【鬼ヶ島と竜宮城 二方面作戦】
【鬼ヶ島と竜宮城 二方面作戦】
「ならば、そなたのふるさと、
難波の里とやらに
舟を出しておくれ」
ふたりは鳥羽の港から舟に乗る。
ところが、船出して間もなく、
はげしい風が吹き荒れて、
舟は思いもかけぬ
奇妙な島に流れ着いてしまった。
人の住む気配さえない島である。
姫君の心細さといったらない。
ただただ途方に暮れるばかり。
一方、一寸法師はといえば、
島に流れ着くや、
すぐにあちらこちらのようすをさぐりはじめた。
うろうろ岩陰などのぞいている一寸法師の前に、
鬼が二匹、
どこからともなくやってきて立ちはだかった。
「なんだ、人間のにおいがすると思ったら、
こんなチビか、
腹のたしにもなるまい」
打ち出の小づちを持った一匹の鬼が
舌打ちする。
「チビはチビでもこいつは男だ。
おいら男に用はねえ。
ひと口にこの小僧を呑みこんで、
あの美しい姫を奪ってしまおうぜ」
大岡信「おとぎ草紙」より「一寸法師」 岩波少年文庫 2006年
女木島、
別名で鬼ヶ島とも呼ばれる瀬戸内海の島の山に
「鬼ヶ島大洞窟」はある。
大正三年(1914年)に発見されたが
人口の洞窟であり
造られたのは紀元前百年頃と推定される。
当時の海賊が根城としていたという説が有力であるが、
あるいは本当にオニが住んでいたのかもしれない。
広さは約四千平米、
奥行きは四百メートルもある広大な洞窟であり
古代中国の要塞に似せて造られているなど
今も多くの謎が残っているという。
入場料は
高校生以上の大人は六百円、
子どもは三百円である。
フェリーが女木港に到着するのに合わせて
洞窟までは定期バスが運行されていて
十分ほどである。
レンタサイクルを借りる手もあるが
標高差があるので体力が必要となるだろう。
フェリーは高松港から出て二十分で到着するので
日帰りでの観光も十分に可能である。
高松港は
高松中央インターから車で約三十分である。
まずは落ち着いて戦力分析を試みた桃であったが
頼みの一寸法師が初期ステータスにリセットされ
おなきんパワーが溜まるのを待っている時間はなく、
お供の
ココ(イヌ)、
サリュー(サル)、
キズィン(キジ)
も老化させられ
もともと戦力的には微妙だったが
さらにダウンし、
桃が桃太郎に覚醒すればなんとかなると思っていたのに
三体がこの体たらくでは覚醒の儀式は無理らしく、
玉手箱を奪われた竜眼も浦島太郎に変身できずに
普通の人間のままであり、
大黒天は「仏のお鉢」を頭に被されて無力化され
打出の小槌などのアイテムでサポートすることができない。
一方の相手は、
牛鬼が打出の小槌と玉手箱でパワーアップしており、
一寸法師を無力化できる竹ボラという装備まであるという。
桃は
「お手上げだあ」
とバンザイをするほど
どん底からのリスタートとなった。
竜眼の考察はもう少し深いもので
乙姫がホログラムで写し出されていることに着目し
「本体は別の場所にいるということだ。
乙姫なんだから
竜宮城にいるんだろう」
と推論した。
敵の本拠地を奇襲するのに成功すれば
逆転できるかもしれないと考え
前に見たカメから情報を得られるかもしれないと
ちょうどハチ高原まで謝りに来ていたカメに話しかけたところ
「玉手箱はなくても、
この不思議な腰蓑を
浦島太郎の血縁者が装備すれば
海中呼吸も
水圧無効も
できるでしかし」
とのことなので
「玉手箱なしでも
まだできることがあるのは
ありがたい」
と前向きになり、
さらにカメには一人しか乗れないとも言われたが
もちろん竜眼が
単独で行くことを決意した。
「よし、こうしよう。
私がハリアーで皆を高松港まで送る。
私以外はそこからフェリーで女木島に渡り
鬼ヶ島大洞窟へ行ってもらう。
私は高松港からカメに乗って
瀬戸内海を通って竜宮城へ行き、
乙姫の本体に接触してみる。
また数時間のドライブになるね」
ときりっとした顔で竜眼がプランを発表すると
桃が
「ハリアーならぜんぜん問題ないよ、
むしろ楽しいし」
と言ってくれて
嬉しかった。
桃が
「竜宮城ってどこにあるの?」
と普通の質問をすると
カメは
「駿河湾の海底でんねん」
と当たり前のように答え
「深海だな」
と竜眼は
駿河トラフの最深部が
二千五百メートルくらいあることを教えるが
「深さもだけど、
純粋に遠くない?
