためのごまかしなのだとしても。
京ちゃんに伝えなければいけない大切なこと。
それが『何』なのか、舞は見つけなければならなかった。
「氷煉さま、京ちゃん、会いにいかせてくれませんか…」
「……いいのかい?また…、いや今度はもっと恐ろしい目に会うかもしれないよ」
「それでも、それしか方法が無いんです…。私、京ちゃんに何を言いたかったのか、見つけないといけないんです」
たとえ剣を向けられても、嫌われても、それしか手がかりが無かった。
「わかったよ。舞が望むなら、僕は力を貸すしかないからね」
「本当にありがとうございます、氷煉さま」
氷煉はいつでも優しく、舞のためにいろんなことをしてくれた。
だから見つけなければいけない。
真実が何なのか。
舞の心は求め続けていた。




