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葉月

 深緑の奏でる風は、どこか懐かしい気配をそっと運んでいた。

 白猫の喫茶店の前では、草原がゆるやかに波打ち、

 夕暮れの金色が、磨かれた木の扉を淡く染めている。


 そのとき、閉じたままの扉の鈴が微かに震えた。

 音はひと粒の記憶のように、店内へ静かに落ちていく。


 シロは顔を上げる。

 影が二つ、床にそっと重なる。

 夏の帰り道のような柔らかな気配が、珈琲の香りとともに店へ満ちていく。


 言葉はない。

 ただ、椅子がわずかに沈む気配と、湯気がふたつ、並んで立ちのぼる。

 その温もりは、幼いころに抱かれた腕の記憶のようで、

 胸の奥にそっと触れてくる。


 カップの縁に揺れる琥珀色が、まるで――ただいま――を告げる光のように静かにきらめいた。


 涙がひとつ、頬を伝っていた。

 それは悲しみではなく、夏の風が運んできた、優しい帰郷のしるしだった。


 葉月の夕暮れに溶けていくその余韻は、胸の奥で長く、やわらかく灯り続けた。


――おかえりなさい……。


挿絵(By みてみん)

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