香川から静岡まで
カメで移動するの?」
と桃の心配に
カメは
「海中のスピードなら任せなはれ。
必死のパッチで
十五分くらいで行けますさかいに」
と笑い
「またスピードキャラか」
と竜眼は苦笑した。
最後に桃は
「一人じゃ危ないよ」
と心配するも、
なにもできない自分に嫌気がさしていた竜眼は
折れず
「一寸法師は桃の護衛に必要だ。
軽く見に行くだけだから、
危なかったら逃げてくるよ」
と気丈に微笑んだ。
そして今、
一行は高松港に到着したところである。
兵庫県のハチ高原から
姫路、明石と経由し
明石海峡大橋を渡って
淡路島を縦断し
香川県に入るという
四時間ほどのドライブであった。
明石焼きや
淡路島バーガーを食べながらの移動となったが
讃岐うどんは食べられていない。
高松港から瀬戸内海を望むと
向こうにはすでに
女木島の輪郭がうっすらと見えている。
先に来て待っていたカメが
海面から顔を出していた。
竜眼は
京丹後のビーチでも着た水色ワンピース水着の上に
パレオではなく腰蓑を装着し
観光客の人目を気にしながら
カメの甲羅に跨る。
岸壁についたフジツボに波が当たり
ちゃぷちゃぷと音を立てているのを見ながら
「マジで行くのか」
と竜眼は少し不安になった。
「竜眼が戻ってこなかったら、
あたし一人で洞窟に行って、
降伏しとくね」
別れを前にして寂しそうに
桃が言う。
自分が格別な逸材であるという自信が失われ
弱気になってしまっていた。
「君の判断を尊重するよ。
逃げてもいいが
お供を放って一人だけ助かろうなんて
しないだろう」
竜眼はカメの背中の上からそう返し、
改めて桃の人間性の素晴らしさに感嘆した。
そこに口を挟むのは
我らが一寸法師こと小次郎である。
「気持ちでは負けへんぞ。
最後まであきらめたらあきません。
思いついたんですが、
隙をついて玉手箱を取り返して、
お供の三体を戻して
桃太郎として覚醒してもらえば
大オニも退治できますよね」
言っている小次郎自身が
そんな計画は不可能だと分かっている。
一泊し
おなきんパワーが多少は回復したので
希望のある発言をしたくなったのである。
察した桃は
「さすが我らの一寸法師!
それでこそ主人公だね」
と無理矢理にテンションを上げた。
竜眼は
「あの竹ボラの音波をどうにかできれば
今の一寸法師でも……、
いや無理はしない方がいい」
と言い、
慌てて
「無理するなって
私が言うのも変かな」
と笑った。
竜眼を乗せたカメが
すごいスピードで海中へと消えていってしまい、
桃に残されたのは
年老いたペット三匹と
パワーが心許ない一寸法師だけとなった。
「讃岐うどんは
竜眼と再会してからに取っておこう」
と桃は呟いた。
約束の十六時まで
あと一時間となり
「そろそろ準備しましょうよ」
と根が真面目な
美月が言い
「いつものように
中で組体操をすればいいんでしょ」
と牛鬼のインナースペースに入ろうとするのを
斧熊は呼び止めた。
「最後はなんだかんだあって
一寸法師と対決しなきゃならなくなるような気がしている。
それに男の意地としても
決着をつけたいんだ。
どうしても」
カッコつけて言う斧熊に対し
カチンときて
「私が邪魔だっていうの?
確かに、ビキニを脱がされたり、
下着を脱がされたり、
巨乳にさせられたりと、
私ばかり狙われていたけど」
と美月が噛みつくが
斧熊は構わず
牛鬼を見上げ
「なんだかいつものオニとは違っていて
嫌な予感がする。
君に何かあったら元も子もないからね」
と渋い顔をし
「君の理想の世界になると信じて
協力してきたわけだから」
と付け加えられ
美月は思わずきゅんとする。
乙姫のホログラムに向かって
「僕一人でも操れるんでしょう?」
と聞くと
乙姫は
『もちろんである』
とニヤリとして答え、
斧熊は美月に無言で敬礼をして
牛鬼へと吸い込まれていった。
乙姫は内心で
(そのために散々筋トレをさせてきた。
操るには単純な男だけの方が都合がいい)
とほくそ笑み、
特別製のオニである牛鬼は未完成だったが
オーバートレーニングの斧熊が搭乗することで挽回できたのも好都合であったとして
またニヤリとした。
その嫌な笑顔に美月が気づき
不審に思ったが
そこまで深刻には考えなかった。
竜眼を乗せたカメは
「潜りまっせ」
と短く言うと
海底に向かって
垂直に下降し始める。
竜眼が装備している不思議な腰蓑のお陰で
急激な水圧の上昇にも
難なく耐えられていた。
すでに太陽光は届かないが
不思議と
前を見通すことができる。
カメが
海中を移動するスピードは常軌を逸しており
高松から五分くらいで
すでに駿河湾まで到着していて
(本当に十五分で着く気なんだな)
と竜眼は舌を巻いた。
徐々に巨大な海底都市が見えてきて、
あれが竜宮城かと
竜眼は眼下に広がる様々な建築物や設備を
物珍しく見やるが、
どうにも寂れていて
生き物が住んでいる気配がない。
端的に言って
朽ち果てている。
数十メートルはある建物の数々に
かつての栄華の痕跡として
レリーフや装飾が所々に残るものの、
全体的に受ける印象としては
滅亡した文明と言うより他はなかった。
カメに
「この先、
ごっつうショッキングな光景を見てもらうさかいに、
気張って
ぎょうさんリアクションしてや」
と言われ、
竜眼はその結末に薄々気が付きながら
「かんにんえー」
とだけ応えた。
桃も根は真面目なので
待ち合わせ時間の十六時より
少し早めに洞窟に入っておこうと
フェリーで女木島に上陸すると
すぐにバスで「鬼ヶ島大洞窟」へ向かい
受付でチケット代を払った。
もちろん一人分である。
実際には
頭に文鳥の飾りを着け、
マルチーズのぬいぐるみを抱っこし、
腕にはしがみつくタイプのキツネザルのぬいぐるみを装着しており、
肩には一寸法師のフィギュアまで乗せている。
客観的に見て
かなりヤバイ外見の女子となってしまっているが
スマホで自撮りをしながら
大きめの独り言を繰り返し、
迷惑な配信者のふりをすることで
他の観光客の冷ややかな視線をかわそうとしていた。
夏の暑い日であったが
洞窟内はひんやりして快適であり
オニの人形など味のある展示も多く、
それなりに、いや存分に楽しみながら
独り言としてキャーキャーはしゃいで見て回っていた。
洞窟のだいぶ奥まったところ、
観光客はわざわざ来ないくらいのエリアまで進んできた
桃の前に
「吉備野桃様はこちらへ」
という看板が現れ、
矢印の先には隠し通路になっているようで
桃は
(いよいよか)
と気を引き締めた。
竜眼はまだ来る様子がなかった。
スマホにも連絡はないが
これは生活防水では深海には対応できないと
本人が最初から持っていっていないからである。
一寸法師こと小次郎には
竹ボラ対策で
耳に練りけしを詰めてきたので
桃が話しかけても聞こえづらいらしく
何度も聞き返されるので
会話を諦めた。
お供も
それぞれヨボヨボで
耳が遠くて
ほとんど意思疎通できていない。
十六時ギリギリまで
竜眼を待ってから入ろうかと思った桃であったが、
いきなりボコられることもないだろうし
少し雑談でもして
隙を伺うのもいいかもしれないと考え、
前に小次郎が賢者タイム中に言っていた
話し合いで解決するという策もよぎったが、
まあ無理だろうなと打ち消した。
隠し通路を進んでいくと、
洞窟が
さらに開けた二十メートル四方ほどの
ホール状の区域に行きあたり、
六メートルほどの牛鬼の横に
美月が立ち、
ホログラムの乙姫も横に浮かんでいた。
岩の陰から顔を覗かせる桃に
気が付いた美月が
驚いた顔で
「早かったじゃない」
と声をかけたが
三十分も早く着いてしまっていたので
無理もない。
まずは雑談でも、
と軽く考えていた桃であったが
オニチームからの威圧感を受けて
そういう雰囲気ではないことをすぐに察し、
しかし竜眼が奇襲するまでの時間稼ぎとして
乙姫の注意を引いておくという目論見もあったため
「降参しようと思ったんですけと、
何をすればいいですかね?」
と単刀直入に切り出した。
具体的にどうするかまでは聞いていなかった美月は
対応を任せようと乙姫に振ると
乙姫は
『それは殊勝な心掛けであるの。
では、
牛鬼の吐く白煙を浴びて
老化してたもれ』
と予想外のことを言うので
「どういうこと?
大オニの復活を手伝わせるのではないの?」
と焦って聞いてくる美月に対し
『大オニなどおらぬ』
と乙姫は薄笑いのまま
冷徹に言い放った。
美月が重ねて
「はあ?」
と顔をしかめて聞き返すも
乙姫は
『あれは嘘よ』
と涼しい顔で言い
『桃太郎お供の三体を老化させた今となっては、
桃も
お主も
用済みよ。
余計な深追いをして逆転の目を与えるのが嫌であったから
放っておこうかと思うたが
念のため、
桃本人も老化させておくかと思ってな』
と言ってニヤリと笑った。
『ではここで、
わらわの真の目的を教えてやろう。
それは浦島太郎。
それも初代の浦島太郎よ。
わらわと永遠の愛を誓い合っておきながら、
ある日突然、
玉手箱を盗んで
竜宮城から逃げ出した、
あの大悪党!』
徐々にヒートアップしながら
本音を吐露する乙姫に対し
桃は
「そんなの知らねーし」
と毒づくが
『あいつ地上にも婚約者がいたんだろう。
地の果てまで、
地獄の果てまで追いかけてやる!』
と聞く耳もたないようで
『どこにいるのか分からないが
大まかに近畿地方にいるに違いない。
顔も風貌も変えているだろうから
打出の小槌でブーストした玉手箱を使い
日本中の人間を白髪の老人に変えてやるのだわい。
変わらないただ一人の人間が初代浦島太郎だと、
あぶり出すためにな』
と壮大な展望を語って
乙姫は悦に入っている。
「大オニを復活させて
地上を浄化して、
理想の世界を作るって計画は?」
美月は
「信じられない」といった表情で
改めて確認しようとすると
『何度も言わせるでない。
大オニなどおらんと言うておろう』
と馬鹿にするように乙姫に言われ
美月もその憎まれ口についにキレて、
「仏のお鉢!
蓬莱の玉の枝!
火ネズミの皮衣!
燕の子安貝!」
と叫び謎アイテムを使おうとするが
全て乙姫側に寝返っていて
一個も飛んでくる様子はなく、
美月はつくづく人望、いやアイテム望がないことを
思い知らされた。
なお、もう一つ「竜の首の玉」という
五つ目の謎アイテムがあるのだが、
これは乙姫のホログラムを映し出すために使われているので
美月にも動かせないものである。
『ほほ、
かぐや姫の出来損ないめ、
逆らうのかえ?
ならまずは美月から
老人になってもらおうかのう』
乙姫はそう言うと
指示を受けた牛鬼が
美月へ向けて口を開け、
老化の白煙を吐こうとする。
美月は
牛鬼内の斧熊に向け
「ちょっと斧熊!
あんた
誰を狙ってるのか分かってるの?」
とヒステリックに怒鳴るが
牛鬼インタースペース内では
斧熊が組体操の一人技カエル倒立をしたまま
オニの仮面を被せられ
理性を失っていた。
カエル倒立とは
しゃがんだ状態から両手だけで体重を支え
脚は畳んで宙に浮かせるという
中々にハードな体勢であるのだが
連日のオーバートレーニングの成果で
斧熊は腕だけでもビクともしない。
乙姫は
『金太郎は完全にわらわの支配下、
愛などまやかしよ』
と反り返り、
美月の顔は恐怖に歪んだ。
「させるかぁ!
ももっこサーブ!」
見かねた桃が
一寸法師こと小次郎を
サーブで牛鬼へとぶち込もうとするも
竹ボラのブーブーなる音が響くと
小次郎は
「あっ」
と小さい声を出して
ヘロヘロと地面に墜落し
「身体の芯に響く音です。
練りけしじゃ
まるで防げないものです」
と音を上げた。
竹ボラは
ホログラムである乙姫が
遠隔サイコキネシスにて操っているようである。
『何回そのサーブを食らっていると思う?
さすがに対策しとるわ』
と乙姫は
更につけ上がり
「やっぱりだめか」
と桃は肩を落とし
「竜眼、間に合ってくれ」
と祈るが
空しく思われた。
斧熊も牛鬼の中、
僅かに残る理性で抵抗するが
老化の白煙を噴出するのを止められそうにない。
三体のお供たちも
老化したまま恍惚の人々となって
黙って見ているのみである。
桃、
そして美月、
絶体絶命の大ピンチである。
運命や如何に?
「枯れ木に花を咲かせましょう」
そう叫びながら
洞窟内を駆け込んできた
三人ほどの人影に
桃は驚いて振り返ると、
ココをお供にする際にお世話になった
ペンションの正直さんと青ジャージさん、
そして正直の母親の女将であった。
三人とも
竹籠に入った白い灰を一斉に撒くと
白い霧状の筋となり
牛鬼の目に殺到して視力を奪い
老化白煙を美月へ吐く狙いを外させた。
『花咲かじいさんだと?』
と乙姫が血相を変え
美月はあさっての方向に飛んでいく白煙を見送って
胸を撫でおろした。
「仇はわしが必ず取ってやる」
次に駆けてきたのは
サリューをお供にする際にお世話になった
藻楠さんであった。
彼の背後から
小ガニの大群が洞窟の壁伝いに押し寄せ、
ホログラム乙姫が持つ竹ボラに張り付いて
ブーブー鳴るのを妨害した。
『サルかに合戦のカニだと?』
とまた乙姫が驚き
小次郎は
「助かったぜ」
と跳ね起きて
耳から練りけしを引きはがした。
「キジも鳴かずば」
「撃たれまい」
最後に駆け込んできたのは
キズィンをお供にする際にお世話になった
民宿レストランの若夫婦であった。
二人とも素早く片膝を付き
エアライフルで
牛鬼の頭に装着されていた玉手箱を狙い
何発目かで撃ち落とす。
『あれは、ええと、
キジも鳴かずば、に出てくる猟師?』
と乙姫は
少し戸惑いながら驚いた。
弾丸を食らった玉手箱は地面に落下し
乾いた音を立てて転がった。
『この統率力はなんぞ?
だれかが指示を出しているのかえ』
乙姫の推測は当たっており
実は裏で一寸法師こと小次郎が高速で飛び回り
三チームそれぞれを連携させていたのであった。
「集まってくれたのは
皆さんのご厚意ですがね」
と小次郎は謙遜する。
玉手箱を奪い返したので
お供三体の老化も解除となり、
ココ、
サリュー、
キズィンは
次々に桃の前へ降り立ち
「ごめんなさーい」
「面目ねえっす」
「遅くなりました」
と詫びながら復活した。
桃は順番にお供の頭を
ワシャワシャと撫で
「やっぱり元気が一番だね」
と満面の笑みで言った。
乙姫が虚を突かれた隙を見て
謎アイテムも再び美月の許に集結し、
仏のお鉢、
蓬莱の玉の枝、
火ネズミの皮衣、
燕の子安貝の四つが
クルクルと美月を守るように宙を舞う。
美月は腕を組み
「よくもやってくれたわね」
と乙姫へ向け
恐ろしいほどの笑顔で言った。
大黒天も、
仏のお鉢による無力化が流れで解除となったため
岩の隙間からヌッと顔を出し
『大オニ情報がガセだったとな?
してやられたのう』
と恥ずかしそうに言った。
「もう観念しなよ」
桃が代表して
乙姫のホログラムに降伏勧告をする。
桃の後ろには
昔ばなし関係者がずらりと並び
乙姫を威圧していた。
『いやだね。
まだ牛鬼と金太郎、
それに打出の小槌があるわい。
負けて馬鹿にされるくらいなら
牛鬼を自爆させて
お前らもろとも消し飛ばしてやるぞ。
わらわはリモートだから安全だし』
自棄になった乙姫の恫喝を受け
関係者間に動揺が走る。
桃が
「そんなことして何になるのよ」
と抗議するが
乙姫は聞き入れず
負け惜しみの高笑いを続けていたが、
突然、
誰もいない方向を向いて
『なんだ、お主は?』
と
誰か別の存在との言い合いを始めたようだった。
桃は
「どうしたの?」
と不思議がったが
すぐに
「竜眼だ!」
と気が付き
顔を輝かせた。
竜眼が竜宮城の奥で見せられたショッキングな光景とは
サンゴや真珠に囲まれ
ミイラ化している
乙姫の亡骸であった。
すぐ横には
半透明の乙姫が
亡霊として浮いている。
傍らに置いてある
謎アイテム「竜の首の玉」を用いて
地上と通信していたらしい。
(すでに亡くなっていたが
成仏できずにいたのか。
乙姫も)
竜眼は目を閉じ
静かに合掌すると、
竜宮城の入り口付近で拾った
ぼろぼろの着物を
乙姫の亡骸にそっとかける。
『なんだ、お主は』
と
ここで侵入者に気づいた半透明の乙姫が
慌てた様子で睨んでくるが
竜眼はひるまず
「これは初代の浦島太郎が
生前身につけていた着物です」
と淡々と告げた。
竜眼によれば
初代浦島太郎も
すでに亡くなっていた。
もう一度
乙姫に会いに行こうと
竜宮城に向かったものの
難破し
溺れたらしい。
置いてある竜の首の玉に
竜眼が触れると
初代浦島太郎の最期の様子が
映像として流れる。
難破していく小舟の上で
「乙姫ー!」
と叫び、
沈んでいく姿であった。
乙姫の霊は震える手で
着物を触り
『嘘じゃ、嘘じゃ……』
と繰り返す。
カメが
「わてがまた初代浦島はんを迎えに行けたらよかったんやけど、
また来たがっていたとは存じまへんよったさかいに」
と申し訳なさそうに言うと
乙姫は
『いや、わらわがカメに命じたのだ。
もう誰も
人間を連れて来るなと』
と震える声で言った。
竜眼が
竜の玉を掴み上げて
更に操作すると、
今度は初代浦島太郎の霊を呼び出すことができた。
海中を彷徨っていた初代の霊は
乙姫の霊を見つけると
『会いたかった』
と両手を広げ
『わらわも会いたかったぞ、
なつかしいのう』
と泣きそうな顔の乙姫は応えた。
『玉手箱を借りて
故郷に戻り、
両親に会って
婚約者と子づくりしてから
竜宮城に戻るつもりでいたんだけど、
途中で難破してしまって、
行けなくてすまなかった』
初代浦島は出ていったことを真摯に詫び、
竜眼は
(その時にできた子どもが
私の祖先ということになるな)
と一人思った。
『おお、おお、なんということ、
お前さん、
とっくに死んでおったのかえ』
ついに乙姫は泣き出して
『そんなら、
わらわも、
いつまでも
こんなところにいても
しょうがないわい』
と成仏する決心をしたようで、
初代浦島は
竜眼に対し
『君は当代の浦島太郎だね。
礼を言うよ。
ここまで時代が下った子孫に
事後処理をお願いすることになるとは思わなかった』
と言い残し、
乙姫と二人
手を取り合って
昇天していった。
この様子はホログラムでも流れていて
桃たちも見て
もらい泣きしていた。
カメが
「ずっと祈ってましたんや。
誰ぞ乙姫さんを
呪いから解放してやっておまへんか、って」
としみじみと言うと
「それで悲しそうな顔をしてはったんか。
知ってたんなら先に言うてやあ」
と竜眼は笑い
「っていうか、
やっぱりカメって長生きなんやなあ」
と呟いた。
乙姫の遠隔操作による自爆の心配は無くなり
後は
暴れる牛鬼から
斧熊を助けるだけとなった。
「さあ、最後のオニ退治だよ、
いける?」
桃が
手の平に乗った一寸法師こと小次郎に問いかけると
「晴れやかな心だが、
やはりパワー不足かな」
と不安がよぎる。
打出の小槌は
藻楠さんの操る小ガニの群れでは
びくともせず、
若夫婦の撃つエアライフルの銃弾が当たっても
弾かれてしまい
牛鬼の頭から取れないでいた。
小次郎は
「不安が残るが
俺が突っ込むしかないか」
と前向きな検討をしていたら
「おや?」
と全然別の方角から
視線というか
優しげな気配を感じ
振り返る。
『ナマハゲ、なのか?』
ホログラムの向こうから
竜眼が驚いた声で言う。
洞窟の北東の方向の壁に
うっすらと
赤くて大迫力のオニの顔が浮かび上がっていた。
『こっちには、トシドン、だ』
と竜眼が目を凝らす方に
小次郎が目を向けると
なるほど南西の壁には
尖った鼻が特徴的なオニの顔が見える。
ココが
「パーントゥも来ました」
と言う通り
深緑の泥をかぶった姿が浮かび、
サリューが
「鬼剣舞もいるぜ」
と指さす方向には
日本刀と扇を持って勇壮に踊る一団が見え、
キズィンが
「陀々堂の鬼はしりです」
と知らせると
重そうなたいまつを抱えた鬼たちの神聖な祭事が写し出されていた。
最後には
目の前にいるオニとは
別で牛鬼の姿が浮かび上がり
若者たちに担がれ
ゆっくり近づいてくるのを見た桃が
「あれは本物の牛鬼、
ってこと?」
と誰にともなく問いかけると
小次郎は
「分からないけど、
きっとそうだね」
と応え、
それぞれのオニ、いや神さまからパワーを
分け与えてくれるのを感じた。
一寸法師の小さな身体に
大量のエナジーが注ぎ込まれ
「みなぎる活力!
これなら大丈夫だよ!」
と小次郎はガッツポーズを取る。
それを見た桃は
ここぞの大声で
「ないっサー!」
と叫び
「これが最後の、ももっこサーブ!」
と豪快に小次郎の尻へ
平手をぶち込んだ。
牛鬼のインナースペースへと侵入し、
カエル倒立をずっと続けているが少しも動じない斧熊を見つけ
小次郎は
「まかり出たるは、一寸法師でござる!」
と見得を切る。
オニのお面を被った斧熊からは
知性のかけらも感じられず
唸り声を上げながら
腕の力だけで前進し
浮かせている足で小次郎を蹴飛ばそうとしてきた。
「やべえ、すっごい速い」
一寸法師のスピードに付いてくるどころか
上回る勢いで追い立ててくるので
小次郎は面食らった。
とても人類とは思えないような
スピードと動き方である。
だが、我らが一寸法師こと小次郎は
落ち着いていた。
「あのお面を壊せばいいんだろう」
と見当をつけると
無駄なことをせずに
最後の必殺技を繰り出す体勢を整える。
ここに美月もいれば
もうちょっといたぶって楽しんだであろうが
中年の超マッチョとワンオンワンでは
長く続ける気にはならなかった。
「超浪漫技!
禁欲妄想独力虹色光線!」
そう技名を叫ぶと、
小次郎は目をつぶり
妄想を開始した。
桃の顔や身体をリアルに心に描き出して
キスしたり
耳を舐めたり
色々と揉んだりするのを想像していると
すぐに
ちょんまげの根本がズンズンと大きくなり
間を置かず
先端から七色のビーム弾を
ズドンと出す。
ナマハゲらから託されたパワーが
惜しげもなく放出され、
さすがの斧熊といえども
眼の前で発射された光線は避けられず
顔面を直撃となり
オニのお面を割られて
仰向けにひっくり返った。
オニの面が外れた斧熊は
我に返り
「どうやら、また負けたみたいだね」
とため息をつき
「オニ退治には並ぶものなし!
天下無双の一寸法師じゃあ!」
と小次郎は
最後の勝ち名乗りを上げた。
インナースペースがガラガラと崩れていく中で
斧熊は
「よく覚えていないが
腕の筋肉の充実感が気持ちいい。
これからも筋トレは続けよう」
と心に決めた。
牛鬼の外では
落下してくる斧熊の身体を
蓬莱の枝と火ネズミの皮衣をハンモックのようにして
美月が受け止めた。
後から落ちてくるガレキは
二人に当たらないように
仏のお鉢に乗せた子安貝が
飛び回りながら吸い込んで処理する。
美月は
ハンモックに横たわる斧熊の傍らに
寄り添うように腰を下ろし
「私と初めてあの話をしたときのこと、
覚えてる?」
としっとりした声で語りかけた。
他の部署から異動してきた美月に
斧熊が上司として相談に乗っているうちに、
やれそうだなと期待し
食事に誘って
「最近、
妻とうまくいってないんだよね」
などとお決まりのフレーズで大人の魅力を漂わせると
美月は意を決したように
「月の裏側に隠されている古代文明に
興味ありますか?」
と切り出し、
アメリカが隠蔽してるとか陰謀だとか言い出して
「なにそれ
メチャメチャ興味あるんだけど」
と斧熊も前のめりとなった。
「わたしはかぐや姫の末裔で、
テレパシーを受信しました」
そんなことを美月は真顔で言うので
斧熊は
「かぐや姫ってことは
月からのテレパシー?」
と話を合わせると
「いいえ、深海からです。
深海の古代遺跡に封印された上位存在から
私にテレパシーが送られています」
ときっぱりと言い、
それから斧熊はどんどん深みに
はまり込んでいったのである。
「あのとき、
分かり合える同志とやっと巡り合えたと、
どんなに嬉しかったか」
美月は懐かしそうに遠い目をして、
斧熊としては
その後やらせてもらえた喜びの方をより強く覚えているが
それは言わずにおいた。
その後、
乙姫とやり取りするようになり
大オニによって造られる新世界は
斧熊と美月の二人だけで幸せに暮らす楽園だったはずが
乙姫による嘘だったと美月に教えられ
ションボリした斧熊に
ちょうど電話が入った。
「奥さんからでしょ?
出なさいよ」
と美月が顔を背けて言い、
斧熊はスマホで事務的な声で淡々と受け答えしたあと
「引っ越し業者さんからだったよ。
奥さんとお子さんの荷物を
搬出完了したってさ」
と告げ、
驚く美月に
「部屋に空きができたから
次は君の荷物を運び入れよう。
財産は持っていかれたけど
家だけは残してもらったからね」
と優しく笑うと
美月は
「なによ、もう
新世界なんか必要なかったじゃない」
と泣き崩れた。
一寸法師こと小次郎が
牛鬼のインナースペースから外に出てみると、
桃はいつの間にか桃太郎として覚醒したらしく
三頭身のちょんまげ姿で
陣羽織を身につけ
背中に「日本一」と書かれた旗を背負っている。
お供の三匹も
フォームチェンジしており、
ペット形態よりもさらにデフォルメされて
桃太郎と同じような三頭身になって
全員「桃」と書かれたハチマキを締めていた。
イヌ、ことココは
二本足で立っていて
耳が強調され
大きく垂れ下がっている。
サル、ことサリュー
はほっぺが赤くて
いたずらっぽい笑顔を浮かべ
バナナを持っている。
キジ、ことキズィンは
目が大きくなり
翼を広げて
フワフワと浮かんでいる。
彼女らが横一列に並び
キリリと決めているのを見て
小次郎は
「早めに桃太郎に覚醒できてたら、
その恰好でオニと戦ってたの?」
と困惑した。
「間に合った。
見逃すところだった」
竜眼が
息を切らせて駆け込んできたので
小次郎は
「速すぎるだろ」
と呆れる。
静岡の深海から高松の島まで
十分もかからずに移動してきたことになる。
最後は陸上を駆け上がってきたらしく
カメは
へとへとに疲れているようだった。
デフォルメされ並んでいる桃たちを見て
竜眼は
「うわー、かわいいなあー」
と頬に手を当てて
目を細めた。
小次郎と
斧熊が
無事に牛鬼から脱出したのを確認してから
まだ半分ほど崩れずに残っている牛鬼を封印すべく
桃は三匹のお供に指令を下す。
具体的には
「ん」
っと言って
牛鬼の方を指さすだけであったが、
三匹は牛鬼を囲むように素早く展開すると
それぞれの目から
不思議な電流のような光の帯を照射し、
空中に現れた大きな桃の実の中へ封印すべく
押し込み始めた。
牛鬼は吠えながら抵抗するも
全く歯が立たないようである。
小次郎は
「見た目に反して
オニを封印する能力はすごいんだね」
と感心した。
桃の実が牛鬼を閉じ込める直前、
頭部に装着されていた
打出の小槌を
桃が力任せにもぎ取る。
竜眼は
「有無を言わさぬ対オニ能力だ。
やはりさすがは桃太郎だな」
と言い
「あ、一寸法師と双璧だ」
と慌てて付け足して
小次郎のプライドを気遣った。
乙姫もオニも消失した鬼ヶ島大洞窟の中で、
変身を解いた桃は
「約束でしょ」
と大黒天に詰め寄る。
一寸法師と化した小次郎の身体を
元に戻せということである。
大黒天はすぐには応じようとせず
『大オニなどおらんかったとはのう。
乙姫のニセ情報にまんまと騙されてしまい、
面目ない』
と頭を掻き
『「あやつ」が竜宮城なんぞにいるはずがないと
分かり切っていたのだがな』
などと意味深なことを言うが
桃は聞こえないフリをする。
大黒天は
『またオニが出たら
一寸法師として呼び出されるのが条件じゃ。
もちろん断ってもよいが
彼ほどのオニ退治の名人はそうはおらんでな』
と言いながら
桃に打出の小槌を渡す。
桃は頷いて
「あたしは格別の逸材じゃなかった。
皆の協力がなければ何もできない、
って痛感したんだ」
と
いい感じにまとめようとして
周りを囲む面々に聞こえるように言った。
「じゃあ、行きますよ!
皆さんご唱和ください」
桃は周りに呼びかけると
一寸法師こと小次郎に向けて
打出の小槌を振り上げ
「せーの!
大きくなあれ!
大きくなあれ!」
の大合唱に合わせ
心を込めて振った。
小槌が振られるのに合わせて
ズンっ!
ズンっ!
と小次郎の身体は大きくなっていくと
最後には
ターコイズブルーのネルシャツを着た浪人生の姿に戻り、
人々から拍手が贈られた。
そこまで見届けると、
吉野のペンションの三人と、
海の家の藻楠さん、
そして高原の猟師の若夫婦は
再会を期して
それぞれの家へと帰っていった。
カメは疲れ切っていたようだが
桃に挨拶し
「あんじょうよろしゅうに。
わてはこれから
乙姫さんの菩提を弔いに向かいますさかいに」
と言って
ウミガメだが洞窟を跳ねるようにして
去って行った。
去り際に
竜眼を振り向き
「また海中散歩に付き合うてや」
とウインクした。
美月と斧熊も
手を取り合って
桃らに別れを告げる。
「また会うことになるでしょうね」
と美月は不敵に微笑み
「次は負けないぞ」
と斧熊は小次郎に向かって拳を差し出した。
小次郎は目をそらしながら
「軽く殴られただけで
大けがしそうです」
と言い、
一寸法師に変身していたとはいえ
よくあんな鋼鉄みたいなマッチョを相手に戦えていたなと
我がことながら震えあがった。
お供三体は
神妙な顔で並び
「ここでお別れです」
とココが口をへの字にし、
「修行し直してくるっす」
とサリューは目を伏せ、
「通常戦力として
お役に立てないことが
よく分かりましたので」
とキズィンは唇を噛んだ。
桃は
「確かに
戦力としては微妙だけど、
可愛いし
一緒にいたら楽しいのに」
と引き留める素振りも少し見せたが
「でもまあ、
アパートでは飼えないし、
人間として同居するにしても
食費もかかるし、
その見た目年齢でバイトさせるわけにもいかないしねえ」
とこめかみに指を当てて考えると
ココが代表して
「まあ、そういうことです」
と認め、
桃も
「ごめんね、
気を使わせちゃって」
と申し訳なさそうに応えた。
サリューは
「大黒天さまのところで修行してるんで、
いつでも会えるっす」
と悲しさを振り払うように
元気に言い、
「いつか
新たなオニが出る気配を感じたら、
すぐに馳せ参じます」
とキズィンは生真面目に言う。
桃はそっと涙を指で拭い
「ほんとに
対オニに特化しているんだな」
と竜眼は感じ入った。
大黒天は
『またオニが出たら呼びに来るぞ。
本当だぞ。
それまで達者でな』
と笑って消え、
桃は
「こりゃあ、
やっぱりそのうち出て来るってことだろうな、
大オニは」
と小次郎と竜眼を見て
困り顔で笑った。
最後に残ったのは、
桃、
竜眼、
そして、普通の浪人生となった小次郎である。
竜眼は一息つくと
「じゃあ、
私も邪魔だろうから帰るよ、
と思ったけど、
ハリアーで京都と大阪まで送っていかないとね」
と笑い
「フェリー乗り場で待ってるから」
と悲しさを隠して去ろうとするのを
桃に
「ちょいちょい、
なんで帰るの」
と呼び止められ
驚いたが嬉しくもあった。
小次郎はおどおどしながらも
勇気を出し
「えっと、
最後に二人きりで告白できる流れじゃないの?」
と聞いてしまうも
桃は余裕で笑うと
「それは、
K大に合格してから、
でしょ」
と言い
「ははは、そうだったね」
と竜眼も頷く。
小次郎は愕然として
「あんたら、
ほんまもんのオニや」
と漏らし
「関関同立で何とか」
と拝みながら言ってみるも
そのレベルも絶対ムリなことは
小次郎本人もよく分かっていた。
「それと、
オトコの人って
一週間に一回くらいのペースで
リセットした方がいいんでしょ?」
と桃が
頬を赤らめて言うのを
(急に何を言い出すんだろう)
と小次郎はたじろぎながらも
「体感としては
そんな感じだろうね」
とカッコつけて答えると
「じゃあ、
一週間ごとに竜眼が小テストして、
合格したらご褒美、
ってのは?」
と桃が言う意味を
小次郎がよく理解できずにいると
「ご褒美は、
あたしから、
格別な、
きびだんご」
と親指で胸を指してヒントをくれ
小次郎は
「マジで?」
と固まる。
「もちろん竜眼にもご褒美だよ」
と両腕で乳房を挟んで
左右に振ると
「コーチにも
ご褒美があるのかい?」
と竜眼は
ぐっとテンションを上げて
小次郎へと向き直り
「おい
小次郎君、
覚悟はいいな?」
と怖いくらいの眼力で
圧をかけ
「君には世話になったから
あらゆるツテを惜しまない。
極限までスパルタ
かつストイックでいくぞ」
と勢い込んで言う。
小次郎はあまりの迫力に
一瞬ひるむが
ぐっと丹田に力をいれ
「望むところです。
今日からでもお願いします」
と精一杯の笑顔で応えた。
動機は何であれ、
小次郎にとって
生まれて初めて
自発的に勉強しようという意欲が沸いたことは
確かであった。
(了)




